辻政信、未来の日本と交信する
1942年の陸軍の秀才と、20XX年の頭脳との対談が始まった。
…俺の勤めるコンビニを経由して(一部直通…)。
辻政信からいきなり批判が飛んだ。
『食事が豪華では無いのか?』
会話の主導権を握る為の先制攻撃だったが、これに対しては
『近くの駐屯地の献立と同じものですが?』
『金額より栄養価で考えたおかずです』
『麦飯にしろとか言われても、わざわざそれを作る方が贅沢です』
と反撃。
辻はここは
『邪推だった。誠に申し訳ない』
と素直に謝って来た。
だが、会話の主導権は渡そうとしない。
辻『何故武器の輸送が出来ないのか?』
現代『分からない』
辻『分からない事は無い。既に1丁新型銃を輸送しただろ?』
9mm機関けん銃のことだ。
この銃は、前線にさっぱり届かない一〇〇式機関短銃に代わって、
密林戦で重要な”近距離で面を制圧する弾丸バラ撒き”が可能となる。
歩兵がほぼ狙撃兵レベル、”弾丸は貴重だから、よく狙って撃て”の日本陸軍の
方針とは異なる思想の銃だが、今のガ島の日本兵なら運用を理解してくれるだろう。
…一方で、弾丸一発も貴重な現代の陸上自衛隊も、旧陸軍の無駄弾撃つなの思想を
実感を持って理解出来るそうだ。
ただ、9mm機関けん銃の弾丸は9x19mmパラベラム弾、
日本陸軍の拳銃や短機関銃の弾丸は8x22mm南部弾で互換性が無い。
9mm弾の輸送も行うが、”8mm南部弾を小改造で使う方法は無いか?”も試行中であった。
それが出来たら、双方にメリットがある。
…話を戻す。
現代『武器について、運搬用ホトケの体内に納まる物ならば可能だ』
辻『それで良いから武器を送れ』
現代『現在は、偵察用の機材や通信用の機材を中心に送っている』
辻『何故武器を優先的に送らないのか?』
現代『ガ島側、日本軍からの要請に沿って補給を行っている。
現在は先程言った物が希望され、それを優先して送っている』
半分は正しく、半分は嘘である。
ガ島側に「拳銃やナイフのような小型武器だけ送っても戦力にならない。
具体的な方法が分かるまでは、生活物資や通信機を先にしないか」
と思考誘導させて、望む返事を得ていたのだった。
辻『では、要請があれば武器を送るのだな』
現代側が止まった。
ここについて、統一見解がまだ取れていないのだ。
送るべきではないという意見もある。
だが、長く待たせられない。
広瀬三佐の提案で
『要請があれば検討する。要綱を送られたし』
と回答した。
無理な物は無理なのだから、見てみない事には何も言えない。
見た上で必殺お役所仕事”検討しましたがご要望にお応えする事が出来ませんでした”
を使う事も出来る。
逆に案外問題無い物を言ってくる可能性もある。
まずは下駄を預けてみよう。
辻もここは一回止めた。
『では明朝、必要な武器を一覧にして送る』
追撃で
『それらを確実に戦地に送られたし』
と送信した。
現代側から核心的な通信を送る。
『貴官は当地が未来の日本なるを存知か?』
辻は「門」の向こうで唸った。
「未来の日本であると?」
否定は出来ない。
彼が二度目にガ島入りしてから見た物は、世界中どこでも生産出来る国は無い。
それくらい技術に関して開きがある。
だが、辻はあえて正直には答えない。
『冗談を言わないで欲しい』
現代側でもある程度は予想した返答だった。
もしも本当に信じていない場合は、
『冗談を言うな』の後に罵倒がくっついていただろう。
現代側はそれ以上「未来」については言わない。
もっと重要な話があるからだ。
『貴官がこの時期にガ島に居るという記録は当方に無い。
何故ガ島に現れたのか?』
辻『無論、ガ島戦で勝つ為である』
現代『ガ島で起きている異変を調べる為ではないのか?』
辻は考える。
こいつらは何かを自分に訴えようとしている。
辻『貴官たちが自分を誘い出したのか?』
現代『貴官を誘い出したに非ず。
ガ島戦について決定権を持つ者の耳に達すれば良かった』
では吾輩ではないか、と言おうとしたら
『貴官ならば申し分なし』
と彼の自尊心をくすぐる通信が来た。
辻『何を望む?』
この通信が来た瞬間、会議室では声にならない盛り上がりがあった。
もしもノリがネットジャンキーなら
「キターーーーー(゜∀゜)ーーーーーー!!」
とでもなっただろう。
これが核心なのだ。
だが、辻政信という逸材にして毒物、取り扱い注意の人物に
「ガ島から撤退を要望する」
等を言ったら、交渉決裂の可能性が高い。
上手く彼の方から「ガ島から撤退する」という言質を引き出さないと。
『ソロモン、ニューギニアの戦線についての見直しである』
辻は少し不快に思った。
大本営と同じ、「無意味だから撤退せよ」の臭いを感じたのである。
だが、それを言っていない以上、文句を言う訳にもいかない。
辻『戦線の見直しとは?』
現代『貴官は戦略眼も高いと聞くが、そうか?』
辻『勿論である』
現代『米軍の作戦は飛び石作戦である。
全島攻略はせず、島と島の連絡線を断つ要所のみ攻撃し、他を孤立させる』
辻『なるほど』
現代『また海軍のニミッツと陸軍のマッカーサーで侵攻方面を巡り対立が存在する』
現代『その時々によって侵攻の力点が異なり、思考が読みづらい』
辻『続けよ』
現代『この場合、帝国は如何に南太平洋で戦うべきか、辻参謀の考えを聞きたい』
下駄を預けられた辻は戸惑った。
言っている事が確かならば、ガ島に限らず、孤島からは兵を退き、
敵の進撃において無視できない要所で邀撃すべく”兵力の集中”を行うべきなのだ。
海軍は孤島に兵力を分散配置し、それぞれで擂り潰されながらも
敵を漸次減少させていく”漸減邀撃”戦略を採っている。
だが、孤島の補給と連絡を絶ち、基地のある島を封じるだけで無視して進まれたなら、
あちこちにただの遊兵を作るだけだ。
辻『米陸海軍それぞれの現段階での最終目的地は何処なりや?』
現代『海軍はマリアナ諸島、陸軍はフィリピン』
辻は思わず唸った。
確かにマッカーサーはフィリピンに拘る。
自分の見解からも納得のいく通信だ。
辻『一般論として、帝国陸軍はフィリピン、海軍はマリアナ諸島に兵力を集中し、
敵を我が懐に引き付けた上で決戦を行うのが良かろう。
ニミッツかマッカーサーかは関係なく、最終的にはどこなのかを見て戦うべし。
二重の方針による敵の攻勢の違いは都度相手する必要無し』
現代側の求めていた回答だ。
だが辻は『一般論としては』と勿体付けた。
辻『一般論を語る前に、まずは兵力の集中を行わねばならない。
それには時間がかかるから、まずはこのガ島の事が大事である』
辻『大南洋の島嶼という広大な話の前に、まずはこのガ島の兵力の集中も必要である』
辻『米軍がそう易々と我々の兵力集中の為の時間を与えるかが問題である。
そこでまずこのガ島において一戦し、敵をして我がこの島に執着していると錯覚せしめ、
他の島から兵を集中させている間、敵をガ島に引き付けて置く必要あり』
現代側は「やっぱりそう来たか」と思った。
絵文字で言うなら
(´~`;)ヽ(´ヘ`;)ノ
な心境である。
ここで諦めてはならない。
現代『辻参謀の智に敬意を表する。
一撃加え、ガ島の米軍をして追撃を控えさせる事に異存なし』
実際にガ島撤退作戦でも、陽動は何回かやったようだし、
”見せかける”だけなら妥当な作戦と言えるそうだ。
辻は馬鹿ではない。
こいつらの求めているのはガ島から撤退させようという事、
それに気づいてはいる。
だが、彼等は不思議と自分に敬意を見せている。
普段のように怒鳴りつけて萎縮させて指示に従わせるのも難しい。
(何というか、瓢箪鯰だな。のらりくらりとしながら、上手く吾輩を誘導している)
(ならば吾輩も出方を変えて対応すべきだ)
辻はしばし考えた。
警護の兵に時間を聞く。
そろそろ「門」が閉じる時間である。
辻『米軍に一撃加え足止めをする事について、明朝再度話したい』
現代『了解した』
辻『その際に、ガ島撤退についての意見を伺いたい』
急に辻は”ガ島撤退”という言葉を出した。
現代(待てよ、これは我々の本音を引き出す罠かもしれない)
現代『大本営が撤退を望まれるなら、当方はその要望に沿った支援をする』
辻(こやつらは本当にのらりくらりとかわしおるな)
辻(最終的に撤退はしてやっても良い。それくらいは伝えてやろう)
辻『ガ島撤退は大本営の望むところである。
小職は真田大本営参謀大佐と共に、その下準備の為に来島したものなり。
貴官たちの支援を切に希望する』
(実際には真田大佐はラバウルを動いてはいないが)
そして明朝の再討議を約束して本日の「門」は閉じた。
辻は思った。
「あの瓢箪鯰どもを上手く利用せねば、ガ島における武勲は立たんな…」
あ、この通信内容は、通信の確認という名目でずっと自分が覗いていた、
警視庁関係の恰幅の良い男が、俺に分かりやすいようにまとめたものだ。
絵文字とか入れてるのは彼の趣味だ。
(続く)
感想ありがとうございます。
辻の「食事が豪華では無いのか?」というのは、
海軍を訪れた時に出された食事に文句言った逸話が元ネタです。
先にこの台詞を大和艦内で言ってから戦場に来たってのを、
いつかどこかに加筆しようかな、とか思います。




