また日本兵がうちのコンビニにやって来た
また俺の前に日本兵が現れた。
前に出た兵士同様、随分とボロボロだった。
兵士はやはり聞いて来た
「ここは…何だ?」と。
「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」
兵士は驚いて
「貴様は、日本人なのか?」
と同じ事を聞いて来た。
この人の「貴様」からも、やはり人を罵倒する響きは感じられないな。
「はい日本人です」
愛想よく応えてみた。
防犯カメラで撮影する為にも、時間をかけた方が良いと思った。
兵士は黙って店内を見ていた。
前の兵士より好奇心旺盛だった。
「ここは、店なのか?」
「左様です」
「貴様はどこかの商事の者なのか? こんな島にこんな店を出すとは」
「いえお客様、ここは日本です」
「何だと? 俺はさっきまでガダルカナルに居たんだぞ」
(またガダルカナルか…)
「そう言われましても、ここは日本ですから」
「どういう事だ? 説明しろ」
「説明は出来ません。私どもにも何が起きたのか分かりませんので。ただ…」
「ただ?」
「先日も同じように兵隊さんが、ガダルカナルより迷い込んでらっしゃいましたので、
何らかの事情でガダルカナルと日本が繋がったのではないでしょうか」
「同じように兵隊、だと? 誰だ」
氏名を話したが、どうも違う隊のようだ、と知らなかった。
「貴様が日本人なら、頼みがある」
「水と食料ですか」
「ああ…。ああ、頼む。話が早くて助かる」
実は今晩は弟がバックヤードに控えていた。
警察に呼び出された内容を話し、しばらくは2オペでいくことにしていた。
弟は密かに、渡された連絡先に通報していた。
通報から警察か、自衛隊が来るまで時間を稼ごうと思った。
「ここは休息所も兼ねています。
たまに荷物を運ぶトラックの運転手が使用している風呂と仮眠室があちらにあります。
どうですか、休憩して行かれませんか?」
兵士は答えた。
「そうしたいが、俺が食糧と水を探すのを待っている仲間がいる。
貴様の申し出はありがたいが、水を届けることを優先したい。
背嚢に水を詰めるのを手伝ってはくれないか」
俺は手伝ってやった。
兵士は色々疑問に思ったようだ。
「この容れ物…、いや水筒を回し飲むより楽な物だが、これは何だ?
いつこんな物が出来たんだ?」
ペットボトルという単語を、英語を敵性語とか言ってる連中に言っていいものだろうか?
あれ?俺の方がこいつらを本物の日本兵だと思って接してるな(苦笑)。
まあそのまま続けてみるか。
ここが未来の日本だと教えない方針で。
「いつ頃ですかねえ。比較的最近のものだと思いましたよ」
「ふうん…。だが、握り飯の形は一緒なんだな。なんか安心したよ。
俺は、日本とか言いながら全然別の世界に来たんじゃないか?と不安だったんだ」
(この人、鋭いし賢いな)
「別な世界ですか」
「コナン・ドイルを知っているか?」
「シャーロック・ホームズの」
「ぷっ(笑)。貴様なあ、この話の流れから言ったら『失われた世界』だろ」
「??? …すみません、それ知らないんで」
「あの話は恐竜のいる過去の世界に行ったのだが、俺は未来の世界に来たんじゃないか、って」
(この人、鋭過ぎる…)
「兵隊さん、物知りですね」
「俺は本当は英文学を勉強したかったんだよ。
法文学部に入りたかったんだけど、親父も祖父さんも皆反対してなあ。
そうしてる内に徴兵で、南方戦線行きさ」
「でも、英語って敵性言語じゃないですか?」
「貴様まで嫌な事言うなあ。お陰で大っぴらに英語の本も読めん」
「すみません」
「まあいいさ。貴様も特高とかに目をつけられたら敵わんもんな。
ありがとう、ひいふうみ…31本入ったか」
「あの、お代ですが…」
「いくらだ?」
(計算が面倒だな…)
「4円60銭ですが、おまけして4円いただきます」
(本当は3100円に消費税とか言ったら、この人どんな顔するんだろ?)
「う…ちょっと痛いが、仕方ないな。
すまんが軍票しかない。
だが、ここが日本なら現金に引き換えて貰えるだろ」
「はい、結構です」
そして兵隊は出て行った。
入れ違いで警察がやって来た。
もう少し早かったら…と思ったが、前日
『無理に引き留めたり、刺激するような事は避けて下さい』
と言われていたし、まあ仕方ないか。
俺は状況を説明し、弟は防犯カメラの映像を見せた。
そして、夕方に警察と自衛隊がセットしたカメラの映像も見てみた。
その兵士は、不意に現れた。
しばらくキョロキョロした後、この店に来た。
そして補充を終わって、今度は迷いなく真っすぐ帰って行った。
俺は警察への報告を終え、また仕事に戻った。
警察は無線で連絡を取り、応援が駆けつけた。
貰った軍票を警察犬に嗅がせていた。
まあこれで足取りも掴めるだろう。
俺は安心して仕事に戻った。
弟が「バイト代上乗せな」と度々言ってくるのがウザかった。
そのまま早朝まで仕事し、ちょっと離れたとこにある自宅に戻ろうとした。
警察が引き上げて来た。
「どうなりました?」
俺は聞いてみた。
「見失いました」
と言われた。
警察犬は確かにその日本兵の臭いを追っていた。
また特徴的な軍靴の跡もあり、追跡は楽かと思われた。
だがそれは、洞窟の中で途切れていた。
「洞窟なんてこの近くにありましたっけ?」
「あの藪の奥の方に、岩の割れ目がありました」
「それで?」
「そこに確かにその兵士は居た筈です。
貴方が売った水が11本落ちていました」
「??」
「水が有ったのに、本人はどこにも居ないのです」
「洞窟を抜けたのでは?」
「洞窟と言っても単なる岩の窪の大きいやつで、入り口は1ヶ所しかありませんでした」
「と言うことは?」
「その洞窟で彼は消えてしまったってことです」
不思議だった。
あの兵士は、自分の休息よりも仲間に水を届ける事を優先していた。
それが11本もの水を落として去るだろうか?
それに俺も手伝ったが、背後のリュック(背嚢って言ってた)にしっかり入れた筈。
「今度はその洞窟の周りにカメラを設置してみます。
申し訳ないですが、引き続き協力をお願いします」
出す金さえ出して貰えれば、断る気も無い。
が、俺は思った事を聞いてみた。
「この前に来た兵士はどうなったんです?
彼に聞いてみたらどうですか?」
「今、入院してますので、退院したらそうなります」
「入院?」
「栄養失調だったようで、無理はさせらないようです。
意識はしっかりしてるので、命に別状はありません。
ただしきりに『早く仲間の元に戻してくれ』と言ってきかないそうです」
「………」
「………」
「なんか、本当に過去から来た日本兵だと信じたくなって来ましたよ」
「そうですね。そうですよね。では本官はこれで失礼します」
ガダルカナル島から買い物に来るコンビニ状態は、まだ続きそうだ。
(続く)
とりあえず2話まで投稿しました。
あとは週一くらいのペースで書けたらいいな、と思ってます。