第2の脱走事件が起きた
1942年12月6日 大日本帝国東京
陸軍参謀本部作戦部長・田中新一中将が「馬鹿野郎!!」と怒鳴り声を上げていた。
怒鳴りつけている相手は東條英機内閣総理大臣兼陸軍大臣らである。
「16万5000トンの物資をガダルカナル島に送らねば、彼等は勝つどころか、
生きて帰る事すら覚束ない!
大本営は彼等を見殺しにする気か、この馬鹿野郎!!」
東條は黙っていたが、他から
「大本営ではガ島は絶望的と見ている」
「輸送船はガ島まで届かんだろう」
「ガ島に拘らず、その方面の船舶を他に使わないと、我が国の海運が干上がる」
等と反論が出ていた。
田中は「それで見殺しにすると言うのか!」と食い下がったが、
ついに東條首相より退場と謹慎を命じられた。
その後田中は参謀本部作戦部長を辞任し、左遷される事になる。
田中に随行していた副官は、参謀本部に戻った時に廊下で辻政信と会った。
「田中作戦部長が東條さんに暴言吐いて謹慎になったそうじゃないか。
貴様はそれを上手く補佐出来なかったのか?」
「貴様こそ、マラリアはもう良いのか?
良いのなら大本営で中将の味方をしてくれても良かったじゃないか」
「ガダルカナルの件だな?」
「そうだ。貴様は大丈夫、やれる!と常々言っているだろ」
「そうだ、大丈夫だ。
…だが2個師団増援計画が潰されたのは痛かった…」
「そういえば、貴様に関して面白い噂話を聞いたぞ」
「俺が? 何もしとらんぞ」
「貴様が独逸のロンメル将軍に頼み込み、ガ島に三国同盟大戦車軍団を送ったというのだ」
「ほう!それは実に爽快な噂話ではないか、荒唐無稽だが、面白い」
「やっとらんのだろ?」
「やっとらん。そんな事出来るか! おとぎ話にしても程がある」
「だがガ島では独逸戦車だけでなく伊太利軍の部隊も見たと言っている」
「大方マラリアの熱で、幻でも見たのではないか」
「そう馬鹿にする事も無いだろう。
そう言えば、貴様はガ島で手に入れた謎の薬で快方に向かったと聞いたが?」
「ああ、あれか…」
辻はしばし考え込んだ。
頭が朦朧とし、同期の死者に胸を痛めていたあの時期、ガ島を抜けることしか考えていなかった。
しかし、兵が持って来た薬で、これまでの薬の効きと違って早く良くなっていった。
その薬は「秘匿された一大補給基地と野戦病院があり、そこで支給された」と聞いた。
だが、陸軍はそんな基地を作っていないというし、海軍も同様だった。
それに加え、不思議な噂。
「ガ島に大規模な補給基地が出来ていて、そこから支給された薬と聞いたが、
貴官はそんな話は知らんよな」
「ああ、知らん。そんな基地があるなら、中将殿が今日激高する事も無かった」
「そうだな。吾輩も大本営に戻ったが、そんな基地の情報は無かった。不思議だな」
「貴様に関する噂話もな。一体どこからそんな発想が出たのやら」
「ふむ………」
辻はしばし考え込み、
「一度ガ島に戻ってみるかな?」
そう言った。
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12月に入り、俺の勤めるコンビニにもキャンペーンの告知が届いた。
「クリスマスケーキにクリスマスチキン?
毎度の事とは言え、ここじゃほとんど売れないのに、何考えてるんだ?
去年なんか、うちで買い取って自宅で食べたりしたんだぞ。
その上、今は目の前の日本軍への補給の仕事があるのに。
買い出しの日本兵が激怒しないか?」
「まあそうですね。
流石に米国臭がすると言って嫌がられるでしょう」
「ただ、ケーキはともかくチキンは喜ぶのではないですかね。
あの1人2000円制限のせいで、現代からの補給は基本数を揃えて送るもの中心になってます。
ぱっぱと食べられてすぐに帰すよう、肉料理も大鍋で煮込んだものばかりですし」
「えー、自衛官諸君、君たちクリスマスチキンを食べた経験はあるのかね?」
えらそーに俺は聞いてみた。
「そりゃありますよ。隊でだって出ますから」
「そうだね、コンビニでなんか買っていかないよね。
…コンビニで売ってるチキンは、あの時期は1200円とかそんな値段するんだぞ」
「え? 値上がり?」
「自分は知ってました」
「シーズン商品は値上げしてボったくるの!
その時期にしか売れないものとかあるし、時期が来たら高値で売るもんだ。
売れる時期に、需要がある時に高値で売って儲ける!
それが資本主義ってもんだ!」
「…店長さん、何かこじらせてません? 資本主義とはあんまり関係ないんじゃ…」
「とにかく、売れる時にはクソ高い値段つけて売って儲ける、
それがこの国やアメリカがやってる経済ってもんだ!」
「はあ、分かりました、分かりました」
「ところで、そういう風に値上げしたものって、あの2000円制限ではどうなるんですかね?
今まで安くする方にばかり頭がいってましたが、高くする方だとどうなるんでしょ?」
「さあ? その値段で換算するんじゃないの?」
「『門』まで店長さんの言う『資本主義』?」
「俺に聞かんでくれ。それこそ自衛隊で実験してみたらどうだ?」
「うーん、上に一応言ってみますが、脱走の一件で
『先人を実験動物のように扱うな、無意味無用の実験で貴重な時間を浪費させるな』
ってお達しが出てましてね。
『先人には礼をもって接しろ』『彼等の希望にはなるべく沿うように』と
『いくら忘れるとは言え、現代の詳細な情報は教えるな』で、どう動いたらいいか
判断に困る時もあるんです。
その実験も、やる意味を見出さないと、許可はまず下りないでしょう」
「おっと、休憩時間終わりましたんで、戻ります」
休憩時間に遊びに来た連中と話し込んでしまった。
日付変わる前は、一般客も来ないし、特殊な「客」も来ないし、こんな感じになってしまった。
うちのコンビニだが、日本兵が来るのが常態化してから、他店ではしない事をしている。
雑誌・漫画コーナーはカバーをかけて、見せないようにした。
店内音楽も切っている。
たまに浜さんが軍歌や懐メロのCD持って来てかけたりしている。
この時は、万が一一般客が来た時には急いで止めている。
タバコはケースの上に「金鵄」「桜」などと和訳を貼っておく。
こんな感じに「深夜だけ」やっている。
よし、クリスマスだなんだってのは、深夜以外だし、親父か弟に全部させよう。
俺ばかりが過重労働で、休日なく働き続け、家族経営という搾取に従うばかりじゃダメだ!
万国の労働者よ結束せよ!
…って、やはり俺は疲れているな…。
てなわけで、明日の深夜は弟にシフトに入ってもらう。
ここんとこ何も起きてないし、大丈夫だろう。
…甘かった。
弟の何かを呼び寄せる体質は本物かもしれない。
コンビニ関係では何も起きなかった為、俺が事件を知ったのは全てが解決した後だった。
大日本帝国陸軍というのは、近隣諸国が言うような悪の一大組織ではない。
兵隊さん見て来てそう思った。
普通の軍隊だ。
普通の軍隊だから、悪い奴もいる。
米軍だって事件起こすし、そもそも日本を悪呼ばわりしてるとこの軍なんて…。
今回の事件は、そういう軍隊内の愚連隊がやった事だった。
その晩、血の気の無い兵士を抱えた2人組が診療所に現れた。
医官は一目見て顔色を変え
「すぐにそこに寝かせるように!」
と言って、助手に輸血やら注射やら準備を指示していた。
2人組はその兵士をベッドに寝かせると、軍服を脱がせた。
腹にガムテープが貼ってあった。
それを一気に剥がすと、そこに空洞があり、2人組はその中に手を入れた。
「動くんじゃねえ!」
見ると、2人組の1人は拳銃を、もう1人は手榴弾を持っていた。
「なるほどねえ。体内にあるものはそのまま『門』を通れるのか。
そうだよね。
もし『門』を通る時に体内の銃弾とかは通れないのなら、
『門』を通るだけで銃弾の取り出しとか出来て、手術の必要無いもんなあ」
医官は銃を突きつけられていながら、妙に冷静だった。
「…通った瞬間に体内の金属片とか消えたら、それが元で出血死とかもあるしな」
助手も
「血の気無いわけですねえ。もう死んでたんなら」
とか言っていた。
「なにごちゃごちゃ言ってんだ、先生サンよぉ」
「なんか知らねえが、死体も含めて3人以上はこっちに来れねえんだろ?
軍医センセを人質に取れば、輜重兵なんかどうにもなるんだよ!」
ガラの悪い兵隊だった。
入れ墨も見えている。
「それで、君たちはどうするつもりなんだね?」
「逃げんだよ! あんなクソみたいな戦場に戻ってられるか!」
「ここはなんか知らねえが、日本なんだろ? だったらオヤジが匿ってくれるよ」
この「オヤジ」には「父親」とは違う響きがあった。
「君たち、筋モン?」
「あ? 今頃気づいたのか?」
「組に戻れば匿ってくれるんだよ」
「うーーん、でも今は、君たちを匿ってくれる親分さんは存命かな?」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
「今ねえ、君たちの生きてた時代から70年以上経ってるんだよ。
親分にせよ本当の親父さんにせよ、多分墓の下だよ」
「は?」
その瞬間銃声がし、2人組は手を撃ち抜かれ、武器を落としていた。
自衛官が診療所に踏み込んで確保した。
「ここね、あの洞窟が何で70年以上前のガ島と通じたかを調べる拠点でもあるんですよ。
だから監視カメラが至る所に設置されてて、異変はすぐに気づかれるんですよ。
あ、監視カメラって分かりませんかね?
8mmフィルムがこの建物のあちこちにあって、常時記録してると思って下さい」
「………」
2人組は恨めしそうに見ていたという。
「あとね、病気と一緒で二回目は免疫ってものが出来るんですよ。
一回脱走兵事件があったから、もう対策は出来ていたんです。
君たちの、死体の腹に武器を詰めて来るってのは予想してませんでしたが、
こちらの武器を奪って人質を取るって想定は出来ていました。
それで、その時の対策は『狙撃部隊が準備整うまで時間を稼ぐ』でした」
「だからてめえ、ベラベラベラベラと…」
そして2人組は連れていかれた。
医官は腹を裂かれ、内臓を取られた遺体に手を合わせ、呟いた。
「報告はしないとね。そして、また裏技が見つかった、と。
やれやれ、罰当たりな話だ…」
(続く)
新章です。
人間の体を使った輸送なので、正直サイボーグ009のアルベルト・ハインリヒみたいな武器人間は通行可能だったりします。
…ソフトグロなんで「残酷な描写あり」をチェックしました。
どうしてそうなってるかは、おいおい書きます。