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コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第1章:兵隊も我々も生きていて物を考える
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脱走兵が出たせいで色々変わることになった

これは、俺の勤務するコンビニの前に出来た、

1942年のガダルカナル島と現代を繋げる謎の「門」から

逃げ出した日本兵と追い掛けて殺害した日本兵の会話を、

現場にいた警官が録音し、調書に落としたものである。



------------------------------------------------

山崎「貴様は何をしておるか! 折角同じ皇国のよしみで協力して下さる、

   こちらの世界の方々に迷惑かけておるんが、分からんか!!」

平井「申し訳ありません」

山崎「なんで逃げた? 戦場が辛くなったのか?」

平井「違います」

山崎「里心が出たってやつか?」

平井「はい」

山崎「仕方ねえやつだ。帰隊しろ。

   まさか南洋の島が本土に通じているなんて誰も想像できない。

   気の迷いも出ただろう。

   だから銃殺にはならないよう、俺から頼んでみる。

   こちらの人たちも嘆願書を書くと言っているぞ」

平井「嫌です」

山崎「んだと? 貴様、上官に逆らう気か?」

平井「逆らいます。抗命罪で射殺して下さい」

山崎「馬鹿こけ! 貴様、何を考えている??」


平井「軍曹、この日本の町を見ましたか?」

山崎「見てねえ。見ねえようにした。見たら貴様みたくならない自信は無いからな」

平井「自分は見ました」

山崎「そうか。俺たちの日本とは違うよな。ここは異郷だ。さ、帰るべ」

平井「鉄道がですね、煙を吐いてないんですよ。 機関車じゃないんですよ!」

山崎「それで?」

平井「町もですね、随分高いのばっかりです。

   出征前に見た銀座和光みたいなのが、普通にあるんですよ」

山崎「それで?」

平井「自分の故郷の会津ね、昔は随分長州の奴らに酷い目に遭わされたんですよ」

山崎「俺も福島だ。知ってるよ」

平井「その会津が、こんたら立派な町になってさぁ」

山崎「おめえ、何が言いたいんだ?」

平井「軍曹、俺がガ島を生き抜いて、日本に帰って、生きている間にこの景色を見られますかね?」

山崎「知らねえ。ここが何十年先の日本なのか、詳しい事は聞かんようにしてる」

平井「思うんですけど、俺が爺様になって死ぬ頃でも、この景色は見られねえんじゃねえかと。

   そう、軍曹が仰った通り、ここは異郷です。異世界です。俺のいた日本じゃねえんです」

山崎「そうだろ、そうだろう。だから戻ろう」

平井「でも、やっぱり日本なんです」

山崎「は?」

平井「見て下さいよ、磐梯山、猪苗代湖、木々に田んぼに…。

   変わらないとこは変わらないんですねえ。

   ここはやっぱり日本だ。福島だ」

山崎「だから帰らないと?」

平井「んです。もう帰れねえ」


平井「俺思うんですけど、俺、きっとガ島から生きて帰れねえ。

   アメリカに殺されんじゃなくて、飢えて死ぬか、乾いて死ぬか、マラリアに殺されるか」

山崎「それが怖いのか?」

平井「怖いですね。戦死はともかく、あんな虚ろな目をして死にたくなんかねえです。

   生きながらアリに集られ、ウジが沸き、それを掻く力も残ってなく、

   瞬きすら出来なくなって死ぬなんて、

   起きているのに小便垂れ流しながら死ぬなんて、まっぴら御免です!」

山崎「必ずそうなるとは限らんだろ!」

平井「俺、急に故郷の風景が目に浮かんで、居ても立っても居られなくなっちまいました。

   山に隠れ、山を下りて麓の町のごみ溜めに隠れながら、随分後悔しましたよ。

   なんて事をやっちまったんだ!ってね。

   麓の町を見ても、ここは日本なんだけど違う日本なんだって寂しくなりましたよ。

   そうして、どうしても故郷を見たいと思いました。

   一目見てからガ島に戻って死のうって。

   でも、故郷を見たら、……もうここから出て行きたくなくなったんです。

   俺はここで死にます。殺して下さい。

   俺はここでは生きていけねえと思うんで、せめて故郷で死にたいんです」

山崎「馬鹿野郎…」


平井「軍曹、俺を撃って下さい。俺はここを死に場所に決めたんですから」

山崎「もう一度考え直せ。貴様はここで死んでいいかもしれんが、

   残された戦友の事を考えろ。1人減ると負担がその分かかるんだぞ。

   戦友に迷惑をかけて、1人気楽に死ぬと言うのか?」

平井(沈黙)

山崎「なあ、死ぬなら戦友と共に死のうや。ここで死んでも靖国神社で会えないぞ」

平井「やはりダメです。

   どうせ俺の爺様は賊軍で靖国さ祭られてませんしね。

   もう最後にします。我がまま通して、ここで死にます」

警官の声「銃を構えたぞ」

山崎「平井…」

平井「そっちにその気が無くても、俺ぁ、撃ちますよ」

山崎「もう已む無し、だな…」

------------------------------------------------




発見後の説得、そして死体の搬送は東京・警視庁主導で行ったとのこと。

福島県警には協力を要請しただけで、詳しい話は知らせていないとのこと。

「退役自衛官で海外での活動が長かった者が、精神不安から麻薬患者となった。

 武器の扱いに慣れているから、彼の元同僚を説得に向かわせる。

 武器を所持していて、他者に危害を加える恐れがある為、射殺は已むを得ない。

 責任は警視庁と防衛省で取る」

と話を通したようだ。


「え? それマズくないですかね。

 所轄から県警本部に連絡いって、やがて警視庁か警察庁に報告が入った時

 警視総監か警察庁長官か知りませんが『そんな話聞いてないぞ』ってなりませんか?

 うちらが関わってる事って、極秘の仕事なんですよね?」

「うん………。

 言っていいのかな?

 よし、言うか。

 上が言うには、既に調整が済んでいるから問題無い、って事です」

「調整が済んでいる?」

「らしいです」

それ以上は分からなかった。


「俺、ちょっと分かんない事あるんですけどね」

「何ですか?」

「防衛省ってこんなに手続きとか速かったんでしたっけ?

 ハンコ行政で遅いってイメージがあったんですけど」

「遅いですよ、いつもは。

 コピー用紙の納入だって書類書類で、ですからね」

「この件については速いですよね」

「速いですね」

「警察もそうですが、やたら手配が速い。

 一方で脱走兵に対しては手抜かりだらけ。

 アンバランスなのを感じるのは俺だけですかね」

「うーーん」

「最初に日本兵が来たのは先月中旬です。

 一ヶ月くらいでこんなに早く、警察・自衛隊それにうちの親会社、

 態勢がパパっと整ってしまってる」

「んーーー。

 言われてみればそうですね。

 ただ、自分も多くは知らされていないんですよ。

 仮に知らされていても答える事が出来ない領分ですね」

「ですか…」

俺はそれ以上聞いても意味無いと感じた。




それからしばらくの間、日本兵は来店しなかった。

どうなってるのか、浜さん、和田君、野村さんに聞いても答えてくれなかった。

深夜時間帯に、うちの広い駐車場に自衛隊のトラックが停まり、

何やら運搬してすぐに去っていく事が続いた。

藪の奥の方に、また「立ち入り禁止」テープが貼られ、俺も立ち入られなかった。


コンビニは以前の暇な状態に戻った。

違うのは、作業中らしい自衛官が買い物によく来る事だ。

「日付、ハンコ付きの領収書お願いします」

と言われ、一々対応するのが面倒ではある。

隣の元ドライブインの休憩所は、日本兵でなく自衛官がたまに使っている。


脱走兵が出た事で、完全に防衛省が管轄し、民間であるうちらから手が離れたかな?

そう思った。


甘かった。


10日以上過ぎたある日、また呼び出しを受けた。

今度は大きな会議室ではなく、事務室って感じの部屋に通された。

そこには広瀬三佐が書類抱えて待っていた。

「こちらの方で決まった事があって、その報告をしますね。

 運営形態が変わりますので、その話です」

やはり脱走兵事件で、警備の甘さとか色々問題有った事を反省し、改善して来たようだ。

俺はその会議に呼ばれなかったが、素人だし仕方ない。

でも、俺のいないとこで決まったのを押し付けられるのも、ちょっとムカつく。

怒ってもしょうがないので、書類に目を通す。


「え? 水・食糧の供給を停止するんですか?」

「ちょっと違う。あなたの店の横の休憩所を使った無償供給はしなくて良いって事です」

「詳しく話しますね」

(続く)

感想ありがとうございます。

この章は必要な章なので書いてますが、鬱展開です。

次章はおバカ展開の予定です(笑)。


一回書き終わってから、ふと思い出して調べた話です。

靖国神社は、戊辰戦争の時の会津藩士は祀られてないんですね。

戊辰よりも前の、禁門の変の会津藩士は祀られている。

それより後、太平洋戦争までの会津出身者も祀られている。

そんな話があったんで、つい会津ネタを追加しました。


話の筋からは関係ないので使わなかった設定ですが、

山崎軍曹は二本松出身でした。

説得シーンで会津と二本松で戊辰の仕打ちについての思いを…って、

ただ長くなって愚痴っぽくなったから使うのをやめました。

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