あたしたちがアイドルよ! その2
さて、暗黒偶像なるものを目指したいとする妖と。
彼女に誘われた颯は、活動を開始するのですが……。
颯が妖にアイドルになるように勧誘された翌日の午後。
颯がダンス部の部室で愛用のカップに入れた珈琲の風味を楽しんでいると。
コン、コンと音が聞こえた。
「来たか……」
颯はこんな場所に来るのは妖以外なら、精々名目上顧問をしている教師だろうが、その教師にしてはノックの音が小さかったので、ドアの向こういるのは妖だと判断。
そして、テーブルにカップを置いて椅子から立ち上がって出入り口に向かい、自ら扉を開ける。
すると。
そこにはフリルのある黒いドレスのような衣装を着て、背中には黒い翼をつけた妖が。
「……馬鹿!! ちょっと来い」
颯は妖の腕を掴み、部屋に引き込んでからすぐにドアを閉め、鍵をかける。
「貴様、なんて格好をしている!?」
「何って、堕天使をイメージした装束よ?」
「誰も衣装の説明をしろとは言っていない!! 何故そんな恰好をしているのかと聞いている!!」
「フッ? 実際に見せた方が私の想像する暗黒偶像のヴィジョンが明確になるじゃない」
「いや、そうではなくだな……何故、廊下でそれを着ていたという話だ」
「え……?」
颯に指摘されたものの、何を言っているのかわからないため、顎に親指と人差し指を当てて、考え始める妖。
一方の颯も何故、彼女が自分の言いたい事が理解できないのかがわからないので、しばらくそんな妖の様子をうかがっていたが。
流石に、いつまでも無言でいても仕方がないので。
「そんな恰好で、廊下を歩いていたら、我々の正体が一般人共に知られてしまうではないか」
と、指摘する。
「そんなこと言ったって、更衣室からここまで歩かないとならないじゃない」
「そもそも何故更衣室で着替える必要がある」
「何を言っているの、更衣室は着替えるところよ」
「いや、そうだが。そうではなく」
颯は、妖が本気で理解していないのか、それとも冗談で自分が言いたい事を理解していないのか、顎に手を当てながらしばし考える。
そして、どちらにしろ今後も生徒用の更衣室でアイドルの衣装に着替えられては困ると思ったので、
「今後着替えるのならこの部室で着替る事だ。ここならドアに鍵もあるし窓にもカーテンがある。その上部員も俺しかいないから問題ないだろう」
と、提案。
この提案は、普段から女子更衣室以上に人の目が届かない場所として、この部室を更衣室に利用している颯としてはごく普通の提案だった。
の、だが。それを聞いた妖は「ふうん。なるほど」と呟いてから。
「つまり第三者の目の届かない密室で、あなたと二人きりの時に服を脱げばいいのね」
などと言い放った。
「誤解を招くような言い方をするな!!」
誤解をするような第三者はここは来ないからこそ、この部室を更衣室として使用するという話になっているとはいえ、突然怪しい事を言われたので動揺する颯。
一方、そんな颯の様子を見た妖は、
「フフッ……いいわ。喜んで脱ごうじゃない」
と、更に意味深な発言を続ける。
「何に喜んでるのだかわからないが、危ない気配がするからやめろ!!」
「……まあ、冗談は兎も角」
「ほ、本当に冗談なのだろうな?」
無論冗談の可能性が高いとは思うが。
場合によっては妖が二人きりになったら襲ってくる変質者という可能性も全くのゼロとは言えないので、颯は一応聞き返した。
がその結果。
「………………」
「なぜそこで黙る!?」
より一層、不安が増す結果になってしまった。
そして「このままでは気まずい。だが、こいつが本当に妙な目的で脱ごうとしているわけではないという確証が欲しい」と考えた颯は無言のままの妖の瞳を見つめる。
それに対して妖は見られた事への反射として見つめ返す。
そうして、二人はしばし見つめあい……
そして、この展開の流れでいつの間にか見つめあっている事に気がつき、更に気まずくなったのだった。
「と、兎も角。とりあえず私の衣装、これどうかしら?」
そして、その気まずい雰囲気を壊すために先に口を開いたのは妖である。
実は彼女は最初は当然、颯をからかうつもりであのような「誤解を招く言い方」をしたのだが。
そのまま颯と見つめあっているうちに。
気がつけば「颯って、改めてみるとイケメン……」とうっかり思ってしまったあたりで流石にこのままこの状態を続けるのはよろしくないと考えたので。
颯が何か言う前に自分から沈黙を破ったという事情があったりするのだが。
そんな事は知らない颯は、
「ん? 先の説明だと堕天使を意識したもので、暗黒偶像のヴィジョンを明確にするような衣装だったな?」
と、すぐに妖の衣装についての話題に切り替える。
「そ。ちなみに私が目指すのは『闇の色を集め纏う漆黒の救世主』というところかしら」
自分の言った事を颯が覚えていたため妖は更に詳しい説明を加える。
客観的に見ればほぼ具体性のないものではあるが、妖本人としては明確なイメージだと思っているその説明を受けて、颯は顎に手を当てながら、
「改めて聞くと、アイドルとしてその方向性は大丈夫なのかという感じだが?」
と指摘。
これに対して妖は、
「何を言っているの? 黒は女を美しく見せるっていうじゃない」
と返す。
それを聞いて颯は一方で「確かにアイドルには美しさは必要だと思うが、普通はそういう美しさを目指しはしない」と考え。
もう一方では「確かにその言葉の元ネタは魔女とかに関係あるが、決して闇だとかそういう系の黒に対して使った言葉ではない」とも考えて。
「いや、多分その言葉は漆黒の救世主とかそういうものに使う言葉ではない」
とは言ったものの、その後数秒間を開けてから、
「とはいえ、俺もそういうコンセプトに興味を持ったから協力しようといったのだ。漆黒の救世主……悪くない」
と加える。
これに妖は「でしょう?」と答えてから、
「私は漆黒の救世主にして闇の聖女という設定でいくから、あなたには私を守る暗黒の騎士とか、そいういう路線でやって欲しいのだけれど?」
と提案。
「そうだな……考えておこう」
提案に颯は、現状乗る気はないものの、一方で提案を否定した結果、騎士という比較的無難な設定よりも妙な役割にされても困るので曖昧に返事をしつつ、
「それより、あの大会の事だが」
と、今日ここに妖を呼び出した本題についての話題に切り替える。
「あの大会……?」
「ああ、そうだ。あれに出るにはあと一人メンバーが足りないのだろう?」
「え、ええ……まあそうね」
さて、実のところ。
妖は暗黒偶像の活動を颯と一緒にしたいというのはあったものの。
大会参加自体はその口実であって、そこまで絶対視はしていなかった。
ので、メンバーが足りない段階で、大会とは関係なく二人組のアイドルとして活動しようと昨日の夜には考えていたのである。
が、そんな事情は知らず、あくまで大会に出るために自分が誘われたのだと思っている颯は、昨夜、メンバーの集め方を考えた結果。
「今月にある新入生歓迎会、そこの部活紹介で我がダンス部の入部希望者という形で残り一人のメンバーを探そうと思う」
としていたのだった。
さて、颯が大会に出る前提で話しを進めている事をとりあえず受け入れることにした妖は、颯の提案に「そ、そうね……それで」と同意しかけたものの途中で、
「って、それじゃあ集まる人が我々と同じ属性であるとは限らないじゃない」
と気がついた問題を口にする。
これに対して、
「安心しろ。ステージで使う曲は『マスクドシャドウ』のものにする」
と即座に告げる颯。
その提案に妖は、
「それだと我々の正体が一般人に知られてしまうじゃない!!」
と指摘。
だが、その指摘に颯はぴんと立てた人差し指を左右に振りながら、
「確かに、オープニングなどでは固有名詞などが入っているから、それをきっかけに一般人に知られてしまうだろうが……それ以外ならどうだ?」
と答える。
「それ以外?」
「ああ『マスシャド』は主題歌の他に劇中では使われていないキャラソンやイメージソングが多数存在する。その中には特に我らの正体を知られる可能性があるような言葉が含まれないものもある……と、いう事だ」
「なるほど……確かにそれならファン以外は気がつかないかもね」
実際のところ。
作品のファンが全員キャラソンやイメージソングまで抑えているとは限らないのだが、颯は「どうせ来るならばそのくらいは知っているファンの方がよいだろう」と考えた上で提案しており。
一方の妖は自分基準で「ファンならば当然抑えているはず」と考えたため、その部分については特に指摘しなかった。
ので二人はそのまま。
「――で、具体的に何の曲で、どんなダンスをするのよ」
と、『マスクドシャドウ』の曲で新歓のダンスを行うという前提で話を進める――が。
「そうだな。俺としては『月華の夢刃』が良いと思うのだが、どうだ?」
「『月華の夢刃』……ねえ……」
と提案された曲に疑問を抱いた妖である。
何故かといえば、彼女はその曲を知らなかったからであった。
だが、先にも書いたようにファンならばマイナーな曲も抑えているはずと思い込んでいる妖は、自らが曲を知らないとは言いだせないので、
「いいわよね……あれ」
と適当に返事をして誤魔化すことにした。
対して、妖もまた曲を知っているというように理解した颯は、
「『マスシャド』シリーズの中で、アニメ版でしかも舞台が幕末という異色作、そのドラマCDに入っていた隠れた名曲、これならば我らが望むような同志が来るに違いあるまい」
と何故それを選曲したかと説明。
そして、この説明を聞いて妖は。
ああ、あの『マスクドシャドウ』シリーズの外伝として作られたアニメ版のうち、幕末を舞台にした『影ノ仮面 月光』の関連曲ねと判断。
そして同時に、自分が全く触れていないアニメ版の方の関連曲だったから知らなかったのだとも理解した。
だが、妖は今更知らない曲だとは言えず、しかもその曲を良いといってしまっているため、
「じゃあ、その曲で行きましょう」
と同意し、そして間を開けずに、
「ダンスについては、あなたの方が得意だと思うからよろしく」
と提案した。
だが、これを受けた颯は「いや」と断ってから、
「この曲のダンスにはお前が今着ているような衣装の方が似合うと思う。ので妖、新歓ではお前が踊ることにしたい」
と返す。
勿論、本来は曲の雰囲気に合わせてダンス衣装も和風なのだが。
今回はそこまで用意している余裕はないため、颯としてはそれならば自分の持っているような男装に近い衣装よりは、妖の着ているようなドレスの方が近いと判断しての提案である。
「ちょっと。私、ダンスはほとんど経験がないわよ」
「そうなのか……アイドルの大会に出ようと言い出すぐらいだからそれなりにあるものだとおもっていたのだがな」
「それは、これから練習するのよ」
「これから……」
颯は妖の言葉を受けて、しばし前に妖に見せられた大会のチラシの内容を思い出そうとする。
そして、おそらくは自分の記憶が正しいはずだと思いつつ、一応確認のために大会宣伝のためのサイトをスマホで検索。
そして、
「大会の予選は五月なのだが、貴様はそこまでに人前で見せられるクオリティのパフォーマンスをできるようにするつもりなのだな?」
と、妖にスマホの画面を見せながら尋ねる。
「え……五月……?」
先にも書いたように、大会出場は颯と一緒に活動をするための口実だった妖は、大会(の最終戦)が十月にあることまでは知っていたのだが。
細かい日程まではよく覚えておらず。そのため予選の第一回目が五月にある事も頭から抜けていたのだ。
が、流石に大会に誘った自分が日程を覚えていなかったとは言い出せない。
そう思った妖は、すぐに気を取り直し、先の颯の質問に対して、
「勿論よ。一ヶ月もあれば十分ね」
と言ってしまったのであった。
これに対して、颯は新歓のダンスへの対応と大会予選へのそれでは妖の態度が違う事に気がつき「こいつ、ダンスに自信があるのかないのか、どちらなのだ?」と考える。
そしてその結果、
「なるほど、一ヶ月で何とかなるという自信があるのなら、新歓のは難しくない振り付けだから何とかなるだろう」
と提案。
ここには、妖の本気度や実力を知りたいという颯の思惑があるのは言うまでもない。
が、これに対して自分が五月までに人前でできる程度にダンスができるというようなことを言ってしまっている妖は、断ることもできず、
「そう、なら構わないわ」
と結局引き受けることにしたのだった。
こうして。
実際にはダンス素人の妖は、それなりに経験のある颯の指導のもと、新歓に向けて練習をすることになったのだが――
(続く)
こうして、妖は新入生歓迎会に向けてダンスの練習をするのですが。
果たしてどうなったのか。次回に続く!!