あたしたちがアイドルだ! その5
さて、一度はダンス部そしてアイドルとしての活動をやめると言った鎬でしたが。
彼女は結局どうしたのか、そしてアイドルとしての活動は今後どうなるのか……。
そんな遊の「野獣の勘」が当たったのか。
――は、さておいて。
実際。
翌日の放課後。
物理室には鎬の姿があった。
しかも、一番乗りである。
何故か。
それは彼女が昨日、帰宅後に。
「もしかしてあたし、遊にオタバレを隠しているって伝えられてなかったんじゃねーか?」
と気がついたからである。
しかし、とはいえ。
自分の過ちに気がついてもすぐに自分が悪かったとは思えないのが人の性であり。
鎬は、オタバレしたくないと伝えられていなかった件について気がついた後も「遊のやつ、察しが悪いからな」とも思っていたので、特に自分が悪いとは思っていないのだが。
まあ、とにかく。
もし伝えられてなかったなら、遊の側から見たら自分は「何故か怒って部活をやめると言って出て行った上に、翌日になって戻ってきた人」になってしまうとは気がついたので。
そんな奴が頭下げて部室に入ってくるのはカッコ悪い。
鎬はそう思ったのである。
そして、そこからあれこれ考えた末。
ならばいっそ、昨日の事はなかったように振舞えば良いのでは?
そしてそのためには誰よりも先に部室にいた上で、いつものように漫画雑誌でも読みながら茶でも飲んでいた方が、他の部員が既にいる部室に後から入るよりは良いのでは?
などと考えたのでこの日は一番乗りで、部室である物理室にいるのだ。
そして。
そんな鎬が物理室に置いてある自分専用の湯飲みに、粉末タイプの緑茶を淹れて、心を落ち着けるためにちびちびと啜り。
週刊誌でも読もうかと、部活動用のロッカーにゆっくりと足を運ぼうとしたあたりで。
遊が物理室に入ってきた。
「む、なんだ。既に来ていたのか」
鎬はその声を聞いて、ロッカーに向かうのをやめ、出入り口の方を振り向く。
するとそこに、遊がいた……のだが。
何故か、白衣を着ていたのであった。
しかもこの白衣。
生物や化学の授業で行う実験用に高校入学の際に全生徒が揃って購入したものではない。
何せデザインがどうみてもナースのそれだからだ。
その上わざわざ、あからさま過ぎるデザインのナースキャップまでつけているし。
更に、明らかに偽物な大きな注射器を持っている。
つまり……どう考えてもコスプレである。
さて、このコスプレ。
いうまでもなく、遊の趣味である。
「おい! 何でナースの白衣を着てんだよ!?」
鎬はその衣装についてとりあえず指摘する。
だが、実のところ鎬は遊がコスプレして登場した事にさほど違和感を感じてはいない。
何故ならば。
遊は初めての練習の際に着ていたメイド風アイドルの衣装の後も。
教師には「ダンス衣装の試作を実験的に着ているのだ」と言い張って練習の際や、あるいはミーティングの際にまで度々コスプレをしているので。
鎬的には「またか」というところだったからだ。
なので、本来ならば、遊がナースっぽいコスプレをしていることに対して特に指摘しなくてもよかったのだが。
昨日の事をうやむやにしたい鎬は「この際、このコスプレを話題に出して、遊が昨日の話をしてくるのを阻止しよう」と考えたため、あえてツッコんでみることにしたのだ。
そして、そんな鎬の思惑が上手くいったのか、遊は「ふむ」と呟いてから、
「昨日の帰り、八百屋で茄子を買った際のお釣りが偶然八百九十一円だったからな」
と、特に昨日の話を出さずに、衣装について答えた。
「なるほど八・九・一で白衣ってわけか」
鎬は「茄子だからナースなのか?」というダジャレ的なところは触れないことにして、
納得したようにうんうんと頷きながら口にする。
だが、この時鎬は。
「もし遊の受け取ったおつりがあと二円高かったら、彼女はヤクザのコスプレをしてきたのだろうか?」と想像し。
内面的にはともかく、遊の顔的には漫画やアニメにありがちな、眼鏡をかけたインテリ美形ヤクザのコスプレとか似合いそうだなとさえも思ったが。
それも「茄子でナース」と同じく、口には出さないことにした。
なので、遊の方もこれ以上コスプレについては話題にせず、
「さて、今日は今度のアイドル大会に、どんな曲をやるか決めたい」
と、普通にダンス部としての活動について話し始めた。
この話の流れに鎬としては。
「コスプレの話題、あんまり長引かせた訳でもないのに、昨日の事には触れずに今日の活動なのか?」と少し思ったのだが。
遊としては、別段昨日の事は問題視していなかったので、話題にするまでもないため話さなかったのである。
だが、そんな事は知らない鎬は何故、遊が昨日の話をしないのかをしばし考え。
そして「もしかしてあたしに気を使ってくれてんのか?」と思い、彼女の事をちょっと見直した。
のだが、直後に遊が胸を張って言い出した事が、
「今回、私としては自分が作詞した『決めろ!! 勝利だ!! 斬撃王』にしたいと思う」
だったので、鎬は「やっぱり遊は遊だった」とすぐに考えを改めたのだった。
……が、鎬は更に「いや、遊に対する評価を改めている場合じゃあねえ!」と考えを進める。
「何だ!? その曲は!? そんなの大会でやってどうするつもりだ!?」
そして当然、鎬はその遊の提案した得体のしれない曲について質問とも、非難ともいえる言葉を口にしたのだが。
遊はこれに対して、
「安心したまえ。曲については私のネットで知り合った友人に作曲ができる者がいる」
平然とそう答える。
当然この受け答えに対して鎬が、
「違う! そこじゃねえ!!」
と反応したのは言うまでもない。
「む? 作曲の事ではない……では何が問題なのだ?」
この鎬の様子に首をかしげる遊。
当然、彼女はいつものことながら、本当に何が問題なのか全くわかっていないのである。
「お前、その曲でカッコいい系アイドルとして女性票取れるつもりなのかよ!?」
鎬も遊のそういうところは分かっているのではっきりと言ってはみるものの、それで遊が納得するとも思っていない。
そして、案の定遊は、
「当たり前だろう。無名の我々はとりあえずインパクトで注目を集めるのが得策ではないか」
と、平然とした様子で返してきた。
「最初から女子アイドルの大会にカッコいい系で出る段階で注目集めようってのに、更にイロモノみてぇな曲やってどうすんだよ!!」
遊の意見に当然納得がいかない鎬は、すかさず自身が問題に感じた部分に突っ込む。
だが、それを聞いて遊は、
「何を言う。カッコいいのだぞ。斬撃王は」
などと何も迷わずに対応。
これに鎬としては「どう考えてもイロモノじゃねえか」とか「カッコいいかもしれねぇけど、それ、アイドルのカッコよさじゃねえだろ」と返したかったが。
そういう主観的な評価を話しても多分遊は納得しないだろうと考えたので、しばし考えてから。
「……っていうか、誰だよ…斬撃王って」
まずはとりあえずそこを尋ねてみる鎬。
すると遊は、鎬に歩み寄り。
彼女の肩をポンポンと叩き、にっこりと微笑んだ。
この遊の挙動の意味を。
数秒の間、鎬はよくわかっていなかったが。
遊が笑顔のまま、自分の顔をじっと見つめていることから、段々と予測がついてきて。
最終的に、
「…………あたしか!!」
などと叫んだ。
その叫びは当然、意外な展開に驚いたから発せられたものだったのだが。
遊はそれを「自分が主役に選ばれた」という喜びから発せられたものだと誤解し。
結果「うむ」と頷いてから、
「この大会に誘った私がおいしいところを持っていくのもどうかと思ったからな。鎬くん。君に主役の座を譲ろうじゃあないかという事だ」
と、何故鎬を曲の主役にしたのかという事をご丁寧に解説し始める。
「いらねえよ!!」
咄嗟に断る鎬。
言うまでもなく鎬はそんなこと全く望んでいないのである。
だが、断られることが予想外だった遊は「むぅ」と言って、顎に手を当ててしばらく考え。
そしてそれから、
「そうか……ならばこちらの曲に」
と、鞄の中から、歌詞を書いているノートを取り出し、青い付箋が貼ってあるページを開く。
するとそこに書かれていた曲。そのタイトルは……
「……『狙え!! 必中!! 銃撃王』だとぉ!?」
さっきと大差ないタイトルに「どっちでも同じじゃねえか」と思いつつ、その曲名を読み上げた鎬。
だが鎬の気持ちなど遊が理解しているわけもない。
「違うぞ鎬君。それは銃撃王と読むのだ」
その為、遊は曲のタイトルの読み間違えを正そうとする。
「バッカ!! それじゃあさっきの〈斬撃王〉と読みが紛らわしいじゃねーかッ!!」
「む、それもそうか……」
「大体、銃撃王って誰……いや、いい。みなまで言うな」
「当然、銃撃王とは私の事だ!!」
「言うなって言っただろ!! ……ってか、貸せ!! そのノート」
このまま話していては埒が明かない。
そう思った鎬は、せめてそのノートからまともな曲を探して、それを勧めようと思った。
のだが。
「『穿て!! 必殺!! 突撃王』に『忍者騎士ブレイドヤイバー』……って、こんなのばっかかよ!!」
「違うぞ、鎬君!!」
「何だ、こういうのじゃない曲も……」
「後の方の曲、それは忍者騎士と読むのだ……カッコいいだろう?」
「(どうでも)いいだろうの間違いじゃねーのか!?」
遊と会話しながらも、ノートをパラパラとめくり曲タイトルを確認する鎬。
だが、どのページを見ても、曲名や歌詞にヒーローやロボット名が入っているようタイプのアニソンや特撮ソングみたいのしかなかったので。
これは、歌詞として良いかは兎も角、アイドル大会には使えないなと判断。
「ったく、これならあたしが昔試しに書いたヤツの方がましだな……」
あまりにもアイドル向けではない曲ばかりだったために鎬は思わず、そしてうっかりそう口にした。
そして、遊はそれを聞き逃さない。
「む、鎬君も歌詞を書いたことがあるのか……どんなものだ?」
彼女が作詞をしたことがあると知って、とりあえず訊ねる。
この質問。
遊の側は当然、単なる好奇心なのだが。
鎬としては口を滑らせて言った発言に対する指摘なので、あまり返答はしたくない。
だが、流石にあんな曲ばかり書いているようなヤツに、タイトルを言っただけで馬鹿にされたりはしないだろう。
そう思ったので鎬は、
「く……『CRIMSON BLAST』とか『RISING HEART』とか……」
と曲名を渋々口にした。
……のだが。
「ふっ、中二病だな」
遊は即、ドヤ顔でそうツッコんできた。
「テメェには言われたくねえよ!!」
当然の如く、ツッコミ返す鎬である。
ちなみに。
鎬がこの歌詞を書いた時、彼女は実際に中学二年生だったのだが。
タイトルは兎も角、歌詞内容は普通。
というか、中学二年生が「普通の歌詞」を書けているんだからむしろ才能あるんじゃあないか? ぐらいのものである。
が、鎬の書いた歌詞を読んだ訳ではない遊は。
「そうだな。もし、私の書いた歌詞より優れたものを一週間以内に書いてくるというのなら、そちらの歌詞を優先して大会に使用するという事でどうだろうか?」
と提案。
「おう! それでいいなら書いてやるぜ」
鎬も、自分が中二病扱いされた事と、流石にあの歌詞で大会に出るのはどうかと思ったこともあって、締め切りが一週間後という事など気にせず、即座に提案に乗る。
……が。
「って、誰が判定するんだよ?」
当然の事ながらそこが気になったので、鎬は指摘。
「うむ、歌詞を書いている我々二人は除くと考えれば、当然穂薙君になるだろうな」
指摘された遊は、さも当たり前と言わんばかりに後輩の名を口にする。
この部の部員は三人だけで、他の関係者を強いて言えば顧問の先生とかになるが、顧問は今のところ形だけであり、ダンス部の活動に熱心に力を入れている様子もない。
なので、歌詞の審判役ができるのは穂薙しかいないというのは、鎬も想像はできていた。
「確かにそうなろうだろうけどよ。あいつ、それ引き受けんのか?」
だが、かといってここにいない後輩に勝手にそんな役を押し付けて良いものか?
そう思った鎬は遊に一応確認する。
「何、そこは私が交渉しておこう」
確認に対して、遊は迷うことなく真っ直ぐな目で鎬を見ながらそう発言。
「そうか、じゃあそうするか」
遊の堂々とした言い方に鎬は「あたしよりあいつと長い付き合いの遊が言うんだ。きっとそういう事、特に躊躇わずに引き受けるやつなんだろう、穂薙は」と考え。
特に悪いとも思わず遊の意見に賛同し、後輩に審判役を任せることにした。
この鎬の推測。ある意味ではほぼ正解……なのだが。
穂薙がこういう遊の頼みを引き受ける理由が「遊さん一人に任せておいたらえらい事になる」という理由だったりする。
そして、今回の場合の「えらい事」とは、当然ながら「ただでさえカッコいい女性アイドルという珍しさで票を集めようとしているのに、加えてアイドルとしてはイロモノ系の曲をやろうとしている事」なので。
穂薙が審判を務めると決まった段階で、鎬の勝ちはほぼ確定だった。
……のだが。
鎬は「穂薙が付き合いが長い遊の方を贔屓するんじゃないか?」と推測してしまったのだった。
「よし、そうと決まれば今日は帰って歌詞を考えさせてもらう!!」
そして自身の推測から「これは、ガチで凄い歌詞を作らないと勝ち目がねえ」と思い込んでしまった鎬は、帰宅を宣言するが早いか、テーブルの上に置いてあった湯飲みなどの私物を手際よく片付け、鞄に荷物をまとめ、足早に部室を立ち去った。
その際、彼女が出て行ったドアとは別のドアから、先ほど審判役に選ばれた穂薙が入ってきたのだが。
丁度すれ違いの形となり、二人が会話することはなかった。
そしてこの、わずかばかりの時間差によって二人が話し合わなかった事が。
結果として後に……。
(続く)
こうして、一週間で歌詞を考えなければならなくなった鎬ですが。
果たして彼女は無事に作詞することが出来るのか……次回に続く。