あたしたちがアイドルだ! その4
さて、前回。
勘違いから、約束を破られたと思い込み、部室を飛び出していった鎬でしたが。
はたして彼女はどこに行ったのか……。
さて。物理室を飛び出していった鎬だが。
意外な、実に意外なことに。
屋上に行った彼女は。
遊が予想していたように、頭を冷やして結果、物理室に戻ろうかと考えていた。
何故か。
それは鎬が、冷静に考えたらもうオタバレして問題ないと気がついたからである。
そもそも彼女が一年生の頃。
オタバレしたくなかったのは、オタクだとばれたら恥ずかしいとか、偏見を持たれるから――ではない。
そっちの理由もあるにはあったが、それ以上に。
あるものを目指していた彼女は。
他のオタクにかまって、時間を無駄にするのが面倒だったからである。
だが、今の彼女は。
ダンス部としてアイドルをすることで。
目指していたあるものに近づけるのではと考えていた。
なので。
アイドルを目指した段階で、オタバレして、自分と価値観の違うタイプのオタクに絡まれても。
周囲には「部活の練習がある」と言えば、時間を無駄にしないで済むのである。
さて、彼女が目指していたもの。
それは――
「あ、こんなところにいらっしゃいましたか、お姉様」
「げげ、後輩!? じゃなくてその呼び方はやめろ!!」
「ああ、親しみを込めたお姉様という呼び方が嫌だなんて……流石お姉様、クール過ぎます」
「いや、呼び方だけじゃなくて喋り方もやめろ」
「え? あ、はい。わかりました」
「お、おう。案外素直に止めんだな……」
「ええ、ここでは誰も見ていませんから。演技をする必要はないかと」
「………………」
違う、そこじゃねえ!!
と、鎬は心の中で叫んだが。
そう言っても余計な時間を使うと思ったので、とりあえずは今止めてくれればいいかと頭を切り替え、
「で、なんだ? あたしはもうダンス部じゃあねえんだぜ?」
と、さっきまで部室に戻ろうかと考えていた気持ちとは裏腹なことを口にする。
それを聞いて、穂薙は。
「本当に、おね……いえ、鎬さんはそれでいいんですか?」
と訊ねてきた。
「何がだよ?」
穂薙に何気なく尋ね返す鎬。
鎬としては、穂薙の先の言葉は、よくある「退部をしようとしている人への台詞」みたいなものだと思ったので、特に彼女に何か考えがあるわけではないと思っていた。
のだが。
「だって、このまま上手くいけば鎬さんが目指しているヒーローになれるかもしれないじゃないですか!!」
などと、穂薙が突然傍から見たら訳の分からない、しかし、ズバリ正解のような事を言い出したので鎬は、
「お前、何でそれを!?」
と、間髪入れずに口にした。
それを聞いた穂薙は、「え?」と呟いてからしばらく迷い。
それから、
「遊さんから聞いたんですが……もしかして、これも秘密でした?」
と訊ねる。
だが、訊ねられても困る鎬である。
何故なら、彼女としては、
「いや、その前に。遊にも話してねーぞ。あたしの夢」
というところだからである。
さて。
では何故話してもいない鎬の夢を遊が知っているのか。
それは、鎬がオタバレを避けるようになる前.
中学二年生の時にその夢を周囲のオタク仲間に話していたからである。
だが、その際に鎬が、
「あたし、将来役者になって、ヒーローやりたいんだ」
と話したら、当時のオタク仲間に、
「どうせ無理」
と言われてまともに相手にしてもらえなかったのであった。
その為、結果として「他のオタクと構っている暇はない」と思った鎬は。
高校に入ってからオタクであることを隠すようになったのである。
しかし、その際に「鎬が女優、しかもヒーロー役志望」という噂は彼女の隠れファンの間に広まっており。
そしてその隠れファンには彼女と同じ高校に進学したものもいたので。
結果的に、遊にその情報が入ってきていたのである。
「でも、遊さんが言ってましたよ? 鎬さんは本当は殺陣とかスタントの勉強もできる演劇部がある大学付属の私立に行きたかったはずだけど、親に反対されたとか」
「はぁ!? 何でそんな事まで知ってんだよ!?」
これに関しては。
先のオタク仲間に進学先について話していたことに加え。
実際には都立高校に通っているという事からの推測が噂となり。
隠れファンの間では事実のように話されていた内容が、実際に鎬の事情と一致しており。
そしてそれが遊に耳に入っただけである。
「で、鎬さん知ってますか? 確か、ヒーロー演じていた役者さんに、元ご当地アイドルの人が……」
「あ、ああ、いた……いたな、うん」
さて、この件に関して。
言われるまで忘れていたというフリをする鎬だが。
実際にはこの事が、現在鎬がダンス部に所属している理由である。
彼女は遊からアイドル大会の募集案内を見せられた際に。
案内の中にあった「別地域のご当地アイドルのコラボ企画検討中」という部分を見て、元ご当地アイドルでヒーローを演じた役者さんを思い出し。
このまま高校三年間、特に演技の本格的な勉強もできず、ひたすら独学でやっているだけならば、いっそアイドルとして知られた方が良いのでは?
と、考えたためアイドル大会への出場を決意したのだ。
ちなみに。
鎬が自分たちの新歓のステージが人気だったのに、新入部員が集まらなかったことに不満を抱いていた理由には。
演劇部の現部長が特撮ヒーローを「くだらない」と馬鹿にするタイプの人物で。
高校入学時に演劇部に入部しようと考えていた鎬が、結局演劇部に入らなかった理由でもある先輩なので。
自分たちの活躍の結果、新入生の関心がその演劇部に集まってしまった事への苛立ちもあったのだ。
とはいえ、これは鎬の知らない事だが。
ダンス部の新歓での演武を観て、演じているのを演劇部だと勘違いした新入生たちは。
「この学校の演劇部の演劇には基本的にアクションはない」
という事にがっかりして、全員去っていき。
その結果、例の演劇部部長は勘違いからやってくる新入生に何度も部の方針を説明をして労力は使っているが、部員は全く集まらないという状態になっているので。
鎬たちのダンスのおかげで演劇部部長が得をしたかといえば、むしろ損をしているぐらいである。
とはいえ、まあ。
それについては今、話題にする話ではないので、この程度にするとして。
話を戻すと。
既にオタバレしても問題はない、少なくとも本人はそう思っている鎬からしたら。
ダンス部に戻って、ご当地アイドルとして実績を積んで、そこから役者の方を目指す。
というのが理想なのである。
が、流石に。
さっき遊と揉めたばかりで、すぐに部室である物理室に戻って言った事を取り消せるほど、彼女は大人ではない。
しかも、現状は。
傍から見たら「鎬は遊に『特オタであることは隠してくれ』とちゃんと伝えてなかった」と分かっても。
鎬の頭の中では「特オタであることを隠したいと自分は伝えたはずなのに遊はバラした」となっている状態である。
つまり彼女的には「自分が言った事を取り下げて部活を続ければ丸く収まるけれど、約束を破った遊を特にお咎めなく許してよいものか?」のような気持であるとも言える。
ので、結果的に。
素直に部活に戻れなくなった鎬は、穂薙に、
「ま、まあ……あたしがヒーローになりたいって事と、このままダンス部を続けるかは別だから……ちょっと考えさせてくれ」
と伝えると、そそくさと屋上を立ち去ったのであった。
さて。
その様子を伺っている、一人の女子がいた。
言うまでもなく遊である。
彼女は、屋上に出入りするドアの裏側から二人の様子を探っていたのだ。
勿論、鎬が屋上から立ち去る際はドアの陰に隠れてすれ違わないようにやり過ごしたのだが。
それはさておき。
そんな彼女は屋上に姿を表すや否や、
「あれは……明日には部室に帰ってくるだろうな」
と、穂薙対して仁王立ちをして断言した。
そのあまりに堂々とした様子に、穂薙は、
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
と訊ねたが。遊はこれに対して、
「野獣の……勘だ」
と、意味不明なことを言ったのであった。
(続く)
と、こうして。
一応はダンス部に戻るつもりでいる鎬ですが。
遊の予想通り、部活動に戻ってくるのか……次回に続く!!