あたしたちがアイドルだ! その3
さて、前回。特撮作品『幕末戦士サムライジャー』のオープニングテーマに合わせたダンスを。
新歓で踊ると決めた、ダンス部の二人でしたが。はたしてその結果、どうなったのか……。
さて。
意外な。
実に意外なことだが。
新歓のライブ。
つまり『サムライジャー見参!!』のダンスだが。
これは大盛況に終わった。
――が。
ただし、それは「ステージは人気だった」であり。
残念ながらダンス部の宣伝にはなっていないのであった。
何故なら。
それらを見た新入生の大半は。
二人の登場時の説明により、彼女たちが舞台に上がった当初は、二人の事をダンス部だと認識していたが。
彼女たちのダンスが激しく、しかも鎬はビームサーベルを。
遊は二丁光線銃を使ってのものだったために。
見ているうちに。
「あれ? この部活何だっけ?」
「踊りながら戦っているし……ミュージカルだったかな?」
「という事は……演劇部だったんじゃないか? 多分」
「まあ、ミュージカル部がないから、そうなんだろう」
と、誤解していき。
結果的に「うちの学校にはカッコいい先輩女子がやっている、演劇部がある」と思われてしまったために。
ダンス部の方に新入部員が集まらなくなったのだった。
「おい! どうすんだよ!!」
当然のことながら、この状況に不満を持つ鎬である。
彼女は最初から新歓の影響で新入部員が来る可能性は低いとは思っていた。
だが新歓までの短い間に、あまり経験したことがないダンスの練習を必死こいてやり。
その結果、ステージそのものは大人気になったというのに。
何故か自分たちのところに入部希望者が来ないのは、流石に不満なのだ。
ちなみに。
ダンス素人のはずの鎬が、新歓までにまともに踊れたのは。
彼女にダンスの才能があったから……というよりは。
ダンスの内容がほぼ「音楽に合わせて武器を使った演武をする」に近いイメージであり。
鎬は今まで、そういう方ならば多少経験があったためである。
まあ、それはともかく。
そんな鎬の不満に、
「ふむ。来る者は拒まず、去る者は追わずだ。鎬君」
という遊。
が、どう考えてもその発言はおかしいので、鎬は、
「馬鹿!! 誰も来てねーから拒めねーし、来てねーから去る者もいねーんだよ!!」
と、怒った口調にしては冷静な指摘をする。
「ん……まあ、そうだが」
一方、遊はその指摘に対して、特に動じることもなく。
部室として使っている物理室にある〈ニュートンのゆりかご〉をいじっていた。
そして、そんな遊の様子を見て、イライラしているために、
「ってか、何でダンス部の部室が物理室なんだよ!?」
と、別段今議題にする事ではない事までにいちゃもんをつけ始めた鎬。
ここで一応、何故物理室がダンス部の部室なのかを読者に説明しておくと。
体育系の部活のためにある部室用の部屋はダンス部設立時には既に埋まっており。
部室として使えそうな、空いていた部屋がたまたま物理室で。
当時のダンス部部長が。
練習は多目的ホールや体育館、あるいはグラウンドで行うし。
更衣は更衣室があるから。
部室はミーティングができる場所なら物理室でも構わない。
と、判断した結果なのだが……もう、その部長はとっくの昔に卒業しているので。
遊も鎬も、そんなことは当然知らないのであった。
なので遊は、先の鎬の質問に、
「まあ、あれだ。ダンスの動きには物理法則でも表せる運動の美しさがあるからだろう」
と、適当な返答をし。
結果、鎬の機嫌はますます悪くなって、
「てめぇ、適当なこと言ってんじゃ……」
などと、普段なら怒るような事でもないことで声を荒げた……が。
そのタイミングで。
コンコンコン……と。
物理室のドアをノックするものが!!
「な!? 敵か!?」
何故かこの状況でそう判断した鎬。
だが、〈何故か〉なのは読者視点で見ればであり。
鎬の視点からだと彼女がそう判断するのも無理はない。
何故なら、外の様子を見られるようにドアにつけられている覗き窓。
そこから、槍……のように思える何か長物のようなものが見えたからだ。
だが、流石の鎬もまさか槍をもって物理室に道場破りとか、そういう事はあるまいと、当たり前だがすぐに判断。
ということは……まさか、あのステージを見てやってきた新入部員か!?
と鎬は考えを改めたので、急いで椅子から立ち上がり、ドアを開け……、
「お姉様!! サムライジャーのお姉様!!」
そして閉め、見なかったことにして。
さっきまで彼女が座っていた椅子に戻った。
が、すぐに、
「お姉様! 何故ドアを閉めたんです!? お姉様!」
という声が廊下から聞こえたので。
鎬は、むしろこのままあいつを廊下に放置した方がまずいと判断。
即、再びドアを開けて、外にいたおそらくは一年生の女子をつかまえて。
物理室に引きずり込んで、速やかにドアを閉めた。
ちなみに。
この際に、その女子が、
「あぁお姉様、いきなり強引過ぎます……」
と色っぽい声で言っていたが、それは無視することにし。
鎬は、その一年らしき女子に、
「てめぇ何者だ!? どこの組のもんだ!? 名を名乗れ!!」
と、目をぎらつかせて脅すように告げる。
無論、組とは何年何組だという意味である。
ので、当然のように、その女子も、
「私は、その……一年B組の石突穂薙ですっ!! よ、よろしくお願いしますっ!!」
と、鎬の剣幕にビビりながらも、比較的普通に受け答え、そしてその後に。
「お姉様」
と付け加えた。
それに対して、
「おい! そのお姉様ってのはやめろ」
と、即座に止めようとする鎬と、
「ふむ、お姉様か……悪くない」
と、言いながら穂薙に紅茶を出す遊。
ちなみに。
今日の彼女の服装はメイド風ではない。
ので、別段服装に合わせるためにお茶を出しているわけではないのだが。
まあ、それはともかく。
そんな遊の言った先の発言にも、鎬は、
「お前も肯定してんじゃねぇ!!」
と否定的な意見を発する。
が、遊は遊で、
「何故だ? 我々は先輩。つまり彼女から見たらお姉様ではないか」
と、とぼけたく表情で返す。
これに鎬は、
「いやいや、誤解されるだろうが、色々と!!」
と、頬を赤らめて口にする。
勿論、彼女が言っている誤解とは年下の女子生徒との色恋沙汰というような事である。
彼女としては、自分たちのアイドルとして狙う路線が女性人気である事や。
また、そいういう好みの人がいることは認めても。
会ったばかりの下級生と、いきなりそういう関係だと誤解されては困るのだ。
だが、何も理解していないような顔をした遊は、
「む、何の事だ? いいと思うが……お姉様、ああお姉様、お姉様」
などと意味不明なことを五・七・五調で読み上げるように言った。
それを聞いた鎬は、咄嗟に、
「俳句みてーに言いやがって!!」
と言ったが。
数秒考えた後、
「……いや、季語が入っていないから川柳か?」
と訊ねる。
すると、それに遊は、
「うむ、そうだな。ちなみに百合は夏の季語だ」
と答えた。
「………………」
「何か?」
「『何か?』じゃねえ!! やっぱりわかってんじゃねーか!!」
「ああ。百合が夏の季語だという事はわかっている」
「違う! そこじゃねー!!」
まあ、オタク趣味のある遊が百合とかそういうものを知らないという可能性の方が極めて低かったわけだが。
遊にからかわれている事が腹が立ったので、とりあえず鎬は遊を怒鳴っておくことにしたのだった。
が、そんな二人を見ていた穂薙は、
「ああ、お姉様方は以心伝心で素敵です」
と、両手を組んで、うっとりした顔をして呟く。
すかさず、
「どこがだ!!」
という鎬と、
指パッチンをしてから、
「だろう?」
という遊。
だが、流石にいつまでもこんな訳の分からないやり取りをしているわけにはいかない。
鎬はそう思ったので、
「お前、穂薙とか言ったな? うちはダンス部であって、そういうお姉様がどうだとか言う場所じゃあ……」
とはっきり言っておくことにした。
すると、穂薙は、
「ええ、理解しています。さっきのはあれです、ここのアイドルはそういう関係だと匂わせて宣伝するやつです。その方がおそらく女性人気が獲得できますから」
などと急に態度どころか口調まで変えて話し始めた。
ので、思わず鎬は、
「はぁ? お前、何でそんな商法……」
と言ったが、途中でそれより気になったことがあったので、
「というか、何でうちのダンス部がアイドルで、女性人気を狙っているとか知ってんだよ?」
と、質問した。
何せ、鎬達は新歓の時、アイドル大会に出ることも、女性人気狙いだという事持っていないのである。
これは、実績のない部活がいきなりそんなことを言っても新入部員は逆に警戒して来ないだろうから、あえて言わず。
来たヤツをうまい事誘導してアイドルに参加させようという魂胆だったのである。
それが何故、既に内部の事情を知っている新入生が来たのか。
それが鎬には謎だったのだが……。
「ああ、彼女は私の中学時代の後輩で、この前話したオタク仲間だ」
と、その問いに答えたのは遊である。
そしてそれに続ける形で穂薙も、
「最初は『そんなの無理でござる』って言っていたんですが、遊さんに頭下げられてしまったので、参加するしかないかと」
と事情を説明する。
これを聞いて鎬は「オタク仲間は他の学校ではなかったのか」とか。
「本当に『ござる』と言っていたようだな」とか。
この前の話を思い出しながら聞いていたが。
途中であることに気がついたので、二人に対して、
「おい、という事はあれか? あたしに相談なしに、ああいうお姉様とかそういうのをやったってことか?」
と質問した。
これに対して、
「はい? ……許可をとっていなかったのですか?」
と言いながら遊の方を向く穂薙。
そして、向かれた遊は「む? まずかっただろうか?」と二人に尋ねてから。
「いや、二人とも恋人はいないと聞いていたから、構わないと思っていたのだが……」
と言い始めた。
それに対して、
「はぁ? どういう意味だよ!?」
と、本当に意味が分からないので訊ねる鎬。
一方、遊とはかつてからのオタク仲間である穂薙は、
「あの、遊さん。配慮するべきは『恋人がいたら二股だと誤解されてしまう』という点より外にあると思うのですが」
と、遊の言いたい事を読み取って返答する。
そしてそれを聞いて、先の遊の発言の意味を理解した鎬は。
「アホかっ!! それ以前の問題だろうが!!」
と怒りを露わにする。
ちなみに、ここで鎬が気にしていることは二つ。
一つは先にも書いたように。
このダンス部がお姉様がどうだとか、そういった目的の集まりだと誤解されてしまうという事。
そして、もう一つは……、
「ということはもしかして遊さん、鎬さんの事を『サムライジャーのお姉様』と周囲に話すのも相談していなかったと……」
「む? 相談しなければならなかったか? それは」
「…………て、手遅れかよ!!」
という事である。
そう。
さっき穂薙が廊下で「サムライジャーのお姉様」といってた事から。
自分たちがオタクな集まりだとも知られたくない鎬としては。
そっちも心配していたのだが。
どうやら、もう手遅れだったという事である。
さて、この状態を知って。
当然、鎬は遊に詰め寄り、
「おい! てめぇ! どうして明かしたんだ!?」
と怒鳴りつける。
だが、遊は彼女がなぜ怒っているか、全くわからないため、
「明かした? 何の事だ?」
と、ごく冷静に、真面目な顔をして返した。
これに、怒りを通り越して呆れた鎬は、
「いや、だって。あたし言ったよな? サムライジャーのお姉さんってバレたくねえって!!」
と説明する。
だが、遊は。
「む? 私は聞いていないぞ」
と返す。
これに、鎬は、
「言っただろ!!」
とムキになってまた怒鳴るが、
遊は遊で、
「私は『サムライジャー見参!!』を歌つきでは踊りたくないと聞いたのだと覚えているが?」
と、あきれ顔で、両手を広げたジェスチャーをしながら対応した。
さて。
このやり取りが気になる読者は、彼女たちがその話をしていたシーンに戻り、再確認してほしいのだが。
鎬が口に出して言っていたのは、あくまで「新入生全員の前で『サムライジャー見参!!』なんて踊ったら……」というところであり。
その後の「今後、卒業まであたしはサムライジャーのお姉さん」は鎬が頭の中で思っていた事である。
また、何故鎬がそう判断したかは。
「歌詞から新入生が何の曲か検索してしまったらオタバレするから」という推測の末であるが。
これもあくまで彼女の脳内での推測であり。
その推測を全く聞いていない遊からしたら、むしろ鎬が何を言っているのかがわからないのである。
だが、ダンスに使う曲に関するやり取りの際に焦っていた鎬の記憶の中では。
彼女は「歌つきで踊ったらあたしたちは新入生からサムライジャーのお姉さん扱いだ」という話までした。
という事になっており。
よって、時間を巻き戻って二人のやり取りを見ると鎬が間違っているのだが。
普段の遊の言動も相まって、鎬は自分の記憶違いだとは全く思っていないのである。
なので彼女は、
「ふ、ふざけやがって!! チクショー!! もうこんな部活辞めてやる!!」
と憤慨して、テーブルの傍に置いてあった自分の鞄をひったくるように取ると。
そのまま駆け足で出入り口に向かい、ドアをわざと音が響くくらいに雑に開けて。
物理室を出て行ってしまったのだった。
さて。
こうして、物理室に残った遊に、穂薙は。
「遊さん、流石にまずいんじゃないですか?」
と確認したが。
それを受けても遊は、
「まあ、頭を冷やしたら帰ってくるだろう。去る者は追わずだ、穂薙君」
と口にし、そして優雅に紅茶をすすり始めると。
いつも通りのマイペースっぷりなのだった。
(続く)
と、今回のエピソードで一度は遊が予定していたようにメンバー三人は集まったのですが。
鎬が出て行ってしまったのでこのままではアイドル大会には出場できないという状況。
……遊さん、紅茶なんて飲んでる場合なんですか!?