あたしたちがアイドルよ! その6
さて、前回。自分達が大会で行う曲を決める事になった妖でしたが。
彼女は結局どうしたのか。そして後輩である彰との関係はどうなったのか――
さて、妖が選曲を任されてから三日後の放課後。
部室に入った妖は即座に、テーブルで一人でガラス製のチェスの駒をいじっている颯の方に歩み寄り。
そして、
「曲なのだけれど、結局これにしたわ」
と言うと、自身のスマホをいじり颯から受け取っていた音楽のうち一曲を再生した。
それは渡された三曲の中では唯一、バイオリンが使用されている曲で。
妖としては、その歌詞の内容もあって「夜、湖の畔にある西洋の古城を紅い月が照らしているような場面」を連想させると思っている曲でもあった。
ちなみに。
これ以外の曲も気に入ってはいたのだが。
一つはどちらかといえば地獄とか悪魔そのものを連想させるような破壊的な曲で、今の自分が演じたいイメージとはやや違うと判断したので候補から外し。
もう一つは和風要素があり、新歓の事を考えると似たような曲の方が楽かとも思ったが。
新歓の際に颯が和風の衣装は持っていないと言った事を思い出した妖は、そういう衣装を用意する手間がかかると考えてで外した。
という事情があるのだが、それは兎も角。
「なるほど。この『紅の月夜』を選んだか。よかろう、これにするとしよう」
颯は妖の選んだ曲を使用する事に特に文句を言わずに決定した。
「『紅の月夜』?」
「この曲の名前だが……そういえば、曲名を教えていなかったな」
「曲名、もうあったのね……まあいいのだけど」
そういう妖だが、実のところ曲名として『古城を照らす狂気の月光』というものを勝手に考えていたというのがあったりする。
が、既に曲名があるのならばそれに従おうとすぐに考えを改め。
「で、この曲に振り付けを考えたらどの程度かかるのかしら?」
と、すぐに大会に向けての話を進める。
実のところ、この妖の話題の切り替えの早さには。
三日前の妖は「颯がここまで準備してくれているのだから大会に出ないわけにはいかない」という、どちらかといえば受け身な姿勢で大会出場を考えていたのだが。
渡された三曲を聴いているうちに、この曲でステージに立てたらという想像が膨らんできてしまい。
気が付いたら、むしろ積極的に大会に出たいと思うようになっていたため……という理由があったりする。
のだが、そんな事は知らない、というより最初から妖は大会に対して積極的だと思っていた颯は、その辺りの妖の心境の変化には気が付かず。
「振り付けか。今回は俺がやっていたのと同じのを三人でする形にしたい。フォーメーションなどを考慮して新しい振り付けを考えている時間はないからな」
と、普通に妖の質問に答える。
「ええ、じゃあそういう方向で行きましょう。で、早速練習したいのだけれど」
「ほう、なかなかやる気じゃあないか」
「ええ、まあ。あの曲を聴いていたら心の底から闇の炎が湧いてきたわ。我が魂が焔に呑まれてしまう前に、解放したいところね」
先程自分で流した『紅の月夜』を聴いているうちに、気持ちが昂ってきた妖は、自身の「早く踊りたい」という気持ちをポージングを交えながら中二言語で表現。
それを受けて颯も、
「クックックッ……成程成程、貴様も我が友の生み出した旋律に導かれし者のようだな」
と、自分の知り合いが作った曲を誉められた事もあってやや中二病めいたテンションになって返した。
が、すぐにあることを思い出した颯は中二病モードから通常モードに戻り。
「と思ったが、待て。まだ練習に行くのは早い」
既に部室のドアノブに手をかけていた妖を制止する。
「何よ、一体」
「お前、今日あいつが来るのを忘れたか?」
「あいつって……あ」
そう。
あの日から三日経っているという事はつまり、三日間休むといっていた後輩、彰がダンス部に戻ってくるという事でもあるのだ。
「あいつ……来るのね……」
さっきまで曲の魅力や、それを使ったステージをイメージする事で彰への対応を忘れていた妖だったが。
颯に言われて、彰にはまだ颯との関係を誤解されている可能性がある事や、そもそも彰は『マスシャド』をオサレ系中二特撮呼ばわりしていた事。
そしてまた、彰はまだこのダンス部の目的が実はアイドル大会に出ることであるとは知らない事などを思い出したため、急に不安になる。
だが、かといってもうすでにここまでやると決めていた事を今更やめるとは言えない……というより、妖自身もやめたくはないので。
こうなったら覚悟を決めて後輩と向き合うしか――と、妖が思ってドアノブから手を放し、ドアに背を向けた、ちょうどそのタイミングで。
「お姉様!! 妖お姉様!!」
などと言いながら、ドアを勢いよく開けて、その問題の後輩である彰が現れた。
「な、何!? 何事!?」
自身が警戒していた後輩が、何故か自身を「お姉様」などと呼びながら、背後から登場した事により動揺する妖。
が、そんな妖の動揺などお構いなしに、彰は、
「『マスシャド』いいですよね。僕も見て感動しましたよ、妖お姉様!!」
などと言いながら、彰の方に向き直した妖の両手を握り、ぶんぶんと振るう。
「ちょ……こら、痛いじゃない!! 放しなさい!!」
事態が全く読めない妖はとりあえず、自分の手を握っている彰にそう命令し。
そして相手が手を離したところで、数歩下がって距離を取る。
「――で、なんですって? 『マスシャド』がどうしたっていうの?」
「いや、僕も観てもいない作品に失礼なことを言ったかなと反省しまして。それでここ数日、シリーズの最初の方の数作を一気に見ていたのですが……面白いですね、あれ」
そう。実のところ。
彰は彰で、あの一件で妖の事を傷つけたのではないかと心配しており。
そこから、妖の趣味を理解するために『マスシャド』のうち、第一作から第三作、およびその関連映画などをこの三日間で見ていたのである。
そして、その結果として。
自分が見ないでネットなどでの評判から「オサレ系中二特撮」と言っていた作品が、実はそもそもわざと中二病的に作ってある作品であり。
かつ、終盤になるとダークヒーロー気取りな中二病主人公が一人前のヒーローとして成長するという要素も仕込まれているものだったと知り。
彰は、考えを改め『マスシャド』のファンになったのだった。
ちなみに、補足すると。
『マスシャド』ファン全体だと「オサレ系中二特撮」と扱って楽しんでいる人は多数派ではあるとはすでに説明したが。
彼らの大半もまた「中二病なネタの部分はギャグとして楽しみ、一方シリアスな展開もそれはそれとして楽しむ」という楽しみ方をしていたりする。
だが、その扱いは「主にギャグとして楽しんでいるが、たまにいい話もある」のようなもののため、表面的には「オサレ系中二特撮」として扱われているのである。
なので別段「実は『マスシャド』はオサレ系中二特撮ではなかった」という訳ではないのだが。
それはさておき。
とりあえずこの三日で『マスシャド』ファンになった彰は。
「僕も妖お姉様と一緒に、ああいう世界観を目指していこうかな? なんて、思っていますよ……フフッ」
などと言いながら、妖との距離を詰める。
「ちょっと。『マスシャド』の件はわかったけど、さっきからその〈お姉様〉っていうのは何よ」
詰め寄られた妖は再び彰と距離を取りながら質問。
「いや、貴方は学年的には上で、しかもファンとしても先輩だからね。親しみを込めてそう呼ぼうかななんて」
妖に尋ねられた彰は、気取ったポーズをとりながらそう言って、妖にまた近づく。
「『呼ぼうかな』じゃないわよ。第三者に聞かれたらその……いろいろ誤解されるでしょうが」
妖は三度彰から距離を取りながらそう返したが。
それを受けた彰は「ふむふむ、なるほど……」と言いながら、しばし顎に手を当て。
「確かに、部外者がいるところでは問題でしょうが、ここならば別に……いや、妖先輩と颯先輩は……もしかして既に……」
などとブツブツつぶやき始めた。
「違う!!」
「違うわ!!」
後輩の発言から、彼女はやはりあらぬ誤解をしているのではと捉えた颯と妖は、すかさずその間違いを指摘。
だが、その指摘を受けて。
「なるほど、まだお二人はそういう関係ではないと。ならば僕が妖先輩と親しくしても構わないですよね?」
と、また別の解釈をする。
「いや、困るわよ!! 色々と!!」
「困る? 一体何故困るのです?」
彰の新たな誤解に対して反論する妖と、それに対して疑問を投げかける彰。
そして彰は更に、
「そもそも後輩と先輩が親しくする事が何か問題なんでしょうかね?」
とも続ける。
さて、これを受けて妖は。
未だ彰が「そういう関係」や「親しく」というのをどういう意味合いで使っているか、はっきりさせていないことに気が付き。
そしてそこから。
この彰の「お姉様」という呼び方は妖、あるいは颯に何かを誤解させることで、二人の関係をどういうものか探るための演技なのではないかと推測。
その結果、ここで下手に彰の対応や、呼び方を否定するとかえって自分達の関係を誤解されてしまうのではないかと考えた妖は、最終的に、
「そうね……先輩と後輩が親しくすることは、別段悪いことじゃない、むしろ良いことね」
彰に合わせてむしろ相手がどう反応するのか伺う事にした。
「流石、お姉様。話が分かる。じゃあこれから僕は妖お姉様の親愛なる後輩という事で」
「ええ、ええ。可愛い後輩が出来て、私も嬉しいわ」
「ふふっ、いやあ僕としてもダンス部に入部して、まさかこんな出会いがあるなんて――」
「おい、貴様ら、ちょっと待て」
二人の間に、やや苛ついた口調で割って入ったのは言うまでもなく颯である。
颯は、後輩がどんな趣味を持っていても構わないし、妖がそれに応じるのも別に良いとは思っているのだが。
「貴様ら、ここを何処だと思っている」
「何処って、ダンス部の部室でしょう?」
「そうだ。つまりこの部屋の長は俺だ」
「確かに颯先輩がこのダンス部の部長で、一番長く部に在籍している以上はそうなりますね」
「その俺の部室で〈お姉様〉だの何だの……軟派なやり取りをする事を、この俺が許すと思っているのか?」
そう。
颯としては自分より来た妖と彰が目の前で何やらイチャイチャというか、軟派な雰囲気になっているのは気まず……いや、自身の目指すハードでダークな雰囲気に反するため嫌なのである。
なので、二人がどんな関係になろうが勝手だが、それを部室あるいは部活動には持ち込まないでほしいというところなのだ。
が、それに対して彰は、
「なるほど、やはり颯先輩としては妖お姉様と僕が親しくする事には抵抗がある……ということですね?」
などと、とぼけた顔をしてあっさりと返す。
ちなみに、妖は先に説明したように、彰が今日部室に来てからの態度を「私たちを探るための演技」であると推測しているため、颯の対応には「まったく、そんな態度を取ったらこの後輩の思う壺よ」と思ったが。
下手に颯側に加担して彰から「やはり二人の関係は」みたいに扱われるのではないかという警戒心……と、それに加えてこの後輩に颯がどう挑むのか見たいという好奇心が合わさったため、特に二人のやり取りに口を出さない事にした。
のだが、それは兎も角。
彰の質問を受けた颯は颯で「こいつ、そうやって俺を罠に嵌めるつもりか」と思ったものの。
そこでしばし考えて「よかろう、ならば――」と覚悟を決め、
「その通りだ。妖は俺の相棒となるに相応しい存在、貴様なんぞに渡す訳にはいかないからな」
と、気障なポージングをしながら返答をした。
さて、これに妖は「え? 颯ってそういう趣味が……」と一瞬思ったが、すぐに「いえ、おそらく颯も彰の行動の意図を読んでそれに対応しようとしているだけのはず」とも考え、二人の様子を伺う。
一方の彰は、その颯の返答に対して、
「ほほう! そうでしたか。ですが、僕も妖お姉様こそ、僕のバディに相応しいと思っていましてね」
などと告げる。
さて、実は。
そもそも、彰は最初からこの部活に妖を自分の相方にするために、このダンス部に来ているのであり。
その為ここまでの彰の発言は中二的趣味で脚色されている部分もあるとはいえ、実のところ本心である。
まあ、とはいえ。
彰が妖を「相方にしたい」と思った理由は、自身が影響を受けた中二病的な作品の主人公、その相方の雰囲気に、妖が以前この部室に着てきた(妖曰く)「闇の色を集め纏う漆黒の救世主」の衣装が似ていたからであり。
彰はその衣装を見てダンス部に興味を持った後に、新歓でのダンスを見て入部を決意したのであって。
実のところ、それ以外には特に妖に特別な感情を抱いて居たりはしないのだが。
しかし、そんな事情を知らない妖と颯は、彰が妖を自分の相方にしようとしていることに対して「こいつは一体何を考えている(のかしら)」と更に警戒心を強め。
妖は、目線で颯に「ちょっと、なんとかしなさいよ」と合図を送る。
そして颯は持ち前の直感と推測力、そしてそれに加えて彰に対応するために過去数日間やっていた「発言とは関係なく相手の考えを読む」という行為の経験によって、その合図の意味を察し、結果として、
「我が相棒を貴様が奪おうというのなら……よかろう。俺と勝負し、その力を示してみるがよい!!」
と提案した。
この提案には二つの意図があり、一つは「勝負の結果が出るまでは妖はどちらのものにもならず、また颯が勝てば彰は妖に妙な事はできない」というもので。
そしてもう一つは――
「勝負? いいですけど、颯先輩は僕と何で勝負するつもりなのでしょうか?」
「そうだな、俺と妖はこのアイドル大会に出場する予定だったが、もう一人メンバーが必要でな」
「ほほう、それで?」
「今回は同じ振り付けを三人で踊ることになっている。ならば――」
「大会に出るついでに、先輩と僕、どちらがダンスが上手いかで勝負……という事ですね?」
「その通りだ。この勝負、受けて立つか?」
というように。
颯は彰をアイドル大会に誘うための口実として、妖をかけてダンスバトルをする提案を考えていたのであった。
さて、この提案に。
彰は「僕が別に大会に出なくても、ダンスでの勝負は可能なはず」とは気が付いたものの。
しかし、ここで自分が大会出場を拒むと先輩方はメンバーが足りないため、大会に出られないらしい。そうなると妖先輩に悪印象を植え付けることになるだろうとも判断したので。
「なるほどなるほど……さてさて、どうするか」などと呟いたり、眉間にしわを寄せて、頭を手で押さえたりして、しばし悩んでいるという演技をした後、
「わかりました。その勝負、受けて立ちましょう」
と颯の方に右手を伸ばして宣言した。
そして、それを聞いた颯は、
「よし、そうなれば早速練習だ、用意はいいな」
と言いながら彰の右手を掴んで握手し。
そして彰の気が変わらないうちにこの話を切り上げようと、すぐに練習用に場所を確保した多目的ホールに移動しようとドアノブに手をかけた――のだが。
「この大会、一次予選が五月半ばのようですが、その前の連休はどこで練習するんです?」
そんな颯の背後から、彰は質問を投げかける。
彰が大会参加を決めて、直ぐにそういった質問をしたのは。
彼女が「はて? この辺りでアイドル大会なんてあっただろうか?」と勝負を受けた直後に思い、スマホでこの辺りで行われるアイドルの大会を検索し。
そしてその結果得た情報から、一次予選までもう時間がなく、しかもその予選の前は連休のため学校の練習場は他の部活との兼ね合いもあって使えないのではないかと推測したためなのだが。
そんな彰の質問に対して「なんだ、そんな事か」と呟きながら振り返った颯は、彰とそして妖を順番に見てから。
「そんな事もあろうかと、学校の体育館や多目的ホールの他、近くの市民センターや市民体育館などで使えるところを押さえておいた。ゴールデンウィークはそこでみっちり練習することになるから、覚悟しておけ」
と、自作の計画表を表示した自身のスマホの画面を二人に見せながら胸を張って答える。
颯は今までも数々のイベントに参加し、パフォーマンスなどを行ってきたような人間であり、当然その為の準備や練習の場所の確保も行ってきている。
なので、こういう休日の学校施設の使用許可は速やかに取っているし、学校が使えない場合には周辺の公共施設でダンスの練習が出来そうな場所を押さえることもまた当然のように行っていたのである。
ちなみに、本来ならばゴールデンウイークという旅行やイベントなどに向かう人が多い時期に、他のメンバーに相談なく練習場所を予約したことは問題となる可能性もあったのだが。
妖と彰にはそういった予定は特になく、颯本人は「いくつか興味があるイベントはあるが……大会優先だ、止むを得まい」と判断してアイドル大会出場に活動を絞っていたため、特にその点でのトラブルはなかった。
なので、結果として彼女たち三人は五月中旬に控える大会予選に備えて、ゴールデンウィークは練習三昧となるのだが。
その際、練習場所として使用した体育館で、彼女たちは宿命のライバルと出会うことになるのであった。
こうして、颯、妖、彰の三人は。
アイドルの大会に出場する事になったのですが……はたしてこの後どうなるのか。




