あたしたちがアイドルよ! その4
前回、自分が好きな作品を「オサレ系中二特撮」と扱われてしまった妖は。
部室を飛び出していったのですが――
かつて妖が颯をアイドルに勧誘するために呼び出した、あの体育館の地下倉庫に続く階段。
その一番下、地下倉庫のドアがある場所で。
妖は一人うずくまって「酷い」やら「あんまりよ」などとブツブツ呟いていた。
だが、彼女は決して颯あるいは彰に対しての批判的な感情だけでここに来て愚痴を言っている訳ではない。
もし妖に批判的な感情しかないならば、あの場でダンス部を辞めていたのだが。
妖は「颯や彰のような作品の見方もある」とは理解しているし。
颯が自分と同じように作品を見ているはずだと思っていたのは、自分の勝手な思い込みなので、颯の側には特に落ち度が無い事も理解している。
そして何より。
今まで自分一人で『マスシャド』を楽しんでいた彼女にとって、楽しみ方は違うとはいえ、同じ作品について話し合える友人が出来た事が嬉しかったのは事実で。
ここでその折角できた友人と喧嘩別れするというのには未練があるのであった。
なので、彼女の言っている「酷い」の対象は。
段々と「現状に対して」というつもりに彼女の意識の中でも変わってきているのだが。
しかし、だからといってああやって飛び出してきた場所に、再び戻る事にも抵抗があるし。
しかもこの状況を良い方に変える方法が思いついた訳でもないので。
結局は、ここに気が晴れるまでうずくまっているしかない。
そう妖は考えているのだが。
そんな彼女の元に。
一人の人物が。
「ふん。やはりここにいたか」
そう言って現れたのは颯である。
彼女は妖が部室を飛び出していった時の言動から、どうやら妖は『マスシャド』が「オサレ系中二病特撮」と扱われた事に機嫌を損ねたのだとまでは理解して。
妖の気持ちも考えず、そのような発言をした事に多少の責任を感じたため彼女を探しに行く事にし。
そして、この学校内で人気のなさそうな場所で、妖が行きそうな場所を考えた結果真っ先にここが頭に浮かんだので、妖の説得のためにやってきたのだ。
「何よ、今頃来て。何のつもり?」
今頃も何も、実のところまだ妖が部室を飛び出して行ってから十分ほどしか経っていないのだが。
とりあえず妖は颯に冷たく当たる。
だが妖の事を「仮に俺が来た事を喜んでも、素直に表すタイプでもあるまい」という事は颯の方も重々理解しているので。
その辺りは気にせず。
「さっきは、貴様……いや、お前の気持ちを考えずに無神経な事を言ってしまって申し訳ない」
颯の方は素直に詫びる。
だが、妖がそれをあっさり受け入れる訳もなく、
「は? 何? あれだけ『マスシャド』を酷く罵っておいて、今更謝罪?」
と、更に冷たく、尖った口調であしらう。
勿論、実際には颯と彰はそこまで酷く罵ってはいない……というか、本人達としては全く悪く言っておらず。
そして妖も「多分颯とあの彰とかいう一年は、別段悪く言ってつもりはないのでしょうね」とは分かってはいるのだが。
妖は自分が事情を分かってますと明かしてしまうと、部室を飛び出していった事が馬鹿げた事だったと認めることになってしまうと思っているので、このように返しているのである。
そして、そんな妖は更に、
「大体、謝ったってあなたの本心は『マスシャド』をオサレ系中……中……と、兎に角、口にするのもおぞましい評価だってことは変わらないじゃない」
と続けたのだが。
さて。
ここで。
颯は当初「あれは新入部員に合わせる為、世を忍ぶために演技をだな」とでも言おうと考えながら、この場に足を運んでいたのだが。
妖の素直ではない対応により、かえって「本心とは違う事を言っても仕方があるまい」という気持ちが沸いてきてしまい。
結果として颯は、理屈で物事を考えるより前に。
「その通りだ。俺の評価ではあの作品は中二力高い系特撮。それは変わらん!!」
などと気がついたら胸を張り堂々と宣言したのであった。
これに。
颯が言い訳めいた謝罪をして、とりあえずここは丸く収まるものだと思っていた妖は、
「な、なんですって!?」
と完全に意表を突かれて動揺。
一方の颯は、発言した直後は内心で「何を言っているのだ、俺は」とかなり焦ったものの。
普段から演じてきた俺様系な自分を意識することで即座に「今の発言から何とか良い方向に持っていかなければ」と気持ちを切り替え。
そして、妖がまだ動揺している隙をついて、
「だが、何事も極めればそれは強力な力となる!!」
と自身の意見を更に推し進めた。
すると、動揺しているところに突如相手の意見が飛び込んできたことで。
妖はしばらく思考停止。
しかしそれにより、一旦冷たい態度を演じるという思考パターンが切断されたため。
結果彼女は、
「どういう事かしら? 詳しく話を聞かせなさい」
と、颯の意見を聞くことにした。
ここで妖が颯の言動に「価値観の押し付け」というような怒りを持つ方向に考えを進めず、耳を傾けようという方に思考が切り替わったのは、颯の意見に興味があったからではなく。
既に彼女が「できれば颯と仲直りしたい」と思っていた事が特に意識せず働いたためなのだが。
颯はそれを「どうやら、俺の意見を受け入れるつもりらしいな」と判断。
なので、颯は妖が大人しく話を聞き始めた事に特に疑問を持たず、
「一般に中二病とは、自身を特別だと思い込んでいるが普通の人と同じ程度の力しか持たぬ者を言うな?」
と、会話を続ける。
「まあ、最近だとそこに〈闇の力〉とかそういう方向性とかも入るけど……実際にはそんなところでしょうね」
一方の妖もそのまま颯の質問に対応。
最も、この質問に対して妖はかつてネットで調べた知識から「確か、大元の意味は……」とも考えたものの、それは話が反れそうだったから口にはしなかったという面もあるのだが。
まあ、それは兎も角。
「そして、もし仮に。中二病的な世界観を追求した作品があったとしたら、それには魅力があると思わないか?」
妖の回答を受けて、やはり妖は俺の意見に興味があるらしいと再確認した颯は再び妖に問う。
これに対して。
自身のカッコいいと思う価値観が世間では中二病扱いされている事が納得できない妖としては、この場合何をもって「中二病的な世界観を追求した作品」とするのかでやや迷ったが。
感覚的に、なんとなくだが面白いかもとは思ったので。
「好みは人それぞれだと思うけど……面白いと思う人は多いでしょうね」
と回答。
その答えを受けて颯は、
「では、魅力あるものを作り上げた者の力を貴様は〈普通の人と同じ程度〉だと扱うか?」
と、三度妖に問う。
そして、妖がその問いに、
「普通の定義によるでしょうけど……それを言ったら、アーティストもアスリートもみんな普通の人になるのじゃないかしら?」
と、答えたのを聞いて颯は「クックックッ……クハハ、ハハハ……」と顔を抑えながら笑った後。
身体をそらせたポーズをとり、
「そうだ。つまり中二病的を極めた者は、最早普通ではない。よって中二病極めし時、その者は中二病ではない存在になるという事だァーーッ!!」
とやけにイケメンな声を響かせて宣言した。
が、その様子を見て妖は。
さっきまでの演技とは違って、本格的に冷たい……仮に漫画などならジト目として表現されるような目つきをして、
「……あんた、もしかして馬鹿でしょ」
と、今更だが残酷な事を、颯に対して事を冷静に指摘したのだった。
「何っ? 俺のどこが馬鹿だというのだ?」
一方、途中まで自分のペースで話が進んでいた事で「これはうまい事妖を丸め込める」と思っていた颯は妖の発言に動揺したのだが。
それでもいつもの口調を崩すことなく対応しているのは流石、長年イベントで培ったコミュニケーション能力というところである。
が、そんな颯も、
「そもそも、今回の問題は私が純粋にカッコいいと思うものを、あなたたちは斜めに見た楽しみ方をしている事であって。中二病な価値観を極めた作品が面白いかどうかとは関係ないわ」
とあまりに正論な事を、妖に指摘されてしまっては、
「くっ……それは……」
と、顔色を変えて狼狽えるしかない。
「あんたが一方的に熱くなっていたから、放っておいたのだけれど。どう考えても最初から論点がずれているのよ」
そしてそんな颯に更に追い打ちをかける妖である。
さて、この妖の言葉を受けて。
自分が会話の流れを掴んでいたものだと思っていたら、単に相手が自分を泳がせていただけだったと知った颯は次の対応が思いつかなくなり。
頭を抱えて「落ち着け、落ち着くのだ、俺」などとブツブツとつぶやいた後。
「……いや、しかし。貴様本当にああいうものを純粋にカッコいいと思っているのか?」
と、まずは根本的なところから尋ねてみることにした。
これを聞いて妖は。「人の趣味を何だと思っているのよ」という気持ちがまず沸いたが。
目の前の颯が、どう考えても慌てている様子を見て「あまり強く怒るのは可哀そうね」という気持ちも後から沸いてきたため。
結果として、
「当たり前でしょ? 馬鹿にしているの?」
と、言葉自体は怒りを表しているが、口調は穏やかという形で返答した。
だが、その返答の柔らかい言い方を受けて「自分は悪く扱われてはいない……のか?」と思った颯は、
「ならば、俺はどうだ? 俺はカッコいいと思うか?」
などという、側から見たらナルシストかとしか思えないような質問を口にながら、妖に詰め寄る。
もし、颯が普段程度にまともな思考力であったならば、こんな珍妙な質問はしなかったのだろうが。
今の彼女は冷静ではない。
その為「自分が作っている〈中二病っぽいキャラ〉はカッコいいと思うか?」という意味だけを考え、別の意味に思われる事などあまり気にせず、先のような質問をしたのである。
「え……そ、それはちょっと……」
だが、そんな颯の内面など知るはずもない妖は「何? 何で急に俺はイケメンだと思うかとか言い出したの?」とちょっと抵抗を感じつつも、普段からたまに颯の事をカッコいいと思っていた事もあって否定することもできず。
とりあえずは自分の方に迫ってきた颯から距離をとるために後ろ歩きで数歩下がった。
その時。
「なんだ、先輩たち。ここにいたんですね」
階段の上から先ほど会ったばかりの後輩、彰の声が。
「え? あの子」
「何故ここに……」
彰が二人を探した結果ここに来たのは、あの様子だと妖先輩は人気のなさそな場所に行ったのだろうという推測と。
彰が入学してすぐに校内にある人気のない場所を、何かに使えるかもなどと考えて捜し歩いていた際に、体育館の地下倉庫前を知っていたという偶然が重なった結果なのだが。
そんな事は知らない二人は、彰は何らかの方法で自分達の場所を知っていたのではと誤解する。
そして、その事に驚いた妖は後ずさりする距離を誤って、壁に衝突し。
一方、妖に迫っていた颯はバランスを崩して転倒しそうになり、咄嗟に壁に手を突く。
――が。
「なるほど。先輩たちはそういう関係でしたか。では、僕はお邪魔でしょうから、これで」
それを見た後輩は何かを勘違いし。
そして、そのまま風のように颯爽とそこを立ち去ったのだった。
「………………」
「………………」
しばらく。
何が起きたのか分からず、あっけにとられていた二人だったが。
次第に、後輩が何か大きな誤解をしたのではないかと気がつき。
そして。
「おい、追うぞ」
先に動いたの颯は、そういうと彰を探しに一人その場から駆け出す。
一方の残された妖は――
「追うって、何処にいくのよ……」
と淡々とした口調で呟いていたが、しかし。
その頬は赤く染まっていた。
その原因は、後輩に恥ずかしいところを見られたことによるものか。
それとも別の理由なのか。
それは当の本人さえ、はっきりとは分からないのであった。
(続く)
こうして、まだちゃんと仲直りもしていない状態で後輩に何やら誤解されてしまった妖と颯。
はたして二人の関係はどうなるのか? 次回に続く。




