#5夢の草原
ここは草原。夢の草原。夢だった草原。
2人の子供が隣り合って、手を繋いで、笑いあって座っている。
「シスカ」
「シンヤ兄さん」
意味もなく、お互いの名前を呼び合い、無邪気に笑う。
2人はとても仲が良かった。いつも一緒。どんなときも一緒。
2人で1人。
別々なんてあり得ない。だってそれが私たちだから。
それが当たり前だから。それが当たり前の日常。
けど、当たり前というのは、当たり前じゃなくなってから気付くもの。
友達がいなくなったとき、恋人がいなくなったとき、恋人はいたことがないから分からないけど、大切な人がいなくなる。
それはとても辛いもの。
大人でも辛い。
泣きたくなる。
大人で辛いなら子供はもっと辛い。
それか、わけが分からず、何も感じないだろうか?
私は感じた。当たり前の有り難さを、大切な人がいない悲しみを。それが戻ってこないことも。
それは、唐突だった。そう、本当に。
いつも通り、くまのぬいぐるみを持って兄の部屋を訪れる私。
「シンヤ兄さん!あ~そ~ぼ~」
返事はない。いつもなら、
『いいよ、入っておいで。』
と優しい、大好きな声が私を導く。
「兄さん?」
返事はやはりない。
今度は勝手に扉を開く。中には椅子に腰掛けた兄さんがいる。
「やっぱりシンヤ兄さんいたんじゃん」
ぷーと膨れて兄の方へ近づく。
「今日はね!くまさんで遊ぼ!」
兄の前へくまを出す。
次の瞬間、
「ああ、いいよ」
笑顔で兄が言う。
そんなことはなかった。
乾いた音が部屋に広がる。続いて、何かが落ちる音が広がる。静寂の中、さほど大きくない音なのに、私の中ではとても大きい音がなっていた。
「お前と遊んでる時間はない」
兄さんがやっと口を開く。とても重く、冷たい言葉。
時間がないのは分かった。遊んで貰えないのは仕方がない。
そんなことを考えていられる余裕はなかった。
お前、という言葉が身体中をぐるぐると回る。
お前?誰のこと?私?
誰が呼んだ?兄さんが?私を?
お前?兄さんが?私を?
どうして?シスカと呼んでくれないの?
兄さんが私をお前と呼んだことは一度もなかった。
優しい声でシスカとしか呼んだことがなかった。
「シンヤ...兄...さん?」
「聞こえなかったか?遊んでる時間はない。出てけ」
ごめんごめん、と笑ってくれる、私の淡い期待は打ち砕かれる。
「なんで、どうして」
泣きそうなのを堪えながら、いや、堪えれていなかったかもしれない。私の中の兄さんの姿を兄さんによって打ち砕かれる。
その恐怖に怯え、私は部屋を走って出る。
明日になればいつもの兄に戻る。そんな希望も打ち砕かれることを知らないまま。
時は過ぎ、私たち兄妹の関係性はとても変わってしまった。
「シスカ」
「シンヤ兄さん」
いつもの呼び方はいつの間にか
「お前」
「お兄様」
に変わってしまった。
声色もお互いとても冷たくなってしまった。
必要最低限の言葉。
いってきます、いってらっしゃい、ただいま、おかえりなさい。日常会話もない。
両親はそんな私たちをどう思っていたのだろうか?心配?
とても優しい両親だった。なので心配はしていたのだろう。だからなのか、何も聞いてくることはなかった。
今となっては、どうして兄がそのような態度をとったのかも分かっている。
12貴族ということはいずれ、父様の後をどちらかが継がなければならない。
当然、女だと舐められやすい。だから、私を守るために兄は私を突き放し、後を継ぐことを決めたのだろう。
突き放し、継がなくて良いように、自分の近くにいることで、私に危害が及ばないように。とても優しい嘘。兄の本質は変わっていない。
けど、私たちの関係は変わってしまった。修復できないほどに。
私たちだけではない。町の人たちとの関係も兄さんは変えてしまった。
兄さんは町での評判も良かった。今ではどうだろうか、話しかけられることもなく、町を守っているのに怖がられている。
これも、兄さんは演じているのだろう。次代の領主として舐められないように。
とても優しい兄さんだから。他の人を犠牲にしないために自分を犠牲にしてしまう。
だから、私は兄さんのことが、とても嫌いで恨んでいる。何故今さらシスカと呼ぶのだろう。記憶喪失だからだ。答えが出てしまう。だけど、それでも、私はやはり兄さんのことを許せない。
だけど、それを表に出すことはない。
だってこれは夢だから、ここは夢だから。
だからこのお話はここでおしまい。
また明日、兄さんにシスカと呼ばれるのだろうか、呼んでくれるのだろうか、呼ばれてしまうのだろうか。もう朝が来る。答え合わせはもうすぐだ。
ここは草原。夢の草原。夢だった草原。その続きを見たいがために作られた私の夢。
呼んでいただきありがとうございます。
作者の鈴村嵐夢です。
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それではまた明日。夢の草原で。