#3現実と湖の彼女
『お帰りなさいませ!!シンヤ様!』
道の両端に使用人と思われる人がズラリと並んでいて、腰を90度に折っている。
そして、シンヤ様?
俺か?
「えっと、俺のこと、ですか?」
「勿論でございます。よくぞお戻りになられました」
一番近くにいた、the執事!って感じの白髪の老人が答える。
俺で間違いないようだ。ただ、俺はさっきこの世界に到着したばかりで家などあるはずがない。
新手のメイド喫茶?
「えっと、何を言っているのかが...」
「あー、来たんだー」
喋ろうとしたら遮られる。
目の前にニコッと笑う。彼女が現れた。
「あ、キミは!」
ナチュラルに無視される。
「セバスさん、シンヤ君ね、記憶がないみたいなの」
「なんと、それは誠ですか?」
「うん。私は湖で彼に会ったけど、私のこと分からなかったみたいだし。そうだよね?」
「は、はい。俺には何がなんだか」
「なんと...」
セバスさんが少しだけ目を見開く。
この呟きには色々な思いがあるのだろう。何故なら寂しそうな表情に変わったからだ。
「とにかく、シンヤ君を部屋に案内したあげたら?セバスさん」
「は、はい。そうですね。シンヤ様、こちらへ」
「は、はい」
呼ばれたので慌てて返事をする。
「あ、私も後で部屋に行くから、変なことしたらダメだよ~」
「そんな変態じゃないし」
「ん?私変なことって言っただけなんだけどな~」
無視だ、無視。
「もぉ~可愛いな~」
セバスさんの後ろをついていき、俺とセバスさん以外誰も居なくなったところで、セバスさんが口を開く。
「...シンヤ様、本当に何も覚えていらっしゃいませんか?」
背筋を伸ばし、前を向いたまま尋ねてくる。
顔は見えないが、声色だけで、痛みと悲しみが伝わってくる。
「すみません。私は何も...」
「いえ、変なことを聞いてしまい申し訳ありません。部屋の前にはメイドが居ますので何かありましたら遠慮なくお申し付け下さい。お食事は準備が出来次第お呼びします」
努めて、普通にしようとしていたが、やはり声色だけで無理をしているのが分かってしまう。何か、申し訳ない気持ちで一杯になり、叔父さんと被って見えたから、
「すみません、セバスさん...」
そう呟かずにはいられなかった。
食事と風呂を終え、今は湖の彼女を待っている。
と、そのとき、コンコン、と扉が叩かれる。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
「座ってくれ」
「はいはーいっと」
対面に彼女が座る。
「さて、まずは質問。いいかな?」
「ああ」
「えっと、まずは何を覚えてる?」
「皐月心也という自分の名前。森で目覚めて、湖でキミと出会って、町に来たこと」
流石に転生したことは話せないよな。
「うんうん。そっかそっか。けど、一つ忘れてるよ?」
何か忘れてるか?
「崖から落ちて湖にダイブしたこと」
「...やめてくれ」
「...てへっ♪」
「...っ!」
自然と頬が赤くなる。
「ん?どうしたの?」
...天然かよ。
「い、いや。大丈夫だ。それよりも、キミは誰なんだ?」
ちょっと強引に話を逸らす。
「あ、うん。私はルシル。ルシル・エプリア。12貴族の4家目」
「あー、うん。ルシル・エプリアね。それで12貴族の... 貴族!?」
「?うん、そうだよ。それとキミもね♪」
「はあぁぁ!?俺も!?」
「うん。キミは12貴族の5家目。皐月家の長男」
「は、え、ちょ、ちょっと待って」
「うん。いいよいいよ」
えーっと、彼女、エプリアが貴族で俺も貴族。確かにそう言ったな。うん。おかしいな。
彼女の方に目線を向ける。
「ん?」
小首を傾げて笑顔でこちらを見る。貴族の娘ってこんなノリが良さそうな感じか?なんか、こう、もっと固そうなイメージが。
「落ち着いた?」
「ま、まあ」
「じゃあ話を続けるね。で、今度はこの国に関してのこと、この国には王様がいて、国の真ん中にある王都に住んでるの。その周りをぐるっと囲むようにして12貴族の治める土地があるの。私のエプリア家とキミの皐月家はお隣さん」
「お、おお」
「何かある?」
「何でエプリア、キミがここにいるんだ?今の話で行くとここは皐月家の領地なんだろ?」
「ルシルでいいよ。それはねぇ、」
コンコン、扉がノックされる。
「はいはーい。どうぞどうぞー」
目で俺に尋ねてくるのでコクりと頷く。目があった時にドキッとしたのは内緒だ。
ルシルは同じ言葉を二度続けて言うときに最後の言葉が上がるらしい。今回だったら『ぞ』だ。つまり
『どう→ぞ↑どう→ぞ↑ー』となる訳だ。
そんな事を考えてるうちに扉が開く一体誰だ?