序曲『崩壊』
動画が投稿されてから一週間が経ったが、特に変わったNEWSは流れていなかった。 杞憂だったかと思っていたが、秩序の崩壊は少しずつ始まっていた。 夜のネットサーフィンに興じていると、『食品が棚から商品が消えた』という動画が大量に投稿されていた。
映像には怪しい行動をする人は映って居ないが突然、棚から商品が消えていた。 恐らく収納系のスキルだろうが、手を触れず離れた物を収納している事から俺の知らないスキルの可能性がある。 今はこの程度で済んでいるが徐々にエスカレートしていく目に見えていた。
更に一週間が経つと、連日NEWSで取り上げられ混乱が混乱を呼び臨時休業する店が出てきた。 それにより市民生活に影響が出始め、各地でスキルを保持した者を取り締まる法律を作り弾圧せよといったデモが次々と起こり、ダンジョンの秘密を隠していた政府に批判が殺到。
しかし、スキル保持者の判別にスキルが必要だ。だが、そんな矛盾を抱えた状態で自衛隊の中に専門の部隊を設立し対応すると、政府は緊急声明を出し対処に乗り出したが、対象者は国民全てなので選別は遅々として進まなかった。
無情にも時は進み、極端な思想を持つ者達が集まり政党を設立した。 それは、スキル保持者に関わらず犯罪行為を行った者には相応の対処を行う。 反抗した場合は武力による制圧、又は殺害も可能である。 こういった法律を作るべきだと各地で声が上がった。
今までの世界が崩壊し始めた頃。 スキル保持者の中にも家族や友人を守りたいと思う者達が集まり、チームを作りコミュニティを形成していった。 その存在が各地で好き放題しているスキル保持者達に対しての抑止力になり始めていたが、数が圧倒的に足らなかった。 その為、自衛隊はダンジョン攻略を中止し秩序の安定の為に地上での活動を余儀なくされていた。
崩壊し始めた世界だったが、俺の生活に変化はなかった。 大家からの連絡が無いため売買は進まず、日々ダンジョンに潜っていた。 食料は空間収納を習得したことで時間的な制限が無くなり、隣町に調達しに行き大量の在庫を抱える事が出来るようになった。 水や電気、ガスが止まらない限りは半年くらいは引きこもれそうだった。 しかし、万が一を考えて、水はスキルを習得し対応。 電気やガスに関しては今後の課題だ。 お金は銀行から貯金を少しずつ引き出し空間収納で保管し、今後何が必要になるか予想がつかない為、ダンジョンに潜る時間を少し削り様々な物をホームセンター等で集める事にした。
動画公開から1ヶ月程が経ち、ダンジョンでの日課を終え晩御飯を食べようとテレビをつけて箸を持った。 その時、テレビに視線を向けると画面に信じられない光景が映っていた。
それは『ダンジョン攻略報酬について』とタイトルが打たれた動画だった。 映像には以前動画を投稿した少年達だと思われる30人が映っていたがその姿は前回と様変わりしていた。
左腕を失った者や両足を失い車椅子に乗った者等、様々な傷を負い見るに耐えない状態だった。 前回と同様に1人の少年が前に出て話をし始めた。
「俺達はあれから多数のダンジョンを攻略した。 その報酬はダンジョンコアから獲られるアイテムなんだが、コアを取り出すと何かしらのアイテムに変わる。 アイテムはランダムで深いダンジョンならレア物が出るという事でも無い。 浅いダンジョンでもレア物が出た事があった。 そして、レア物の中には部位欠損を治すことができる奇跡のアイテムがある」
そう言って少年は懐から小さな試験管の様な物を取り出すと、左腕を失った少女に近づき試験管の液体を一滴垂らした。 すると、眩い光を発した。
その次の瞬間、失われたはずの少女の左腕がそこにあった。 少年はその場にいた負傷者に次々と液体を垂らしていった。 瞬く間に傷の癒えた少年少女は何事もなかったかのように列に並んだ。 そして、負傷者を癒し終えた少年は徐に語り始めた。
「これがダンジョンの報酬です。 政府がダンジョンの情報を秘密にしていたのはこういったアイテムを独占する為だったかもしれない。 そして……その中にはこんな物がある」
少年は手を伸ばし虚空から小さなフラスコを取り出した。
「これは人体錬成薬というアイテムだ。 これを使うと身体を思いのままに書き換える事が出来る。 その結果が……これだ!」
少年は後ろにいる人物に道を譲るように一歩下がり、少年の影から1人の少女が前に歩いてきた。 少女の姿は正に絵物語の種族エルフを体現していた。
「彼女の名は大家信子。 数学教師で俺達の担任だ。 年齢は45歳。 独身……彼女は常々思っていたそうだ。 美しくなりたい、老いたくない、彼氏が欲しい……等々。 だが、人は老いる。 それは逃れられない運命。 しかし! これを使えば、この様に美しい女性に生まれ変われる。 彼女は願った。 決して老いる事の無い身体、誰もが羨む美貌。 そして、それが永く続く様にと。 そう! 彼女の肉体は不老長寿となった!」
少年は誇らしげに語り、ゆっくりと歩き出した。 少年は後ろの方にいたフードを被った子の所に行き、
「彼女もまた願った。 運動が苦手な自分が嫌いだった。 力の無い事を呪った。 そして、彼女は手に入れた! 人を超えた力を!」
少年は叫びながらフードを剥ぎ取った。 すると、少女の頭に犬の様な耳が付いていて、更に尻尾があった。
「彼女の名は敷島花梨。 俺のパートナーだ。 彼女は人体錬成薬を初めて手に入れた時、自らが実験台になると言ってくれた。 そうして、この人体錬成薬の効果や限界がわかってきた。 その結果が俺だ!」
少年は後ろに合図を出すと、前回の動画でスキルを実演した二人の少年が前に出てきて、少年に対してスキルを放った。 前回より大きな氷を生み出し、少年の心臓を貫いた。 氷に貫かれた少年を黒い剣を生み出した少年が真っ二つに切り裂いた。
非常にスプラッターな映像が流れていたが、2つに切り裂かれた少年の身体から黒い煙が出てきて、煙が少年の身体を完全に包むと2つの身体は一つに合体した。 しばらくすると煙が晴れていき、無傷の少年が現れた。 だが、服は切り裂かれたままだった。
「ふぅ、服を再生出来ないのは痛いな……さて、もうお分かりになったと思うが、俺は不老不死になった! はず……なんだよ。 不老に関してはしばらく時が経たないとわからないからな。 これで俺達の話はおわりだ。 だが……今、くだらない事にスキルを使っている奴らが居るらしいな。 そんな暇があるならダンジョンの一つでも攻略してアイテムゲットしろよな」
そう言って動画は終わった。
人々の欲望がダンジョンに集中した瞬間だった。 だが、自衛隊がダンジョンを攻略しなくなってかなりの時間が経っていた。
その間にもダンジョンは増え続け、認知されていないダンジョンが増えた。 既に認知されているダンジョンはより深層へと成長していた。 そして、日本の各地のダンジョンが牙を剥いた。