緊急事態
絵里香と由依のお弁当を作った日の夜に由依から相談というかお願いをされた。 友達に探索者の現実を教えてあげて欲しいと、そのお友達は例のアイドルグループのドキュメンタリー番組を見て、探索者には簡単になれると思っているらしい。
今度の休みにダンジョンに連れて行って欲しいと言われた。 何度も命の危険があるからと説明をしたが、理解してもらえなかったと嘆いていた。 由依には週末にダンジョンに連れて行くから、親御さんの許可だけは取って来て貰えと伝えてもらった。
そして、無事に許可を得たと連絡があったと由依から聞いたので予定通り、週末にダンジョンに連れて行く事となった。
約束の日の朝。 例の友達をバス停まで迎えに行って来ると由依から連絡があり、ゆっくりダンジョンに潜る準備をしていた。
しばらくして由依が帰って来たのかインターホンが鳴った。 玄関を出ると、由依と見慣れない女の子が1人立っていた。
「帰って来たのか、由依」
「ん、連れて来た」
「そうか。 それじゃあ君がダンジョンに潜りたい命知らずな子か」
「は、はい、田中志保です。 よろしくお願いします!」
由依とは正反対の明るく元気って感じの女の子だった。
「んじゃ、とりあえずだ、本当に親御さんの許可は取って来たんだよな?」
「はい! ちゃんと友達にダンジョンに連れて行ってもらう話しはしています」
「ん? 何を言っているんだ? ちゃんとダンジョンで死ぬ許可を取ってきたかと聞いたんだ」
「え? 死ぬって……」
「当たり前だろう? ダンジョン内での出来事は全て自己責任。 当然、死ぬ事だってあるんだ」
「えっと……でも、由依がいるし」
「そうだな。 由依がいれば魔物からは守って貰えるかもな。 でもな、他の探索者からはどうかな?」
そう言って彼女の肩に手を置いて『ショックボルト』を最小威力で使った。 バチっと小さな音が聞こえると、彼女は突然力が抜けたかの様に地面に座り込んだ。
「え?」
志保は力の入らない自分の身体の状況に頭がついて来ていないようだった。
「もし、これがダンジョンの中なら動く事の出来ない君を俺は自由に出来る。 放置して魔物のエサにする事だって出来るんだ。 何よりダンジョンの中での出来事は罪に問われない。 それでも、君はダンジョンに潜りたいか?」
身体の自由を奪われた事に恐怖を感じたのか目に涙を浮かべていたが、
「そ、それでも、私は探索者になりたい! そして、アルタイルと一緒に!」
「アルタイルね……ま、実際にダンジョンに行っても尚、その気持ちに変わりがないなら探索者になればいいさ。 由依、頼むわ」
「ん」
由依はアイテムポーチから小さなフラスコに入った傷薬を取り出し志保に飲ませた。 『ショックボルト』の効果で全身の筋肉が弛緩したので傷薬で筋肉を回復させた。
「さてと、身体が動く様になったはずだ」
「あれ? 本当だ」
身体が動く様になった志保は立ち上がると、俺を睨んでいた。
「早速、近くの野良ダンジョンに向かうとするか」
そうして、家の玄関を出た。その時、
「間崎さん! まだ家に居ますか!」
「お兄さん! 何処なの!」
「聖人さん! 緊急事態です!」
3人の俺を呼ぶ声が聞こえた。
「まだ家の玄関にいるよ」
そう声がする方に向かって答えた。 すると、3人は家の玄関の方に走って来た。
「良かった……まだ居てくれた」
「お兄さん! ピンチなんだよ!」
「聖人さんの力が必要です」
朱音さんは俺が居たことに安堵し、絵里香は更にテンションが上がり、茉子ちゃんは端的に伝えてきた。
「ふむ、どっかのダンジョンが溢れた?」
「いいえ、事態はもっと深刻です。 自警団が訓練で使用していたダンジョンでユニーク個体が大量に発生。 自警団のリーダーが数人の団員とパーティーを組み、鎮圧に向かいましたが失敗。 部隊は壊滅的な被害を受けて、リーダーの結界にてダンジョンで救援を待っています。 その救援を呼ぶ為に斥候役の1人が命懸けで脱出し、こちらに連絡が来ました。 既にダンジョンからは魔物が溢れ出て来ています。 今は残っていた自警団のメンバーが対処していますが厳しい状況です」
「はぁ~だから、ユニーク個体が浅い所で沢山現れ出したら知らせろって言ったのに」
「お兄さん、それは今回の事にどう関係しているの?」
「いいか、ユニーク個体ってのは通常はランダムで現れるか、特定の階層や部屋に現れる事が多い。 だが、浅い階層で一度に沢山のユニーク個体が発生する場合、下の階層でユニーク個体を生み出すユニーク個体が生まれた可能性が高い」
「ユニーク個体を生み出すって……」
「だから、通常の何倍もの早さでユニーク個体が生まれる。 そして、ユニーク個体の数がある一定を越えると通常の魔物を駆逐し、そのダンジョンはユニーク個体で埋め尽くされる」
「そんなの……どうすれば」
「下の階層にいる元凶をなんとかしないとこの騒動は終わらない」
黙って話を聞いていた朱音さんが口を開いた。
「間崎さんなら、なんとか出来ますか?」
「俺自身、この状態になったダンジョンを殺した経験は一度しかない。 だから、なんとも言えないな」
「でも、経験はあるんですよね? でしたら、お願いします。私達もお手伝いします」
「ま、とりあえずは自警団の救出が最優先だ」
「「「はい!」」」
「由依、悪いが彼女をダンジョンに連れて行くのは無しだ」
「ん、わかってる。 志保、ごめん。また今度ね」
由依は志保に向き合い、
「待って! 私も一緒に」
「ダメだ。 君を守りながら自警団の救出は危険過ぎる」
まだ諦められない志保を見兼ねた由依は、
「聖人、自警団の事務所までならいい?」
「しかし、既にダンジョンから魔物が溢れているんだ。事務所の近くまで魔物が来る可能性がある」
「探索者の現実。 ダンジョンの危険性を知るチャンス」
「好きにしろ。 俺は知らん」
「ん、好きにする。 志保は事務所まで」
「ありがとう♪ 由依!」
そうして、俺達は戦いの準備をして自警団の事務所に向かった。




