引っ越し
高嵜一家の離れに引っ越すまでの期間はいつも通り寮に引きこもっていた。約束の日の朝、部屋のインターホンが鳴った。
「おっはよーお兄さん、準備はOK?」
「おはよう。すぐに降りるよ」
どうやら迎えは絵里香が来たみたいだ。今回、ダンジョン都市の外に住む訳だが、管理人に聞くとしばらくは寮を確保しておけるそうだ。荷物は全て空間収納に入れてあるので身軽に移動が出来る。
寮の玄関まで来ると、そわそわした感じの絵里香と静かにその場で立っている由依がいた。
「すまない、待たせたな」
「遅いよ、お兄さん!女の子を待たせたらダメなんだから」
「はいはい、次から気を付けるよ」
2人と合流しバスに乗って都市の外に繋がる門まで移動し、門の警備員に挨拶しゲートを通り久しぶりに都市の外に出た。高嵜一家の家までは、ここから更にバスに乗り一時間程進んだ田舎にあるらしい。バスに乗っている間に2人から家の周囲にある施設やダンジョンについて話を聞いたが、かなり辺鄙な場所に家があるようだ。
ダンジョンは家の庭と少し離れた山の中にあるらしく、ダンジョンのある山は高嵜一家の近所の方が所有しているそうで、許可を頂いて山に入りダンジョンに潜っているそうだ。ちなみに、山のダンジョンには巨大な猪や巨大な馬が出るらしい。以前住んでいた町の駅前のダンジョンで豚を乱獲して豚肉は大量に保存しているが、猪や馬がいるなら食料として確保したいな。
2人と話をしているとバスから見える景色が見慣れない景色へと変わっていった。更にバスに揺られると、しばらくして終点に着いた。
「お兄さん、着いたよ」
「ここからは歩き」
「え?歩きなの?」
「そうだよ。早く降りるよ」
絵里香に急かされてバスを降りると、そこには寂れた古い町並みが広がっていた。
「お兄さん、こっちだよ!」
立ち止まっていた俺の前に絵里香が立っていた。歩き出した2人の後について行き、歩く事数分ようやく目的地に着いた。
そこには二階建ての古民家と庭を挟み平屋の少し小さな古民家が建っていた。二階建て古民家の玄関の前で朱音さんと茉子ちゃんが出迎えてくれた。
「「ようこそ、間崎さん」」
「あ、ああ、どうも」
「さぁ、お兄さんの家はこっちだよ!」
絵里香に腕を引かれ平屋の古民家の前に連れて行かれた。古民家は歴史を感じる造りで、丁寧に手入れをしているのが分かった。絵里香は鍵を開け中へと促した。
「家具はお爺ちゃんが使っていたのをそのまま使ってね。家電はエアコンと冷蔵庫とかの最低限しかないから必要なら自分で買ってね。冷蔵庫に近所のおばさま達から貰った野菜を入れているから食べて」
「ありがとう。家電はおいおい揃えて行くさ」
「お風呂は近くで湧いている温泉を引いているから」
「温泉……いいね」
中を一通り確認し絵里香から家の鍵を受け取った。
「次はダンジョンだね」
「そうだな」
絵里香の後について行くと二階建ての古民家の裏に向かうと、ダンジョンの入口は少し奥まった所にあった。
「どうする?今から潜る?」
「いや、とりあえず荷物を片付けるよ」
入口を確認したので帰ろうとしたら、黙って後ろについて来ていた由依が口を開いた。
「潜るなら声掛けて、お兄さんの戦いを間近で見たい」
「見るのは構わないが……分かった。片付けが一段落したら潜るから声を掛けるよ」
「ん、よろしく」
その場で、解散し新たな自宅に戻った。自宅に戻ると再度、中を見ていった。台所は少し小さいシンクとコンロが二口とちょっと手狭だったが、この古民家には他に無い魅力があった。それは囲炉裏があるのだ。食事をしながら目の前で串に差した食材を焼く事もできるし、まだまだ寒い季節、囲炉裏で暖を取るのもいいかもしれない。昼食の準備をする為、空間収納から以前にホームセンターで買っていたキャンプ用の木炭を取り出し、囲炉裏に木炭を入れた。
木炭に火が起こるまでの間に台所の換気扇を回し、空間収納からオークのバラ肉を取り出した。薄切りにして冷蔵庫に入っていたアスパラガスを使い、アスパラガスの肉巻きにして、一口サイズに切り分け皿に盛り付けた。
昼食の準備をしていると庭の方から声が聞こえてきた。
「お兄さん、今から昼食にするけど一緒に……って、準備していたのね」
「ああ、すまない。今作っている所なんだ」
「何を作っているの?」
「オークのバラ肉を使ったアスパラガスの肉巻きだ。せっかく囲炉裏があるんだ。焼きながら食べようと思ってな」
「オーク!?オークってあの魔物の?」
「ああ、ダンジョンで乱獲したんだ」
「魔物って食べれるの?てか、そもそもダンジョンで倒したら死体は消えるのに、どうして肉があるの?」
「ふ、スキルだ」
「またスキルなの?お兄さんは秘密ばっかりだ」
絵里香は不機嫌さをアピールしていた。すると、他の声が聞こえてきた。
「姉さん。早くしないと冷めるよ」
「うん、でも……あ!そうだ!由依、ご飯持って来て!」
「姉さん?」
「お兄さん、ご飯は炊いてるの?」
「いや、まだだ」
「由依、お兄さんのご飯も持って来て!オークの肉だって!」
「姉さん、何を言って……オーク?」
「良いから早く!」
「分かった」
どうやら由依はご飯を取りに帰ったみたいで、絵里香はというと、既に囲炉裏の前に座って待っていた。
「お兄さん!早くして、お腹空いた!」
「分かったから、そう急かすな」
絵里香の分も追加で肉巻きを作り、囲炉裏の前に持ってきた。炭の上に網を置き、空間収納からキャンプで使う小さな鉄板を取り出し網の上に置いた。十分温まったのを確認して肉巻きを鉄板にのせると、脂の焼ける良い香りが部屋中に広がった。
肉巻きには塩、胡椒のシンプルな味付けしかしていない。だが、脂の甘い香りが食欲を刺激した。じっくり焼いていると、ご飯を持ってきた由依が庭に立っていた。
「姉さん、持ってきた」
「ありがとう!お兄さん、まだ!」
「ちょっと待てって」
焼き目がつき、表面がパリッとしてきた。
「待たせたな。出来上がりだ」
絵里香の前の皿に出来上がった肉巻きを置いた。すると、絵里香は躊躇することなくオークの肉巻きとご飯を食べた。
「~んまい!何これ!すっごく美味しい!」
「そうか、気に入って貰えて良かったよ」
自分の分の肉巻きを由依が持ってきたご飯の上に乗せて、ご飯と共に食べた。口一杯に広がる脂の旨味と塩、ご飯が口の中で合わさり、更に旨味を爆発させた。庭に放置された由依は一度家に戻り自分の分のご飯を持って再び戻ってきた。
「姉さん、私も食べる」
「お兄さん!由依の分も焼いて」
「あいよ」
そうして、新居の昼食は賑やかに過ぎていった。




