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火種

 高嵜一家を救出した次の日、昼頃までゆっくり睡眠を取ると管理人に怒られた。 朝食がいらないなら前もって言えと、何度目かの罵声を浴びた。 ダンジョンに行く前に地図のお礼を言いに行こうと思い組合に向かった。

 組合に着くと真っ直ぐにBarに向かい、いつもの様に黙ってグラスを拭いているマスターがいたのでカウンターに座った。


「マスター、ミルクを」


「ホットかアイス」


「ホットで」


 そう言うとマスターはホットミルクを作ってくれた。


「マスター、地図のお陰でなんとか間に合ったよ。 ありがとう」


「そうか」


 マスターはたった一言、それだけしか言わなかった。 その後はホットミルクを楽しみ、ゆっくりと静かな時間を過ごしていた。 だが、その時間は長くは続かなかった。 ロビーから大きな声が聞こえてきた。


「やっと見つけた!」


 ロビーに響く大きな声に驚いて、声がする方を見るとちんまい女の子がこちらを指差していた。 すると、大股で足音を立てながらちんまい女の子がこちらにやってきた。


「お兄さん!」


「こらこら、未成年者が昼間からお酒を呑む所に来ては行けないな」


「用があるのはお兄さんに、なの! ちょっと来て!」


 ちんまい子は意外と力が強くズルズルと引っ張られた。


「会計」


 マスターは一言、そう口にした。


「また来ます」


 そう言って出入口のスキャナーに右手をかざすと、ちんまい子は更に力を込めて俺を引っ張って行った。

 ちんまい子に連れられて来られたのは組合の食堂の一角だった。 テーブルには昨日ダンジョンで救出した朱音さんと昏睡していた末っ子の由依ちゃんと救出を依頼して来た茉子ちゃんが座っていた。


「お兄さんはこっち!」


 強引に椅子に座らされた。


「ったく、もう。 こっちは朝からお兄さんを探してたのに、呑気にBarでミルクを飲んでいるとか意味わかんない」


 ちんまい子こと絵里香ちゃんも席についた。


「で、なんで俺、呼ばれたの?」


「えっと、それはですね」


 まず口を開いたのは長女の茉子ちゃんだった。


「間崎さんに依頼完了に伴う報酬の相談とお礼のお話をしたくて」


 茉子ちゃんの様子を見るに今日の体調は良さそうだった。 家族が帰ってきて安心して寝る事が出来たからだろう。


「報酬ね……確か、茉子ちゃんが払える物ならなんでもだったよね?」


「はい……」


 茉子ちゃんは俯いてしまった。 その言葉に過剰に反応したのが次女の絵里香ちゃん。


「ちょっと! そんな話聞いてないんだけど! どういう事なの茉子姉!」


「えっと、ね。 あの時は緊急事態というか、とにかくなんとかしたくて。 その……はい、何も考えてなくて、ごめんなさい」


 ちょっと困った感じの表情した朱音さんが仲裁に入った。


「うーん、報酬は金銭か貴重品だと思っていたのだけれど、困ったわね。 今朝の時点で相談して欲しかったわ」


「ごめんなさい……ちょっと言い出しにくくて」


「間崎さん、こちらから無理矢理呼んでおいてあれですが。 この話はまた後日、改めてお話しさせてください」


「こちらは構いませんよ。 日時が決まりましたら……そうですね、総合受付にいる受付嬢の」


「瑠美ちゃんですね」


「はい、その瑠美ちゃんに言付けてください」


「分かりました。 今日は突然すみませんでした」


 席を立ってその場から逃げる様に立ち去ったが、あの場に座ってから刺さる視線は相変わらずだった。 周囲にいる探索者からの嫉妬と妬みの視線を向けられていた。

 総合受付の所にまで逃げると、俺の様子がおかしいことに気付いた受付嬢が声を掛けてきた。


「こんにちは、間崎さん。 今日はどうしたんですか?」


「どうも他の探索者の恨みを買ったみたいで、さっきからずっと視線を感じるんだ」


「あ~、間崎さんは昨日の一件で有名になりましたからね。 そりゃ嫉妬や妬みはありますよ。 なんと言っても、あの高嵜一家と関係を持ったんですから」


「ん? そんなに有名な一家なの?」


「そうですよ! 朱音さんは美人で素敵な人ですし、娘の三姉妹はちょっと個性が強いですけど、皆可愛くて仲良くなりたい探索者さん達は沢山いるんです! でも……」


「でも?」


「朱音さんは半年程前に旦那様を亡くされてますし、三姉妹は探索者になったばかりの時に多数の男に言い寄られて、ちょっと男性と距離を置いてたみたいです。 それからはずっと家族でパーティーを組んで男性を入れないようにしてましたから、そこに突然一家と仲良くする男性が現れたら嫉妬ぐらいしますよ」


「うーん、一家に関わると面倒事に巻き込まれそうだな。 よし! 報酬を受け取ったら寮に引きこもろう」


「もう手遅れかと……」


 受付嬢は苦笑いを浮かべていた。


「気分を変える為に酒呑んでくる……」


「はーい、飲み過ぎはダメですよ♪」


 受付嬢の声を背に受けながら肩を落として歩いて行った。





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