救援依頼
ダンジョンから戻ると日は沈み辺りは暗くなっていたが、寮には戻らずにその足で組合に向かった。 夜の組合は多くの探索者で賑わっていた。 食堂で食事を楽しむ者やBarで酒を呑む者等様々だったが、総合受付は暇なのか楽しそうにしている探索者達を羨ましそうに眺めていた。 総合受付に近づくとこちらに気が付いたのか笑顔で声を掛けてきた。
「こんばんわ~間崎さんがこんな時間に組合に来るなんて珍しいですね」
「ああ、初心者用のダンジョンで見たことの無いものを拾ったんでな。 組合で分かるか聞きたくて」
「ドロップアイテムですか! 初心者用ダンジョンで拾うなんてラッキーですね! で、物はなんですか?」
「これなんだが……」
そう言って懐から生命の結晶体を取り出すと、
「間崎さん! それを本当に初心者用ダンジョンで拾ったんですか!」
「あ、ああ」
「そうですか、これを初心者用ダンジョンで……」
受付嬢は何かを考える用な素振りをして、
「組合はこれの事を知っているのか?」
「ええ、これは非常に高値で取引されている物でして、以前はある探索者の方が定期的に納品してくれていたんです。 でも、ここ最近は調達が難しいそうでクライアントからも催促されるし、組合としても困っていたんです。 でも、間崎さんがこれを持って来てくれたのは嬉しい誤算です! まさか初心者用ダンジョンでこれが手に入るなんて! ちょっと待っててくださいね。 今だと……うん、1個500万で取引されていますね」
「ちょ! ちょっと待ってくれ! これは既に取引されている物なのか!」
「そうですよ? これを特定の薬品に浸けて成分を抽出するんです。 それを用途別に液体やクリーム状等に加工して販売してます。 その効果は凄いんですよ! 衰えたお肌に塗れば10代の様なピチピチのお肌に、服用すれば失われた精力を取り戻せます。 ちなみに、この結晶体は純度が高そうなので沢山の製品を作れそうです。 ですので、これを納品して頂けるなら予想される売り上げの半分を前払いします。 後の半分は実際の売り上げから組合の加工手数料を引いた額が支払われます。 これで、間崎さんは初心者は卒業、もう立派な探索者ですね! だ·か·ら、1回くらいなら一緒に食事に行ってもあげても良いですよ♪ もちろん、間崎さんの奢りですけど。 優秀な探索者さんと懇意にすることは組合としても大事ですから」
「そんなことを聞いているんじゃない! 組合はこれが何で出来ているか分かっているのか! これはな」
「そんなことって酷いです……間崎さん、何を言っているんですか? これはただのドロップアイテムです」
「いや、確かにそうなんだが……」
更に食い下がろうとすると、受付嬢の雰囲気が変わった。
「間崎さん……貴方がこれをどうやって手にいれたのか知りません。 ですが、これが何を材料にして生成されているとか、そんな事は誰も気にしていないんですよ。 良いじゃないですか! これを欲しがる人がいて、組合は探索者とクライアントを繋いで探索者はお金を、クライアントはこれを使った製品を手に入れることが出来るんです。 需要と供給があってWin-Winな関係です。 何の問題も無いんです」
「問題は無いって」
「間崎さん、組合としてはこれはただのドロップアイテムです。 としか言えません」
「つまり……そういうことか」
「はい、そういうことです。 間崎さんはなんでダンジョン都市が作られたとか、なんで都市のダンジョンを殺さずに管理しているとか。 何故、探索者の衣食住が保障されているのとか。 考えた事ありますか? 物事には必ず理由があります。 都市を運営するにもお金が掛かります。 ですから」
「もういい! ……すまない」
「いえ……」
そう言って受付を後にした。 安易にダンジョン都市の闇に触れてしまったことに少し後悔した。 ちょっと気分を変えたかったから組合のBarに寄ることにした。
Barのカウンターが空いていたので座り店内を眺めた。 相変わらず渋いマスターがグラスを拭いていて、店内には心地好いBGMが流れ、ここだけ時間の流れが違っていた。 カウンターでゆっくりしているとマスターに声を掛けられた。
「ご注文は?」
「えっと……」
こんな洒落たBarになんて行ったことがないから、何を頼んでいいかわからなくてオロオロしていると、ロビーの方から助けを求める女の子の声が聞こえてきた。
「お願い……します。 お母さんと妹達を探して……ください!」
声がするロビーに目を向けると女の子が2階の階段から手すりに体を預けながらゆっくりと降りて来ていた。 それを見つけた受付嬢が駆け寄り手を貸して介助していた。
「茉子ちゃん! ダメじゃない。 貴方は寝ていないと」
「でも……まだ帰って来ないんです! 今日は私が行けないからあまり深くは潜らないって言ってたのに」
「だからと言って、無理しちゃダメだよ!」
騒ぎを聞きつけた他の探索者達が集まって来て、その中の1人が声を掛けた。
「おう、お嬢ちゃん何か困り事かい?」
「家族を助けてください!」
少女は懇願した。
「助けるのは良いけどよ、探索者に頼みごとをするには相応の対価が必要だぜ?」
「分かっています。 私が払えるものなら何でも!」
「何でもって、茉子ちゃん!?」
少女の提案に受付嬢は衝撃を受け、周りの探索者達は下卑た笑みを浮かべていた。
「ほう、何でもか」
「何でもって言われるとな」
「ああ」
探索者達はそう口々に言うと、その中の1人が先を促した。
「で、その家族は何処にいるんだ?」
「今日は上級者ダンジョン。 玄武の6階に行くと言っていました」
少女の言葉を聞いた瞬間、その場が凍りついた。
「あ~、お嬢ちゃん。 もう一度言ってくれないか? どこだって?」
「だから、玄武」
「いや、その後だ」
「6階です」
改めて少女の言葉を聞いて沈黙が支配した。
「よりによって玄武の6階か……」
「ああ、あそこの6階以降は毒を持った個体が出るからな」
「悪いな、助けてやりたいがお嬢ちゃんも探索者ならわかるだろう? あそこに潜って長時間戻って来ないって事はそう言うことだよ」
「家族が帰って来ないのは気の毒だが諦めな」
集まっていた探索者達は次々に離れて行った。
「お願いします! 家族を……助けてよ」
少女の悲痛な叫びはロビーに掻き消えた。




