第八十三話 干沢城の戦い(後)
干沢城の戦いは続いている。
三の郭を失った武田軍は二の郭に立てこもり、押し寄せる板垣勢と激闘を繰り広げていた。
二の郭の郭壁は山の急斜面を利用してつくられているので、三の郭よりは格段に守りやすくなっている。
簡素な梯子程度では登ってこられず、斜面のでっぱりをつたって登ろうとすれば、郭壁上の武田兵に狙い撃ちされる。
必然的に板垣勢の攻撃は郭門に集中したが、武田軍は矢を射かけ、石を落とし、熱湯を浴びせ、時には煮えたぎった油まで振りかけて敵兵を退けた。
矢石や熱湯、油といった迎撃準備が整っていたのは、武田軍が一時の混乱から脱した証であったろう。
続出する被害に耐えかねたか、板垣勢は長大な梯子を持ち出して郭壁からも攻撃を仕掛けようとする。
――まあ、長大といっても三の郭で使っていた梯子をこの場でつなぎ合わせただけのもので、強度の方は推して知るべしであったが。
弓兵の援護のもと、板垣勢の足軽が梯子を郭壁に立てかけ、次々と急斜面を登ってくる。
ところが、急造の梯子が重量に耐え切れなかったらしく、登る人数が十人を超えたとき、不意に鈍い音をたてて梯子が折れた。
乗っていた兵士たちはまとめて空中に投げ出され、悲鳴をあげて地面に叩きつけられる。
郭壁の上からそれを見ていた武田兵は哄笑を浴びせかけ、倒れた兵士たちに矢石を集中させて死傷者を増加させた。
なお、石を投げた兵士の中には俺も含まれている。
三の郭では敵の勢いをそぐために上杉軍を名乗って大仰に振舞ったが、二の郭の将兵はかなりの精鋭らしく、郭壁上の動きもきびきびとして無駄がない。
ここではへたに上杉を名乗ると、かえって武田軍の動きを阻害してしまう。
なので、三の郭の生き残りに混じって足軽働きをしている次第であった。
郭壁の上から身を乗り出し、人の頭ほどもある石をえいやと投げ落とす。
その石は郭壁に取り付いた敵兵の顔面を直撃し、その兵士は鼻血と折れた前歯を撒き散らしながら地面へ向かって転げ落ちていった。
「お見事、加倉殿!」
隣で戦っていた小池主計から賞賛の声が飛んでくる。
その主計は弓を構えて盛んに敵に射かけ、そのほとんどを命中させていた。さすが虎綱の腹心、武芸もかなりのものだ。
そして、その主計以上に凄まじいのが甘粕長重だった。
主計が放った矢を「ほとんど」命中させているのだとすれば、長重は放った矢を「すべて」命中させている。
百発百中とはまさにこのことだ。
大げさではなく、長重一人で三十人近い敵兵を射倒している。腕や足に命中した矢もあるので、全員を討ち取ったわけではないが、確実に戦闘力は奪っているだろう。
長重が討ち取った敵兵の中には兜首――身分のある武将の首級――もけっこう含まれていた。
このまま戦が終われば間違いなく一番手柄だろう。
何より恐ろしいのが、ここまでの戦果をたたき出しておきながら、まだ全力ではないという点だ。
最初に扱っていた短弓は長重が手ずからつくった狩猟用のもので、矢に関しても特別製だった。あの速射はそういった工夫の上に成り立っていたのだろう。
なので、二十本の矢を討ちつくした段階で、長重は短弓を手放さざるを得なくなった。
その後は主計経由で武田軍の弓矢を借り受けていたのだが、これが長重の膂力に耐え切れずにべきりと折れてしまったのである。
結果、長重は弓が壊れないように加減せざるを得なくなった。
もし十分な数の短弓用の矢があれば。あるいは長重の膂力に耐えうる長弓があれば、板垣兵の被害は倍どころでは済まなかったであろう。
そんな二人の名手に挟まれ、石を落としているわが身の切なさよ。
時間が取れたら弓の練習もしようそうしよう。
そんなことを考えながら、足元から次の石を拾いあげて敵の姿を探し求める。
と、敵の弓兵がこちらに狙いをつけて矢を番えている光景が目に飛び込んできた。
「矢、来るぞ!」
慌てて周囲に退避を呼びかけ、自分も郭壁に隠れる。
わずかに遅れて、宙を切り裂く矢羽の音が数十、数百と連なり、突風のように吹き付けてきた。
無数の矢が壁を抉り、床に突き立ち、そして味方の体を貫いていく。
視界の端で武田兵の一人が右肩に矢を受けて倒れこむ姿が映った。
その兵士は郭壁からやや離れた位置に立っており、倒れ込んだ場所はまだ敵の矢が届く範囲だった。事実、兵士のすぐ近くに新たな矢が二本、三本と音を立てて突き立っていく。
俺は反射的にその場を駆け出すと、ぎゃあぎゃあと痛みを訴える兵士の身体を引っつかみ、ほとんどひきずるようにして郭壁の陰まで引っ張りこんだ。
「あああッ! いてェ! いてぇよ畜生が!」
傷口を押さえながら叫ぶ兵士。見ればかなり若い。
矢は兵士の肩を深々と貫いており、容易に抜けそうになかった。というか、矢に関しては鏃に返しがついているので、素人がへたに引き抜くと重傷が致命傷にレベルアップしかねない。
動脈が傷ついたのか、兵士の肩からは鮮血が溢れ出て止まらない。肩口の傷だけに止血のしようもなく、このままでは遠からず命を失ってしまうだろう。
だが、そうとわかっても、俺に出来ることは何もなかった。
「重傷者だ! 後方に下がらせろッ」
衛生兵などいない戦場で、その叫びがどれほどの意味を持つのかは分からなかったが、何もしないよりはマシであろう。
後方に向かって叫んだ俺は、槍をもってその場から駆け出した。
弓兵の援護を受けた敵の足軽が、郭壁の上に乗り込んで来ようとしていたのである。
俺の槍の腕など知れたものだが、郭壁に乗り移ろうとしている時なら敵は無防備だ。
手近にいた武田兵と共に板垣兵に挑みかかった俺は、穂先で突き刺し、柄で叩き、ときには石突でぶん殴り、敵を郭壁から排除していく。
壁の外へ押し出された敵兵が、悲鳴をあげて斜面を転がり落ちていくのが見える。
斜面を登っていた数名が、その滑落に巻き込まれて諸共に落ちていく。
それを見た俺の唇に自然と笑みが浮かんだ。気がつけば、俺は大声で雄たけびをあげていた。
乱戦が始まり、周囲を敵味方の叫喚が押し包む。
夢中で槍を振るい続けた。何人の兵を突き落としたか分からない。何度敵の槍で突かれたか分からない。
すぐ隣で戦っていた味方が、剛強な敵兵の槍を受けて口腔を貫かれるところを見た。
その兵士は続けて俺を仕留めようとしたところ、至近から飛んできた矢に首筋を射抜かれ、無念の形相を浮かべて倒れ伏す。
先に殺された兵士の僚友であろうか、武田兵の一人が怒声をあげて倒れた敵兵の口に刀を突き立てていた。
後から思えば冷や汗物の光景も、その時その場では一瞬の出来事だ。
胸をなでおろす暇も、眉をしかめる暇もなく、ただひたすらに腕を動かし続ける。
気がつけば、俺の槍は穂先も柄も真っ赤に染まり、具足には返り血がべったりと張り付いていた。いや、返り血だけではなく、俺の血も二割くらいは混じっていそうだ。肩に腹に頬に、いつの間にか手傷を負っていた。
いったいどれほどの時間、こうして槍を振るっていたのだろう。
ふと気がつけば目の前から敵がいなくなっていた。慌てて郭壁の外に目を向けると、板垣勢が退却しつつある。
むろん、城攻めを諦めたわけではなく、体勢を立て直すための戦術的撤退に違いない。
知らず、俺はほぅっと息を吐き出していた。
気を抜いたのだ。
とたん、それまで意識していなかった疲労と激痛が同時に全身にのしかかってきて、たまらず膝をついてしまう。
その時だった。
――倒れていた敵兵が、不意に躍りかかってきた。
「な!?」
とっさに避けようとしたものの、まったくといっていいほど身体が反応しなかった。
突き飛ばされた俺は郭壁上で仰向けになって倒れこむ。
そこに怪鳥のような声をあげて敵兵がのしかかってきた。
「あああ! あああああッ!!!」
馬乗りになって俺を組み伏せた敵が濁った声を張り上げる。意味はわからずとも、それが痛みと敵意と殺意に彩られた呪詛の声であることは理解できた。
見れば、その兵の口は人間にはありえないほど大きく切り開かれていた。おそらく刀で口腔を斬られたのだろう、あたかも口裂け女のような外見になっている。
口の端から血と唾液が混ざり合った液体がぼたぼたとこぼれ落ち、俺の身体を汚していった。
その敵兵は背は低かったが、反面、四肢は丸太のように太かった。
巌のような屈強な体格を見るに、もしかしたら名のある将なのかもしれない。
近くにいた兵士が俺を助けるために敵の背に刀を突き立てたが、まったく動じる様子を見せない。直後、二本の矢が敵兵の左右の肩に突き立ったが、これも意に介さない。
脇差を抜いて俺の首に押し当てた敵兵が、にたり、と凶笑を浮かべる。
俺の首を取ること以外、何も考えていない者の顔だった。
かつて覚えたことのない悪寒が背筋をかけのぼる。
死神の息吹をこれほど間近で感じたことはない。
俺は必死に敵を振り払おうとしたが、体格に優る敵は獲物の離脱を許さない。
間近で見た敵の目に歓喜の光が眩めいた
避けられない。一瞬、そう覚悟した。
だが――
「……ひ」
ぐしゅ、と湿った音を立てて敵兵の右目に棒状の何かが突き刺さる。
衝撃で上体をのけぞらせた敵兵の左目に、またも同じ武器が。
一瞬で両目を奪われた敵兵の喉元に、とどめとばかりに三本目が突き立った。
瞬きの間に三連投。いずれも致命的な部位。
いかに屈強な敵兵もこれには耐えられなかったようで、ぐらぐらと身体を揺らした末、どうと仰向けに倒れ込む。
わけもわからず目を瞬かせる俺の耳に、音量を極限まで絞った声が響いた。
「――まったく。どこを探しても姿が見つからないはずです。どうして上杉の軍師が武田兵の先頭に立って戦っているのですか」
「お、おお、段蔵。いや、これにはよんどころのない事情があってだな」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。何の理由もなくこのような振る舞いをされたのだとしたら、さすがに私も黙ってはいられません。その事情とやらは後ほどとっくりとうかがうとして、とりあえずお立ちください」
すっと差し出された手をとり、敵兵の死屍をのけて立ち上がる。
さすがというべきか、しっかり武田兵に扮している段蔵を見て、俺は思わず安堵の息を吐いていた。
戦場から日常に戻った気がしたのだ。
まだ戦闘は絶賛継続中なのだけど。
「加倉殿、ご無事か!?」
「すまない、援護が遅れた」
主計と長重が青い顔で駆け寄ってくる。
ちらと二人を一瞥した段蔵が、訊ねるような視線を――もとい詰問の視線を向けてくる。
さて、何をどこから説明したものか。
いや待て、その前に。
「段蔵、弥太郎たちはどこまで来てる?」
「火の手があがった段階で城に向かっております。もう城外で待機しておりましょう。付け加えれば、敵将は四の郭に腰を据えて戦の指揮を執っているようですね」
「……よし、いける。主計殿!」
「す、すまぬ、加倉殿! 貴殿を危険な目に――」
「いえ、今のは油断した俺が悪いのでお気になさらずに。それより、すぐに長坂殿のもとへ参りましょう。敵が退いている今のうちです」
「お、おう? それはかまわぬが、そちらの御仁は」
「そのあたりの説明もまとめていたします。ささ、お早く」
◆◆◆
二度に渡る総攻撃が失敗し、虎の子の私兵を投じた三度目の総攻撃も失敗に終わった。
その報告を受けたとき、攻め手の将である板垣信憲は音高く舌打ちした。
一時は混乱の極みにあった武田軍はいまや完全に立ち直り、押し寄せる板垣勢を堅固に討ち退けている。
予想できなかったわけではない。
主力である諏訪衆七百は、地侍といえば聞こえはいいが、その実態は半農半武の農民兵。しかも信憲の部下というより対等の同盟者に近く、何でもかでも信憲の命令を聞くわけではない。
信虎から預けられた二十の馬廻は皆無口で薄気味悪く、信憲自身が集めた手勢はいまだ八十足らず。主力として運用できる数ではない。
しょせんは寄せ集めの烏合の衆。練度においてはとうてい武田軍に及ばない。
その板垣勢が今日まで優勢に戦を進めてこられたのは、ひとえに信憲の策のおかげであった。
甲斐における武田軍苦戦の情報をばら撒いて諏訪衆を扇動し、かつて父の副将だった長坂光堅を城外に誘い出して捕らえ、その身柄をもって上原城を開城させる。
昌国が受身に回ることも予測していた。なにしろ光堅、昌国父子とは幾度も戦場を共にした仲なのだ。その性情は知り尽くしている。
「そも、光堅のごとき鈍才に諏訪を預けたことが間違いなのだ。晴信、いけすかない小娘め。追放した俺に諏訪を取られたと知ったら歯噛みして悔しがるであろうな」
信憲はもうじき四十路にさしかかる。年齢だけ見れば、晴信を小娘と呼ぶ資格は十分にあるだろう。
ましてや、晴信は信憲を甲斐から追放した張本人。いかに主筋とはいえ、敬意など抱けるはずがなかった。
そもそも初めから晴信のことは気に入らなかったのだ、と信憲は思う。
父 信方は晴信が幼いころからその器才を買っていたが、信憲はそんな父の行動がさっぱり理解できなかった。
幼い晴信が自分を見る冷たいまなざし――道端の石ころでも見るようなあの眼差しが、とにかく気に入らなかった。
それでも父に逆らうことはできず、消極的にではあるが晴信を支持し、躑躅ヶ崎の乱でも信虎の兵と戦った。
そんな信憲に対し、晴信が下した褒章は七か条に及ぶ詰問状を突きつけ、甲斐から追放するというものであった。
甲斐における板垣家は断絶し、所領は残らず没収される。
これを恩知らずと言わずして、何を恩知らずというのか。
かつての主家を攻撃することに、信憲は一片のやましさも感じていない。
いや、そもそも信虎こそが甲州武田家の本流。であれば、晴信率いる武田家など主家でも何でもない。信虎の命令どおり、粉微塵に打ち砕いてやる。
上原城はすでに落とした。あとは干沢城を落として長坂家の残党を駆逐し、諏訪郡を制する。
諏訪を制したら次は甲府――躑躅ヶ崎館だ。
あの小娘に目にもの見せてくれよう、と内心で腕を撫していた。
干沢城攻めも、途中まではうまくいっていたのである。
仕込んでおいた内通者によって四の郭はあっさり陥落し、混乱に乗じて三の郭も奪い取った。
後はこのまま一気呵成に攻め上り、押して押して押し切って、一挙に二の郭、主郭と陥れてやるつもりだった。
だったのだが――
「昌国め。小心者の小僧っこが思いのほか粘りおるわッ」
諏訪衆は立て続けの攻撃失敗に意気阻喪している。
ならばと前線に送り込んだ信憲の私兵も敵に撃退された。しかも、私兵をあずけていた直臣――父の代から板垣家に仕えていた曲淵吉景も敵に討ち取られてしまったらしい。
これでは城を落とすどころではない。
諏訪衆が信憲を見る目にも不信のもやがかかっている。
もし今、昌国が郭門を開いて打って出れば、こちらはあっさり突き崩されてしまうかもしれない。
ここは一度上原城に退くべきか。
ここで退却すれば、今は信憲に従っている諏訪衆からも離脱者が出てしまうだろう。
だが、負けて逃げるよりは、攻めきれずに退く方がまだしも傷は浅い。
信憲はそう考えて命令を下そうとする。急使が駆け込んできたのはその時だった。
「も、申し上げます! 武田軍が郭門を開き、打って出てまいりました! その数、およそ三百! 敵将である長坂昌国の姿も見えます!」
「……チィ! 昌国め、小賢しい軍配者を雇ったとみえるわ! 全軍に通達せよ! 敵が郭門を開いたことこそ幸い、逆にこれを打ち破って一気に二の郭、一の郭まで攻めあがれとな!!」
「は、かしこまりましたァ!」
「今こそ決戦の刻、後方にいるすべての将兵を前線に投入せよ!」
敵が攻勢に転じた以上、退くのは論外だ。ここは強気で押し切るしかない。
信憲の号令に従い、板垣勢があわただしく動き始める。
もっとも、信憲自身は前線には赴かない。将たる者は軽々しく本陣から動かないものだ。指揮官みずから刀槍を振るうのは匹夫の勇に他ならない。
「どうした、そなたらも早く行け!」
信憲は周囲をかためる馬廻に命令する。
だが、二十人に及ぶ彼らは、一人としてその場から動こうとしなかった。
「……我らの役割は御身の守り。ご命令には従いかねます」
「その俺を守るために敵を討って来いと命じているのだ!」
「従いかねます。我らはただ主に従うのみでございますれば――それに、敵は前のみとは限りませぬぞ」
「……なに? どういう意味だ?」
馬廻がそれに答えるより早く、信憲の前に板垣家の鎧兜を身に付けた兵士たちが現れる。数は十名。
外見は間違いなく信憲の私兵だ。しかし、不思議なことにその中の誰一人として見覚えがない。
なにより、私兵はすべて二の郭攻撃に投入している。こんなところにいるはずがない。
「……なるほど。昌国めが放った暗殺者か。ふん、怪我の功名だな。貴様ら、はやく始末し――」
「お逃げくだされ、板垣様」
「……なに?」
馬廻の言葉が理解できず、信憲は眉根を寄せる。
二十対十。数の上からも、質の上からも負けるはずがないというのに、どうして逃げなければならないのか。
「こやつら、強うござる。我らでは足止めが精々でございましょう」
「な、何を弱気なことをぬかしておるのだ!? 貴様ら、信虎様より俺につけられ――」
「板垣様!」
思わず信虎の名前を出してしまった信憲を、馬廻が強い口調で制止する。
しまった、と思った信憲であるが、強いて落ち着いた様子を装った。
「ふん、ここでこやつらを皆殺しにすれば済む話であろうが! 貴様らの手に負えぬというなら俺みずから相手をしてやるわ!」
吼える信憲に対し、馬廻――信虎麾下の甲州忍びはかなうはずがないと制止しようとする。
忍びは彼我の力量を正確に洞察できなくては務まらない。
今、彼らの前に現れた者たちは、どうしてこのような辺鄙な戦場にいるのかと目を疑う者たちばかりであった。
だが、信憲はそれを見抜く目を持たず、襲撃者たちはこれ以上待つ義務を持たない。
鞘走りの音が連鎖する。
時を同じくして、山頂で武田軍の法螺貝の音が鳴り響く。
干沢城を、上原城を、ひいては諏訪郡をめぐる戦いの最終局面が始まろうとしていた。