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聖将記  作者: 玉兎
第五章 深淵
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第四十話 葬送開始


 古来より、政敵との戦に勝って京に入りながら、略奪と暴行で人心を失って敗者の列に加わった者は枚挙まいきょいとまがない。

 旭将軍 木曽義仲などはその最たる例だろう。

 京の都は蜜のようなものだ。芳醇な味と香りで人をひきつけるが、過度に食せば毒となって身体を損なう。



 長尾景虎、春日虎綱の両将はそのことを承知していた。

 入京当初からさすがというべき統率力を発揮して将兵を引き締め、軍規違反を許さない。略奪、暴行、放火その他、京の人々が恐れていた事態は何一つ起こらなかった。

 人々は安堵の息を吐き、自然、両軍を好意的に見るようになる。そういった人々の態度が異国にやってきた将兵の心をほぐし、また奮い立たせる。

 上洛軍と京の人々の間には良い循環が出来上がりつつあった。



 そんなある日、上杉と武田の両軍が大きく動いた。

 両軍は数十人から数百人の部隊を複数編成し、京都各所に移動をはじめる。

 それを見て、すわ戦かと慌てる者は多かった。細川晴元麾下の香西元成が丹波兵を率いて来襲したのはつい先日のことである。またいずこかの軍が攻めてきたとの予測は、そう的外れなものではなかっただろう。



 京の人々が不安げに見守る中、両軍が何を始めたのかといえば、市中市外に放置されていた亡骸なきがらの葬送であった。

 兵士たちは林や藪の中に入り、散乱した遺体や骨を荷車に乗せ、定められた寺院に運んでいく。運び先は一箇所ではなく、協力した寺院は三十以上に及んだ。



 寺院には上洛軍の依頼を受けた僧侶たちがあらかじめ待機しており、運ばれてきた亡骸を丁寧に埋葬すると、念仏を唱えて冥福を祈る。

 これと同じ光景が京のいたるところで繰り広げられるに及んで、上洛軍の真意に気付いた人々の口から歓声があがったのは当然のことであったろう。



 応仁の乱よりこの方、京を治めた勢力はいくつもあれど、放置された死者の葬送を行った勢力は数えるほどしかない。

 現在、京を支配するのは将軍家であり、それを傀儡とする三好家であるが、この両家とて京の都を治めようとはしても、死臭を払おうとはしなかった。



 しかるに遠国からやって来た田舎侍たちがそれをしたのである。

 寒風吹きすさぶ洛中洛外で、盛大にかがり火を焚きながら死者を弔う彼らの姿に感動せぬ者はいなかった。感謝せぬ者はいなかった。

 おおげさな言い方をすれば、この一事によって上杉、武田両家は京の民心を掴み取ったのである。

 それは両軍がこの地を去ってなお忘れられることのない偉大な勲功となった。




 上洛軍はこの時、協力した寺社に多額の金銭を献じていた。また、屍毒に対処するための医薬品の確保や、体調を崩した者のための医者の手配なども同時に行っていた。

 寒さをしのぐかがり火だって無料ただではない。屍毒のついた衣服はすぐに焼き捨てなければならないので、八千人分の衣服も用意せねばならぬ。

 これらに費やした資金はかなりの額にのぼった。



 どれくらいの額かというと、上杉軍でいえば余裕をもって用意していた上洛資金が一時的に底をついたくらいである。

 この凄まじいまでの出費にためらい、反対の声を挙げた者は少なくない。

 だが、上杉軍長尾景虎は迷うことなく諾を与え、武田軍の春日虎綱もこれに続いた。

 後にそのことを知った人々は、この二将の仁慈の心に惜しみない賛辞を送ることになる。




 長年にわたって放置されてきた無数の屍は荒廃した京の都の暗部そのものである。

 八千の軍勢が総出であたったところで、一日二日で片付くものではない。

 それでも、初雪が降った年の瀬までに都の大部分から死臭が消えたことは事実であり、京の人々は上洛軍のいさおをおおいに称えた。

 洛外にある死屍の山に関しては手付かずのままであったから、風が強い日にはこれまでのように死臭が流れ込んでくることもあったが、これとて以前に比べれば意識にのぼらない程度のもの。上洛軍の人気にかげりが出ることはなかった。




◆◆◆




「よし、初手はこんなものでいいだろ」



 上杉陣屋で一連の作戦行動の結果を確認し終えた俺は、内容に満足しつつうなずいた。

 憂鬱な作業を強いた将兵には年末年始にゆっくり休んでもらう。

 その間、俺は緊急浮上してきた問題、すなわち金策に取りかかろうと考えていた。

 なにせ上洛資金が枯渇しかけていたから、資金調達は喫緊きっきんの課題だった。



 ところが、この問題は景虎様が神余かなまり親綱ちかつなを動かしたことで無事解決する。

 この親綱は京都在住の上杉(長尾)家臣で、いわば外交官なのだという。

 朝廷や幕府との折衝に加え、越後の特産品である青苧あおその売買などに従事し、青苧に権利を持つ三条西家とも付き合いがあるらしい。

 この親綱が付き合いのある商人から資金を引き出すことに成功し、上杉軍の府庫は窮地を脱することができたのである。



 資金枯渇のそもそもの原因である俺はこっそり胸をなでおろした。

 正直なところ、葬送でここまで金がかかるとは思っていなかったのだ。

 景虎様の許可を得た上でのこととはいえ、見積もりの甘さは責められてしかるべきだった。

 そんな風に陣屋の一室で反省していると、つい先ほど部屋をたずねてきた岩鶴が居心地悪そうに声をかけてきた。



「……あ、あのさ、相馬。おれたち、ほんとにここにいていいのか?」

「またそれか、岩鶴。構わないと何度も言ってるじゃないか。というか、あの隙間風上等のほったて小屋に戻るとかいったら、他の子たち泣くぞ」

「う……そ、そりゃそうだけど、おれたち、あんたを殺そうとしたんだし……」



 岩鶴が言うと、岩鶴の近くにいた二人もびくりと肩を震わせ、おそるおそる俺を見た。

 その二人、清介と喜四郎の名を教えてもらったのは、三人に京都案内をしてもらった翌日のことである。火付け暗殺云々もその時に聞いた。

 なお、三人とも初めて会ったときの小汚い姿が嘘のように綺麗な身なりになっている。

 俺はわざとらしくふんと鼻で笑った。



「は! あいにくと、こちとらそこにいる二人(弥太郎と段蔵)に鍛えられているんでな。ひょろひょろのガキどもにやられるほどヤワじゃねえよ」

「な!? ごろつきに囲まれてあたふたしてたのは誰だよ!?」

「はてさて、何のことでしょう。まったく記憶にございませんな」

「あ、きったねえ! なかったことにしてやがる!」



 大人は汚いものなのだよがはは。

 まあそれは冗談としても、とおやそこらの子供たちがいつまでも罪悪感に苛まれている姿は見ていて楽しいものではない。

 悪いのは岩鶴たちに火付けを強いた側なのだが、それを言っても岩鶴たちはなかなか納得しなかった。

 俺は頭をかきながら言う。



「そもそも殺そうとしたってだけで、実際に行動に移したわけじゃないだろうが」

「そ、それはそうだけど……」

「俺なんて実際に火を放って今の主人を殺そうとしたんだぞ。処罰されるなら、間違いなく俺の方が先だッ」

「胸を張って言うことじゃねえだろ!」



 そんな会話を交わした後、俺の部屋をたずねてきた理由を聞く。

 三人いわく、何か仕事を命じてほしいとのこと。予想どおりだった。

 世話になっているばかりでは心苦しいと訴える三人に対し、俺はなるべく面倒で大変、なおかつ不人気な仕事を任せることにした。かわやの掃除とか、生ごみの廃棄とか、兵士たちが嫌がりそうなことを中心に。



 別に意地悪をしているわけではない。廊下の掃除とか陣屋まわりのごみ拾いとか、そういった簡単な仕事だと岩鶴たちが納得しないのである。こき使わないと逆に文句を言われるのだからおかしな話だ。

 三人が勇んで出て行った後、それまで黙っていた段蔵が口を開く。静かな口調だった。



「ただでさえ加倉様に対して引け目があるのに、家に食事に衣服にと与えられてばかりなので戸惑っているのでしょう。自分たちに与えられたものと、自分たちが差し出せるものが釣り合っていない。だまされているのではないかという疑念もあるでしょうし、私たちが京を去った後の不安もあるでしょう。へたをすると、与えられたものの重みで潰れてしまいますよ」

「むう……かといって、あそこに戻すわけにもいかないだろう」



 初めて岩鶴たちの「ねぐら」を見たときのことを思い出し、俺は渋面になる。

 さきほど「隙間風上等のほったて小屋」といったが、実はこれでもかなり気を使った表現である。

 上杉陣屋に連れてこられた子供たちの第一声が「床に草がしいてあるー(畳のこと)」「壁がある!」「雨ふっても大丈夫そう!」だったことで、だいたいの住居事情は察せられるだろう。

 全員にご飯を食べさせ、風呂に押し込み、服を着替えさせ――いや、ほんと大騒ぎだった。



 与えすぎだ、という段蔵の指摘も理解できないわけではない。実際、岩鶴たちが負担に思っているのは傍目にも明らかなのだ。

 それでも衣食住くらいは何とかしてやりたいと思うのは、持つ者の傲慢というやつなのだろうか。

 俺が悩んでいると、段蔵は小さく肩をすくめた。



「もっとも、加倉様が金銭感覚に疎いことは初めてお会いした時からわかっております。許可をいただければ、こちらで何とかいたしましょう。与えられたものと釣り合うだけの仕事をさせ、上洛軍が去った後でも立ち行けるだけの技能を仕込む。そうすれば岩鶴たちの不安もじき消えましょう」

「……頼めるか?」

「お任せを」



 事もなげにうなずく段蔵の頼もしさよ。

 思わず手を合わせて拝んでしまうところだった。

 と、ここで弥太郎が口を開いた。なにやら不満があるらしく、少し頬を膨らませている。なんだなんだ?



「どうした、弥太郎?」

「うう、言おうか言うまいか悩んでたんですが」

「ん?」

「あ、あのッ」



 弥太郎は真剣な表情でずずいっと俺に詰め寄る。

 そして、強い口調で問いただしてきた。



「岩鶴たちにひどいことを命じた連中、そのまんまにしておいていいんですかッ!? 放っておいたら、また岩鶴たちにひどいことするんじゃないですかッ!?」

「……ああ、するだろうな。岩鶴たちをここに連れてきたのはそのためでもあるし」

「だったらッ!」



 俺の言葉に弥太郎は興奮したように手を振りあげ、さらに意見をまくし立てようとする。

 陣屋で岩鶴たち――とくに年少の子供たちの面倒を見ているのは弥太郎だ。越後にいる弟妹の姿を重ねているのか、弥太郎はいつになく険しい表情をしていた。



「弥太郎、やめなさい」



 段蔵の冷静な声が俺と弥太郎の間に割って入る。

 と、めずらしく弥太郎が段蔵に噛み付いた。



「でも! 段蔵は岩鶴たちが心配じゃないの!?」

「ええ、心配はしていません」



 あっさりと言い切る段蔵。

 予想外の答えに弥太郎が目を丸くする。

 弥太郎の表情が呆然から憤激へと移り変わる寸前、段蔵はすっと言葉を差し込んだ。弥太郎の激情にくさびを打ち込むように。



「――勘違いしないように。私たちが心配する必要はないと言っているだけです」

「へ?」



 弥太郎の口から気の抜けた声がもれる。女の子の言葉遣いとしてそれはいかがなものか。

 それと段蔵、わざとらしく俺に呆れた視線を向けるのは止めるように。



「向けさせているのは誰ですか。猫の手も借りたい軒猿わたしたちを総動員したこと、どうして弥太郎に黙っていたのです? おおかた恥ずかしかったからでは?」

「さて、何のことやら。あ、こき使ったことに関しては申し訳ない」

「いえ、それが忍の仕事ですから――で、話を戻しますと、弥太郎」

「は、はい?」

「あなたは私より加倉様にお仕えしている期間が長い。この方が、子供に火付けを強いるような輩を無罪放免するような温和な君子だと思っているのですか?」

「う、それは思いませんけど。相馬様、お優しそうに見えて、時折怖いと思うこともありますし――て、ひぁッ!? だ、段蔵、何を言わせるんですかッ!」



 なにげに衝撃的な弥太郎の言葉に地味にへこむ。そうかー、弥太郎に怖いと思われてたのか、俺。

 そんな俺をよそに二人の会話はなおも続いていく。



「あなたの不満を解消するためです。さて、温和な君子などではなく、実は弥太郎ほどの勇士にさえ恐怖を覚えさせる腹黒策士の加倉様ですが――」

「言ってない! そこまでは言ってないよ!!」

「――そんな加倉様ですが、さて」



 懸命に否定するもすっぱりと段蔵に無視され、よよと泣き崩れる弥太郎。

 たまに思うが、君たち面白いな。



「そんな方が悪党どもを放置しているのなら、それはより大きな罠に落とすためにあえて泳がせているに決まっているではありませんか。この方はそういう方です」



 そういって、小さく笑う段蔵。



「だから、私は岩鶴たちの今後については特に心配していないと言ったのですよ。得心できましたか、弥太郎?」

「……うう、得心はできたけど、納得がいかないのは段蔵のせいだよ」

「弥太郎にあわせていると、話が終わるのが長引きますので」



 さらりとトドメを刺された弥太郎の肩に哀愁を感じたのは、きっと気のせいではないだろう。がんばれ、鬼小島。



「それで、加倉様。報告はまだ届いていませんが、どうせおおよその目星はついているのでしょう?」

「まあな」



 肩をすくめつつ白状する。

 京に入ろうとした俺たちに最初に仕掛けてきたのは細川晴元恩顧の武将だった。こいつらは久秀が潰したわけだが、次いで現れた香西元成も晴元の配下。

 その元成を討った直後、上洛軍の陣屋に火付けを企んだ者が晴元だと考えるのはおかしなことではあるまい。

 俺が言うと、段蔵は小さくうなずく。



「確かに、香西元成を失った細川晴元の報復と考えるのが妥当でしょう。しかし、仮にも管領だった者がこのような挙に出るでしょうか?」

「さてな。一度は管領だったからこそ、落ちぶれた我が身に耐えられず、何をしてでも権力を取り戻す気でいるのかもしれない」



 もしくは配下の誰ぞが企んだのか。

 まあどちらでもいい。どのみち実行に移された時点で晴元が許可したのは確かなのだから。



「岩鶴たちの話だと、火付けを命じたのは上の連中だが、その上の連中に話を持ちかけた奴らがいたらしい。そいつらをたどれば晴元の尻尾をつかめる」



 火付けは元成が討たれてからすぐに企まれている。この反応の早さを見るかぎり、晴元は京からさほど離れていない土地にいる。

 わざわざ女子供を使おうとしたくらいだ、まともな兵力を有しているとは思えない。急襲すれば必ず勝てる。

 問題はどこかの大名の庇護下にあった場合だが、それならそれで庇護している大名を締め上げてやればいい話だ。



 と、ここまで考えて、俺ははたと気づいた。

 三好の政敵である晴元や、晴元を庇護している大名を倒せば、それだけ三好家の権力が固まるわけだから、将軍家にとってはえらい迷惑な話だろう。なにせ将軍家は三好家の傀儡から抜け出したくて上洛を命じたのだから。

 最悪の場合、上杉は三好と手を組んだと思われかねない。



 ……まさかとは思うが、久秀あたりがそれを見越して故意に晴元の蠢動を放置していた、とかないよな?

 さすがに考えすぎと思うが気をつけよう。

 晴元を討つ前に景虎様を通じて将軍に話を通しておけば問題あるまい。将軍にとっても今の晴元は敵なわけだしな。

 そんなことを考えていると、段蔵が何気ない様子で口を開いた。



「つまり、細川晴元を討つのが第二手というわけですね」

「んえ? なんのことだ?」

「何といって……最初に言っていたではありませんか。初手はこんなものでいいだろう、と。葬送という初手が終わり、次の手が細川討伐。そういうことなのでしょう?」

「……あ、ああ、そういや言ったな! そうそう、そういうことだ」



 慌ててうなずく。

 一瞬、段蔵は訝しげな目を向けてきたが、たいしたことではないと考えたのか、すぐにもとの表情に戻った。

 その段蔵の隣にはうち萎れた姿の弥太郎がいる。

 まださっきの段蔵とのやり取りをひきずっているのかと思ったが、そうではないようだった。



「うう、二人の話が早くてついていけないよ……」



 私って学がないからなーとつぶやき、しょぼんとうつむく弥太郎。

 俺と段蔵の話に入れないことを気に病んでいるらしい。たしかに俺たちが話をしているとき、弥太郎はたいてい聞き役にまわっているな。

 そんな弥太郎を見た段蔵が澄ました顔で口を開く。



「弥太郎はそれでいいのですよ。私のような者ばかりがそばにいては加倉様の気が休まりません。弥太郎のように口数すくなく、心根優しい者がそばにいることは加倉様にとって大切なことなのです」

「そ、そうなのかな?」

「そうなのです。私に私の役割があるように、弥太郎には弥太郎の役割があります。自分を卑下する必要はありませんよ――とはいえ」



 きらりと光る、段蔵の目。



「学を身に付ける分には、むしろ奨励したいくらいです。学を身に付けた程度で弥太郎の心根が変わるとは思えませんしね。最近は加倉様も随分と手がかからなくなってきていますし、ここは一つ、私が弥太郎に読み書きの手ほどきをしてあげましょう」

「え゛?」

「どうしました、蛙が踏まれたような声を出して?」

「い、いえ、でも段蔵も忙しいでしょうし、これ以上余計な手間をかけるわけにはいかないと思うんです」



 そう言って正座をしたまま器用に後ずさる弥太郎。

 俺に対する段蔵のスパルタっぷりを知っている弥太郎にとって、段蔵の手ほどきは命を賭す荒行に等しいのだろう。遠慮したい、と顔に大書してあった。

 これに対して段蔵も無理強いはしなかった。



「むろん、無理にとは言いませんが」

「そ、そうですか、うん、大丈夫です。段蔵に迷惑をかけないように自分で頑張りますから――」

「しかし、加倉様も自分の一の部下が読み書きできないとなると、色々と不自由するかもしれませんね」



 ぴくり、と弥太郎の肩が震えた。一の部下あたりで。

 そんな弥太郎を視界の隅におさめながら、段蔵はさらに続ける。



「それに、勇猛名高き小島弥太郎が文武に秀でた名将に成長することが出来たなら、主である加倉様もさぞ鼻が高いことでしょう。きっと史書にも明記されるでしょうね――智勇兼備の名将小島弥太郎こそ、加倉相馬が終生頼りにした股肱の臣であった、と」

「今日からよろしくお願いします、段蔵!」

「いいでしょう。言うまでもありませんが、びしばしいきますので覚悟しておくように」

「はい。万の軍勢に突撃するつもりでいかせていただきます!」



 なにやらとんとん拍子に進んで行く弥太郎名将計画。

 たぶん、いや、間違いなく俺も巻き込まれるのだろうなあと思いつつ襖を開ける。

 とたん、吹き込んでくる冷たい風。そこに死臭は含まれていなかった。

 



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