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聖将記  作者: 玉兎
第四章 上洛
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第二十九話 晴信対面



 ――おそらく、今この場にいる人々は心の底から思い知っていることだろう。

 視線が空中でぶつかりあって火花を散らす、とか。

 二人が向かい合った途端に音を立てて空間がきしんだ、とか。

 そういった装飾過多な表現が過不足なくあてはまる状況がこの世にはあるのだ、と。



 長尾景虎と武田晴信。

 この二人が黙然と向かい合っているこの場に居合わせることができたのは、はたして幸運なのか不運なのか。

 いずれにせよ、得がたい経験であることにかわりはないが、感謝する気にはなれそうもなかった。

 二人の間に充満する鬼気迫る緊迫感に冷や汗を流しながら、俺は内心で「早くこの顔合わせ終われ」と念じ続けた。

 情けないというなかれ。たぶん、この場にいる九割以上の人間は俺と同じ心境である。




 最寄の寺の一室を借り受け、細川藤孝立会いの下で行われた上杉、武田両家の和睦会談。

 本来ならば、この席には定実様が来なければならなかったのだが、定実様は春日山城で後方を固めているため、すぐには国境まで出てこられない。必然的に守護代である政景様が上杉側の代表となり、景虎様がその傍らに控える形となった。

 上杉側からその旨を伝えられた武田家はそれをりょうとした。

 その回答の早さをみた上杉側は、おそらく晴信本人は姿を現さず、代理の者が姿を現すであろうと予測していた。

 定実様が出ない以上、晴信が出なければならない理由もない。



 ところが、予測に反して晴信はみずから会談の場に現れた。

 そして、細川藤孝の口上を聞き、提示された和睦の文書に花押かおうを押す。自筆ではなく、花押を版刻したものを墨で押印する花押型かおうがたを使用している。俺の感覚でいえば実印に当たろうか。

 政景様もまったく同じ動作を繰り返す。

 この間、両者、一切無言。

 ただ和睦成立を寿ことほぐ細川藤孝の言葉だけが淡々とあたりの空気を震わせた。



 この場を沈黙が支配するのは不思議なことではない。

 両軍はつい先日まで矛を交えていた間柄だ。互いに肉親や戦友を殺されている。和睦が成立したからといって、酒を飲んで高歌放吟できる豪胆な者ばかりではない。

 とはいえ、この和睦の場はこれより行われる上洛軍編成のための話し合いの場でもある。

 刃を交えていた間柄であったからこそ、誤解を生じないためにも細部を詰めておかねばならない。

 上洛の途中に同士討ちでも演じようものなら、三好の一党に嘲笑されるだけではすまないであろう。

 


 正式に和睦の調印がなされた後、さて上洛に関する話しあいを、という段階に入ると、細川藤孝は言葉を探しあぐねた様子で涼しげな双眸を困惑の色で染めた。

 言葉こそ発しないが、その内心は手に取るようにわかる。

 できれば何とかして差し上げたいのだが、俺はこの場で発言できる身分ではないしなあ……



 俺は武田晴信の様子をうかがった。

 姿勢正しく座る姿は牡丹ぼたんのごとく、まるで一幅いっぷくの絵画のようだ。

 腰まで伸びた黒髪は絹のごとき光沢を放ち、肌は雪のごとく、唇は花のごとく、外見だけを見ればまさしく国色天香こくしょくてんこう、見とれてしまうほどの美人さんである。

 美人という点では景虎様もまったくひけを取らないのだが、晴信の場合は妖しさとか、儚さとか、そういった景虎様にはない要素が備わっているので自然と目を引かれる。



 だが、その印象は切れ長の目をのぞき込んだ瞬間に消し飛ぶだろう。というか、消し飛んだ。

 黒い瞳は凛然とした覇気に満ち、端正な顔立ちは美しさよりも先に鋭さを感じさせる。繊手柳腰も極限までの鍛錬と節制の賜物であろう。

 武田晴信は名花の香る美しさと名刀の放つ美々しさを等しく内包する人物であった。



 その晴信がどうしてこの場にやってきたのか。

 こちらが守護不在なのだから、武田側が代理の者を遣わしても大きな問題にはならない。

 将軍家に対して武田の誠心を示すつもりか、あるいは越後側の諸将を自らの目で確かめたいと思ったのか。

 いずれにせよ、無事に和睦が成った今、晴信の用件は済んだとみていい。

 実際、ようやく口を開いた晴信の第一声は次のようなものであった。



「……それでは、私はこれで失礼させていただきましょう。将軍家の御使者には申し伝えてありますが、武田軍三千、率いる将は春日虎綱です。上洛に関することは虎綱に一任してありますゆえ、何かあれば虎綱に話して下さい。とはいえ」



 晴信の口元に剃刀かみそりのように薄い笑みが浮かぶ。



「言うまでもありませんが、武田軍は独立した行動をとらせていただきます。たとえ行軍を共にする相手であろうと、命令に従う義務はありません。それはお忘れなきよう」



 その不敵な言葉に上杉側から反論があがった。

 言うまでもなく声をあげたのは景虎様である……なんだか雷鳴の轟きが聞こえた気がするのは、きっと気のせいだろう、うん。



「勝手に戦い、勝手に進む。それでは二つの家が協同で兵を進める意味がないでしょう。将軍殿下がそのような雑軍をお望みとは思えません」

「おや、では軍神殿は我が軍の麾下に入ってくださるのですか。それは心強いですね」



 揶揄するように微笑む晴信に、景虎様の表情がかすかに強張る。

 さらに晴信は言葉を続ける。



「もしそうでないのなら武田に上杉の下につけ、といっていることになりますが、こちらがそのような提案、飲むはずもないでしょう。どのみち平行線なのですよ、指揮権の統一に関しては。であれば、余計な軋轢を生むような議論などせぬがよい。双方が自由に行動し、最低限の連絡だけを欠かさぬようにしておけばそれで構わぬでしょう。むろん将軍家の意向に従うという前提の上で、ね」



 それを聞き、景虎様の口が「しかし」という形に動きかける。

 だが、晴信の言葉に理があると感じたのだろう、その言葉が音となって出ることはなかった。




「虎綱」

「はい」



 晴信の声に従い、進み出てきた武将は春日虎綱。

 武田家にその人ありと越後にまで聞こえる武将である。

 農民から引き立てられ、晴信の信頼厚く、口さがない噂では晴信の寵を受けていたとか何とか。

 こうしてみると、そういう噂が立つのも仕方ないと思えるすらりとした美人だった。



 肩のあたりで黒髪をばっさりと切り落とした虎綱は、上杉方から浴びせられる無数の視線に怖じる様子を見せず、かといって傲岸に見下すでもなく、あくまで自然に振舞っている。

 化粧や髪飾りといった華やかな装いは最低限、さりとて地味と称するまでには至らない。

 晴信を引き立てながら、決して引き立て役では終わらない存在感。

 ……俗なたとえで申し訳ないが、やり手の社長秘書みたいな人だった。



 これがあの『逃げ弾正』高坂昌信かと思えば少し拍子抜けした感は否めないが、この人なら上洛で行軍を共にしても今のような空気を生むことはないだろう。

 ただその一点だけで、俺としては大歓迎したい。

 ――はッ!? まさか上杉側にそう思わせることこそ晴信の深慮遠謀。上杉に虎綱を受け容れさせる素地をつくるために自ら和睦の場に足を運び、この刺々しい雰囲気をつくりだしたのか。おそるべし甲斐の虎。多分ちがうけど。




 ともあれ、虎綱と越後側との顔合わせも済んだことだし、これで晴信は退出すると俺は思っていた。

 たぶん俺以外の人間もそう思っていただろう。

 ところが、である。



 ――俺は今、なぜだか晴信に見下ろされていた。あと、睨まれていた。

 


 いや、おそらく相手は睨んでいるつもりはないのだろう。ただ観察の視線を走らせているだけで。

 しかし、その視線を浴びせられる身としては緊張せずにはいられない。

 そう。退出すると思われていた武田晴信殿は、何を思ったかスタスタと俺の前まで歩いてきたのである。



 右手を腰に当て、傲然と見下ろしてくる晴信。

 これは何か口にするべきか。いや、しかし。

 などと内心慌てふためいていた俺の耳に晴信の声が響いた。



「そなたが加倉相馬、ですか?」

「は……? あ、いえ、はい、それがしが加倉相馬でございます、晴信様」



 慌てて畏まる俺。

 対する晴信は、相変わらず鋭い視線を俺に注ぎ続けている。居心地の悪いことおびただしい。

 その雰囲気に耐えられなくなった俺が口を開こうとした寸前、晴信が再び問いを向けてくる。

 射るような眼差しが俺の両眼を見据える。わずかな誤魔化しも許さないとの意思は、言葉によらずともはっきりと伝わってきた。



「こたび、上杉の背を刺すために用意していた刃は、時が至らぬうちにすべて取り払われていました……そなたの仕業ですね」



 その問いに答えを返そうと口を開きかけるが、晴信は俺の答えなど求めていないかのように言葉を続けていく。

 どうやら今の発言、問いかけではなくただの確認だったようだ。



「越後上杉家の懐刀。農民からの成り上がりとも、流れの軍配者ともいわれるが、長尾晴景に召抱えられる以前の素性を知る者はいないときく。こたびの越後の包囲網、これを見抜き、破るなどただの農民には決してなしえぬ業。戦場で采配をふるうだけの小才子でも同じこと。しかし、そなたは見抜き、こちらの網を食い破り、あまつさえそれを利用して佐渡を押さえてのけた――」



 晴信の言葉が静かに周囲に響き渡る。

 突然の晴信の行動に、この場にいる人々の視線はこちらに集中している。自然、晴信の言葉は多くの人の耳に届き、今や俺を見つめる視線は十や二十ではきかなくなっている。

 武田家のみならず、将軍家の使者までいるこの場所で偽りを口にすることは出来ないし、あまりにあからさまな遁辞とんじを構えれば上杉家に恥をかかせることになる。

 この状況を、おそらくは意図的につくりあげたであろう晴信は、これでもかとばかりに俺の逃げ道を塞いだ上で静かに問うてきた。




「――そなた、何者です?」




 その瞬間、晴信の身体から溢れ出た覇気が俺の両肩を押さえつけた。

 畳みの上に突っ伏してしまいそうになるほどの重圧プレッシャー

 晴信がかすかに本気になった証でもあろうか。

 正しく絶体絶命……と言いたいところなのだが。



「その答えはすでに申し上げました」 



 あいにくと、どんなに凄まれても答えは一つしかない。



「それがしの名は加倉相馬です。この日ノ本の国で生まれ育った私は、それ以外の名も素性も持ち合わせておりません」



 その俺の答えに、晴信はかすかに目を細めた。



「なるほど、では質問をかえましょう。その知、その采配、いずれで学び、修めたものか」

「書物を読み、戦場を駆けて」



 晴信の視線の圧力にあらがいながら、俺はできるかぎり涼やかさを装って答える。

 別に嘘をついているわけではないしな。いつ、どこで、何を読んだのか、とか聞かれるとまずかったりするのだが。 



 しばしの間、無言で見つめあう俺と晴信。

 押しつぶされそうな威圧感を総身に感じるが、しかし一方で、こうやって間近で接すると改めて晴信の美人っぷりに感嘆する。

 景虎様といい、この地の名将は美人だという決まり事でもあるのだろうか。

 小柄かつ華奢なので俺よりだいぶ年下に見えるが、たしか実際は一つくらいしか違わないはず。こうしているとなんだか良い匂いも漂ってくるし、さすがは武田晴信というべきだろう――



 我ながらよくわからんことを考えていると、不意に晴信はついと俺から視線を外し、そのまま部屋から立ち去ってしまった。

 その後ろ姿を見やりながら俺は小さく息を吐く。

 緊張から解き放たれた安堵と、もうすこし話したかったという悔いが交じり合った複雑なため息であった。 




◆◆◆




 ――ふむ。今ひとつ読めませんでしたね。



 晴信は内心で首を傾げていた。

 先ほどまで対峙していた男の心底が掴みきれない。

 上杉家の人間が、つい先日まで敵であった武田の当主と向き合っているのだ。少なからぬ怒りや憎しみがあってしかるべきと思うのだが、加倉からはそういったたぐいの感情がうかがえなかった。



 長尾景虎のように戦意を叩きつけてくるわけでもない。

 こちらの威を感じてはいるが、そこに畏怖や脅威を覚えているわけでもないようだった。

 そんな加倉を思い出し、晴信はふと思う。

 自分は何か根本的な勘違いをしているのではないか、と。上杉家の懐刀が何者であるのか、その器を見極めようと考えていたのだが、加倉相馬という人物を見極めるためには、その視点は何の役にも立たないのかもしれない。



 そんなことを考える晴信に弟の信繁がおそるおそる声をかける。



「御館様、あの、やはり私が上洛軍に加わる儀はかないませんか?」

「かなわぬ」



 弟の願いを晴信は一刀両断した。

 だが、信繁はめげずに食い下がる。



「しかし、公方様の上意によって起こされた軍に、武田の一門が誰ひとり加わわらぬというのはいかがなものでしょうか。もちろん御館様が加われぬというのはわかります。ならばこそ、私が加わることで武田の誠意が示せるのではないかと愚考いたします」

「それを言うなら上杉も同じことでしょう。定実も、定実の一族も誰ひとり加わらぬと聞きました。しょせん、こたびの上洛はその程度のものなのですよ」



 将軍は諸国の大名の上洛を促し、三好松永の徒を排除しようと画策しているようだが、晴信から見れば浅慮としか思えない。

 上洛した軍勢が一度や二度、三好松永の軍を打ち破ったとしても、近畿一円を領有する三好らはいくらでも兵を回復させることができる。

 対して遠来の軍は増援一隊送るのも万里の道を経なければならない。最終的な勝敗の帰結は瞭然としている。



「最終的に残るのは三好なのです。上洛を使嗾した将軍はさらなる三好の圧迫を受けることになる。それがわからないのか、あるいはわかっていても、そうせざるを得ないほどに追い詰められているのか」



 足利将軍家が、地方大名の力を借りねば京すら保持できぬほどに衰えていると思えば哀れではある。哀れではあるが、それだけだ。武田の一門、将兵あげて将軍家のために戦うような忠節は持ち合わせていない。

 虎綱に対しても三好松永の徒との争いは極力避けるよう命じている。これはおそらく上杉も同様であろう、と晴信は思っていた。

 そこまで考えている晴信が今回の上洛令に応じたのは、将軍の命を奉じて上洛したという事実が今後の武田にとって大きな意味を持つからであった。



「綺麗事だけで国を治めることはできませんが、それでも民には綺麗な面を見せておく必要があります。零落した将軍家に助力した事実は今後の武田にとって大きな益となる。それだけではありません。信濃から春日山までの詳細な地理を知ることができれば、今後の越後との戦いを有利に運ぶことができますし、北陸における布石を打つことも可能。京にのぼれば、ちかごろ噂に聞く鉄砲なる物を手に入れることもかなうでしょう。上洛を目指す今川家は良い顔をせぬでしょうが、たかが数千の兵が数ヶ月京にとどまるだけのこと。しかも、それが将軍の命によるものだといえば納得せざるをえません」



 それらには三千の兵を投じるだけの価値がある。それゆえ晴信は上意に応じた。

 逆にいえば三千の兵を投じるだけの価値しか認めていない。

 信繁の言うがごとく、武田の一門を加える必要はないのだ。あらためて晴信はそれを口にした。



「これまで何度も言いましたが、もう一度言いましょう。私が倒れた後、武田をおそうのはあなたです、信繁。そのあなたを失うかもしれない危険を冒すことはできません。あなたもそろそろ武田の後継者である自覚を持ちなさい」

「ですが御館様。それでは今後、私は戦に出ることもできなくなるではありませんか」



 それは信繁なりの冗談であった。冗談のつもりだった。

 だが、晴信は存外真剣な面持ちで応じる。



「躑躅ヶ崎館に引きこもるだけの者に武田の後継者は名乗れません。これまであなたを戦場に出してきたのは、あなたの資質と武名を内と外に知らしめるためです。そのために幼い頃からあなたにはきつい修練を課してきました。そして、あなたは見事にそれに耐え抜き、私の望むままに成長してくれた。そろそろ次の段階に進んでもいい頃かもしれませんね」

「は? あの御館様、いえ姉上、それはどういう……?」

「そのままの意味です。あなたを正式に武田の後継者に据える時期が来た、と言っているのです」



 それを聞いた信繁は唖然とする。

 たしかにこれまでも晴信は事あるごとに信繁を後継者だと口にしていた。

 だが、信繁はそれを半ば聞き流していた。晴信と信繁の年の差はわずか四つ。順当に考えて、晴信が隠居する頃には自分も老人である。

 その頃には晴信も夫を迎えて、子供はもちろん孫の一人二人できていよう。



 晴信が言う後継者とは、晴信が戦場で倒れた万に一つの事態に備えてのこと――それが信繁の理解であった。

 だが今、晴信の言うことを聞けば、まるで近いうちに当主を譲るかのような物言いではないか。



「姉上。もしや、お身体の具合が……?」



 たずねる信繁の声が、意思によらず震えた。

 確かに姉は昔からしばしば体調を崩すことがあった。決して病弱というわけではないはずなのだが。

 近年はそれもなくなり、ひそかに安堵していたところだけに病魔の可能性に思い至った信繁は平静ではいられなかった。



「……そうですね、それも理由の一つではあります。ですが、安心なさい。別段、死病というわけではありません。ただ、武田の当主が病持ちであると知られれば諸国のあなどりを受けます。その意味でもあなたという後継者は必要なのですよ。あと二年……いえ、一年で武田晴信のすべてをあなたに叩き込みます。それまであなたには私のそばにいてもらわねばなりません」



 そこまで言った晴信は、めずらしく悪戯っぽい笑みを浮かべて弟を見た。



「あなたに上洛を許さないのはそのためでもあるのです。益荒男ますらおのごとき甲斐女に愛想をつかし、まだ見ぬ京の手弱女たおやめを抱いてみたいと願うあなたの気持ちは理解できますが、こたびは我慢なさい」

「うえ!? 姉上、私はそんなこと少しも思ってませんよ!?」

「おや、では上方に行ったとて女遊びをするつもりは微塵もない、と? あなたの男ぶりであれば、向こうも放っておかないでしょうに」

「当たり前です!」



 顔を真っ赤にして叫ぶ弟を見てころころと笑っていた晴信が、不意に信繁に向けて手を伸ばした。

 気付いたときには、信繁は姉の胸元に抱き寄せられていた。

 伝わってくる柔らかい感触と甘い匂いに、信繁の顔は先ほどとは違う意味で真っ赤になる。

 そんな信繁の耳元で、晴信は小さく囁いた。



「信繁、幼き頃よりあなたに重きものを背負わせてばかりの姉を許してください。あと一年。どうかあと一年だけ姉に従ってください。そうすれば、あなたはきっと、あの男の血を超えることができるから……」




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