斎藤くんの恋煩い 起
斎藤望。今年二年になったばかりの男子高校生。特筆するものがあるかと言えば、少し都会に行けばモデルなんかにスカウトされる顔くらい。あとはもう勉強も運動も才能も普通。それが俺。
高校生、それも二年生。大体の人ならば無駄に調子に乗ってくる時期で、俺は今日も友人と振り返ってみれば何故ああも盛り上がっていたのか疑問に思う内容の話で教室を賑わせていた。
俺のクラスは学年、いや学校の中で一番仲の良いクラスで、陰口ひとつ出てこないイジメとは無縁なクラスだと評価されている。
その評価は間違ってはいない。しかし、けして平和とは言われなかった。一人の少女の存在で。
「おはよう、渡利。今日もどこぞの男子を投げ飛ばしてきたのか?」
腰まである黒髪の、静かに席に座って本を読む見た目だけは文系の美少女。しかし中身は凶暴で、気に食わない男子を片っ端から投げ飛ばす力を持った怪獣。それが渡利若葉。
何故かは知らないが近寄る男子を毎日、掴んでは投げ、また掴んでは投げている。それもゴミをゴミ箱に投げるかのように、いとも簡単に。
「うるさい。斎藤には関係ないじゃん」
「今日も刺々しいな……。」
毎日、俺は彼女に挨拶をするけど、基本的に男子が嫌いなのだろう。暴れていない時も、男子には辛辣な対応だ。
「いつも何読んでるんだ?」
「斎藤には関係ないじゃん」
毎日邪見にされるが、何となく、せっかく同じクラスになれたのだから彼女と仲良くしたいと思い話しかける。物凄く邪魔そうに見られるが気付かないふりをする。
「俺が興味あるから関係あるある」
「はあ?」
今の『はあ?』は正直心に刺さったがそんなくらいではもう俺は挫けない。渡利の後ろに回り、彼女が手にしている本の表紙を見る。意外にも少年漫画である。
「えっと、コスモポリタン・ミレニアム……? これ今話題のやつだ! 渡利も好きなのか?」
「…………斎藤には関係ない」
俺も少しは知っている漫画で、共通の話題が出来たことにテンションが高くなる。渡利の前の席に座り、食い気味に聞いた。
すると、渡利はつっけんどんに、しかし頰を赤らめて恥ずかしそうに、またいつもの台詞を言った。
「お前はそれしか言えんのか」
「いたっ!? 何、急に! うざい!」
正直に言って、可愛かった。これがギャップ萌えというやつか。俺まで顔が赤くなった。思わず渡利の頭をチョップして俺の方を見れないようにする。
…………顔に集まった熱が引くまで渡利にチョップをし続けた。
「何なのお前は……!」
キレかけている渡利も可愛かった。凶暴な生き物で有名な渡利だと言うのに、そういえば俺は意味不明に渡利に毎日関わろうとしていた。自分も危険に晒される可能性のある男子であるというに。
…………俺は渡利が好きだったのか!
理解し難いが、これは事実。現実だ。ならば渡利もいくら怪獣と名高くとも女子である。この唯一の俺の取り柄、この顔で迫ってみればいいのではないだろうか。にっこりと笑ってみれば廊下から黄色い声が聞こえなくもない。
「なあ、渡利。俺ってこのキャラに似てるってよく言われるんだけど、どう思う?」
丁度表紙に描かれていた、俺がこの漫画を知るきっかけになった魔王と呼ばれているらしいキャラクターを指差した。
「はあ? 三次元のくせに二次元の、しかも私の推しの可愛いノア様の兄気取りとかやめてくれない!?」
まさかのガチギレ。予想もしていなかった展開。精々鼻で笑われるくらいだと思っていた。いや、しかし、あまりにも……。
勢い良くお互いに椅子から立ち上がる。
「気取ってない! ていうか現実見ろよ! このオタク馬鹿! キャラに恋でもしてんのかよ!」
あまりにも、俺、範囲外だと思われ過ぎ!ていうか三次元のくせに、って何なんだ!?
「斎藤うるさい、うざい!!」
渡利が俺の服を掴む。渡利との距離が縮まるのを意識した瞬間、俺は宙に浮いた。
投げられた。
ああ、俺が報われる日はいつ来るのだろうか。