「姫騎士」クレア
思い当たる節は、あった。
というよりひとつしかないだろう。
しかし、魔導皇聖下と同じ? それはどういうことだろう。
私が思索を巡らせていると、
「静粛に!」
高いところに座る、おそらくこの場でも偉い立場にあるのだろう男の片方が、声を上げると、ざわめきは収まった。
「被疑者は、この証拠を前にして、なにか言うことはあるかね?」
法務官という男が問うてくる。
膝が笑って、心が折れそうになるが、拳を握りしめて、お腹に力を入れた。
ここで私が負けてしまえば、絢佳ちゃんもクレイグさんも、おそらくは助からない。そんなのはいやだ。
「わ、わた、しはっ、……私は、えと、ふつうに、<龍姫理法>を修得したのでは、ありません」
「不正に修得した、と?」
「不正かどうかは、私にはわかりません。私が言えることは、その、そこに名前のある、夢螭――リルハという人が、この私を造った、ということです」
「……造った、とはどういう意味かね?」
「言葉どおりの意味です。私は、ふつうの人間ではありません。人造の魔力生命体なんです。だから、<龍姫理法>も、<情報理法>も、生まれつき持っていました。なにかをしたとすれば、「魔女」リルハがしたんだと思います」
再びどよめきが起こる。
魔女と呼んだことに対しての非難めいた呟きが聞こえてくる。
失敗しただろうか?
背中を、汗が一筋流れ落ちる。
そのとき――
会場のどよめきとは違う騒ぎの声が耳に飛び込んできた。
そして、閉ざされた扉が開け放たれる。
思わずそちらを見やると、ひとりの女性騎士が、周りの騎士を押しのけて、中に入ってくるところだった。
綺麗な人だった。金髪に茶色の眼、健康的な褐色の肌。魅力的な女性だ。
女らしいフォルムの甲冑に、剣を下げており、勇ましい。
そんな彼女が、必死になって、男たちを押しのけていた。どこにそんな力があるのか、と思う程。
「ええい、離せ! 私は魔導皇聖下の特使としてここに来た。お前たちの出番はないと言っているだろう!」
「なにごとだ!」
女性騎士は高いところに座る男に、
「執政官どの。私は「究竟」「姫騎士」クレア・キング子爵。魔導皇聖下の特使として参りました。こちらに書状が」
そう言って、左手に持った巻物を差し出した。
「む。それは、聖下の……? ええい、離してやれ、そして出て行け!」
執政官とやらは騎士たちに一喝すると、クレアという騎士が近寄ることを許し、巻物を受け取った。
巻物の封を確かめ、もうひとりにもそれを見せる。
ふたりは苦い顔をしながらも封を切り、書状を開いた。
執政官は何度も文面を見直してから、もうひとりに渡す。彼も同様にして、それから諦めたような顔で、
「法務官!」
「はっ」
法務官も書状を恭しく受け取り、中身を確かめる。
瞠目した彼は、しばし震えていたが、首を振ると私の方に視線を向けた。
「被疑者は、魔導皇聖下が後見人としてついてくださった。
嫌疑についても被疑者に罪のあることではない、と仰っておられる。すべては開祖の意によるものである、と証言なされた。
よって被疑者を無罪と認める。
以上により、閉廷!」
助かった、の……?
力が抜けて座り込みそうになるのを、クレアさんが支えてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい、その、力が抜けちゃって」
「無理もない」
クレアさんに抱きかかえられると、ふんわりといい匂いがした。大人の女性の香りだ。
私は、クレアさんに支えられながら、絢佳ちゃんたちの方を見た。
「祝ちゃん!」
絢佳ちゃんが駆けてくる。クレイグさんもほっとした顔をしている。
よかった。あのふたりを守ることができて。
否、それは自分の手柄ではない。魔導皇というひととクレアさんのおかげだ。どういういきさつがあったのかはわからないが、助けられたのだ。
「あの、ありがとうございます」
「それは、魔導皇聖下に言ってくれ。私はただここに来ただけだ」
「はい」
「祝ちゃん!」
絢佳ちゃんが私の下まで来て、抱きついてきた。
「大丈夫です? 怖くなかったです?」
「うん。怖かった」
「この方が助けてくれたです?」
「うん」
「ありがとうです!」
「いや、なにも。私は、伝書鳩をしただけだ」
クレアさんが苦笑する。そんな姿も様になっていて、魅力的だし、頼もしい。
「君たちは友だち同士かい?」
「そうです!」
即答してくれる絢佳ちゃんの存在もまた、頼もしい。
「魔導皇聖下から、君を連れてくるように言われているのだが……」
そう言って、クレアさんは私と絢佳ちゃんを見る。
「一緒に来るかい?」
「行くです!」
「あの、大丈夫なんですか?」
「ああ。聖下は心の優しいお方だ。問題ないよ。謁見するときに問題があるようなら、私の部屋にでもいるがいいさ」
「わかりました。じゃあ、絢佳ちゃん、お願いね」
「任されたです!」
私は、胸の奥が暖かくなるのを感じた。
「よお。嬢ちゃんたち、もういいのかい?」
クレイグさんの声が聞こえ、私はクレアさんの背後を見た。
いかつい顔を緩ませて、クレイグさんにも心配をかけたのだとわかる。
「あの、クレイグさん。巻き込んでしまって、その、」
「言うな、言うな。魔導皇聖下が問題ないって言ってんだろ? なにか手違いでもあったんだろうさ。俺はなんでもねぇ、気にするな」
「あなたは?」
クレアさんがクレイグさんに目礼した後で尋ねる。
「この子らの、今の雇い主ってとこさ」
「そうでしたか。しばらくお預かりすることになりますが、よろしいかな?」
「ああ、構わねぇよ」
「御苑までの往復になりますから、最低でも数日はお預かりします。もちろん、その間は、この私が責任をもって、」
「あんたもいいってことよ。信頼してるぜ」
「ありがたい」
ふたりは、笑顔で握手を交わす。
「さ、行こうか」
「はい」
私はクレアさんと絢佳ちゃんに手を繋いでもらって、宮殿を出た。
「途中までお送りしますが?」
クレイグさんは、クレアさんの言葉に無言で首を振って、
「じゃあな、嬢ちゃんたち。帰ってきたら、また手伝ってくんな」
「はい」
「もちろんです」
後ろ手に手を振りながら、クレイグさんは確かな足取りで街中に消えていった。
私たちは、魔導車両に再び乗ると、また街中をゴトゴトと運ばれていった。
「さて。改めて自己紹介させてもらおう。私は、「究竟」「姫騎士」クレア・キング子爵だ。魔導皇聖下にお仕えしている」
「不解塚祝です」
「恋ヶ窪絢佳です」
クレアさんはうなずいて私たちを交互に見た。
「先ほども話したが、私の仕事は、魔導皇聖下の許まで、君、君たちを無事に送り届けることだ。道中の安全と機密保持を優先して、今はこの魔導車両で移動している。
次は、聖下のお住まいになられている御苑まで魔導鉄道で移動だ。夜には御苑に着くだろう」
「鉄道、です?」
絢佳ちゃんが、若干、不思議そうな表情をしていた。
「魔導鉄道のことを知っているのかな?」
「なんて言ったらいいです? 鉄道というものがどういうものかは知ってるです。でも、ここに鉄道があるとは思ってなかったです」
今度は、クレアさんが不思議そうにする番だった。
「というと?」
「あ、わたくしは、別の世界からやってきたです。だから他の世界でなら、鉄道に乗ったことがあるです」
「別の世界だって!?」
クレアさんが目を見開く。
「あの、私も、おなじような感じです」
私がおずおずと言うと、クレアさんは信じられないものでも見たかのような表情をした。
「今、この世界は、外の世界から誰かが来ることはできないはずでは?」
あ、クレアさんは、ここの「世界法則」について、知っているんだ。今度は私が驚く番だった。
「です。ふつうならそうです」
涼しい顔で絢佳ちゃんが答える。
「ということは、君たちは、ふつうじゃない手段でここに?」
「手段そのものはふつうです」
絢佳ちゃんの返答に、クレアさんは難しい顔をする。
「そうか。うん、わかった。その話は、魔導皇聖下に直接していただくのがいいだろう。それまで、あまりしゃべらないように。……今までにそのことを話したことは?」
「ないです。今がはじめてです」
クレアさんは少しほっとしたようだった。
「私が聞いていい話かどうかもわからない。絢佳、君も聖下に、」
「わかったです」
任せろ、とばかりに絢佳ちゃんが胸を張る。
しばらくゴトゴトと揺られていると、魔導車両が止まった。
クレアさんがドアを開けて、私たちを外に下りるのを手伝ってくれる。子どもが乗り降りするには、段差が大きいのだ。
「ご苦労だった」
クレアさんが操縦していた「魔導騎士」に一声かけて、私たちの方を向いた。
「ここが、駅舎だ」
すでに場所は河を渡った地域に来ていた。
この辺りは軍事施設が多いらしく、「魔導騎士」や「魔導師」などが忙しなげに歩き回っている。
目の前には石造りの建物があり、「魔導騎士」がふたり、直立不動で警護していた。建物自体はさほど大きくはないものの、緊迫感のようなものが感じられる。重要施設ということだろう。
クレアさんに先導されて中に入る。
すると、すでに話が通っているのだろう、「魔導騎士」と「魔導師」がひとりずつ礼をした。
「頼む」
クレアさんは短く言って、ふたりに案内役を任せた。
と言っても、ホールの次の部屋が、いきなり魔導鉄道の車両のある駅になっていた。
無骨な、黒く大きな車体が三両並び、その下から、レールが長く細く、白く輝きながらまっすぐに伸びていた。
私たちは中央の車両に通された。
<情報理法>によれば、共和国にはこのような三両編成の車両が、四つ存在している。いずれも軍務または公務専用で、うち一つが貴族専用、二つが軍務専用およびその予備、そしてもう一つが目の前にある、魔導皇聖下専用の車両だ。
そもそも魔導鉄道とは、魔導車両とおなじく、<龍姫理法>によって動く車両だ。違うのは、軌道の上を走るということ。また、操縦の条件や難しさも、案外、魔導車両と変わらないらしい。
中は、外からは想像できないほど豪奢に造られており、さながら動く宮殿といった感じだ。変な緊張をしてしまう。
クレアさんは、これに乗って急ぎ、御苑から導都までやって来たのだという。
御苑は導都の北、200kmほどのところにある、かつての首都だ。共和国建国のさい、遷都したらしい。
今は魔導皇聖下が暮らされる都として存在している。導都とおなじくシャヌス河の河畔に造られた都で、ふつうは河を船で行き来する。
ふかふかのソファーに座って向かい合ったところで、クレアさんが口を開いた。
「発車まではまだあるが、ここにいれば、余計な耳目もないし、私もいる。安心してくれ」
「は、はい」
「緊張しているようだな」
ふっと笑う。
「え、はい、すみません」
「謝らなくてもいいさ。誰だって、もちろん私だって、最初にこれに乗ったときは緊張したものだ」
「そうなんですか?」
「ああ。なにせ聖下専用の車両だし、見てのとおり、中も立派に設えられているからね」
そういうものなのか。だったら、少しほっとした。
しばらくして、ひとりの「魔導師」が発車の案内にやってきた。
「間もなく、発車いたします」
「よろしく頼む」
「はっ」
「魔導師」が一礼して、先頭の車両へと消えた。
やがて、ガタン、という振動と共に鉄道が動き出した。
魔導車両はゴトゴトと、馬車のような揺れを感じたが、こちらはガタンゴトンと、定期的な揺れを感じる。
車窓からはケペク平原がどこまでも広がって見え、見えた先からどんどんと流れていく。速度もかなり出るのだろう。不思議な感覚に、ちょっと興奮を覚えた。
そして、いつの間にか眠りに落ちていた私は、クレアさんに起こされて目覚めた。
辺りはすでに暗く、車内の明かりで車外は見えない。
「着いたよ」
「あ、はい」
私は眠い目をこすりながら立ち上がった。絢佳ちゃんも、ぴょこん、と立ち上がる。
魔導皇聖下の許へとやって来たのだ。
聖下は、なにを知って、また何の用があって、私を呼び出したのだろう。
<情報理法>によれば、魔導皇聖下は、かつてこの国が魔導帝国として興ったとき以来、2000年以上も生きているという。当然、ふつうの人間ではないのだろう。
なにやら思い当たるところもないではなかったが、どうせもうすぐ会えるのだ。余計な詮索はしないでおこうと決めた。
絢佳ちゃんに手を握ってもらって、私たちは駅舎を出た。
既に日は落ちて、しかし、街は魔導の明かりに照らされて、まだまだ寝静まってはいなかった。
不思議と緊張はなく、私は再び魔導車両に乗ると、魔導皇聖下の宮殿へ運ばれていった。





