陰謀の発露 前篇
「敵じゃ!」
やっちーの言葉に、みんなは同時に一点を見た。
全員が感じ取ったのだ。その敵意を。その力の強さを。その意志を――
玉座に対して右後方の部屋の角に、その男はひっそりと佇んでいた。
その男は、鬼だった。
額に2本の角を生やし、2mを超える長身に赤銅色の肌。そして、ぎっしりと詰まった筋肉を持つ偉丈夫。
しかし、顔つきは整っていて意外と若く、柔和にすら見える。道服に身を包み、直剣を右手に持つ様から、呪術と剣術を修めていると察せられる。
事実、彼の装備は魔力に満ちあふれており、彼自身、<武勁>と<呪道勁>を会得していることが感知された。さらに鬼族の生得本性である<鬼勁>と、某かの<個人本性>をも身につけている。
相当な実力者と見ていいだろう。
彼に「黒書」の気配はない。ないが、それだけで安心できるものではないし、むしろ彼は別方面のものだと思われた。
即ち、「監視者」だと――
私は遂にこのときが来たか、と戦いていた。
「やあ、皆さん。初めまして」
明朗な声が発せられ、彼はゆっくりと私たちの方へと歩み出した。
全員が身構え、殺気立つ。
「そう恐れる必要はありませんよ。僕は話し合いに来たのですから」
そう言って彼は、肩をすくめてみせる。
「そうそう。まだ名乗っていませんでしたね。僕の名前は卜部宗吽。見てのとおりの鬼族――修羅の「道士」です。
そして、「監視者」のひとりです。以後、お見知りおきを」
そう言って、卜部宗吽は丁寧に腰を折ってお辞儀をした。
あれほど情報を求めていた卜部に、まさかいきなり会ってしまうとは。拍子抜けである。
とはいえ、緊張は増した。
私はなにか言い出しそうなクレアちゃんたちを制して一歩、前に出た。
「私がこのパーティのリーダー、不解塚祝です。はじめまして、「監視者」さん」
卜部は晴れやかな笑顔を浮かべると、
「ええ、ええ。よく存じ上げていますよ。貴女が<ミラム・ホーム>に来たときから、ずっと見ていましたのでね」
「覗き見とは、いい趣味じゃないな」
クレアちゃんが即座に言い返す。
あまり挑発的なことは控えて欲しいので、パーティ通話で、
{静かに}
と釘を刺した。
「ああ、これは失礼。しかし、僕たちの仲間には女性もいますからご安心を。それにプライベートまで侵害はしていないつもりです。
見ていた、というのはあくまでも比喩表現でして、はっきりと目に見ていたわけではありません。ただ、感じ取っていただけですから」
「それでも、あまりいい気はしませんね」
私はみんなの気持ちも代弁しておく。
「そのことにつきましては、代表して謝罪を」
そう言って彼は再びお辞儀をした。
「この話し合いがうまくいけば、もう「監視」などという無粋なことをする必要もなくなりますからね」
にこやかな笑顔でそうは言うが、彼らとわかり合えるとは、私には思えなかった。
思想が、哲学があまりにも違う。違いすぎて敵対するしかないと言えるほどに。
「そうだと、いいのですけれど」
「そうありたいですね」
私の言葉を理解しなかったわけではないだろうに、彼はあくまでも和解を謳った。
「あなたがたの要求を、具体的に聞かせてください」
私は彼に問いかけた。
「ええ、勿論。そしてそれは、はっきりしています。今すぐに<ミラム・ホーム>から立ち去って、以後関わらないでください」
「できません」
私は即答する。
彼は一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべる。
「それは、できません」
私は繰り返し、言葉にした。
「私たちはこれから、この<ミラム・ホーム>の「世界法則」を再度、書き改めるのですから」
「簡単に言いますね」
少し棘のある言い方で卜部が言った。
「簡単だとは思っていません。でも、不可能だとも思っていません。
これは、できるかできないかの話ではなく、やるかやらないかの話なのです」
「そうですか。決意は固そうだ。でも、僕たちの力も甘く見ない方がいいですよ。全力で阻止しますので」
「わかっています。それに侮ってもいません」
話は決裂したようだった。
私は、彼が立ち去る前に言葉をかけた。
「ところで卜部さん。ひとつ伺いたいことがあるのですが?」
「どうぞ?」
彼は軽くうなずいた。
「私たちはあなたの足跡を苦労して調べてました。どの時点で、どのような経緯で「監視者」となったのですか?」
「その質問はひとつではありませんね。でもまあ、いいでしょう。
その答えはひとつ、運命ですから」
運命――
それは必然ですらあった。ゆえに、答えにはなっていなかった。
「その運命に選ばれた経緯や基準などはわかっていますか?」
「それぞれ、でしょうね。僕の場合は「英雄」の裏返しとして、つまり、「仙掌玄君」不知火兼則の相対として選ばれたのでしょう。それ以上の、つまり何故僕だったのか、についてはわかりかねます」
「他の人もそれぞれ、そういう風に選ばれているということですか?」
「ええ、そういうことです」
「時期については?」
「「運命」に選ばれたのは、「英雄」たちの帰還後すぐですね。全員がそうです」
「なるほど。ありがとうございました」
ひとつ、胸のつかえが取れた気がした。
「ねえ、ついでにもうひとついいかなー?」
少し間延びした、しかし真剣な声音で雫ちゃんが言った。
こういうときに発言するのは珍しい。そう思って雫ちゃんを見やれば、彼女が怒っているのがわかった。
「ええ、どうぞ」
「どうして世界を破壊するのを加速させるようなことするのかなー?
ボクにはそれがわかんないんだよねー。ねー、どうしてー?」
卜部は、薄笑いを浮かべて答えた。
「それは、「英雄」たちの選択がそうだったから、ですよ」
「世界が破滅することに対してなんとも思ってないってこと?」
「それが運命だと思っています」
「ふうん。意味わかんない。死んじゃえばいいのに」
雫ちゃんは苛々した風に口を尖らせた。
「――あたしも、それが聞きたかったのよねー」
不意に、誰かの声がした。
「そこがどうにも気にかかっていてね。是非とも知りたかったのよ」
女の声、それも若い女のものだ。
強いて言えば、リルハのそれに似ているだろうか?
私はきょろきょろと周りを見回した。
すると、みんなが気の抜けたような顔をして私を見ていた。卜部ですらそうだった。
――えっ?
「はあーあ。いい加減疲れたわ。そろそろいいでしょ、祝?」
そう言う声は、私自身から発せられていた。
私の意志と無関係に。
と、その瞬間、私はその場に倒れ込んだ。
次いで、激痛が全身を走り抜ける。
「――!?」
メキメキと音がしそうな感じで、私から何かが引き剥がされていく感覚に襲われた。呻き声ひとつ漏らせぬまま、私は苦痛に耐えていた。脂汗が滲み、視界はぼやけた。
痛み以外の感覚すべてが曖昧であるか、まったく感じられなくなっている。誰かの声が聞こえるが、そう妄想しているだけかもしれなかった。
わからない。
わからない。
わからない。
いったい、なにが起きているのか、まるでわからない――
それがなにより恐怖だった。
私は混乱と苦痛の中にあって、自失しかけていた。
ずるり、と、なにかが私の中から引きずり出される感じがした。
私はその気配をたどり、視線を送った。
そこには、血塗れの女性がひとり、立っていた。
ぞわりと肌が粟立つ。
視線が絡み合い、私は心ごと射止められた。
彼女の目は、嗤っていた。私を嘲笑っていた。
にやりと口角を上げて、彼女は言った。
「こうして顔を見合わせるのは初めてね、祝?」
その言葉に言い含められたものを、私は直感的に理解し、恐怖した。
なんとおぞましいのだろう。
これも、リルハの、あの魔女の陰謀なのか――
いや、そうに違いない。
こんな仕掛けを施すなんてあの女以外にできはしないし、思いついても実行はしないだろう。
そして、予想どおり彼女の右手には、漆黒の「魔導書」――「第五写本」があった。
続けて明日、後篇を更新します





