龍姫理法ID:0
私たちは翌日もクレイグさんのお店で働いた。
私は武器を5個、魔導武器に仕立て上げて、お給金を6金貨もらった。
そして夕方、身の回りの雑貨品を買い、宿に帰ってきた。
まだ少し早かったのか、昨日よりはお客さんの数が少なかった。
テーブルのひとつに陣取って、夕食を頼む。
じゃがいもと玉ねぎのトマトスープに、合い挽き肉のスパゲティ、野菜サラダ、そして、水だ。
ほくほくとしたスープに舌鼓を打っていると、テーブルにふたり連れの女の人がやってきた。
肌の黒い「魔導師」風の女性と、軽装に剣を下げ、片手にリュートを持った女性だ。
「ねぇ、お嬢ちゃんたち、テーブル相席してもいいかな?」
私たちはうなずいた。
「いいですよ」
「あたしはウルスラ。こっちは椿姫よ」
「私は祝、こちらが絢佳ちゃんです」
「そう、よろしくね」
「はい」
「ふたりは、なりたての冒険者って感じかな?」
ウルスラさんが聞いてくる。その間に椿姫さんが料理の注文に行っていた。
「そうですね。なりたてっぽいですか?」
「まぁね。あたしも冒険者になったのは、祝ちゃんくらいの頃だったかな?」
「ウルスラさんはなにをしてる方なんですか?」
「あたしは、吟遊詩人ね。拳法もかじってるけど、それは護身術程度ね」
そう言って、ウルスラさんはリュートを爪弾いた。
「椿姫は「魔導師」なのよ。ふたりでパーティ組んでる感じかな」
「私もそうです」
「あら、その年で?」
「ええ、まぁ」
「わたくしは武人です」
「そう。流派は?」
「<星辰流戦闘術>です」
「うーん。聞いたことないなぁ」
絢佳ちゃんは、がっかりした表情をした。
「この辺りではマイナーみたいです」
「まぁ、メジャー流派だろうとマイナー流派だろうと、戦えれば問題ないし、なんだったら、絢佳ちゃんが流派の名を広めたらいいんじゃない?」
「おお。その手がありましたです!」
「うふふ。がんばってね」
「はいです」
「あら、盛り上がっちゃって何のお話?」
「流派のお話よ。ねぇ、椿姫、この子も「魔導師」なんだって」
「え? その若さで?」
「はい」
「てことは、在野よね?」
「そうですね」
「わたしは平民学校出たのよ」
平民学校――<情報理法>によれば、共和国にある学校の名前で、その名のとおり平民が通えるところだ。
<龍姫理法>も教えていて、そこを卒業して在野の「魔導師」や冒険者になる者も多いらしい。成績優秀で後見人がつけば、魔導学院に進学することもできる。能力ある人材は、積極的に登用しようという施策がわかる。
「そうなんですか」
「ふたりとも、この辺りの人じゃないよね?」
ウルスラさんが聞いてくる。
「どうしてです?」
「ほら、顔つきっていうの? 人種が龍孫人っぽいからさ」
龍孫人は、聖大陸の東部に住む、黄色人種のことだ。
「ああ、龍孫系かもしれませんけど、出身っていうわけではないです」
ここは曖昧な感じで済ませておく。
「そっか。まぁ、この辺りは混血多いしね」
言われてみれば、白人や黒人というはっきりした特徴のある人よりも、全体的に褐色や茶色い肌や髪の毛の人の方が多い。
「わたしは生粋の王渦人よ」
椿姫さんが言う。
王渦人とは、聖大陸西部から南部に住む、黒人種の名前だ。
「あたしは見てのとおりの混血児。どの血がどれくらい混じってるとかもうわかんないわね」
ウルスラさんはそう言って、くすくすと笑った。
料理が運ばれてきて、改めて4人での会食が始まった。
なんでも、昨日、この店に私たちが来たとき、ふたりは気づいていて、気にかけてくれていたらしい。
この街では、ニュービーに優しくする習慣でもあるのだろうか。そう思って聞いてみると、
「この街だけってことはないかな。冒険者ギルドが、全体としてそういう社会なのよ」
「そうね。誰しもニュービーだった頃があって、苦労してベテランになっていく。でも、いつまで生きていられるか、いつ引退するかは誰にもわからない。だから、新人さんを大切にして、見守っていくのが慣習化したのね。新入りいじめなんかしてたら、人材が育たないからね」
「まぁ、場所によっては派閥が強かったり、ニュービーを騙したりする人もいるけど。将来のライバルを早めに潰す、みたいなところもあるって話だし」
「でもここは、ギルド長がしっかりしてるから、そういうのはないわね」
「そうだね」
「この街のギルド長さんってどういう方なんですか?」
「月下部ノーマンっていう拳法家ね。<開合流>だったっけ?」
「うん、そう。それに、<光真術>の使い手ね」
<開合流>とは格闘術の名前で、<光真術>は、共和国の国教にもなっている、「智門光蓮宗」で伝えられる、怪魔討伐のための魔術のことだ。俗に「降伏法」とも言われる魔術の一派でもある。
龍孫人と王渦人は、表意文字と表音文字混じりの言葉を使う。もちろん、互いの言語自体は異なっているが。
そして、月下部ノーマンという人のように、混血の多いこの辺りでは、表意文字による名前と表音文字による名前の混ざった名前を持つ人も少なくない。
ちなみに今、私たちが何語で話しているかといえば、魔帝国語である。冒険者ギルドで記入したのも魔帝国語だ。
この国では、魔帝国語が主公用語で、他に王渦語とリュウミル人とエノク人という白人種の話す、リュウミル語とエノク語の三つが副公用語として使われている。
ノーマンというのが、リュウミル語的な名前を指す。
「面倒見もいいし、腕も確かでね。いいおじさまって感じ?」
そう言ってふたりは笑った。
「忙しい人だけど、困ったことがあったら、遠慮なくノーマンさんに頼ってみたらいいよ。話くらいは聞いてくれるし、それで解決するってことも、ままあるからね」
「相談に乗るの上手いよね、あの人」
「うんうん」
しばし、食事を楽しむ時間となり、私たちが食べ終わり、ふたりがビールを飲み始めた頃。
「ふたりは今、なにか仕事してる?」
「はい。魔導武具を作るお仕事と、武具を磨くお仕事してます」
「あ、それって、クレイグさんのお店じゃない?」
「知ってるんですか?」
「スペンサーさんのお世話焼きは有名だもの」
「そうなんですね」
「まぁ、わたしはやったことないけど、在野の子でお世話になったって人は多いよ」
「この先のことは?」
「わたくしは、なにか武勲を立てられるお仕事がしたいです」
「なるほど-。せっかく冒険者になったんだもんね」
「はいです」
「絢佳ちゃんだっけ? 腕に自信あるっぽいもんね」
「あるです」
絢佳ちゃんの言葉に、くすくすと笑いが起こった。
そうして食事も終わり、この宿の別の部屋に泊まっているふたりと別れて、私たちも自分の部屋に戻ってきた。
「楽しかったね」
「はいです」
私たちは、桶に水を汲んで、それに買ってきたタオルを浸して身体を拭いた。
絢佳ちゃんはすぽんと水着を脱いで、ごしごしと拭いている。あれだけの力があったのに、見た目、身体つきはただの幼女にしか見えないし、特に傷痕が残っているようでもない。全体的にぷにぷにとした綺麗な肌だ。
私はちょっと恥ずかしかったけど、絢佳ちゃんがあまりにあけすけなので、すぐに気にしないで身体を拭くのに集中した。
さっぱりした私たちは、同じく買ってきた寝間着に着替える。
手元にはまだ金貨8枚以上残っている。宿も1週間泊まれるから、その間に少しでもお金を稼いで、それからなにかいい依頼がないか探すつもりだ。
今のお仕事は、スペンサーさんの紹介によるもので、いくらこなしても冒険者ランクは上がってくれないからだ。
とりあえず、明日はまた、魔導武具作りである。
私たちは早めに寝た。
翌日――
午前中にクレイグさんのお店で働いたあと、昼食を摂ろうとお店を出たところで、私たちは数人の騎士に囲まれた。
魔導武具の甲冑に身を包み、揃いのサーコートを身につけた騎士たち。共和国の「魔導騎士」たちだ。
「我々は共和国騎士団特務隊の者だ。お前が「魔導師」だな?」
リーダーらしき男が私に視線を向ける。
「は、はい」
前に出ようとする絢佳ちゃんを止めつつ、私が応えると、
「お前には、魔導犯罪の嫌疑がかけられている。一緒に来てもらおう。連れのお前もだ」
「は?」
魔導犯罪?
隠し事をしているためどきりとしたが、犯罪と言われるほどのことはしていないはずだ。
思い当たることと言えば、雑魚衛士を殺して埋めたことくらいだが、それが魔導犯罪ということになるのだろうか?
私ははっきり言って素人だ。おまけにこの国の法律を知悉しているわけでもない。ここは下手な抵抗をするより、素直に従った方がいいと思えた。
「なにごとだ!?」
店の前で大声を出していたため、クレイグさんが出てきた。
「お前はこいつらの雇い人か?」
「そうだ。なんだ。特務が子どもに何の用だってんだ?」
「よし。お前も来てもらおうか」
「だから、何の用だっつってんだろうが」
「魔導犯罪の嫌疑だ」
「魔導犯罪? この子がか? ふざけんじゃねぇ!」
「判断を下すのはお前でも、我々の役目でもない。しかし、騒ぎ立て、抵抗するなら即座に捕縛するが?」
「けっ」
クレイグさんは不愉快そうに顔をしかめる。
クレイグさんにはお世話になったのに、なにか巻き込んでしまったようで、申し訳なかった。自分がどうしてそんな嫌疑をかけられているのかがまずわからないが、恩人にまで累が及ぶのは耐えがたかった。
しかし、私の考えていることがわかったのか、
「嬢ちゃんたちよ、心配すんな。俺は大丈夫だ」
そういうやり取りを尻目に、「魔導騎士」や「魔導師」と言った風体の者たちが、店に入っていき、また、私たちも両脇を抱えられるようにして連行された。
不安と困惑の中、私たちは手錠をかけられ、別々の車両に乗せられた。
魔導車両という、<龍姫理法>を原動力とする装甲車両だ。もちろん軍事用で、一般に使われているものではない。
操縦するためには、<情報理法>、<龍姫理法>、<姫流剣術>のいずれかのスキルが必要で、また熟練した操作の腕前も要求されるものらしい。
暗く狭い車内でゴトゴトと揺られていく。外を見ることもできず、不安だけが募っていた。
そして、車から降ろされたのは、見上げる程の建物の立つ門扉の前だった。
警護の騎士が立ち並ぶ先に、レンガ造りの壁が巡らされ、奥にひときわ大きな石造りの建物が見える。
騎士に連行されながら、なんだか惨めな気分になってくる。私はなにをしてしまったというのだろう。
建物の中も広く、厚い絨毯が敷き詰められている上を歩き、通路を何度か曲がって階段を上ったところで、足を止められた。
「連行して参りました」
「よし、通せ」
「はっ」
両開きの扉の前に立つ騎士とそんなやり取りをして、私はその中に連れて行かれた。
扉が開かれると、中には円く中央の空いたテーブルが据えられ、いかにも偉そうな面々が席についていた。
テーブルの空いたところから中に連れ出されると、周囲からの視線が痛いほど集まってきた。
大きな音とともに背後で扉が閉ざされ、一層、絶望感が押し寄せてくる。
絢佳ちゃんとクレイグさんは、脇の方に連れて行かれて立たされていた。
私がびくびくしながら辺りを見渡している間に、騎士はひとりが私の横に残り、もうひとりが一段高くなった席の前に進んでいった。
そこにはふたりが座っていて、冷ややかな目で私を見下ろしている。
「容疑者を連れて参りました」
「よろしい。では、早速、はじめよう」
「法務官」
その声に、テーブルについていたひとりの男が立ち上がる。
「これより、魔導犯罪嫌疑についての臨時特別法廷を開廷する」
法廷――その言葉に、さらに緊張が募る。
「被疑者、不解塚祝。この名前に間違いはないかね?」
「は、はい」
「よろしい。被疑者には、<龍姫理法>の不正修得、ないし情報の不正改竄の嫌疑がかけられている。なにか申し開きをすることはあるか?」
あるか、と言われても、罪状自体、意味がわからなかった。
「えと、なんの罪なのかが、わからないんですが」
「ふむ。言い訳はしないということかね?」
「いえ、そうではなくて、どんな罪を犯したと疑われているのかが、そもそもわからないんです」
「なるほど。では、証拠を見せよう」
法務官が振り返ってうなずくと、待機していたらしき「魔導師」が透明の板を持って立ち上がる。
そこには、私の名前が含まれた、文字が並んでいた。
龍姫理法修得者ID
0:「魔龍姫」夢螭
0:「魔導皇」リアナ
0:不解塚祝
「これがなにを意味するかおわかりでしょうか」
法務官は、円卓についた者たちに問いかける。
「この者は、開祖および魔導皇聖下と同じIDナンバーとして登録されているのです。このような不貞な行為、許されますでしょうか」
ざわざわ、と周りの者たちの囁く声が聞こえてくる。
急いで検索をかけてみた。
<龍姫理法>は、修得した順番に自動的にIDナンバーが降られ、<情報理法>で管理される。それが、開祖自身と、開祖と同時に修得されたとされる魔導皇と同じナンバーだというのだ。
それが、ID:0。
驚くのは、むしろ私の方だった。
なによ、それ――
公用語の設定変更しました