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クティーラ

 私たちは、先へ進むことを選択した。


 まずは、隊列を組み直す。

 先頭に絢佳ちゃん。

 次に左から沙彩ちゃん、私、リィシィちゃん。

 そして、セラちゃん、雫ちゃん、霓ちゃん。

 殿(しんがり)にクレアちゃんだ。


 部屋の長辺は先ほど入ったときよりずっと先に伸びていた。

 私たちは緊張を保ったまま、黙々と進む。

 慎重に罠などを調べながらなのでゆっくり進んでいるのだが、それでも先が見通せないくらい奥まであることはわかる。


 薄暗い緑色の霧のような靄のようなものが立ちこめていて、途中から視線が遮られているのだ。その霧のようなものは、ぬめり(・・・)を感じさせて肌にまとわりつき、大変に不快だった。その上なにか腐ったようなものと磯の臭いが混じったとても厭な臭いが鼻につき、みんなを辟易とさせた。


 さらに途中からは、魚とも蛙ともつかないような小さな生き物が床を這い回るようになり、一同を驚かせた。

 それらは怪魔の反応を示していたので、見かけたら殺していたのだが、そのうちにそれも面倒になるくらい一面にビチビチと跳ね、這いずるようになったものだから、私たちはそれらを無視して進むことにした。

 明らかに時間と労力の無駄だからだ。


 絢佳ちゃんによれば、それもクトゥルフの眷属らしいが文字どおり雑魚であり、気持ち悪いだけと言えばそれだけなので見ないことにして私たちは先を急いだ。

 数百mは進んだ頃だろうか。私たちの眼前に大きな扉のようなものが見えてきた。

 その周りだけ部屋も大きくなっており、微細な、そして不可解且つ忌まわしい彫刻が施されている。


「この先です」


 絢佳ちゃんがそう言った。

 静かに、しかしきっぱりとした口調に、私たちは気を引き締め直した。


 それは、扉と表現はしたが、取っ手や継ぎ目のようなもののない、一枚の板だった。

 しかし、見る者に扉であることを印象づけるなにかがあった。

 調べてみても、罠や鍵、なにかのギミックの類いは見つからなかった。


 私が首を振ると、絢佳ちゃんが前に出てきた。

 私と位置を入れ替えると、絢佳ちゃんが右手を前に突き出した。そして、桃色のオーラが扉に向けて発せられる。

 途端に、扉がゆっくりと薄くなっていった。向こうが透けて見え始めたのだ。


 私たちは武装を調えると、静かに扉が消えるのを待った。

 そして扉の向こう側の部屋が完全に見えるようになったとき、絢佳ちゃんがすたすたと入っていった。

 私たちもそれに追随する。


 その部屋は、豪奢な造りだった。今までとは趣の明らかに異なる空間でもあった。煌びやかな装飾の施された柱が立ち、壁にはタペストリーが下がり、床には絨毯が敷き詰められている。ただ、そのどれもが冒涜的で忌まわしい絵柄で満たされていて、私は眉をひそめた。


 部屋は濃密な神気に満ち、一辺10mほどあろうかという大きさで、奥に玉座らしきものと、そこに座るなにかが見えた。

 それは、全身が水色で、髪の毛の代わりに擬足か触手のようなものを生やした人型のものだった。大きさそのものはクレアちゃんくらいだろうか。玉座に比して小さく感じられる、女性を感じさせるフォルムをしている。

 それになにより、この部屋の神気の源だと直感させられた。


 これが、「星辰神統」の邪神――


 私は固唾を呑んだ。


「クティーラ」


 絢佳ちゃんが口にした言葉の意味はわからなかった。名前だろうか?

 そのなにかはそれに反応して、紺碧の目を開くとこちらを見た。


「ん? お主らは――!?」


 彼女はそう言いかけて、目を見開いた。


「何故ここにニャルラトテップの「執行人(しっこうにん)」がおるのじゃ!?」


 そしてそれは、跳ねるように立ち上がった。頭から生える触手がうねうねと蠢きながら広がる。


「それは、わたくしたちがお前を討伐するためです」


 絢佳ちゃんが――恐らく真実になるであろう――残酷な宣告をした。


「な、なんじゃと?」


「我が主、ニャルラトテップさまを呼び捨てにしたばかりか、ニャルラトテップさまを差し置いてこの<ホーム>に先鞭をつけるなど、万死に値するです!

 さあ、きりきりとクトゥルフの寝床を明らかにして速やかに死ぬがいいです!」


 この幼女は喧嘩を売りすぎだろうと思ったが、黙っていた。ここは明らかに絢佳ちゃんのターンだからだ。


「なにを痴れ言を垂れ流しておるか。お主がいかな「執行人」であろうとも我が父に、否、我に敵うはずもなかろうて。神の格の違いを教えてやるわ!」


 そして、目の前の女?は、売られた喧嘩を即買う(たち)らしかった。


「ほほう」


 冷たく呟いた絢佳ちゃんが、同時に放った一瞬の殺気に私は息を呑んだ。

 それほどに、恐ろしかったのだ。それこそ、格の違いを感じさせられるほどに。


 絢佳ちゃんは次の瞬間、姿をブレさせ、刹那に接敵して触手だらけの頭をぶん殴っていた。


「死ぬがいいです、クティーラ」


 玉座の背もたれに頭をめり込ませているクティーラに、絢佳ちゃんが嗤いながら言った。

 とはいえ、それで死ぬほど柔ではないらしく、まだクティーラの触手は蠢いていた。


「さあ、先ほどの威勢はどうしたです、クティーラ?」


 絢佳ちゃんはそう言いながらクティーラの首を掴むと背もたれから引きずり出し、次いで触手を数本まとめて反対の手で握るとあっさりと引きちぎった。


「ぎぎぎぃゃぁっ!」


 聞いた者を不安定にさせる不快な声を発してクティーラが身もだえる。

 しかし、絢佳ちゃんの手は休まない。腹にフック、股間に膝蹴り、そして頭を両手で掴むとさらに多くの触手を両手で引きちぎっていく。

 真っ青な血らしきものが吹き出して絢佳ちゃんに降りかかるが、彼女にそれを気にした様子はない。


「なあ、祝。私たちはどうしたらいいんだ?」


 小声でクレアちゃんが聞いてきた。

 それは私も思っていたことだった。


「見ていればいいのではありませんの?」


 リィシィちゃんが、虚無の槍をいつでも投擲できる姿勢に身構えながら、言葉だけは暢気なことを言った。


「わたしたちは周囲を警戒していよう」


「そうだな」


 霓ちゃんとセラちゃんが言った。


「うん。そうしよう。みんな、周囲を警戒してなにかあってもすぐに対応できるようにしよう」


 私の言葉に、みんながうなずいた。

 とはいえ、みんなはちらちらと絢佳ちゃんによる一方的な虐待行為を見ていた。


「あたし、あの攻撃を受け止められる自信がありません」


 不安げに沙彩ちゃんが言う。


「ボクだったら即死だねー」


 混ぜっ返すような言葉とは裏腹に、雫ちゃんは本気だろう。

 私も同意見だった。


 一撃、一撃が重く鋭い。本当に、強い。

 あれを捌くことなどできるとは到底思えなかった。想像が追いつかない。

 今も、びしゃびしゃと青い血をまき散らしながらクティーラはだんだん原型を留めなくなってきている。明らかに、絢佳ちゃんは嬲っていた。圧倒的な力の差で。

 絢佳ちゃんにはSっ気があるのかもしれない。


 ――私がそんなことを思い浮かべたときだった。


「くけぁ!」


 白い八咫烏の式神こと、やっちーが変な声をあげた。

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