<旧支配者>の館
大変長らくお待たせ致しました。申し訳ありません。
あらすじ的なもの:
雪山で邪神の館を発見、どうやらクトゥルフに関係するらしい
祝は絢佳を不倫という愛で誘惑して見事心を射止めた
私は絢佳ちゃんを強く抱きしめ、たっぷりと絢佳ちゃんを堪能した。
そして名残惜しみつつ、身体を離した。
そう、今は危険な邪神の館を探索中なのだ。
愛し合っている暇はない。
私が絢佳ちゃんから離れると、みんなは生暖かい視線で私たちを見つめていた。
急に恥ずかしさが募るが、ぐっと堪えた。
「よし、じゃあ、探索を再開しよう」
さもなにもなかったかのように言ってみたが、くすくすと忍び笑いが聞こえてきて、私は顔が赤く、熱くなるのを感じた。
しかし、それで縮こまってしまう今の私ではなかった。
絢佳ちゃんが愛を受け入れてくれたことで、今の私はまさに有頂天。
私は絢佳ちゃんの手を取ると、
「さ、行こう?」
と歩き出した。
左翼側最初の扉の前に立ち、私と絢佳ちゃんは一緒に扉を開いた。
もう隊列は変更されている。
主に私のせいで。
ここも、強い磯の香りがするだけの部屋だった。
前の部屋と違うのは、中になにもないことだ。
「ここも外れです」
「そうみたいだね」
そう言いながらも、私は<忍術>スキルで部屋の中をよく見てみたが、隠し扉の類いもないようだった。
「じゃあ、次に行くです」
真ん中の扉は、すぐに鍵がかかっているのがわかった。
まず罠を探るがそれは見当たらない。
そこでピッキングツールを<龍姫理法>で作り、鍵を開けた。
今度は慎重に扉を開ける。
「!?」
その部屋は、明らかにおかしかった。
隣の部屋と比較して奥行きが10倍以上、ざっと見た感じ10mはありそうだったのだ。
しかし、この館を外から見たときには、そのような出っ張りはなかった。間違いなく。
「なんでこの部屋、こんなに長いの?」
「うわぁ!?」
私の言葉に興味を惹かれたのか、後ろから覗き見た雫ちゃんが変な声を出していた。
「神界ではよくあることです」
絢佳ちゃんは涼しい顔でそう言うと、中に入っていった。
私も慌ててついていく。
奥行きがおかしい点を除けば、ぱっと見、この部屋も特に注目すべきところは見当たらない。
「うーん。でもここ、あからさまに怪しいよね?」
「そうだな」
クレアちゃんが同意してくれるが、その声音は呆れた風だった。
「でもなんだか、ダンジョンらしい感じですわね」
きょろきょろと周囲を見ながら、リィシィちゃんが言う。
私は罠や隠し扉がないか注意深く探りながら、奥へと進んでいく。
絢佳ちゃんと沙彩ちゃんが私の脇を固めて、いざというときに備えてくれている。
しかし、奥の壁に到達してもなお、なにも見つからなかった。
「なんにもないね」
そう言うと、みんなも不可解そうな表情でうなずいていた。
「気になりますね」
「でも、なにもないときは本当になにもありませんわよ」
「そういうもんか?」
「ええ。クレアちゃんは、ダンジョン探索の経験はなくて?」
「ないな」
クレアちゃんの答えに、雫ちゃんが重ねて言う。
「ボクもはじめてー」
私はその言葉にクスッとしながらみんなを見回して、最後に絢佳ちゃんに視線を送った。
「じゃあ、どうしたらいいかな? 先に進む?」
「それでいいと思うです」
うなずく絢佳ちゃん。
見やると、みんなもうなずいていた。
「じゃあ行くです」
絢佳ちゃんの鶴の一声で、私たちは部屋を出た。
そして、左翼側の最後の扉の前に立つ。鍵も罠もない。
絢佳ちゃんは一度私たちを振り返ってから、扉を開けた。
今までどおりのなにもない部屋。
しかし、ひとつだけ違うものがあった。
入り口から見て左手、館の正面側に下りの階段がある。
「おいおい」
すかさずクレアちゃんが突っ込みを入れる。
私も、同じ気持ちだった。
さっきの部屋といい、めちゃくちゃだ。
私たちは半ば呆れつつも部屋に入っていった。
階段から、強い潮の香りが漂っていた。それと同時に、強い邪神の神気も。
神気と香りの出所がこの先だという確信めいた閃きがあった。
「たぶん、この先だね」
私がそう言うと、
「だと思うです」
と絢佳ちゃんも言った。
「気をつけて行こう」
私はみんなにそう言って、絢佳ちゃんの後ろについて行った。
階段は狭く、ひとりしか通れないのだ。
私の後ろにはリィシィちゃんが並んだ。
それから紗彩ちゃん、雫ちゃん、霓ちゃん、セラちゃん、クレアちゃんと続く。
階段は石造りで狭く急な上に苔むしており滑りやすい。
なので私たちは階段を踏まず、宙に浮いて下って行った。
感知できる範囲に罠や隠し扉の類も見当たらない。
階段は肌寒かった。そして、異様な程暗かった。
闇が立ちこめている感じだ。
しかしそれも、「妖書」の力で「真の視覚」を有する私たちには障害とはならない。絢佳ちゃんも「タロット」の力で同じ能力があるという。
「真の視覚」とは、単なる暗視能力などではなく、視力による知覚がいっさい妨げられず、同時にあらゆる制約を受けない力のことだ。
急に光度が変わったりしても、その影響を受けないのだ。
とはいえ視線が通らないものを見通す力などがあるわけではない。
ともあれその力で見下ろしてみても、かなり長い階段なのがわかる。
目測でははっきりしないが、100メートル以上は優にあるだろう。
この館で物理的な基準がどれくらい意味のあることなのかは定かではないが、単純に考えてすでに私たちは地下に潜っていることになる。
静かな時間が過ぎてしばらくした頃、絢佳ちゃんが止まった。
「扉があるです」
そう言って、先の方を指さしている。
見れば、確かにはるか下方に階段が終わる踊場があり、その先に扉があった。
扉も石造りで全体に苔むしていて、この階段と同じ幅なのに対して、高さはかなりあるように見える。
いよいよ正念場なのかと思い、私は少しだけ緊張した。
絢佳ちゃんが再び下り始め、私もそれについていく。
<感気>範囲に扉を捉えたところで色々な感知を試みるが、特に反応はなかった。
やがて踊場に到着した。
床は2メートルくらいの奥行きがあり、その先を3メートルの高さの扉が塞いでいる。
見たところ床にも扉にも、鍵も罠もなし。
扉にはコの字型の取っ手がついているが、床に扉を開けた跡は見られなかった。
長い間開けられていなかったのか、それとも押す扉なのか?
蝶番は見えないものの、そもそも普通の扉ではないようにも感じる。
「開ける?」
私はみんなに聞いてみた。
「それしかないです」
「わたくしもそう思いますわ」
「賛成だ」
絢佳ちゃんとリィシィちゃん、そしてクレアちゃんは賛成のようだった。
後ろの方から、紗彩ちゃんの声がかけられた。
「残りのみんなも賛成です」
「紗彩ちゃんありがとう!」
私は見えない紗彩ちゃんに手を振ってから、絢佳ちゃんにうなずいた。
絢佳ちゃんは迷いなく取っ手に手を伸ばした。
すると、扉の枠が淡く薄緑色に光って、扉が消えた。
目の前に、さほど広くない部屋の壁が見えた。
絢佳ちゃんは左右を見て、
「ほほう、そうきたですか」
と可笑しそうに言った。
「絢佳ちゃん、どうしたの?」
私が訊ねると、絢佳ちゃんは部屋に入っていって私を手招きした。
そして、向かって右の方を指差した。
そちらを見て、私も理解した。
「なんなの、ここ?」
そこは、その部屋は、先ほどの隣の部屋だった。
長く伸びた部屋の作りに見間違いはない。
「そういうことですの?」
リィシィちゃんの言葉に、
「どういうこと?」
と聞き返す。
「この部屋には、鍵が掛けられておりましたわ。そして、隣の部屋から今のこの部屋に辿り着きましたわね?
つまり、正しくこの部屋に来るには、先ほどの部屋から入る必要があったのですわ」
「つまり、この先に進むには正しい手順を踏む必要があったってこと?」
「そういうことになりますわね」
「それがダンジョンってことなんだな?」
部屋に入ってきたクレアちゃんが言う。
「ええ、そうですわ」
「意味が分からねぇ」
セラちゃんがぼやく。
「なんでそんなことするんだよ」
「それは、手間を取らせるためですわ」
人差し指を立てながら、リィシィちゃんが言う。
「わざと回り道させてるってこと?」
私の言葉に、リィシィちゃんがうなずく。
「要するに嫌がらせってことか?」
セラちゃんの身もふたもない言い方に、リィシィちゃんは苦笑しつつ再度、うなずいた。
「ダンジョンとは、そういうものなのですわ」
「二度と来たくねぇ」
「同感だな」
セラちゃんとクレアちゃんがうなずきあった。
「とりあえずダンジョンの不満は攻略し終わってからするといいです」
絢佳ちゃんがそう言うと、ふたりとも神妙に首肯した。
確かに、今はこの館を攻略して無事生還することに専念すべきだろう。
「ということで、行き先はあっちだと思うですけど、扉も一応確認しておくです」
絢佳ちゃんは、不自然に伸びた部屋の奥を指差した。
先ほど来たときと違い、霧か靄のようなものが立ちこめており、奥が見通せなくなっている。
この変化は怪しすぎる。
しかし、扉を確認しておくというのには私も賛成だったので、<忍術>スキルでざっと調べてみた。
「鍵も罠もないけど、開かなくなってるね」
私が調査結果を言うと、
「じゃあ閉じ込められたのか?」
早合点したクレアちゃんがそう言った。
「ここからは出られないけど、たぶん階段を上って隣の部屋に戻れば出られるんじゃないかな?」
そうは思ったものの、確信はない。
ダンジョンに詳しそうな絢佳ちゃんとリィシィちゃんを見ると、ふたりは少し考える風にして、
「わたくしもそう思うです」
「わたくしもですわ」
と同意してくれた。
「わざわざ確かめに行くのは時間が無駄だとも思うです」
絢佳ちゃんは、さらにそう付け加えた。
「そうかもしれないね」
私の言葉に、みんなもうなずいた。
「それとひとつ、追加の推測があるです。聞きたいです?」
絢佳ちゃんが言う。
「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」
セラちゃんが口を尖らせる。
「私も聞きたいな」
「ああ」
私とクレアちゃんが追随した。
「じゃあ話すです。でも一応、現時点でのわたくしの推測であるということは認識しておいて欲しいです」
みんなは顔を見合わせつつ、うなずいた。
「まず、前提条件としてわたくしの信奉する「星辰神統」の神々というものは、この宇宙――<大千世界>の外から来た神々だということを心に刻んで欲しいです」
「外?」
私の鸚鵡返しの言葉に絢佳ちゃんは、
「そうです。それをして、<外なる神々>と言うです。神々の魂の在所はこの<大千世界>の中ではなく、外にあるです。
言ってみれば、化身のようにこの宇宙に顕現していると考えるです。或いは、触手を伸ばしてこの宇宙に魂の一部が侵入しているという喩えでもいいです」
と、薄気味の悪いことを言った。
しかしそもそも、「星辰教団」とは薄気味悪いものであったはずだ。さもありなん。
「それ故に、わたくしたち「星辰教団」の輩は「アウト・サイダー」とも呼ばれるです」
「「アウト・サイダー」、か」
「そうです。
そしてこの館です。歪んだ力によって外に突き出した構造。なにか思い浮かびませんです?」
「つまり、この館が外部に進出する造りである、と?
……いや待て、それだと逆にならないか?」
クレアちゃんが首を傾げた。
「いいえ、きっとその推測で間違いないのですわ」
リィシィちゃんが自信満々に言う。
「この館は神境となっておりますわ。つまりここは彼の邪神の神域であり、即ちそれはこの館が<大千世界>の外に通じているということを意味するのですわ。
ですから、この館と仙境の境、つまり館の壁が外に向かって突出しているということは、仙境に触手を伸ばしていることと同義――そういうことですわね、絢佳ちゃん?」
「そのとおりです」
絢佳ちゃんの同意を得て、リィシィちゃんは鼻高々だった。
「要するに、この館の目的はそういう見立てにあるってこと?」
ぼそっと、だが鋭く霓ちゃんが問いかける。
「だと思うです。ただし、あくまでも推測です」
「どうして、そこまで推測であると念を押すんですか?」
沙彩ちゃんが不思議そうに尋ねた。
「ここが、クトゥルフの神殿だからです。クトゥルフという神は<旧支配者>と呼ばれ、ニャルラトテップさまといった<外なる神々>とは若干違う属性の神性なのです」
「その違いはなんなのですか?」
今度は沙彩ちゃんが念を押すように聞いた。
「<外なる神々>があくまでも外部に存在する恐怖であるのに対し、<旧支配者>はかつて太古の昔に世界を治めていた、けれど今は眠りにたゆたっているにすぎない、いずれ目覚めて再び世界を治めるであろう神です。
故に<旧支配者>は、由来は外部であっても、今や内部に厳然と存在する恐怖なのです。
ちなみに「星辰教団」の星辰とは<旧支配者>が目覚めるために必要な星の配置と、そして<外なる神々>を招来するために必要な星の配置、そのふたつを意味する言葉です」
「えっと、つまり……?」
話が急に難しくなって私は混乱した。
「この館の設計者は、「星辰神統」の力をこの仙境にもたらすためにここを造ったに違いありませんです。
しかし、<旧支配者>のためだけならば、ここまでする必要はなかったはずです。そこが引っかかるところであり、わたくしがあくまでも推測の域を出ないとこだわる点です」
「待って欲しい。それは辻褄が合わない」
霓ちゃんがすぐに反応した。
「絢佳ちゃんは<ミラム・ホーム>に「星辰教団」はなかったと言った。なのにかつてこの地を支配していたというの?」
「実際に支配していた、そして<旧支配者>が眠りに就いた、という流れは必要ではないのです」
絢佳ちゃんが静かに首を振る。
「神界に於いては因果律がすべてを支配するです。時の流れではないです。
つまり、この館を造り、神境と繋げてクトゥルフを崇めることで、因果は生まれてしまったのです。
この館でクトゥルフが崇められ、この奥にクトゥルフが眠るとするならば、それは即ちかつてこの地がクトゥルフによって治められていたという因果を生み、それが事実となるです」
「因果律……うぅーむ。なるほど」
霓ちゃんは腕を組み、不承不承ながらも納得した様子だった。
「待ってふたりとも! 私、全然わからない!」
私は悲鳴に近い声を上げていた。
「未来が因となり過去を果とすることも因果律の前ではあり得る、そういうこと」
霓ちゃんが言う。
「<旧支配者>の神話にはそれだけの力がある。ということだよね?」
霓ちゃんの問いかけに、絢佳ちゃんがうなずいた。
「霓ちゃんの言うとおりです。だからこそわたくしはクトゥルフごときがここでの最初の神となったことに憤っているです!」
絢佳ちゃんが拳を握りしめた。
「でもそれも、クトゥルフが実際にこの先に眠っているという前提でのお話です。そこに至っていなければ、問題はないです。
それも、楽観論ですけれど……」
「じゃあ、実際にクトゥルフがいる可能性のが高いんだね?」
私の言葉に、絢佳ちゃんは神妙にうなずいた。
「因果律か。ややこしいな。それに、厄介だ」
苦々しくクレアちゃんが言った。
「神々の力というのは、そういうものですよ。だからこそあたしたちは長年に亘って苦労してきているのですから」
諦観を込めて、しみじみと沙彩ちゃんが言った。
「そうかもしれないな」
「ともあれ、これ以上の推測はやめておくです。今はとにかく先に行くべきです」
ぱんぱん、と手を叩いて絢佳ちゃんが言った。
仕切り直しってところだろうか。
それに対して、私たちに異存はなかった。
<外なる神々>や<旧支配者>の設定は、筆者によるこの作品のためのものです。
他の作品の設定と相違・矛盾する点などについては、その点を踏まえてご了承頂きたくお願い申し上げます。





