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邪悪の顕現

 私たちは左翼側の方へと移動してきた。

 そして、一つ目の扉を開けた先は薄暗い部屋になっていた。

 絢佳ちゃんに続いて、私たちは部屋の中に入っていく。


 しかし、私は先ほどの不知火さんのことに囚われたままでいた。


 次はいつ、襲ってくるだろう?

 あと何度、繰り返さなければならないのだろう?

 そして、そのたびに私は傷つきながら絢佳ちゃんが彼を倒すのを見てるしかないのだろう?


 不甲斐ないし、情けなかった。

 しかもその原因は私たちの不注意なのだ。

 安易に考えていた。

 「妖書」は強い力だから、きっとなんとかなると。


 心のどこかで、そう驕っていたのだ。

 否、今もその驕りはあるのだと思う。




 そのとき、不意に絢佳ちゃんの声がした。


「この部屋は危ないです」


「これは、許しがたい」


 そして霓ちゃんが、声を震わせながら言った。


「えっ、なにが――」


 言いかけて私は、なにかにつまずいた。

 危うく転びそうになりながらもなんとか体勢を立て直し、足下を見た。

 そして、私がつまずいたものが目に入ってきた。


「――こ、れ、は、なに?」


 私は知らずに口にしていた。

 目の前にあるものについて理解が及ばず。

 理解することを頭のどこかが拒んで。


 そこには、床に半ば埋め込まれるようにして沈みかけている人がいた。

 苦悶の表情に顔を歪め、はらわたを盛大にぶちまけながら――


 しかし、私の感知は彼がまだ生きていることを報せてくる。


「人柱、かな?」


 ぼそりと言った霓ちゃんの声が頭に響く。


「そうです」


 あっさりと肯定する絢佳ちゃんの声。


「なんてことですの!?」


「酷いな」


「そうですね」


 みんなの声が次々と耳に届く。


 しかし私は、床の人物に釘付けになっていた。

 彼は、私を見返していた。

 その視線は、助けてくれ、楽にしてくれと強く訴えかけている。


 それはそうだろう。

 こんな状態を彼が望んで受け入れているはずもない。

 しかし、彼を助けられるのか?

 楽にする、ということの意味もわからないのではない。


 恐ろしくて、膝が震えてしまう。

 恐怖や狂気に耐性があるということは、なにも感じなくなるということではないのだと思い知る。

 むしろ、狂って楽になることができないということなのだと実感する。


 私は戦きながら後退し、足裏に厭な感触を覚えた。

 恐る恐る、半ば以上確信しながら見やると、そこには同じような人柱の女性がいた。


「ひっ」


 思わず声が漏れた。


「大丈夫ですか?」


 そう言って私の肩を支えてくれたのは、紗彩ちゃんだった。

 その手の温もりに、ほっとする。


「う、うん」


 私はぎこちなくうなずくと、半歩引いて辺りを見回してみた。

 床の上には、13人が埋もれていた。


「これが、絢佳の信じる神の所業か?」


 クレアちゃんが苦々しく吐き捨てるように言った。


「恐らくそうです」


 淡々と答える絢佳ちゃんに、クレアちゃんは食いかかった。


「お前はどうして、そうやって平然としていられるんだ!?」


 前に出ようとするクレアちゃんを、リィシィちゃんが腕を上げて遮って止めた。


「落ち着いてくださいまし」


 リィシィちゃんのたおやかな声音が禍々しい部屋に響き渡る。


「そうだよー。絢佳ちゃんがこれをやったんじゃないんだしねー」


 続く雫ちゃんの言葉に、クレアちゃんは力を抜いた。


「そうだな」


「はい、深呼吸ー」


 クレアちゃんは苦笑いしながら深呼吸した。


「よし、もういいぞ」


「それでは答えるです」


 絢佳ちゃんがみんなを見回して言った。


「こういう祭祀や呪術、とりわけ人柱を使うなんて聞いたことがないです。でも、この部屋は間違いなく「星辰神統」の神気に満たされているです」


 一拍を置いた絢佳ちゃんの言葉の後に、静寂が訪れる。


「もちろん、わたくしもすべての祭祀を知っているわけではないです。でも、少なくともこれはクトゥルフに捧げるやり方ではないです」


「それはわかった。それで、この人たちを助ける方法に心当たりはないのか?」


 クレアちゃんが聞く。

 絢佳ちゃんはそれに対し、首を振った。


「もうすでにこの部屋と、そしてこの人たち同士の魂が一体化しているです。分離は不可能です」


「そんなっ」


 私は言葉に詰まって、その先を続けられなかった。


「楽にして差し上げるしか、ないんですのね」


 リィシィちゃんに絢佳ちゃんはうなずく。

 そして、上を見上げた。

 釣られて天井を見て、私は絶句した。


 そこには、天井に張りつくようにしてたゆたう赤黒い液体が溜まっていた。

 それはまるで、血の海のようだった。


 否、比喩ではなく、天井には血の海があった。


「≪絶神(ぜつしん)≫」


 リィシィちゃんがそう言い、槍を血の海に向けて投擲した。

 槍が天井に突き刺さると同時に、血の海は消え去る。


 そして、明らかに部屋の空気が変わったのがわかる。


 視線を下げると、床にはミイラ化した遺体が転がっていた。

 各々にばらばらな鎧を身にまとい、周囲には武器の残骸らしきものも見受けられた。

 恐らく彼らは、冒険者か傭兵といったものたちなのだろう。


 私はリィシィちゃんに駆け寄ると、ひし、と抱きついた。


「厭なことやらせちゃってごめんね」


 リィシィちゃんは私を受け止め、優しく抱きしめて、


「いいんですのよ、そんなこと。これはわたくしの、ケディ公家のものの決して譲れない役割、そして大事な仕事ですから」


 そしてリィシィちゃんは私の頭をそっと撫でてくれた。


「少なくとも、これでもう苦しまずに済むってことだよな?」


 クレアちゃんの言葉に、絢佳ちゃんはうなずく。


「この部屋に満ちていた神気も消えたです。大丈夫です」


 最低限のことはできた、のだろうか?

 まだすっきりせず、胸の奥には重苦しいものが詰まっているようだったが、私にはこれ以上、何をすればいいのかわからなかった。


「せめて、外に持っていって弔ってあげようね」


 私が言うと、


「そうですね」


 紗彩ちゃんもそう言った。


「ところで、です」


 絢佳ちゃんがもったいぶって言った。


「皆さんは、この部屋の感覚(・・)がわかるです?」


「感覚っていうと?」


「神気が消えて、この部屋は今現在、ニュートラルな神界になったです。外の、仙境(せんきょう)との違いがわかるです?」


「ああ、そういうこと。なんとなくわかるよ」


 みんなも、それぞれにうなずいていた。


「この肌感覚を覚えておくといいです。不意に神界に入っても、すぐにそれと気づけるように」


「つまり、この部屋に入ったときみたいに?」


「そうです」


「わたしは、入る前にわかった」


 そう言った霓ちゃんには、魔眼がある。

 それを通して気づいていたということなのだろう。


「さっきの話なんだが、いいか?」


 クレアちゃんが言った。


「はいです」


「「星辰神統」の祭祀ではないとしたら、これはなんだ? 「妖術師」の仕業か?」


「「妖術師」というのは、神性ではなく属性によってそうなっているんです?」


 絢佳ちゃんが聞き返すが、私にもクレアちゃんにも、その意味がよく理解できなかった。

 しかし、リィシィちゃんが首を振った。


「「妖術師」は「魔玄(まげん)」リトマ、或いは「妖術師」の首魁である「妖神(ようしん)」ディヴォルヴ・レイントに仕えておりますの。不特定の悪神に仕えているわけではありませんわ」


 絢佳ちゃんがうなずく。


「そういうことなら、これは「妖術師」の仕業ではないです。「星辰神統」の神気がなによりの証拠です」


「じゃあ、「黒書教団」は?」


 私の問いかけに、絢佳ちゃんは首を振った。


「それはもっとあり得ないです。何故なら、「星辰教徒」は決して「黒書」には染まらず、「黒書教団員」は決して「星辰神統」を崇めることはできないです」


「そう、なの?」


「そうです。わたくしたちは不倶戴天の敵同士。<大千世界(メールシュトローム)>でも、悪同士つぶし合ってくれればいいと思われているくらいです」


「となると、どういうことになるんだ?」


「これはあくまでもわたくしの想像ですが、可能性としてふたつ思いつくものがあるです。ひとつは、日記の主がこの<世界>のやり方で祭祀をおこなおうとした。ふたつめは、これがニャルラトテップさまの千の相のひとつの祭祀方法で、単にわたくしが知らなかっただけ、という可能性です」


「どちらの方が可能性は高そうですか?」


 沙彩ちゃんが問いかける。


「それは、なんとも言えないです」


「話がまったくわからん」


 セラちゃんが、はぁというため息を吐きながら言い捨てた。


「あとで詳しく教えてあげる」


 そこへ、セラちゃんにとことこっと近づいた霓ちゃんが言った。

 セラちゃんは、半ば呆れたような疲れたような顔をしていたが、


「ああ、よろしく頼むよ」


 と、苦笑した。


「ボクもお願いするよー」


 雫ちゃんは元気に手を挙げながら言う。

 霓ちゃんは力強くうなずいて返した。

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