理峰
大っっっ変長らくお待たせしてしまいました。
申し訳ございません。
やっと再開です…。
これまでの簡単なあらすじ:
祝たちは「妖術師」をからくも倒すが、復活の芽を遺してしまう。
そこで、「妖術師」の目撃情報があった海王領の理京という街を目指す。
理京は、海王領の北部山岳地帯理峰にある都市の名前である。
理峰は西に聖ティグナ平原、東に中の連峰が存在し、また、ケペク平原と西の平野を結ぶ古くからの交通の要衝でもある。
かつて海王国が理峰を支配下に治めて以来、理京はこの国第二の都市として栄えてきた。
しかし、理峰は峻厳な山岳地帯であり、その合間を縫うように造られた街道を通ってようやく到達できる街だ。
自然の要塞に囲まれた街とでも言おうか。
実際、理京は聖大陸で最も落としづらい城塞都市とされている。
海王軍がどれだけの犠牲を払ってこの街を陥落せしめたのかは、史書に詳しい。
理京を押さえる経済価値は、交易のみに留まらず、貴重な鉱石や上石の鉱山を抱えていることも大きかった。
実際、現在の魔導共和国の版図に於いても、最大の産地であることからも明らかである。
私たちは、鬼霪砦を出発してから2ヶ月以上をかけて北西方向に進み続けた。
魔導車両の力を借りてなお、それだけの時間がかかっている。
直線にして1000km以上という距離もさながら、山岳地帯の隘路を進む難しさが時間をかけさせていた。
理峰の中に入って早、一月以上。
私たちは主に精神的に疲れてきていた。
季節は秋を通り越して既に冬。
紅葉を楽しんでいられたのはほんとの短い間に過ぎなかった。
標高2000mを越えた山の中は既に真冬であり、雪道がさらに進む足を遅くしていたのだ。
山の天候は不安定で、晴れ間は少なく、よく吹雪いては車を止めさせた。
寒さと疲労に耐性のある身体になっていなければ、この旅路はもっと大変なものになっていただろう。
「妖書」の超常の力に感謝せねばなるまい。
今日もまた、昼を待たずに吹雪きはじめ、魔導車両の足を止めていた。
いくら馬力があり、疲れもしないとはいえ、車輪で動くことに変わりはないのだ。
吹き溜まりには車輪を取られるし、スリップもする。
街道とは名ばかりの細く、岩だらけの道だ。
崖下に転落しては元も子もない。
「退屈だねー」
雫ちゃんが、あまり退屈そうでもなく言った。
「退屈じゃ!」
じゃ、とか言ったのが、パーティの新メンバー?である、霓ちゃんが創り出した白い八咫烏の式神、やっちーだ。
当然、この天候では空を飛ぶことも困難極まりない。
狭い車内は、鳥?にとっては退屈なのだろう。
多分だけど。
「退屈じゃー」
雫ちゃんがやっちーの真似をしながら、私にもたれかかってきた。
いい匂いがふんわりと漂ってくる。
「そうだね」
私は雫ちゃんの柔らかく、細い髪の毛を撫でながら言った。
「この車は飛べないの?」
唐突な質問は霓ちゃんだった。
「飛べないな」
クレアちゃんがつれなく答えた。
クレアちゃんは運転席にいるのだが、停車中なので暇していることに変わりはないのである。
「むぅ。不便」
「不便とか無茶言うな」
<龍姫理法>による飛行機はまだ実験段階だ。
操縦が難しすぎるのだという話である。
車体そのものを<龍姫理法>で無理矢理動かして飛ばすことはできなくもないだろうが、この悪天候下で試そうとは私は思わない。
「我慢だよ、霓ちゃん」
「むぅ。我慢嫌い」
そう言いながら、霓ちゃんも私に抱きついてきた。
小柄な身体に不釣り合いな巨乳がむにゅっと柔らかくつぶれて、なんだか気持ちいい。
「ずるいですわ!」
すかさずリィシィちゃんがそう言って、私たちにのしかかってきた。
「うー、重い」
霓ちゃんが不満を漏らす。
「重いのじゃ! 重いのじゃ!」
それを真似して、やっちーが言う。
「まあ! わたくし、そんなに重くないですわ!」
リィシィちゃんが霓ちゃんをぺちぺちと叩いた。
「痛い。重い」
「まだ言うんですの!?」
「まーまー、ふたりとも落ち着いてー」
雫ちゃんがふたりの間に入ってきた。
そして私にのしかかってくる。
「うううー……」
私が呻き声をあげると、三人は一瞬顔を見合わせて、やっと離れてくれた。
本当に重かったのは、間違いなく私なのだ。
「重かったぁ。重いのは私だよう」
私の声に、みんなが笑った。
まだ外は吹雪き、私たちは一歩も進めないでいる。
半日以上も車内に閉じ込められて、気分も塞ぎがちになりそうなものだった。
しかしみんなの明るさが、そうはさせなかった。
翌朝――
私たちは、狭い車内で軽めの朝食を摂った。
そのとき、絢佳ちゃんがどうもそわそわしているようだった。
「絢佳ちゃん、どうかしたの?」
私がそう尋ねると、
「うーん。どうも、怪しい気配がするです」
と言って、車外の峰側を見るように目をすがめた。
私もつられてそちらを見るが、透視能力があるわけでもないので、特になにかが見えるわけでもない。
なにかを感じる、といったこともまた、なかった。
「どんな気配なの?」
「そうですね、言うなればよくないモノの気配です」
「怪魔とか?」
しかし、絢佳ちゃんは私の言葉にも、首をひねるだけだった。
「みんなはどう?」
そう問いかけてみるも、みんなも首を振った。
「絢佳の<感気>範囲は特別に広いからなぁ」
ぼやくようにクレアちゃんが言う。
「じゃあ、わたしが見てみる」
霓ちゃんがそう言うと、ハッチを開けて外に顔を出した。
霓ちゃんには、魔眼がある。視線が通るのであれば、絢佳ちゃんより遠くまで見通せる上に、よくないモノなども見分けることができるのだ。
「確かになにかある」
「なにかって、なんだ?」
クレアちゃんが聞いた。
「邪悪ななにかの気配が漂ってる」
私は、沙彩ちゃんを見た。
沙彩ちゃんがうなずく。
「よし。じゃあちょっと調査してみよう」
私の声に、みんなもうなずいた。
新雪の上を私たちは飛ぶ。
朝日をはね返して雪の結晶がキラキラと煌めいていて、美しい。
ここを歩いて踏破しなければならなかったとしたら、調査するかどうか、きっと揉めたに違いない。
空気は身を切るように冷たいし、今は朝日が照っているけれど、山の天気は変わりやすいものだからだ。
しばらく進んだところで、雫ちゃんが、
「むっ、怪しい気配がするよー」
と言って、眉根をしかめた。
野伏としての知覚に捉えたようだ。
そして程なくして、私も<感気>範囲に邪神の反応を捉えた。
邪神というところに引っかかりを覚えて絢佳ちゃんを見やると、うなずいて返してきた。
ということは、絢佳ちゃんの奉ずる「星辰神統」に関係するものなのかもしれない。
<ミラムホーム>には「星辰教団」はなかったはずだが、密かに伝わって秘密信仰されていても不思議ではないし、きっとそういうことなのだろう。
とりあえず現地に着いてから、私はそう決めて空を進んだ。
たどり着いた先で私たちを待ち受けていたのは、一軒の古びた館だった。
小さめのお屋敷、くらいの規模はある。庭もあり、垣根に囲まれてすらいた。
家は二階建てで、煉瓦造りの立派なものだ。
垣根の中に雪はなく、古い建物だとは感じたが、廃れてはいなかった。
今でも誰かが暮らしている、そんな風だったのだ。
その場違いさに、私たちは少しばかり言葉を失った。
「なんでこんな山奥に、こんな家が?」
困惑げにクレアちゃんが呟いた。
みんなもそう思っているだろう。
私も、そう思った。
「これは、」
霓ちゃんが、口を開いた。
「マヨイガみたいなもの、かもしれない」
「なんだそれ?」
問いかけるクレアちゃんに、
「マヨイガは、山奥などにあって、迷い込んだ人に福をもたらす什器なんかを与えてくれる家のこと」
霓ちゃんは簡単な説明をした。
「でも、邪神の福ってなんなんだろう?」
私がそう言うと、
「だから、みたいなもの。逆に禍となるものがあるのかもしれない」
霓ちゃんが厭そうな顔をしてそう言った。
「わたくしも、霓ちゃんに賛成です」
そう言った絢佳ちゃんの表情は複雑で、感情を読み取れないものだった。





