「死鬼王」 後篇
そして再び、戦いの火ぶたが切って落とされた。
最初に飛び出していったのは、もちろん沙彩ちゃんだ。
今度は真っ直ぐ上位種吸血鬼を目指して駆けていく。
セラちゃんとリィシィちゃんもそれに続く。
ミートボールに対峙したのは、私とクレアちゃんと霓ちゃん、そして後衛に雫ちゃんだ。
ミートボールの火はすでに鎮火していた。
それはもぞもぞと蠢くと、腕やら脚やらを振り回して、ゆっくりとこちらに向かってきた。
クレアちゃんが魔導銃を撃つ。
着弾とともにたくさんの顔が悶え叫ぶ。
そこへ雫ちゃんの魔矢が突き立つ。
私も苦無を投げて≪打撃≫を発顕させる。
苦しみから逃れようとするかのように肉塊が震え、滅茶苦茶に手足を振り回した。
その腕、脚、頭を、霓ちゃんが刀を振り回して、次々と斬り落としていった。
そのとき、ミートボールの表面に複数の突起のようなものが見えた。
骨――おそらくは肋骨だ。
次の瞬間、肋骨が一斉に発射され、私たちに襲いかかってきた。
霓ちゃんは至近距離だったにも関わらず、難なく刀で捌き無事だった。
私とクレアちゃんは盾で防ぎ、雫ちゃんのところへは行かせなかった。
突撃していった沙彩ちゃんは、再び重装甲冑の上位種吸血鬼に阻まれた。
しかし、その脇にセラちゃんが突っ込むと、斧を持つ腕を素早く掴んで関節を極めた。
男はバランスを崩し、力の抜けた右手から斧が落ちる。
そこへ沙彩ちゃんの剣が振り下ろされ、男の左肩が斬り裂かれた。
「ぐあああっ!」
男の咆吼が響き渡る。
セラちゃんはさらに男をねじ伏せ、無防備な背中に沙彩ちゃんの剣が突き立てられた。
そして、リィシィちゃんの槍が投じられ、エマの胴体に突き刺さった。
リィシィちゃん自身も吸血鬼を飛び越え、エマに迫る。
エマは苦悶の表情をしながらも、杖を振り上げた。
「≪播死≫!」
その瞬間、私たち全員に≪死≫の波動が襲いかかった。
しかしそれは、「妖書」と<癒勁>の力で影響を及ぼす間もなく霧散する。
「なんですって!?」
エマが驚いている間に、リィシィちゃんは槍を引き抜くと、メイスへと変形させる。
そして、大技の構えを取った。
「≪滅黒撃≫」
エマの杖に向かってメイスを振り下ろす。
杖はメイスの命中とともに亀裂を走らせ、そして消えた。
「ばかな!」
「黒書の欠片」であった杖が消えるのを見て、エマが驚愕する。
リィシィちゃんは、再び≪滅黒撃≫の構えを取る。
「≪滅黒撃≫」
リィシィちゃんのメイスがエマの頭蓋に当たり、粉砕した。
同時に、エマ自身の<黒勁>が消える。
「ぎゃああああああ!!!」
エマが絶叫する。
それに応じるように、ミートボールが蠢動した。
吸血鬼の男も、同様に身体を震わせる。
「わ、わたしの「欠片」が……」
エマが絶望の色を見せた。
そこへ、沙彩ちゃんが飛びかかった。
「苦しんでいったものたちの思いを知りなさい!」
沙彩ちゃんの剣がエマの首を飛ばした。
その瞬間――
エマの身体がぐねぐねと蠢き、そして、爆ぜた。
そして、皮膚の一枚下に詰まっていたにしては数が多いどころではない、無数の百足が周囲に飛び散った。
直撃を食らったのは、リィシィちゃんだ。
沙彩ちゃんは盾でなんとか防ぎ、セラちゃんもその影に逃げることができた。
少し距離のあった私たちミートボール組も、クレアちゃんの盾に守ってもらえた。
「いやあああああ!!!」
リィシィちゃんの絶叫が木霊するなか、上位種吸血鬼の男も、ミートボールもその動きを止めた。
百足は何百といた気がした。
なにしろ数が多すぎて、数える暇などなかったのだ。
百足はその数の暴力でクレアちゃんの≪結界≫をパンクさせると、素早い動きで建物の隙間へと消えていった。
「今の、いったいなに?」
私が誰ともなしに言うと、
「逃がしました」
沙彩ちゃんが私の方を振り返りながら言った。
「逃がした? えっ、それって……」
「はい。エマです」
「今のが?」
沙彩ちゃんが、足許の百足を踏みつぶしながらうなずく。
「「幽王」になるための儀式では、まず小型の生命体に取り憑き、そこから生態系を上って上位の生物を憑り殺していき、最後に人間に至ることで「幽王」となる、という話があります」
沙彩ちゃんはそこで足許に目をやりながら、
「そしてそれは、「幽王」として倒されたときに、再び「幽王」として復活するときにも適用されるのです」
「つまり、それが百足っていうこと?」
「おそらく」
「だからあんなに百足がいたのか」
クレアちゃんが毒づいた。
「そうですね」
「くそっ。≪結界≫さえ破られなければ……」
苦々しげにクレアちゃんが言う。
「でもそれは、仕方ないよ。みんなだって、間に合わなかったんだもん」
私が言うと、
「ああ、わかってる。わかってはいるんだが、な」
「次は逃がしません」
沙彩ちゃんが、決意の籠もった言葉を吐いた。
「「聖杜神」に誓って、次こそは必ず仕留めます」
それは、「聖騎士」の誓い――「誓命」だった。
もし誓いが果たされなければ、「聖騎士」としての力を喪うというほどの決意の表れの言葉。
「そうだね。次は、必ず倒そう」
私が言うと、沙彩ちゃんはうなずいた。
「はい。必ずや」
「「死鬼王」は、いつ復活するか予想できるか?」
と、クレアちゃん。
「わかりません。ですが、それほど早く復活することはできないと思います」
「そうか」
私たちは、死体を並べて野良のアンデッドにならないように祈りを捧げた。
その上で、≪保存≫と≪結界≫を張っておく。
そして、私は徐さんに≪通信≫を送った。
{不解塚祝です}
{はい。徐です}
{えと、「死鬼王」を倒したんですけど、逃げられました}
{倒したけど逃げられた、とはどういうことでしょうか?}
私は沙彩ちゃんから聞いた話をした。
{なるほど。わかりました。では、「死鬼王」はいずれ復活するということですか}
{はい。残念ながら、そうなります}
{ですが、一応撃退はできたということですよね?}
{はい}
{わかりました。早速、埜木司令と柘植卿に伝えます。皆さんも、第26駐屯キャンプまでお戻りください}
{了解です}
「第26駐屯キャンプまで、戻ってこいって」
「ま、そうだろうな」
「すぐに戻りましょう」
沙彩ちゃんの言葉に、みんなはうなずいた。
外に出ると、私たちは大勢の人たちに迎えられた。
口々に、大丈夫か、勝ったのか、などと言っている。
だいぶん混乱しているようだった。
クレアちゃんと沙彩ちゃんが、私の代わりにみんなに説明をしてくれた。
「死鬼王」を倒したこと、でも逃げられたこと、現場と死体を保存してあること、などなど。
こういうとき、私のようにあまり要領を得ず、だらだらと話してはいけない、らしい。
毅然とした態度で、明確に事実のみを伝えるのが大事なのだそうだ。
そのため、ふたりが前に出てくれたのである。
ありがたいことだ。
それから魔導車両を「魔導騎士」のひとりに預けて第26駐屯キャンプまで乗ってきてくれるように頼むと、私たちは各自のテレポートで、先行して第26駐屯キャンプに跳んだ。
急に現われた私たちに、キャンプの衛兵は驚いていたが、すぐに人を呼びに行ってくれた。
程なく、柘植さんと徐さんと篠岡さんが走ってきた。
「こんなに速く、いったいどうやって?」
徐さんがすかさず尋ねてくるが、私たちはこの問いかけを無視した。
ふたたびクレアちゃんと沙彩ちゃんが説明をしてくれて、追加で魔導車両が着いたら鬼霪砦まで乗ってくるように依頼する。
そして、柘植さんが同意したのを見るや、鬼霪砦にテレポートした。
久しぶりの鬼霪砦は、あいにくの土砂降りだった。
ざあざあと五月蠅い雨音のなか、私たちはびしょ濡れになりながら門衛に話をした。
伝令を待つ間、門の中で雨宿りさせてもらう。
「ひどい雨だねー」
「そうだね」
夏も近く、蒸し暑い。
門は多くの人が行き交い、門衛も忙しそうに対応していた。
時々聞こえてくるのが、「死鬼王」討伐という言葉だ。
早速噂になっているようだった。
間もなく、伝令が走ってきて、ついてこいと言う。
私たちは雨の中に飛び出していき、走って作戦司令室に行った。
埜木司令は、狐につままれたような顔をしていた。
私は一歩前に出ると、
「閣下、ご報告致します。「死鬼王」討伐はしたものの、取り逃がしてしまいました」
すかさず、沙彩ちゃんが「幽王」の話を補足する。
「なるほどなあ。でもそういうことなら、まあ、仕方ないんじゃないかなあ」
頭をかきながら、埜木司令がそうぼやく。
「仕方がない、はどうかと思いますが……。しかし、拠点を構える「幽王」を打ち倒しても、その魂とでも言うべきものを取り逃した、という話は古い書物で読んだことがありますね」
とは、冒険者ギルド長のガブリエーレさんの弁だ。
「百足を殺して回れって通達するわけにもいかないだろうしなぁ」
「もうすでに、次の生物に移り変わっている可能性もあります」
「だよなぁ。どうします?」
埜木司令は、聖フィアス教会「祭主」のパールさんに話を振った。
「どうもこうもない。「幽王」を倒したことは事実だ。そう思うがね」
パールさんは、前に会ったときよりも柔和な表情をしているように見えた。
私たちのことを認めてくれた、ということなのかもしれない。
「じゃあ、「死鬼王」討伐作戦成功ってことでいいんですかね?」
「それを決めるのは閣下です!」
ガブリエーレさんが不満げに言う。
「まったくです」
とは、エッカルトさんだ。
「じゃあ、そういうことで本営発表よろしく」
直立不動で控えていた「魔導騎士」が、敬礼して部屋を駆けだしていった。
「みんな、ご苦労さん。ひとまず休んでていいよ」
「はい。ありがとうございます」
私も敬礼し、みんなで司令室を辞した。
私はようやく肩の荷が下りた気がして、はう、とひとつため息をついた。





