「死鬼王」 前篇
≪結界≫をくぐった感触の後、私たちは暗闇の中に出た。
神殿の中は暗く、ひんやりとしている。
所々崩れており、石組の床や壁に隙間が多かった。
そして、何故か百足がたくさん這い回っている。
背筋がぞわぞわして気持ち悪いことこの上ない。
それはみんな――沙彩ちゃんと絢佳ちゃん以外は――も同じらしく、そわそわと壁や天井を気にしていた。
真っ直ぐの通路がしばらく続き、奥と左右に扉が見える。
もちろん明かりはないが私たちには問題ない。
通路の途中にある左右の扉を開いてみるが、中は空っぽの部屋だった。
<感気>にも反応はない。
――百足以外は。
{なにもいないね}
{外にはあんなにいたのにな}
{少し気味が悪いですね}
{それもありますけど、罠や隠し扉の確認は大丈夫なんですの?}
リィシィちゃんの言うことは尤もだった。
このパーティには、<盗賊>系スキルの持ち主は<忍術>を持つ私しかいないので、慌てて調べる。
正面の扉までの通路に罠や隠し扉はなかった。
{大丈夫。そういうのはないみたい}
私の言葉にうなずくと、紗彩ちゃんが先頭に立って通路を進んだ。
数メートル進んだ先に、重厚な両開きの扉が立ちふさがっている。
その向こう側から、強烈な死気とともに、なんとも厭な気配が滲み出ていた。
しかし、ここで怯えて逃げ帰るわけにはいかない。
私たちには、ここで決着をつける責任があるのだから。
私は沙彩ちゃんの横をすり抜けると、扉を調べ始めた。
ここにも特に罠などはないようだ。
私は沙彩ちゃんにうなずく。
沙彩ちゃんが盾を構え、私とセラちゃんが扉を開いた。
真っ暗な部屋から、死気が圧力を伴って吹き出してくる。
それに負けることなく、沙彩ちゃんが踏み出す。
次いで、クレアちゃんと霓ちゃんが飛び込んで行った。
中には、3つの気配があった。
いずれにも<死勁>があり、奥のひとつには<黒勁>がある。
≪通信≫で即座に共有すると、セラちゃんに続いて私も扉をくぐった。
それにリィシィちゃんと雫ちゃんが続く。
殿はいつもどおり絢佳ちゃんだ。
「――!?」
私たちの目の前には、異形のモノがいた。
不格好に丸まった塊、のようなモノ。
直径2mほどの潰れた球体。
それには、たくさんの腕や足、そして頭が生えていた。
そして、その頭は苦悶の表情を浮かべ、呻いていた。
なんだ、これは――
頭が理解を拒絶する。
動悸が激しくなり、膝が震える。
これは、こんなものは――
私の中で、いろんな感情が激発する。
怒り、恐怖、憤り、悲しみ、憐れみ、憎しみ、絶望――それらがない交ぜになって、身体中に行き渡る。
こんなことがあってはいけない――
ガチリ、と私の中でなにかが切り替わる。
そして、私はその肉塊に苦無を投じていた。
着弾と同時に炸裂する≪炎≫。
燃え上がる肉塊から肉と脂の燃える匂いが漂ってくる。
飛び出した沙彩ちゃんが、剣を叩きつけた。
「うぐぉぁあああ!!!」
肉塊が吼える。
沙彩ちゃんが怯む。
その脇にリィシィちゃんの投じた槍が突き立ち、霓ちゃんの刀が腕や首を斬り落とす。
「≪縛鎖結界≫」
クレアちゃんの声とともに、魔力が広がり、私たちを包み込んだ。
そして、私たちはクレアちゃんの≪結界≫に取り込まれた。
「≪治癒陣≫」
雫ちゃんの澄んだ声が響き、≪縛鎖結界≫と同調、連結した。
じゃら、と音がして、一本の鎖が頭上から降ってくる。
鎖は肉塊の背後にいる「黒書」を持つ個体――「死鬼王」に絡みついた。
私はようやく、若干の冷静さを取り戻して、周囲を見て、把握した。
最奥にいるのが「死鬼王」、その前に、重装甲冑を着て、斧と盾で武装した人物がいる。
あとは、肉塊。
決戦の場にいるのは、ただこれだけだった。
いや、厳密に言えば今も<感知>に煩く引っかかる百足が数えるのもばからしいほどいるのだが。
私は、「死鬼王」を睨みつけた。
彼女は、ローブに杖を持った妙齢の女性だった。
白人系の顔立ちは美しいとさえ言えるだろう。
「お前が「黒書の欠片」の「死鬼王」か!?」
私は憎しみをぶつけるように叫んだ。
「そうよ。落ち着きなさいな、お嬢ちゃん」
明らかな挑発と頭の片隅ではわかっていても、目の前が真っ暗になる。
踏み出しかけた私を止めたのは、絢佳ちゃんだ。
彼女の小さな手が、私の肩にそっと載せられたのだ。
たったそれだけで、私は冷静さを再び取り戻すことができた。
「お嬢ちゃんが、「第五写本」ね?」
「だったらなに?」
とはいえ、吐き出す言葉は刺々しいものになってしまうのは、止められなかった。
「ここはまず、お互いに名乗る場面じゃないのかしら、と思ってね」
「そう思うなら、お前から名乗ればいい」
「そうね」
私とは逆に、彼女は至って冷静だった。
彼女を縛る鎖も、気にした風さえない。
それがさらに、私の神経を逆撫でする。
「わたしは、「死鬼王」のエマ・クショフレール。こう見えて「幽王」よ。と言っても、ただの「幽王」なんかじゃない。選ばれしものだけがなれる、「真魂幽王」よ」
聞いたことがなかった。
「魂のみを死鬼化させ、より深く<死霊術>に通じた「幽王」。それが、わたし」
私は、深呼吸をひとつした。
「私は、不解塚祝。「妖詩」で「姫騎士」の「魔王」。「第五写本」は私とともにあるけれど、私自身じゃない」
エマは、訝しげに小首を傾げた。
「「第五写本」の簒奪者で元「第十二写本」の部下なのでしょう? 違うの?」
彼女は、本気で困惑している風に見えた。
「元、とはなんです?」
私の横で、絢佳ちゃんが言った。
「元は元よ。わたしのご主人さまは、「第十二写本」に返り咲かれたのだから」
「――???」
どういうこと?
元って、今は違うっていうこと?
「では、今の「第十二写本」は誰なんです?」
「大悪魔のアブラクサスさまよ!」
胸を張って、エマが言った。
「どういうことだ!?」
叫んだのは、クレアちゃんだった。
「どうもこうもないわ。……ああ、知らなかったのね。あなたたちのボスがもう「第十二写本」ではないということを」
目眩に襲われ、私は膝をついてしまった。
リルハはもう、「第十二写本」ではない?
あの女は、「黒書」さえも切り捨てたということ?
「つまり、アブラクサスが元々の「第十二写本」で、リルハがそれを下剋上して、その後でアブラクサスが元の地位に就いた、ということです?」
「そういうことらしいわね」
「だったら、そのアブラクサスとやらをここへ呼べ!」
クレアちゃんが吼える。
「んー、お呼びしても来ていただけるかしら?」
そう言ってエマは沈黙した。
「あら? 声が届かないわね。ああ、この≪結界≫のせいかしら?」
エマは、そう言うと杖をとん、と床に突き下ろした。
すると、「渾沌の場」がエマを中心に広がる。
「……だめみたいね。お応えいただけないわ」
「あなたは、」
低く、しかしよく響く声がした。
沙彩ちゃんだ。
肉塊からすでに離れ、エマの方へと近づきながら、沙彩ちゃんが続けた。
「何故、こんなことをしたのですか?」
こんな、とは肉塊のことだろうことは確かめるまでもない。
「こんなことって?」
しかし、エマには通じなかったようだ。
「この、哀れなひとたちのことです」
「ああ、それ。ミートボールって名付けてみたの。いいでしょ?」
お気に入りのおもちゃを紹介するかのような物言い。
沙彩ちゃんが、静かに激昂したのが痛いほどわかった。
「何故、こんなことをしなければならなかったのですか!?」
だから、沙彩ちゃんは繰り返す。
「<死霊術>の探求のため。そして、死体を有効活用するため。それになにより、面白いからよ」
沙彩ちゃんは、一瞬で間合を詰めると、エマに剣を振り下ろした。
しかし、その剣は重装甲冑の男の盾によって阻まれる。
激しい金属音とともに、火花が散った。
私は、唇を噛みしめて、立ち上がり、言った。
言わなくてはならなかった。
私はパーティリーダーだから。
「沙彩ちゃん、待って」
沙彩ちゃんが振り返り、私に鋭い眼光を突きつけてきた。
燃え上がる瞳に圧し負けずに、私は続ける。
「もう少しだけ時間をちょうだい。こいつからは、もっと情報を引き出さないといけないの」
沙彩ちゃんの眼光にさらに力がこもる。
私は丹田に力を入れて、それを受け止めた。
沙彩ちゃんは、目を閉じると、血が出るほど唇を噛みしめ、剣を引いた。
「ありがとう」
私はエマに視線を戻す。
「そのひとも、犠牲者なんだよね?」
重装甲冑の男のことだ。
「ええ、そうよ」
「彼は、上位種吸血鬼みたいだけれど、お前には、それを創り出す力があるっていうことなんだよね?」
「もちろんよ。「血主」はまだ無理だけど、上位種なら問題ないわ」
「血主」とは、血脈の主たる吸血鬼のことだ。真祖とか血祖とも言う。
「お前がその、特別な「幽王」とやらになれたのは、「第十二写本」の――「黒書の欠片」のおかげ?」
「ええ、そうね」
「じゃあ、「第十二写本」は、すでにここに――<ミラムホーム>に来ているってことなのね?」
「当然でしょう?」
「私を直接、狙ってこないのはどうしてなの?」
「それは、アブラクサスさまのご指示だからよ」
「理由は?」
「伺ってないわ」
「「第十二写本」はいつからここに?」
「存じ上げないわね」
「この地で死気を広めたのはどうしてなんですか?」
絞り出すような声で、沙彩ちゃんが聞いた。
「それもご指示だからよ。ここで存分に<死霊術>を研究なさい、とわたしにご慈悲をくださったのよ」
沙彩ちゃんは、剣を床に叩きつけた。
剣先が、床に食い込んでいた。
「他の部下は? 「魔妖剣」のヘイズ=レイとかいう男もいたでしょう?」
私は、質問を続けた。
「あいつのことは元より知ってはいたけど、あいつを含めて他の部下と会ったことはないわね。興味もないわ」
「「監視者」のことは知っている?」
「「監視者」? さあ、聞いたこともないわ」
「アブラクサスの目的は?」
「この世界に、漆黒なる真の悪を広めるためよ。「黒書教団」だもの」
「じゃあ、最後の質問。リルハが今、どこでなにをしているか知っていることをぜんぶ話しなさい」
「わたしはなにも知らないわ。アブラクサスさまに直接お尋ねすることね」
「そう」
「――もう、いいですか?」
待ちわびたように、沙彩ちゃんが言った。
実際、そうなのだろうと思う。
だから私は言った。
「いいよ。やろう」
そして再び、戦いの火ぶたが切って落とされた。
註)ミートボールは、Vampire: the Masquerade の Vozhd のオマージュです





