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神殿跡

 緊張感を残したまま夜が明け、私たちはほっとして魔導車両から外に出た。

 そして朝食の前に水浴びをしようということになった。


 でも、朝に水浴び?

 と私が思っている間にどんどん準備が進んでいき、気がつけば私も裸にされていた。


 そしていつもどおりにみんなに身体を拭かれているときになって、私は気がついた。


「――!」


 恐る恐る見やれば、なんか仲間に入りたくてうずうずしてる感じの霓ちゃんがそこにいた。


 ――えっ!? このパターンは、もしかして……?


「ずるい。わたしもする」


 霓ちゃんはそう言うと、私たちに近づいてきた。


 しかし、


「だめですわ! これはハーレム専用ですのよ!」


 と、リィシィちゃんが言う。


「これって! ハーレム専用って!」


 だが、私の声は黙殺される。


「そだよー。したいなら霓ちゃんもハーレムに入ってねー」


 そう雫ちゃんが言うと、


「わかった。入る」


「早っ!?」


 即答だった。


「厭なの?」


 霓ちゃんが上目遣いに聞いてくる。


「いや、そうじゃないけど、ね、ほら、なんていうか、」


「祝はわたしのこと嫌い?」


「うっ、ううん、嫌いじゃないよ」


 この流れは、なんていうか、まずい。


「じゃあ、好き?」


「えっと、うー、どっちかって聞かれれば、うん、好きだけど」


「わたしも好き」


 ほらきたー!


「うっ、うん、ありがとう」


 霓ちゃんも美少女だし、性格もいいし、だめなところはないんだけど。

 いつもいつもこんな展開でいいんだろうか?


「はい、霓ちゃん! 祝ちゃんハーレムへようこそー!」


「雫ちゃん!?」


「じゃあ、わたしもやる」


 行動にいっさいの迷いがない霓ちゃんだった。


 トランジスタグラマーな霓ちゃんの胸が背中に押しつけられる。

 身長は少ししか違わないのに、どうしてこうも違うのか、とか一瞬でも考えてしまった。


 私も少しみんなに毒されてきたのかもしれない。

 いや、みんなのせいにするのはどうなんだろう?

 私も、元々えっちな性格だったのかもしれないんだし……。


 ちょっと自分に嫌気がさした。


 と、思った途端に、私はみんなに押し倒されてしまった。




「朝なのに……外なのに……」


 私が恥ずかしさに悶えていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

 見ると、絢佳ちゃんがサムズアップしていた。


「もうっ! 絢佳ちゃんったらっ!」


 私が叩く真似をすると、絢佳ちゃんにひょいっとよけられた。


「むぅー」


 私が頰を膨らませると、横からぺこっと指先で潰された。

 見やれば、犯人は霓ちゃんだった。


 そして、満面の笑顔で私のほっぺたをつんつんとつついてきた。

 そんな霓ちゃんの笑顔を見ていると、細かいことを気にしても仕方がない、という気がした。




 翌日、私たちは廃村の脇に魔導車両を駐めていた。

 周囲の農地も荒らされ、家々は半ば崩れ落ちている。

 もちろん、人の気配など微塵もない。


 それどころか、この辺りまでくると、そもそも生き物の気配というものがなくなっていた。

 雫ちゃんが言うには、土地が死んでいる、ということだった。

 無論これは、死気の影響だ。


 誰よりも早く車を降りた沙彩ちゃんは、跪いて祈りを捧げていた。

 穴を掘って埋め、路傍の石を建てただけのお墓がその前に並んでいる。

 それらが決して古いものではないことが、痛々しかった。


 私たちは手分けして村の捜索をおこなったが、手がかりになりそうなものは発見できなかった。

 ただ私たちは、一刻も早く「死鬼王」を討ち滅ぼし、この事件を解決しなければ、という思いを強くした。


 再び捜索のために魔導車両を発進させたが、誰もが後ろ髪を引かれる思いだった。




 そうして、さらに3日が過ぎた。


 昼前頃のことだった。

 徐さんから、≪通信≫が入ってきた。


{不解塚卿ですか? 徐です}


{はい。こちら、不解塚祝です}


{「死鬼王」の潜伏先、発見しました}


{!!! ほんとですか!?}


{はい。緊急で向かって頂きたく}


{了解です}


{では、現地情報を≪通信≫で送ります}


{お願いします}


 「死鬼王」発見の報――!


 私は運転していた魔導車両を停止させると、車内のみんなを振り返って言った。


「見つかったよ! 「死鬼王」の居場所!」


「「「!!!」」」


 みんなの顔に緊張と喜びが走る。


「どこですか!?」


 身を乗り出して、沙彩ちゃんが聞いてきた。

 私は≪通信≫で送られてきた情報を見る。


「えっと、ここから南南西に40kmくらいかな? そこに古い、崩れた神殿跡があって、そこにいるみたい」


「被害状況は?」


 と、クレアちゃん。


「聞いてみるね」


{祝です。被害状況とか、どうなんでしょうか?}


{徐です。被害は出ている模様です。詳しくは、現地で聞いてください}


「えっと、被害は出てるみたい。詳しくは現地でって」


 クレアちゃんは、表情を曇らせた。


「それは、被害が甚大ってことじゃないか?」


「かもしれませんね」


 そう言って、沙彩ちゃんが唇を噛みしめた。


 確かに、今ここで私たちに伝えないのはおかしい。

 クレアちゃんの言うとおりなのかもしれない。


「とにかく急ごう」


 私はそう言って、魔導車両を発車させた。

 今悩んでも仕方がない。とにかく急いで現地に到着することが最善だと思った。


「そうしよう」


 クレアちゃんも、そう言った。

 お通夜ムードの中、私は余計なことを考えないようにして運転に専念した。




 道なき道を踏破して、神殿跡の近くに到着したときには、すでに陽は暮れていた。

 少し離れたところに臨時キャンプが作られており、そこには多くの人たちがいた。


 辺りには濃厚な死気が立ちこめており、ここに長くいるだけで健康被害が出そうであった。

 そんな環境にあって、彼ら――「魔導騎士」や「魔導師」、傭兵や冒険者たちは闊達に動き回っていた。

 神殿跡の方向に柵を作り、篝火を炊いて周囲への警戒を強めている。


 私たちが魔導車両から降りると、すぐにひとりの「魔導騎士」が駆け寄ってきた。


「パーティ「黒百合」の方ですね?」


「そうです」


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。状況を説明いたします」


 そうして私たちは簡易テントの中に通された。

 そして、現在までの状況を聞かされた。




 それはまとめるとこういう話だった。


 パーティ「虎刹(こせつ)」と「ブルーレイド」が共同で捜索に当たっていた。

 3日前のことだ。

 この辺りで「虎刹」と「ブルーレイド」が別行動で捜索を開始し、「虎刹」からの連絡が途絶える。

 急いで「虎刹」の向かった辺りに来た「ブルーレイド」は神殿跡を発見するも、「虎刹」のメンバーは見当たらない。


 警戒した「ブルーレイド」は神殿跡そのものには近づかず、周囲を捜索するも人影はなし。

 「ブルーレイド」のリーダーは本部に連絡し、待機。

 その晩、下位種吸血鬼となった「虎刹」のメンバーと戦闘、撃退する。


 しかし、さらにアンデッドが大量に出てきて朝まで戦闘は続き、離脱者を出しつつ「ブルーレイド」は逃走。

 離れたところでキャンプを張り、本部からの増援を待つ。

 そして昨晩、「死鬼王」と思われる幽王(リッチ)が出現、ひとりだけが辛うじて逃げ切った。


 それから今朝、増援到着後、私のところに≪通信≫で連絡が入ったのである。


 結果、生き延びたのは、「ブルーレイド」所属の野伏(レンジャー)の若い男、マルチン・ヴラサークひとりだけという有り様だ。

 彼もその場にいたが、憔悴しきって声を掛けることも躊躇われる状態だった。




 惨憺たる状況だと言えるだろう。

 すでにここで10人が犠牲となり、そして、「死鬼王」の手駒となった可能性がある。

 うちひとりは撃退したが、他はまだ不明。


 一般に、吸血鬼になったものを生者に戻す手段はない。

 幽王の支配下にあるとなれば、なおさらである。


 私はマルチンさんのところに行くと、肩に手を置いて<癒勁>の≪精神治療≫をおこなった。

 マルチンさんは、すぐに落ち着きを取り戻し、私を見た。

 表情に生気が戻り、目にも活力が見られて、私はほっとした。


「あんた、あれ(・・)と戦うつもりなのか?」


「はい。戦って、そして勝ちます」


「そう、できればいいが。悪いが俺にはもうなにもできない」


「はい。どうかゆっくり休んでください」


「そうだな。もう、この稼業からも足を洗う……。一度、田舎に帰るのもいいかもしれないな」


「それもいいですね」


 私は、彼を臆病だとは思わない。

 幽王の恐怖のオーラにやられたのだ。

 無理もない。


 私は救護スタッフとともにテントを去るマルチンさんを、黙礼で見送った。


 その後、会議は紛糾した。

 私たちだけでいい、という私たちの主張と、そんなわけにはいかない、という軍部の主張とが平行線をたどったからである。


 彼らの言い分もわかる。わかるが、危険度が無視できないレベルなのだ。

 はいそうですか、と連れて行くわけにはいかない。

 これ以上、犠牲者を出せないのだ。


 すでに痛恨の表情をしている沙彩ちゃんのためにも。

 もちろん、犠牲となり得るそのひと自身のためにも。




 そして結論が出ないまま、全員が疲弊し始めた頃のことだった――


 カンカンカン、と鐘楼が鳴らされた。


 私たちは即座に立ち上がり、テントを出た。

 柵の向こう側、闇夜の中に篝火に照らされて、アンデッドらしき影が多数見える。


「≪索敵≫」


 様々な下級アンデッドがうじゃうじゃといた。

 しかしその中に<死勁>持ちはいない。

 私は急いでパーティにその情報を共有する。


{どうする? もう話し合ってる時間はないぞ}


{行こうよ、クレアちゃん。こうなったら待ってても仕方がないよ}


{こんな夜中に行くんですの?}


{行きましょう。これ以上の被害は看過できません}


{沙彩ちゃんの言うとおりだよ。行くしかないよ}


{わかった。行こう}


 すでにアンデッドたちは柵の目前にまで迫っていた。


「霓ちゃん、お願い!」


「任せて」


 私の声に淡々とした口調で応えると、霓ちゃんが大小を両手に構えた。


「≪颱鋭≫」


 そして、霓ちゃんの姿が霞む。

 次の瞬間には、きれいな円状にアンデッドが殲滅されていた。


「行くよ!」


 私は一気に飛び上がって柵を越えた。

 みんなも空中からついてくる。


 霓ちゃんはさらに≪颱鋭≫を重ねて、神殿跡の入り口へと道を作り出していた。

 飛んでいては追いつけないので、私はテレポートで霓ちゃんのところへと跳んだ(・・・)

 みんなも一拍遅れてテレポートしてくる。


 三度目の≪颱鋭≫で、神殿跡の黒々とした入り口前に霓ちゃんが到着していた。

 周囲のアンデッドも多くが駆逐されている。


 私たちも入り口前に到着して、陣形を組んだ。


「霓ちゃん、お疲れさま。すごいね」


「ふふふ」


 霓ちゃんは嬉しそうに笑った。


 しかし、ここは気を抜いてはいられない。

 私はみんなを見回すと、


「ここからが本番だよ。がんばろうね。そして、絶対に生きて帰るよ」


 みんなの真剣な眼差しがうなずいている。

 私はうなずき返すと、再び前を向いた。


 黒々とした入り口が地獄への穴のようにも感じる。


 なによりも、入り口から先を<感気>が捉えることができない。

 ≪結界≫が張ってあるのだ。

 しかし、躊躇っている場合ではすでにない。


「行こう」


 私たちは、足下の虫を踏みつけながら、神殿跡へと踏み込んでいった。

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