霓宮
部屋の中には、前回のメンバーに加えて、ふたりの男が立っていた。
見るからに「魔導師」と魔導騎士だ。
埜木司令は、私たちが部屋に入ってくるとすぐに立ち上がった。
「よく来てくれたねぇ。待っていたよ。まずは、こちらのふたりを紹介するね。特務隊「魔導師」徐啓と、傭兵隊魔導騎士篠岡鵬二卿だ」
「「姫騎士」不解塚祝です。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、ふたりも揃って頭を下げた。
ふたりとも、壮年の混血の男性で、いかにも実戦経験豊富な感じだ。
「さて、みんな座ってくれ」
全員が着席したのを確認して、埜木司令は、
「作戦会議の結果を伝える」
みんなの顔を見回しながらそう言った。
「結局のところ、「死鬼王」の「黒書の欠片」は、君たち「黒百合」のメンバーに一任することになった。我々じゃあ倒すどころか、相手に取り込まれかねないというのが一番の理由だ」
私はその言葉にうなずいた。
アンデッドの支配、「黒書」の汚染、どちらも深刻な事態を招く。
「とはいえ、まだ相手の潜伏先を見つけられていない現状、君たちにも、他のメンバーと同様の索敵任務に就いてもらう。とにかく周辺を探し回って、アンデッドを倒すという泥臭い任務なんだが、構わないね?」
口調は軽いが、それが決定事項で断ることはできないということがわかる。
「はい。もちろんです」
「よろしい」
埜木司令はうなずくと、机の上に広げられた地図を指さした。
「ここが鬼霪砦だ。そして、この先、」
そう言って、湾に沿って指先を南東に移動させていき、
「この辺りに、第26駐屯キャンプがある」
鬼霪砦と海岸線との中間辺り――100kmほど先で、指を止めた。
「第26駐屯キャンプは橋頭堡として簡易だが城砦化されている。そしてここが、最前線だ」
私がうなずくと、
「徐と篠岡のふたりと一緒に、ここまで出向いてくれ。そして、そこにふたりを残して、その先での索敵任務となる。いいかな?」
「そこが最前線である根拠を教えていただけますか?」
クレアちゃんが問いかけた。
「西にも最前線はあるけど、海王領との国境線までの間にそれほど大きな被害が見られていない。逆に南方は被害が大きい。根拠と言えば、それが根拠かな」
「わかりました」
クレアちゃんがうなずく一方で、沙彩ちゃんがさらに問いかける。
「被害というのはどの程度のものでしょうか?」
「甚大だね」
返ってきた言葉に、沙彩ちゃんが眉根をひそめる。
「土地も、住民も、軍人も、なにもかもがだ」
「その先に、「死鬼王」が潜んでいると考えてらっしゃいますのね?」
リィシィちゃんが地図を睨みながら言った。
「そうなるねぇ」
私はみんなの顔を見た。
みんな、表情は引き締まっているが、絶望に落ちてはいない。
「わかりました」
私が言うと、埜木司令は、
「かなり危険で過酷な任務になると思うけど、大丈夫かい?」
と、問うてきた。
「問題ありません」
「まぁ、自信があろうがなかろうが、やってもらうしかないんだけど、そこまで言い切れるんだから、任せようかね」
埜木司令は、おどけて肩をすくめて見せた。
「頼むよ」
「はい。頑張ります」
私は埜木司令と握手を交わした。
「じゃあ、徐、篠岡卿、この子たちのこと頼むよ」
「承知いたしました」
「お任せあれ」
ふたりは恭しく埜木司令に礼をした。
それから私たちは連れだってギルドを出た。
そして篠岡さんの案内で、とあるレストランに行った。
彼の行きつけの店だということだ。
その店の奥にある個室へと通される。
各自お茶などを頼み、それらが運ばれてきたところで、篠岡さんが言った。
「さて。まずは改めて自己紹介させていただきたいと思います。私は篠岡鵬二。傭兵隊所属の魔導騎士で「光輪」「武晟」です」
次いで、徐さんが言った。
「私は特務隊所属の「魔導師」で、徐啓といいます。「神音人」でもあり、「聖印」フィアスに仕えています」
「神音人」とは、天神教の<神性魔術>の称号だ。
鬼霪は穢れ地であると同時に天神教の聖地でもあるので、信者や神官は多いのだろう。
「よろしくお願いします」
私の挨拶に、ふたりはうなずいた。
「第26駐屯キャンプまでは、ご一緒させていただきます。その後、私たちはキャンプに残り、≪通信≫で連絡し合うことになります。みなさん以外の捜索隊が「死鬼王」を発見した場合など、すぐにご連絡します。おおむねそんな感じですが、なにかご質問はございますか?」
「他の捜索隊と言ったが、どの程度の規模なんだ?」
クレアちゃんが聞く。
「特務、傭兵隊、冒険者、合わせて50ほどの部隊になります」
「それで、私たちの進路などは決まっているのか?」
「特に決まってはおりませんが、それほど寄り道せずに直進していただければと思います」
「理由は?」
「みなさんが捜索を始める基点までは、既に捜索済みであるからです」
「わかった」
私もクレアちゃんとおなじくうなずいた。
「では、あたしからも質問させてください」
沙彩ちゃんだ。
「途上やその近辺の住民に、被害はどの程度出ていますか?」
それに答えたのは、徐さんだ。
「死気で作物が不作になっていたり、病気がちなものが増えたりといった、間接的なものがほとんどです」
「そうですか。では、その更に先について、なにか情報は入っていますか? 或いは、連絡が途絶えているとか」
「連絡はほぼ途絶えていると考えてください」
「なんですって!?」
沙彩ちゃんが立ち上がった。
「落ち着いてください。連絡がつかなくなっているのは、鬼霪近くの全域なのですが、これはよくあることでもあるのです」
「ああ、霪ですか」
「そうです」
ふたりの間には共通理解があるようだったが、私にはわからない。
「あの、それって、どういう意味ですか?」
「霪には、魔法を阻害するやっかいな性質があるんです。他にも魔力の集中を増加させたりなど、鬼霪に近づけば近づくほど、魔法が使えなくなるんです」
「そうなんですか」
「雨が強まれば、それだけその力も増えますし、弱まれば逆に使いやすくなります。ですから、あまり鬼霪の近くにはひとは住まないのです」
「だからこそ、そこに「死鬼王」が潜んでいるかもしれないということですか?」
「あり得るでしょう」
「あの、でもそれじゃあ、≪通信≫もできなくなってしまうんじゃないですか?」
「はい。しかし、それ以外に方法がありませんから」
私は、なんとも言えない不安を覚えた。
直面するであろう事態そのものもそうだが、この作戦自体、なにかあるんじゃないだろうか?
「≪通信≫は確立できるようにしてみよう」
と、クレアちゃんが言った。
すかさず≪通信≫が入る。
{<光魔勁>で≪通信≫の「柱」を作れば大丈夫じゃないか?}
{やってみる価値はあると思います}
沙彩ちゃんもそう言った。
{そっか。そういう手段があるね}
「どのような方法で?」
興味深げに、徐さんが聞いてくる。
「それは、私たちの秘密ということで」
「待ってください。そんな重要なことを秘密にされる理由はあるのですか?」
篠岡さんが食いついてきた。
「私たちには、秘密の力がある。そしてそれは、魔導皇聖下により箝口令が敷かれている。そういうことだ」
クレアちゃんの言葉に、ふたりは沈黙した。
「とにかく、それで納得してくれ」
「わ、わかりました」
「はい」
ふたりは緊張した面持ちでそう言った。
「≪通信≫は、私と祝、それにそちらのふたりの4人で構成していいのかな?」
「はい。それで構いません」
「祝、やってくれるか?」
「うん」
私は使っていない<光魔勁>の力をひとつ割いて「柱」とし、4人の≪通信≫ネットワークを作成した。
「発動を一瞬で?」
驚きに目を瞠る徐さんの言葉に、私は失態に気づいた。
が、時すでに遅しである。
私は聞かなかったことにして、なにも言わなかった。
「他にはなにかあるかな?」
と、クレアちゃんが話題を変えると、
「はい。出発は明朝すぐにお願いします。第26駐屯キャンプまでは、魔導車両でしたら2日で着くと思います。ですが、キャンプ地よりはここの方が物資もありますから、事前に用意できるかぎりのものは積み込んでいくことをお勧めします」
篠岡さんが律儀に答えてくれた。
「ふむ。それじゃあ、買い出しに行くか?」
クレアちゃんが私の方を向いて言うと、
「ああ、まずは軍の支給品を受け取ってください。それで足りない分についてのみ補充すれば大丈夫ですので」
「なるほど。至れり尽くせりってわけだ」
魔導車両を使わせてもらっていることもあるし、随分と特別待遇のようだ。
それだけ私たちに「死鬼王」討伐の期待がかかっているのではあるだろうが、なにか裏があるような気がしてならない。
気にしすぎだろうか?
それから私たちは軍の倉庫で支給品の食料や医療品などを受け取って、魔導車両に積み込んだ。
そして、一端宿に戻った。
私はそこで、先ほどからの漠然とした不安感について聞いてみた。
「私たちのなにか尻尾でもいいから掴みたいというのが透けて見えるのは確かだな」
と、クレアちゃんが言う。
「それは叛乱勢力の一派ですの?」
リィシィちゃんの問いに、
「それもあるだろうし、また別に、聖下との確執のある魔導騎士やら貴族やらが蠢いているようにも感じるな」
「政治ってやつか」
セラちゃんが、投げやりに言った。
「そうだな。そういう類のものだな」
クレアちゃんが肩をすくめる。
「「死鬼王」を「姫騎士」が倒してみろ、民衆の心は確実に聖下に傾くだろう。それを快く思わないものは少なくないってことだな。それに、武勲を魔導騎士、というか特務で挙げたいというのがあるのも確かだろう」
「特務の面子ということですわね」
「そうだな」
「武勲で言ったら、冒険者だってそうじゃないのか?」
セラちゃんが聞いた。
「まあ、冒険者がそう思っているかどうかは、国にとってはあまり重要じゃないな。もし別のパーティが武勲を挙げたなら、改めてそいつらを取り込めばいいんだし」
「そういうものか」
クレアちゃんは、黙ってうなずいた。
「じゃあ、そんなに気にしなくてもいいっていうこと?」
「というよりは、気にしてもはじまらないって感じだな」
「同感です」
とは沙彩ちゃんだ。
「「杜番」に手柄を持って行かれては堪らない。そういうことは、昔からよくあったことですから」
「そうなんだ」
「ま、キャンプ地まで大人しくやって、そこから先は全力で行こう」
「そうですね」
「うん、わかった」
聞いてみてよかった。
考えても仕方のないことというのは確かにあるだろうし、聞いた感じでは今回のことはまさにそれだったからだ。
適当に物資の購入を済ませた後は、夕食をいっぱい食べて、早めに部屋に戻った。
そしてその晩、久々にみんなにもみくちゃにされてしまった……。
翌朝、鬼霪砦の門の外で徐さんと篠岡さんを待っていたときのことだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、見覚えのある人物がそこにいた。
ケペク市の冒険者ギルドで見た、金眼の神秘的な女の子だった。
袴姿に大小を差し、薙刀を手にしてしずしずと歩いてくる。
身長はさほど高くないが、姫カットの黒髪が緩やかに揺れるさまはお姫さまのようだった。
彼女は魔導車両に近づいてくると、まっすぐに私の前に立った。
「えっと、あの、なにかご用ですか?」
私が言うと、彼女は少し考え込む風をしてから口を開いた。
「わたしは、霓宮。あなたたちから、特にあなたから強烈な魔力を感じる」
急にそんなことを言われて、私はうろたえてしまう。
「え? えっと、それって、」
「いったい、それはどんな力なの? それは、もしかして、」
そこで、クレアちゃんが彼女の口を手で塞いだ。
「おっと。あまり余計なことを喋らないでもらおうか」
霓宮さんはむっとしてクレアちゃんの手を払った。
「なにか問題でも?」
「あるな。特にこんな人通りの多いところではな」
言われて、霓宮さんは周囲を見渡した。
はっきり言って、私たちは目立つ。
なので先ほどから多くの視線が集まっていた。
そこへ謎の美少女が出現したのだから、足を止めてこちらを見つめているものも多かった。
「わかった。悪かった」
私たちは、魔導車両に乗り込んだ。
「わかってくれればそれでいいんだが、それで用件は?」
「その、あなたたちの力が気になった。それから、それがわたしにとっても縁のあるものだとわかった。だから聞いた」
ぶっきらぼうな喋り口なことに加えて、言っていることも説明不足だった。
それはクレアちゃんも同様だったようだ。
「もっとわかるように言ってくれないか?」
しかし、霓宮さんは首をかしげる。
「縁故、因縁、そういうものを視る力が、わたしの眼にはある。魔眼」
そう言って、自分の瞳を指さした。
「ふむ。なにかお告げとか夢とかで来たってわけじゃないのか?」
彼女は首を振った。
「そういうのではない」
そして、私を見て、
「わたしは特にあなたとなにか浅からぬ縁がある。わたしは「七道衆」の「陰陽師」でもあるから、≪見呪≫が使える。そちらでも特別な反応がある。そちらも気になった」
「気になるというのは?」
「強い呪詛と魔性、そういう反応がある。わたしが祓えるものなら、なんとかしたいと思った」
「呪詛?」
私は鸚鵡返しに聞いていた。
霓宮さんは黙って首肯した。
「とても強い呪詛。それがあなたの魂に深く根を下ろし、強く絡みついている」
私はぞっとした。
なに、それ――?
私が、呪われているってこと?
それとも、<黒勁>のこと?
今まで、私たちのパーティには、呪詛の専門家はいなかった。
だから気づかなかったということだろうか?
「詳しい話を聞かせてもらえますか?」
紗彩ちゃんの問いかけに、霓宮さんはうなずいた。
「祝が呪詛にかけられているということなのか?」
早速、クレアちゃんが言った。
「それはまだわからない。調べてみないと」
「頼めるか?」
霓宮さんはうなずいたが、
「≪式占≫をするのに、何時間かかかる」
と言った。
「それは難しいな。もうすぐ私たちは出発しなくてはならないんだ」
「わたしもついていく」
霓宮さんは、事も無げにそう言った。
「そう言われてもな。どうする?」
「私は、気になる」
「だよなぁ」
「ついて行ってはだめ?」
霓宮さんが聞く。
「あのね、私たちはこれから、「死鬼王」を捜して倒しに行くの。だから、危険なんだ」
私が説明すると、
「わたしも弱くない。「陰陽師」だし、「傀儕三剣」すべての皆伝」
「傀儕三剣」とは、<傀真流>、<傀隠流>、<傀珠流>の三流派を指す。
そのすべての皆伝ということは相当な実力になるだろう。
「それは、確かに強いな」
クレアちゃんが言うと、霓宮さんは自慢気にうなずいた。
「うん。だから、邪魔にはならない」
「でもなぁ」
というクレアちゃんに、
「とりあえず、駐屯キャンプまでご一緒してもらったらいいんじゃありませんの?」
とリィシィちゃんが言った。
「では、その間に≪式占≫してもらいますか?」
紗彩ちゃんがそう言うと、霓宮さんはうなずいた。
「それでいいかな?」
私はみんなの顔を見た。
反対はいなかった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
私が言うと、
「こちらこそ」
と霓宮さんは丁寧な礼を返してきた。
間もなく徐さんと篠岡さんが来て、さして揉めることもなく、私たちは出発した。
最初は徐さんの運転だ。
私は車内で霓宮さんの≪式占≫をじっと待った。
お昼の休憩前に≪式占≫はやっと終わった。
霓宮さんは、難しい顔をして言った。
「微妙。呪われているとも言えるし、魂が呪詛の力を持っているとも言える。因果はあなた自身に発している。ただひとつ確かなのは、現状のままでいることが、凶であるということ」
「えっと、じゃあどうしたらいいのかな?」
霓宮さんは、私をじっと見て、
「あなたの力は、呪詛に関するもの?」
と聞いてきた。
「うーん。そういう側面もありそうな力は、持っているかな?」
「それはどんな力?」
「それは、言えないんだ。ごめんね」
篠岡さんが聞き耳を立てているので、とは言えなかった。
「それを祓ってみてもいい?」
「それは、たぶんだけど、無理だと思う。すごく強力な力だから」
「やるだけやってみたい」
霓宮さんは、結構頑固な性質らしい。
「えっと、祓えなかった場合、なにかまずいことが起きたりする?」
「しない、と思う」
「確証はないんだ」
「うん」
「うーん。じゃあやめておいた方がいいと思う」
「むう」
口を尖らせて霓宮さんは不満げだった。
しかし、こと「黒書」に関しては、慎重すぎるくらいでちょうどいいと思うので、認めることはできなかった。
そこに篠岡さんが口を挟んできた。
「あなたたちは、いったいどんな力を持っているんですか? そんなに危険な力なんですか?」
非常に答えにくいことをずばりと聞かれてしまった。
私が焦っていると、
「あまり首を突っ込みすぎると、怪我では済まなくなるぞ」
とクレアちゃんが言った。
篠岡さんはそれを聞いて、黙り込んでしまった。
気まずい。
そして、気まずい空気を払拭できないまま、私たちはお昼休憩を済ませて、出発した。





