「タロット」
「なんでしょうか?」
私が問うと、ラトエンさまが絢佳ちゃんの方を向いて言った。
「不解塚卿の話では、君は「タロット」という力を有しているらしいな?」
「はいです」
「その力について、私たちに教えてくれるだろうか?」
そう言ったラトエンさまの表情は、真剣そのものだった。
「話せることは限られているですけど」
「もちろん、話せる範囲に限ってのことで構わない。私たちはほとんどなにも知らないのだ」
「わかったです」
絢佳ちゃんは、うなずいて返した。
そして、絢佳ちゃんは右手の指を二本立てて、そこに一枚のカードを顕現させた。
「これがわたくしの「タロット」、「女帝」です」
細長いカードには女帝らしき人物が玉座に座る絵が描かれている。
そのカードからは、異様とも思えるほどの力を感じた。
「<大千世界>最強の21枚、そのうちの一枚です」
まさに最強の力なのだろう、圧力を感じさせるほどのオーラを放っている。
「すごい」
私は思わず呟いていた。
「確かにこれは、すごいな」
「「妖書」の力の比ではありませんね」
聖下とラトエンさまも驚いているようだった。
絢佳ちゃんは満足げにうなずいてから、カードを消した。
不思議と、どこかほっとしてしまう私がいた。
個人として対峙するには、あまりにも圧倒的すぎた。
安易に近づいたり、興味を抱いてはいけない、そういうものだと本能が警告していた。
今までそれをいっさい感じさせなかったということは、絢佳ちゃんは「タロット」の力を抑えていたのかもしれない。
「さて、なにから話しますですか」
絢佳ちゃんはそう独りごちてから、「タロット」というものについて語ってくれた。
まず、前提として「タロットカード」というものは、<ミラムホーム>とおなじように、<大千世界>でも、占いや魔術の触媒などとして一般的に知られているものだ。
しかしそれを力として――<勁力>として会得できるというのが、絢佳ちゃんの言う「タロット」である。
細かく言うと、そのうちの「大アルカナ」がそのような形で存在している。「小アルカナ」はそういう形では存在していないらしい。
そして、「タロット」を会得したもののことを「アルカナ」と呼ぶ。
そのうち、「愚者」はそういう風には会得できない、ひとつのワイルドカードのようなものであると伝えられている。
「「彼方」よりの運命を背負いしものたち」が自らを奮い立たせ、成長して「アルカナ」の地位にまで至る力の象徴なのだと。
「彼方」とはなにか、それはわからないそうだ。
「愚者」を除く、21枚に相応して、「タロット」とその「アルカナ」が存在しているらしい。
とはいえ、空位の「タロット」があることも多く、また誰が「アルカナ」になっているのかはわからないことも多いという。
「タロット」で得られる<勁力>を、<真秘勁:(タロット名)>と称する。
基本能力は共通だが、追加能力はそれぞれの「タロット」に応じたものになっている。
そして、<真秘勁>は21LVで会得し、成長させることはできない。
そういう力なのだという。
また、「アルカナ」は基本的にひとりで即位するものだが、少数のグループでなることもあるらしい。
自ら進んで退位や譲位することはできるが、一度「アルカナ」であったものが退位すると二度と「アルカナ」にはなれない。
「アルカナ」は、<大千世界>全体の大きな運命に関わる宿命を帯びる。
逆に、退位するとそういったものからは遠ざけられる。
それから、「アルカナ」になるためには、そのための「クエスト」を果たす必要がある。
それは自ら探索することもあれば、他者から与えられることもあるのだという。
絢佳ちゃんは、後者だったらしい。
他者からという話があるが、「アルカナ」になるためには、そもそも候補者自身が既にある程度以上の魂の強さを持っていることが前提となる。
「タロット」は、強すぎる力なのだ。
そのため、適当な他者を無理矢理に「アルカナ」にするということはできないのだという。
同様に、<真秘勁>を他者に分け与えたり預けたりといったこともできない。
アーティファクトや<個人本性>というものを通して、ワンクッション置いてしかそれはできないらしい。
良くも悪くも、強すぎるが故に、その扱いは難しいのだ。
そして、絢佳ちゃんが知る、今現在の「アルカナ」の存在――
「祭司」:ニャルラトテップ
「恋人たち」:「魔女王」麟
「戦車」:「狂皇」ティリ=ヴェス
「隠者」:「魔勁皇」ケディ=セミネス=レイバック
「運命の輪」:「鳳凰」不死鳥
「死神」:「無限の龍」ウロボロス
「塔」:アザトース
「太陽」:「畢竟神」ゼロ
このうち、ニャルラトテップのことはあまり知られていないとのことだった。
ただ、「タロット」について知っているような一部のものからは、既に予測されていることでもあるという。
その他のものは、「タロット」について知っているものなら、そのものが「アルカナ」であることは知られているらしい。
他の「タロット」については、空位であるのか、あるいは誰かが「アルカナ」であるのかも、絢佳ちゃんは知らないという。
絢佳ちゃんを含めても、半分以下しかわかっていないということになる。
ただ、「第四写本」はいずれかの「アルカナ」である可能性が高いと、ニャルラトテップが言っていたらしい。
同様に、「黒書原本」もまた、「アルカナ」であることは間違いないということだ。
ちなみに絢佳ちゃんは、最も新しい「アルカナ」であり、またニャルラトテップの意もあって、大々的に公表したため、「タロット」について知らないようなものにも、広く知れ渡っているとのことだ。
何故そんなことをしたのかについては、それが神意だから、という回答だった。
ふつうは、「アルカナ」に即位してもそのことを吹聴するようなことはされない。
秘密にしなければならないという制約があるわけでもないらしいが。
絢佳ちゃんの話が一通り終わったところで、最初に聖下が言われたのが、
「ティリ=ヴェスと言いましたか?」
だった。
「言ったですけど、ご存じなんです?」
「ただ、ティリ=ヴェスという名を知っているだけで確証はないのですが、どんな人物か知っていますか?」
「確か、わたくしの次ぎに新しい「アルカナ」で、バトルアクスを持った武人、だったはずです」
それを聞いて、聖下とラトエンさまが顔を見合わせた。
私は、ティリ=ヴェスという名前を≪検索≫してみた。
ティリ=ヴェス・フェウラ、後にティリ=ヴェス
第二紀に「邪玄士」のひとりとして「宝剣」を揮い、大虐殺をおこなったトート人の戦士。
第二紀末の戦いでティグナに討たれ、「魔玄神」を裏切る。
後に、フェウラの姓を捨て、「死」の力を揮う<死霊剣>の開祖として現われる。
そして、第四紀の「英雄の戦い」のさいにティグナと再戦するも敗退、以後消息不明。
私は、≪検索≫結果を絢佳ちゃんに教えてあげた。
「するとなんです? その後、<大千世界>に出て、「アルカナ」にまで上り詰めたというんです?」
「筋は通ってる気がするよね」
私が言うと、
「でも、<ミラムホーム>からは既にレイバック卿という人物が「アルカナ」になっているです。さらにもうひとりが「アルカナ」になったというんです? そんなの、あり得ないです」
と、絢佳ちゃんは言ったが、その目は既にそのことを受け入れていた。
「可能性は高いのではないかと、思います」
聖下の言葉に、絢佳ちゃんは難しい顔をした。
「それから、第四紀の「英雄の戦い」のさいには、「タロット」のような力が使われたと聞く」
ラトエンさまがそう言うと、
「まさか! それこそあり得ないです!」
「しかし、「魔帝」花房陛下は、「皇帝」の位に就いたと後におっしゃっておいででした」
「――!?」
絢佳ちゃんは、目を見開いて絶句する。
「その力をもたらしたのは、「運命の担い手」藤原景だとも聞いています」
聖下が補足すると、絢佳ちゃんは腕を組んで考え込みはじめた。
また、その名前――
私は藤原景という名前を聞いて、ひとり身を震わせていた。
どうしてか、その名前に私は恐怖してしまう。
いや、嫌悪しているのだろうか?
得体の知れない不気味さを感じざるを得ないのだ。
そして、こうも思う。
私はきっと、いつかその人に会うのだろう、と。
「「運命の担い手」ならばあるいは……? いやでもしかしです。ほんとうにそんなことが、です?」
絢佳ちゃんは、頭を抱えながらぶつぶつ言っていた。
私は、絢佳ちゃんにしては珍しい反応だな、と呑気に考えていた。
「ううーむ、です」
しかし、絢佳ちゃんはついに床の上をごろごろ転がり始めたので、
「あ、絢佳ちゃん、大丈夫?」
私は声を掛けた。
絢佳ちゃんはぱっと私に顔を向けると、立ち上がった。
「失礼したです。取り乱してしまったです」
「う、ううん。それは、いいんだけど」
「確かに「運命の担い手」なら、「タロット」のシステムの「写し」のようなものを擬似的に作ることは可能だと思うです。でもそんなことをしたら、「運命の担い手」自身もただでは済まないです。そこまでする必要があるんです?」
絢佳ちゃんの疑問に聖下が答えた。
「「英雄の戦い」は、<ミラムホーム>存亡の危機だったと聞きます。それならばあり得るのではないでしょうか?」
「ふむ。それなら確かにあり得るです」
絢佳ちゃんが、うむうむとうなずく。
「それに、あの戦いで藤原景は一度、命を落としました」
「えっ、じゃあ、復活したっていうことですか?」
私の疑問には、
「復活というより、転生だな。「運命の担い手」として一度覚醒してしまうと、同じ人格を持って生まれ変わる運命になるそうだ」
と、ラトエンさまが答えてくれた。
「なるほどです。ならば、きっとそういうことなのでしょう」
絢佳ちゃんも、納得したようだった。
「しかし、本当に<ミラムホーム>は規格外です。おなじ<ホーム>からふたりも「アルカナ」が出るなんて聞いたことがないです」
私は、なんとなく思っていたことを言ってみた。
「ねぇ、絢佳ちゃん。「妖書」なんてものを創り出すほどの力を求めていたり、「黒書」を私に貼り付けてみたりとか、そんなことができるリルハも、「アルカナ」になっているという可能性はないのかな?」
「――!?」
絢佳ちゃんは、愕然とした顔つきで私を見つめて固まった。
「絢佳、ちゃん?」
問いかけるも、絢佳ちゃんは微動だにしない。
そして、
「うわああああああですうううううう!!!」
「ひっ」
絢佳ちゃんが急に大声をあげたので、びっくりしてしまった。
絢佳ちゃんは、再び頭を抱えて床の上を転がり出していた。
私はなんとなく気まずくなって目を逸らして、聖下とラトエンさまの方を見た。
ふたりとも困惑していた。
すると、絢佳ちゃんはばたっと立ち上がった。
「わたくしとしたことが、です!」
そして、そんなことを大声で言いながら私を見た。
「わたくしとしたことが、そんな簡単なことを見落とすとは、情けないかぎりです!」
「そ、そうかな?」
「そうです。確かにそれだけのことを成し遂げるためには、「タロット」ありきと考えるべきだったです。それに、力のために「黒書」に手を染め、下剋上を果たして「写本」にまでなるような人物ならば、その先を見据えてもおかしくはないというより、むしろ自明の理です」
「それは、そうかも」
「そして、そこまで成し得る器ならば、「アルカナ」になっていてもおかしくはないです」
「そうなんだ」
「そうです。それに、ニャルラトテップ様からの命も、リルハが「アルカナ」であるならばおなじく「アルカナ」であるわたくしを派遣したことにも説得力が増すです」
「ああ、それはなんとなくわかるかな」
正直、絢佳ちゃんは私たちより飛び抜けた力の持ち主だ。
私のことに関与するのは役不足な感じもしていたのだ。
しかし、私の創造主が「アルカナ」であるなら、話は違ってくるだろう。
「どう思いますか?」
私は、聖下とラトエンさまに尋ねてみた。
「可能性はあるだろうな」
「はい。わたくしもそう思います」
ふたりの言葉に、絢佳ちゃんもうなずいた。
「そうです。そのとおりなのです。可能性があるなら、そうであることも考慮して行動しなくてはならないです」
「考慮して行動?」
私が首をかしげていると、
「はいです。少なくともわたくしは、リルハと敵対する可能性があるということです」
「えっ、どうして?」
「わたくしはニャルラトテップ様の「執行人」です。そして「執行人」は武力にて神命を代行するものなのです。そのわたくしが派遣されてきた以上、武力が必要となるのだと考えるべきなのです」
「その相手が、リルハ?」
絢佳ちゃんがうなずく。
「もちろん、わたくしは祝ちゃんとは敵対しないです。でも、それとは別にリルハとは敵対する可能性があり得るです」
「そう、なのかな?」
「少なくとも、想定して備えるくらいはしておくべきです」
「そっか」
私はうなずいた。
絢佳ちゃんが言うのだから、きっとそうなのだろう。
「それにしても、です。<ミラムホーム>はほんとうになんなんです? 異常を通り越してあり得ないです。これでは<バベルホーム>か、下手したらそれ以上の……」
絢佳ちゃんはそこまで言って、考え込むように言葉を切った。
「ふむ。<バベルホーム>が<大千世界>の中心だとしたら、<ミラムホーム>は<大千世界>の縮図、という感じかもです」
「縮図」
私が鸚鵡返しに繰り返すと、
「はいです。<大千世界>のいろんな要素が詰まっている、そんな感じがするです」
「そうなんだ」
私には、外の<世界>がわからないので、なんとも言いようがない。
「<ミラムホーム>自体に、なにか大きな謎というか、そういうものがあるのかもしれないです。だからこそ、わたくしが派遣されてきたです?」
そう言ったきり、絢佳ちゃんは黙考しはじめてしまった。
私は聖下とラトエンさまに視線を向けて、
「ここは、そんなにすごい<世界>なんでしょうか?」
と問いかけてみた。
「わからないな」
「ええ。ここに籠もっているわたくしたちには」
聖下はそう言って首を振った。
「そう、ですよね」
私たちには、ことの重大さを認識することができないのだ。
「でも、そういうことも含めて、リルハが世界法則を変えさせようとしていた、ということはあり得るでしょうか?」
「あり得るでしょうね、それは」
ため息とともに聖下が言う。
「なにか大きな陰謀があるのかもしれません」
「気を引き締めねばならないな」
ふたりの言葉に、私もうなずいた。
これは、帰ったらみんなとも話し合わなければならないだろう。
「あの、他になにか、お話はありますか?」
そう思うと私は早く帰りたくなってきたので、そう聞いてみた。
「今のところはありません。わたくしたちとしても、今の話も含めてよく考えて、調査してみないとなりませんしね」
「わかりました。えっとじゃあ、さっき言っていた≪結界≫を張ってみますね」
「お願いします」
聖下の言葉にうなずいて返し、私は「妖書」を手に考えてみる。
すると、今まで素通りして覚えていなかったであろう能力が見つかった。
≪ジャンプ≫と≪ジャンプ対抗≫能力だ。
これを込めて、<龍姫理法>で≪結界≫を張ればいいのだろう。
私はこれを説明してから、≪結界≫を張る。
そのさい、ラトエンさまに≪結界≫の「柱」を担ってもらうことになった。
「柱」を設定すれば、それをまず破壊するなりしないと≪魔術≫を消したり無効化することができなくなるのだ。
そうして一仕事終えたところで、私は絢佳ちゃんが復帰しているのを確認した。
「とりあえず、今できることはないです。無駄に考えるのはやめることにしたです」
とは、すっきりした表情をした絢佳ちゃんの言葉だ。
実に絢佳ちゃんらしいと思って、私は笑いながらうなずいた。
そして、聖下とラトエンさまに挨拶して、私たちは鬼霪砦に戻った。
場所は砦の前、私が最後に見たところだ。
そこから人混みの中を絢佳ちゃんと手を繋いで歩く。
≪通信≫でクレアちゃんに連絡を入れると、冒険者ギルドまで来て欲しいとのことだった。
私たちは、砦の門をくぐり、冒険者ギルドを目指した。
タロットは、ウェイト=スミス版を元にしています
あくまでもイメージソースであって、現実のタロットと斉同ではないことをご承知おきくださると幸いです
ティリ=ヴェスの武器をウォーハマーからバトルアクスに変更しました





