墳墓の戦い
丘陵地帯に入った翌日、出発してから4日目の夕方――
ちょうど陽が落ちた頃、私は死鬼の反応を感知した。
「アンデッドだよ!」
私は運転していたクレアちゃんに叫んだ。
「ああ、私も感知した」
振り返れば、狭い車内で、みんなもうなずいている。
すぐに私たちはハッチを開けて、外に出た。
墳墓を前にしての遭遇戦である。
私たちには、やり過ごすとか逃げるという選択肢はない。
サーチ&デストロイだ。
各自、武装を整えると、視界にアンデッドが現われてきた。
「≪索敵≫」
私は冷静に感知をおこない、敵の正体と位置を明らかにする。
それをすかさず、≪通信≫でみんなに送る。
アンデッドはすでに半円状に広がっており、私たちを目指して近寄ってきていた。
ほとんどはスケルトンやゾンビといった下位アンデッドである。
しかし、幽鬼が2体、レイスが2体、スケルトンウォーリア-が4体にスケルトンメイジが1体いた。
スケルトンやゾンビの数は、全部で30は越えている。
「なんだよこの数」
クレアちゃんがぼやく。
「幽鬼が20以上としか言っていませんでしたからね」
「スケルトンなんかは数に入れてませんでしたのね」
沙彩ちゃんが冷静に言い、リィシィちゃんも怒気を孕ませつつ言い捨てた。
「とにかくやろう」
私が言うと、応と小気味よい返事が来る。
「≪調伏≫!」
私の魔法発動の声を合図に、全員で前に出た。
抵抗を打ち破って≪調伏≫で消滅させることができたのが13体いて、まずまずの成果だと思われた。
ただ、いずれもがスケルトンやゾンビである。
すぐに、雫ちゃんの魔矢が5本飛んでいき、ゾンビに突き刺さる。
続けてリィシィちゃんの投げた槍が幽鬼に深々と突き立った。
レイスが2体、宙に浮かんでこちらに向かってくる。
絶望を形にしたかの如き表情を浮かべた半透明の姿が、恐怖を呼び起こす。
しかし、今の私たちに恐怖は効かない。
私は新≪奥義≫を試すべく、構えを取った。
「≪瞬武≫」
隠し持っていた14本の苦無を、レイスと、地上のスケルトンウォーリア-とスケルトンメイジ、そして適当なゾンビに向けて投じる。
アンデッドたちに苦無はすべて命中した。
そしてその瞬間、≪魔撃≫というもうひとつの新≪奥義≫の効果で≪調伏≫が発動し、アンデッドたちはすべて塵と消えた。
「やった」
私は小さくガッツポーズをした。
≪瞬武≫と≪魔撃≫のコンボ技がうまくいった。
≪瞬武≫は<早業>の技量によって複数回攻撃を可能とするもの。
≪魔撃≫は攻撃を命中させることで、魔力抵抗の余地なく、≪止蔵≫や≪セット≫で前準備された魔法を相手に与えるものである。
これで、魔法抵抗力が高くても回避力に劣った相手には、魔法の効果を及ぼさせることができる。
それも、複数回攻撃により、同時に多くの敵を相手取ることが可能なのだ。
私の強みが活かされることになるコンボ技である。
リィシィちゃんが颯爽と駆けていくと、幽鬼に刺さったままの槍に手を伸ばし、それを瞬時に両手剣に変形させた。
そしてそのまま刃を振り下ろす。
幽鬼は胸から下を半分に割かれて、砕け散った。
その間に、沙彩ちゃんとセラちゃんも、もう1体の幽鬼に突撃していた。
沙彩ちゃんの剣が振り下ろされ、幽鬼が斬撃によろめく。
すかさず、セラちゃんが左、右の両拳を連続して叩き込み、とどめに前蹴りを放つと、幽鬼はその場に崩れ落ちた。
それからは掃討戦だった。
わらわらと寄ってくるアンデッドを手分けして倒して回ると、辺りには静けさが戻っていた。
春の風が丘の上から吹いてきて、心地よかった。
私は絢佳ちゃんに手伝ってもらいながら、苦無を集めて回る。
これ、結構大変だなぁ。
苦無には手元に戻ってくる魔法を込めておかないと、と教訓とした。
やはり実地での経験は大きい。
そして回収も終わり、私が≪索敵≫で周囲になにも残っていないのを再確認していると、沙彩ちゃんとリィシィちゃんが両手に武具を持って歩いてきた。
「それは?」
「幽鬼のものですわ」
「幽鬼の、武具?」
私は首をかしげた。
「ええ。彼らは、副葬品を装備する形で現われることが多いんです。これもそうですね」
「全部、マジックアイテムですわ」
言われて感知してみると、なるほど魔力が込められている。
「これは、どうするの?」
「本来なら、持ち主の墓地に埋葬するか、遺族に渡すんですけど」
「それは無理ですわね」
ふたりは顔を見合わせて、うなずいていた。
「本部まで持っていきましょう。後で手がかりが見つかるかもしれませんから」
沙彩ちゃんの言葉に、私もうなずいた。
「うん。わかった。じゃあ、まとめて魔導車両に積み込んでおこう」
「そうします」
沙彩ちゃんがそう言うと、ふたりは魔導車両に向かって歩いて行った。
ふたりを見送ったところで、みんなが集まってきた。
「祝、うまくいったみたいだな」
クレアちゃんが早速褒めてくれた。
「えへへー」
私は嬉しくなって、へにゃっとなってしまう。
「全体としても、うまく戦えていたです」
私の隣で戦場を見ていた絢佳ちゃんが言った。
「うん。私もそう思う」
「そうだねー」
雫ちゃんも、うんうんとうなずいていた。
「とりあえずだ。そろそろ野営しないとな」
確かにもう陽も落ちて、真っ暗になってきている。
<妖詩勁>があるから、全員昼間のように見えているはずだけどね。
「でも夜になると、アンデッドは活発になりますから、どうせなら墳墓まで行ってしまいませんか?」
沙彩ちゃんが言う。
「墳墓まであともう少しですし」
「なるほどな。どうする?」
クレアちゃんがみんなに聞いた。
「疲れもないし、あたしは構わないよ」
セラちゃんがそう言った。
「一気に片付けちゃうというのも、ひとつの手だよね」
私が言うと、みんなもうなずいた。
「なら、とっとと行こう」
クレアちゃんの言葉に、私たちは魔導車両に乗り込んだ。
そして墳墓までの細い街道を出発した。
同じような遭遇戦を2度、繰り返したあとで、私たちは墳墓の前に着いた。
遭遇戦でも危なげなく戦闘をこなし、殲滅することができて、私たちはさらに自信を深めた。
墳墓は、丘の上に立つ大きな慰霊碑と、その下に建つ納棺堂でできている。
近づいただけで、強力なアンデッドがひしめいているのがわかる。
私たちは、各自テレポートで魔導車両の外に出ると、すぐに陣形を組んで身構えた。
とりわけ強い反応から、驚くべきことに<死勁>が感じられた。
「<死勁>持ちがいるね」
「だが<黒勁>の反応はないみたいだぞ?」
「うん。絢佳ちゃんはどう?」
「ないです。でも、黒書教団員です」
「でしたら、絶対に倒さないとなりませんわね」
「そうですね」
私たちは最後の確認をすると、ゆっくりと前進した。
今回は、アンデッドは完全に統率されていて、こちらを待ち構えているようだ。
<光真術>が届く範囲に入ったところで、≪索敵≫をおこなう。
<死勁>を持つアンデッドの正体が判明する。
「レッドスケルトン、だね」
レッドスケルトンは、全身を真紅に染めたスケルトンで、幽鬼を遙かにしのぐ強さを持つアンデッドだ。
その周りに幽鬼がうじゃうじゃといて、一般のスケルトンやゾンビなどはほとんどいない。
「気を引き締めていくよ」
私の言葉に、みんながうなずく。
丘をゆっくりと登っていくと、前方に重装備のレッドスケルトンが見えた。
槍と盾を手にして、暗い眼窩に紅い光を灯し、こちらを睥睨している。
レッドスケルトンが槍を天に向けて掲げると、幽鬼たちがこちらに進軍してきた。
同時に、慰霊碑からはレイスがたくさん湧き出してくる。
「事前情報ってのは、当てにならないもんだな」
「今回は特別でしょう」
クレアちゃんと沙彩ちゃんが、場違いにも感じることを話し合っていた。
「行くよ! ≪瞬武≫!」
私は≪調伏≫を込めた苦無をレイスに投じた。
上空でレイスが消滅していく。
「突撃!」
私の号令で、みんなが動き出す。
紗彩ちゃんが盾を構えて突撃し、セラちゃんがその後に続く。
「危ない!」
クレアちゃんが盾でレッドスケルトンから飛んできた≪魔弾≫を受け止めてくれた。
「クレアちゃん、ありがとう」
「ああ、任せろ」
クレアちゃんはかっこいい笑顔でうなずく。
その間に、雫ちゃんは魔矢を放ち、集まってきた幽鬼にダメージを与えていた。
「では、わたくしも参りますわよ」
リィシィちゃんは、武器をヘヴィメイスに変えて幽鬼に追撃していく。
「沙彩ちゃんとセラちゃんは、レッドスケルトンに接敵して! リィシィちゃんは、ふたりの背後の守りをお願い!」
私が叫ぶと、ふたりは顔を見合わせあった。
{レッドスケルトン、3m前にテレポートします}
{わかった}
≪通信≫でふたりは確認し合い、前を向いた。
{3、2、1、行きます!}
ふたりは息を合わせて、テレポートでレッドスケルトンの前に移動した。
私たちとふたりの間にできた10mあまりの空白地帯に、幽鬼が群がってくる。
「うおおおおおおおお!!!」
リィシィちゃんが、普段の淑女然とした言葉遣いからは想像もつかないような雄叫びをあげて、幽鬼に殴りかかっていった。
長柄のヘヴィメイスを振り回して幽鬼に殴りつけつつ、足を止めることなく前へ進んでいく。
幽鬼たちはリィシィちゃんに引き寄せられるようについていった。
残りの数体の幽鬼は、私の方へと向かってくるが、クレアちゃんがその前に立ちはだかっている。
「守りは私に任せて、ふたりは全力で攻撃して!」
防御用新≪奥義≫の≪盾武≫に、遠隔攻防用新≪奥義≫の≪遠武≫の合わせ技でふたりの防御を私が肩代わりする間に、攻撃に専念してもらおうという作戦である。
私は盾を構えて、前方遠くにいるレッドスケルトンからの攻撃を受け止めた。
<死勁>による冷気と、精気を吸い取る能力の付与された攻撃は苛烈だ。
<妖詩勁>の死耐性と<癒勁>の治癒能力を全開にして、受けたダメージを逐一、回復させていく。
沙彩ちゃんは盾を捨てて剣を両手で構え、レッドスケルトンに斬撃を繰り出しはじめた。
セラちゃんは、全身を武器に連撃を与えていくが、直接の接触により、そのたびにダメージを負っている。
私は自分の攻撃を控えて、ふたりの治癒に専念する。
リィシィちゃんは幽鬼をヘヴィメイスで殴り飛ばしながら、ふたりの背後につき、背中合わせに立った。
「こちらはわたくしに任せてくださいまし!」
「任せます!」
クレアちゃんは私の前に立って、幽鬼たちと攻防を繰り広げている。
雫ちゃんは私の後ろから、援護射撃を繰り出していた。
絢佳ちゃんは、時折クレアちゃんの防御をすり抜けて、私に向かってきた幽鬼を撲殺している。
私は沙彩ちゃんとセラちゃんの前に展開した盾を使って、必死にふたりを守っていた。
レッドスケルトンが繰り出す槍の一撃は重く、また冷たくて痛い。
適宜、<癒勁>の治癒を働かせながら、右へ左へと突き出される槍を受け止めつづける。
レッドスケルトンの技量も、決して低くはないが、私たちほどではない。それが救いだろうか。
戦場が私たちの思い描いたようにできあがったところで、私は檄を飛ばした。
「みんながんばって! このまま勝つよ!」
「わかりました!」
「任せろ!」
「当然ですわ!」
「応!」
「がんばるよー!」
「はいです!」
みんなの返事の声も、頼もしい
私は今度も、ひとりの犠牲も出さずに勝とうと、心の中で再度誓った。
首魁のレッドスケルトンも、沙彩ちゃんとセラちゃんの猛攻の前に、徐々にその姿を崩しつつあった。
鎧ははじけ飛び、骨がひび割れ、あるいは砕けて散っている。
あともう少し――
しかし、逆に窮地に立っているのが、リィシィちゃんだった。
多数の幽鬼に囲まれて、次第に攻撃の手が減っている。
「雫ちゃん、私の回復お願い!」
「了解だよー」
私はおなじく<癒勁>を会得している雫ちゃんに私の回復を任せて、もう一度攻撃をする。
「≪瞬武≫!」
私に背を向けて、リィシィちゃんに攻めかかっている幽鬼たちに苦無を飛ばした。
難なく苦無は命中して、その瞬間、≪調伏≫が発動して幽鬼たちが塵となって消える。
「助かりましたわ!」
リィシィちゃんが私に向けてサムズアップをした。
戦場はかなりきれいになった。
クレアちゃんの前の幽鬼も、もはや1体だけだ。
私はリィシィちゃんにひとつうなずいてから、コマンドワードを唱えた。
「≪苦無回収≫」
それに応じて、投じたすべての苦無が、身体中の仕込み先に収まった。
戦闘中でも回収をできるように、≪セット≫という魔法を仕込んであったのだ。
「雫ちゃん、ありがとう」
「おっけーだよー」
私は再び治癒を開始するが、すぐに沙彩ちゃんの剣がレッドスケルトンの首を飛ばすのが目に入った。
残る身体も、セラちゃんが全身を使った多段攻撃を放って、その直後に崩れ落ちた。
その瞬間、辺りを覆い尽くしていた強烈な死気が霧散して消える。
「やった!」
私は思わず快哉をあげた。
「よし、私もやるぞ!」
クレアちゃんが気合いを入れて、幽鬼に連斬を繰り出した。
幽鬼はそれに耐えきれずに砕け散る。
リィシィちゃんと雫ちゃんは、周囲に残る低位のアンデッドの掃討に入っており、それも間もなく終わると思われた。
しかし、最後まで気は緩めない。
「≪索敵≫」
周囲を再確認するが、他に強力なアンデッドはいない。
私は数メートル浮き上がると、≪索敵≫で発見して追尾状態にあるアンデッドに向けて、苦無を放った。
「≪瞬武≫」
アンデッドたちは続いて発動された≪調伏≫によって、露と消えた。
「よし」
私はそのまま、戦場を見回してみた。
みんなは疲れも見せずに、私に手を振ったり、残った幽鬼の武具を確認したりしている。
私はすーっと降り立つと、近くにいたクレアちゃんと雫ちゃん、絢佳ちゃんににっこりと笑って見せた。
「勝ったね。お疲れさま」
「ああ」
「勝ったー」
「おめでとうです」
私はみんなを抱き寄せるように手を広げ、抱きついた。
みんなも私を抱き留めてくれた。
やった。
勝てた。
それもひとりの被害者もなしで。
なによりも、それが一番、嬉しい。
ほっとした瞬間、涙が溢れてきたが、私はこらえもせずに涙が流れるに任せた。
「よかった。よかったよう」
「勝ったんだから、泣くな」
そう言って、クレアちゃんが頭をくしゃくしゃとしてくれた。
嬉しさがさらにこみ上げてきて、私はその場に座り込んで、ますます泣きじゃくってしまった。
私が泣き終わった頃には、戦場の後処理はすべて終わっていた。
「みんなごめんね。すっかり任せちゃって」
「構いません。これくらいはなんでもありませんし、あたしの仕事だとも思っていますから」
「そだよー。祝ちゃんはがんばったんだから、ゆっくりしてていいんだよー」
「その通りですわ」
「うん、ありがとう」
みんなの優しさにこころがあったかくなる。
私は、みんなの顔を見回した。
みんなには笑顔が溢れていた。
その喜びをかみしめながら、私は立ち上がった。
その日はそこで野営をして、翌朝私たちは鬼霪砦を目指して出発した。
道中、毎日アンデッドと遭遇して、その都度倒したが、ほとんどは低位のアンデッドだったので、連携を確認したりして余裕をもって戦った。
3日目のことだった。
ガタゴトと相変わらずの悪路を進んでいると、ラトエンさまから≪通信≫がきたのだ。
{ラトエンだ。<妖詩勁>について魔導皇聖下がお呼びだ。来れるか?}
{えっと、今鬼霪砦に向かって移動中なので、砦に到着してからではいけませんか?}
道中でテレポートしてしまうと、帰ってくるときに困ってしまう。
テレポート能力は便利だが、一度でも訪れたところでないと行けないのだ。
{そうだな。そういうことなら、それでも構わない。来るときに私に一言、連絡してくれ}
{わかりました}
その後、一度だけ強いアンデッド――エルダーレイス――と遭遇したが、私たちみんなの敵ではなかった。
そして、さらに5日後、ついに鬼霪砦が見えた。
そこは重厚で巨大な石組みの塀と深い堀に囲まれた城塞都市だった。
さらに周囲には聖印を刻んだ石造りの家が点在して、その周りに農地が広がっている。
こんな土地でも人はたくましく生きていけるものなんだと、妙に感心した。
城門の前にはたくさんのテントが設営され、軍人や冒険者らしき人と彼らを相手取った露天商がいて、呼び込みの声をあげていた。
大規模な作戦の中枢部というのを感じさせる賑わいである。
私は魔導車両が止まったところで、ラトエンさまに≪通信≫を送り、念のためこの場所をしっかりと記憶した。
そして、私は後のことをみんなに任せると、御苑の皇宮にある自室へとテレポートした。





