ケペク市
私たちはまずチーム分けをして、冒険者ギルドで情報収集してから魔導船の乗船手続きをする班と、物資の購入班とにわかれた。
私は諸々の手続きが必要なときのために冒険者ギルド班に入る。
それから、交渉役にクレアちゃんと沙彩ちゃん、そして私の護衛に絢佳ちゃんだ。
絢佳ちゃんはこういうときに、私の専属護衛として側についていることになったのだ。
そして残りのセラちゃん、リィシィちゃん、雫ちゃんが、買い出し班である。
私は買い出し班に手を振ると、先ほどニーロさんから渡された書類の一枚に署名して、窓口に提出した。
職員さんはすぐにチケットのようなものを手渡してくれた。
「港の1番埠頭でこれを見せて頂ければ、船に乗ることができます」
「あ、はい。わかりました」
それから私が代表してみんなの冒険者カードを更新して、ひとまず窓口でのお仕事は終わりである。
私と絢佳ちゃんは手を繋いで窓口から壁際に移動した。
そして、様々な人が行き交い、話し合っているのをぼんやりと見ていた。
自然と、クレアちゃんと沙彩ちゃんが目に入るのは、パーティメンバーだからということだけではない。
やはり目立っているのだ。
しかしその分、情報収集は捗っているようで、ふたりは精力的にいろんな人たちと喋っていっていた。
とはいえ目立っているのは私とて例外ではなく、ちらちらとこちらに視線を送ってくるものも数多くいて、なんだか気恥ずかしい。
そんな中、ひとりの美少女が私の目に飛び込んできた。
龍孫人系の面立ちに、黒髪の姫カット。そして袴姿で腰に大小を下げ、薙刀を手にしている小柄な美少女だ。
なにより目についたのは、その瞳である。
金色の瞳をしているのだ。
そんな美少女が私をじぃっと見つめているものだから、思わず私も見つめ返してしまった。
誰だろう?
それに、どんな人なんだろう?
私になにか用なのかな?
疑問はつきない。
と――
クレアちゃんと沙彩ちゃんが私たちのところに来て、視線が遮られた。
「だいたいの情報は集まった」
「うん。お疲れさま」
「あいよ」
クレアちゃんは相好を崩して私の頭を撫でる。
優しい愛撫が心地よい。
私がふにゃっと目を閉じている間に、金眼の美少女は見当たらなくなっていた。
「じゃあ船を見に行こうか」
「う、うん」
私はクレアちゃんにうなずいて、手をつないで冒険者ギルドを出た。
街並みを見ながら埠頭を目指す。
その間に、情報収集の結果を聞いた。
対岸のハウエン大公領からは、死禍の被害が酷く、かなり高位のアンデッドも確認されているらしい。
冒険者の被害も大きく、そしてそのうちの多くが、そのまま死禍の側に加わっている現状が頭の痛い問題だとも聞いた。
辺境の村などでどの程度の被害が出ているかは、確認のしようもないということに至っては、紗彩ちゃんは沈痛な表情で必死に堪えている様子だった。
すぐにも飛び出して行って、近隣の村から確認して回りたいのだろう。
「杜番」としては、それは正しい行動だ。しかし紗彩ちゃんは、私と共に行動することを誓ったのだ。
まして、魔導船まで提供されて「妖術師」を討伐しに行かなくてはならない。
そんな状況下で、紗彩ちゃんひとりが足並みを崩すわけにはいかないのである。
それを紗彩ちゃんもよく分かっていればこその苦悩だとは、私にも容易く分かった。
しかし、かけるべき言葉が見つからない。
こういうときにメンバーを慮れてはじめて、パーティリーダーなんだと思う。
その点で私は、明らかな失格だろう。
むしろ私はみんなに守られてばかりいる。
不甲斐ないことこの上ない。
しかし、ここで落ち込んでいる場合ではないことくらいはわかる。
「紗彩ちゃん」
私は紗彩ちゃんに呼びかけた。
「どうしました?」
「うん。あのね、みんなでがんばって早く「妖術師」を倒して、それで周りの人たちを助けに行こう?」
私の言葉に、紗彩ちゃんはゆっくりとうなずいた。
「そうですね。そうしましょう」
然るべき言葉だったのかは、わからない。
しかし、なにも言わずにはいられなかったのだ。
「ああ、そうしよう」
クレアちゃんも、そう言ってくれた。
「その通りですわね」
「がんばろー」
「そういうのなら、あたしも力になれる」
「がんばるです」
みんなも、口々に賛言葉を重ねてくれる。それが私には、とても暖かく感じられた。
1番埠頭には、他の船と明らかに違う船体の船が一隻停泊していた。
鋼の船体に砲門が幾つもついた軍艦である。
甲板には魔導車両も積まれており、それが私たちの乗る船だとわかる。
立派な事務所に入ってチケットを見せると、中にいた魔導騎士が、私たちに挨拶してきた。
「お待ちしておりました。この船の船長を努めさせていただいているイリダル・キセリョフです」
彼は、まだ若い、肌の色の白い男だった。
「はじめまして。パーティ黒百合のリーダーで、「姫騎士」の不解塚祝です。よろしくお願いします」
「私は「究竟」「姫騎士」のクレアだ」
私たちは握手を交わした。
「不解塚卿のご高名はかねがね耳にしております」
「へっ!?」
私は思わず変な声をあげてしまった。
「年若い「姫騎士」なのに、ここ最近、数々の武勲を立て続けに立てておられておいでですからね」
私は、顔が真っ赤になったのを感じた。
なにこれ、褒め殺し?
イリダルさんは、爽やかに笑顔を湛えて狼狽える私を見ている。
私は恥ずかしさに逃げ出しそうになったが、クレアちゃんがかっこいい笑顔とともに私の肩をがっしり押さえてきて、それは叶わなかった。
「うちのお姫さまは優秀だからな」
「!?」
そこへ、クレアちゃんまでもが追い打ちをかけてきた。
――お姫さまって!!!
私はクレアちゃんを睨みつけたが、
「そうです! 祝ちゃんは確かにお姫さまです!」
と、絢佳ちゃんが大絶賛という感じで言った。
「ちょっと! 絢佳ちゃんまでそんなこと言って!」
しかし、私の抗議もみんなの笑い声にかき消されてしまう。
「みなさんは、仲がいいですね」
イリダルさんも、そう言って笑った。
私たちはその後、魔導車両の確認をして、買い出し班と合流して荷物を積み込んだ。
そして、レストランで早めの夕食を摂った。
そのとき思うところがあって、私はさり気なく雫ちゃんの隣に座った。
おかげで、味はもとより、なにを食べたのかもわからなかった。
みんなでごちそうさまをしたあと、私は勇気を出して雫ちゃんに声を掛けた。
「雫ちゃん、お話があるの。ちょっと、来てくれるかな?」
「うん、いいよー。なにかなー?」
満面の笑顔の雫ちゃんが眩しすぎてくらくらしながら、私は雫ちゃんの手を取って席を立った。
そして、みんなを視線で制すと、レストランから外に出た。
みんなの生暖かい視線が気になったが、それは見なかったことにした。
私たちは手を繋いだまま、河岸まで歩いて行った。
雫ちゃんの手は柔らかくて暖かく、幸せな気持ちになってくる。
雫ちゃんがにこにこしつつ、なにも言わずに着いてきてくれるのが嬉しくもあり、緊張もした。
港では多くの船が停泊し、また入出港していた。
向こう岸は何十メートルも先にあり、水はゆったりと流れている。
河幅が短く見えるのは、ケペク市が半分水上に街を築いているからだ。
河を渡ってきた少し冷たい風が、ボブカットにした雫ちゃんのプラチナブロンドの髪を揺らめかせていた。
しばらく河岸の風に吹かれてから、私は口を開いた。
めがね越しの雫ちゃんの漆黒の瞳がきらきらしている。
「あのね、雫ちゃん。その、私たちの、えっと、みんなの関係って、どう思う?」
心臓がどきどきと跳ねて、心音が伝わるのではないかと思った。
「どうって、どういう感じのどうなのかなー?」
雫ちゃんはそう言って小首を傾げる。
そんな仕草のいちいちが可愛らしくて、頰が火照る。
「あの、えっと、なんて言うか、」
私が適切な言葉を探して狼狽えていると、
「あはっ、うそうそうそ」
雫ちゃんが朗らかに笑った。
「意地悪言っちゃったね-、祝ちゃんの言いたいことはわかるよー」
その言葉に、ちょっとだけ脱力する。
「うーん。素敵な関係だと思うなー。うらやましい感じ?」
私は、その言葉に勇気をもらった。
「そっか。あのね、えっとね、私ね、雫ちゃんのことが、好きなの」
つっかえつつ、私は言った。
自分の想いを。
雫ちゃんに、伝えることができた。
雫ちゃんは、にっこりと微笑んでくれた。
「ボクも祝ちゃんのこと、大好きだよー」
そして、雫ちゃんは私をぎゅっと抱きしめてきた。
「わ、私も大好き!」
「両想いだねー」
「う、うん。嬉しい!」
「ボクもだよー!」
雫ちゃんは少し力を込めて私を抱きしめる。
私も、雫ちゃんに全力で抱きついた。
嬉しさに、涙がにじむ。
「じゃあこれで、ボクもみんなの仲間入りってことかなー?」
「う、うん。雫ちゃんさえよければ」
身体を離して、雫ちゃんが言った。
「今さらよければもなにもないんじゃないかなー?」
「あの、でもね、ふたりだけっていうことじゃないから、その、」
「それはさっき言ったよー。うらやましいって」
「そ、そっか。そうだよね」
「えへへー」
雫ちゃんは、うなずくとだらしなく笑った。
それがとっても雫ちゃんらしくて、私も笑う。
「愛の形は、いろいろだと思うんだ。みんなが求めているんなら、気にすることはないと思うよー」
「うん」
「それに、天然ジゴロな祝ちゃんは、そういう運命なんだと思うなー」
「えっ!?」
「見た瞬間、キュンってなっちゃったもん、ボク。きっとみんなもそうだと思うよー」
私は、目をしばたたかせた。
なんて答えればいいのかわからない。
「そ、そうなのかな?」
「そうだよー」
そして、雫ちゃんは私の唇を奪った。
「!?」
突然のことに驚いたが、私はすぐにまぶたを閉じた。
柔らかな雫ちゃんの唇の感触が愛おしい。
離れていく唇をもどかしく想いながら、私は目を開けた。
目の前にある雫ちゃんのきれいな顔に見蕩れて、そして今、キスをしていたことに、頰が赤らむ。
「それにさー、祝ちゃんと一緒にいて、好きにならずにいるのは難しいと思うんだー」
「どういうこと?」
「祝ちゃんはね、可愛くて、一生懸命で、可愛くて、真っ直ぐで、そして、可愛いからだよー」
「あ、あう……」
可愛いを連発されすぎて、頭に血が上ってくる。
「雫ちゃん、恥ずかしいよう」
「うふふ。祝ちゃん、かーわいいー!」
雫ちゃんはそう言って、頰ずりをしてきた。
すべすべの肌が密着して心地よい。
心が蕩けてしまいそうになる。
「これでやっと、ボクも祝ちゃんの恋人だねー」
「う、うん」
「早くみんなのところに戻ろ?」
私は来たときとは逆に、雫ちゃんに手を引かれて宿屋まで歩いた。
部屋に入ると、私たちは熱烈な歓迎を受けた。
そしてそのまま朝まで……というパターンだった。
みんなも溜まっていたんだとは思う。
でも、私の身体はひとつしかないことを忘れないで欲しいと心の底から思った。
私は朝陽の射しこむ部屋でベッドに横にたわり、汗だくになって息を整えていた。
みんな、激しすぎ……。
「うふふー。祝ちゃんのかわいいとこ、いっぱい知っちゃったー」
雫ちゃんがそんなことを言った。
恥ずかしさに顔が赤くなる。
「祝ちゃんって、感じやすいんだねー」
「はうっ」
私は両手で頬を包み込んで目をつぶった。
「そ、そんなこと言っちゃだめ!」
「はぁい」
雫ちゃんの気の抜けた返事が聞こえた。
そして、頭を優しく撫でる感覚に私は目を開けた。
白魚のような雫ちゃんの手が、私の頭をなでなでしていた。
それが恥ずかしくもあり、心地よくもあった。
「えへへ」
「うふふ」
私たちはくすくすと笑い合うと、一緒にベッドから下りた。
そして、水浴びをはじめた。
すぐに他のみんなも水浴びに加わって、最後には私は身体中をタオルで拭かれる羽目になってしまった。
きゃいきゃいとみんなで騒ぐ中、リィシィちゃんが口をとがらせながら言った。
「それにしてもですわ。雫ちゃんがうらやましいですわ」
「ああー。そうだな」
「そうですね」
珍しく、クレアちゃんと沙彩ちゃんまで同調した。
その瞬間、私はなにを言っているのか悟ったが、どう答えたものか困ってしまった。
「いや、ほら、それは、その、タイミングとか、そういう、」
しどろもどろになってなんとか口にしようとするも、はっきりとした言葉にはならなかった。
「んんー? なんの話ー?」
そこへ、当の雫ちゃんが入ってきた。
リィシィちゃんは、キッと雫ちゃんを見据えると、
「祝ちゃんに告白されてうらやましい、という話ですわ!」
と言い放った。
雫ちゃんは、リィシィちゃんと他ふたりを見て、
「えっ、そうなの!?」
と驚きの声を上げた。
「そうなのですわ!」
心底悔しそうにリィシィちゃんが叫ぶ。
「そっかー。えへへー」
しかし雫ちゃんは、嬉しそうに、にへらっと笑った。
「きぃーっ!」
リィシィちゃんは、それを聞いて奇声を上げた。
「ちょっ、リィシィちゃん、落ち着いて!」
「もうっ! 落ち着いてなどいられませんわ!」
今度は、その矛先が私を向いた。
「どうしてわたくしには、告白してくださいませんでしたの!?」
「そ、そんなこと言われても……」
3人からは、結構、唐突に告白されたのだ。
私に言われても困る。
気持ちはわかるけど、困るのだ。
まだ自分から告白しようと決意する前だったのだから。
まぁ、リィシィちゃんの場合は、微妙なタイミングだったかもしれないが。
その直後にセラちゃんに私が告白したのは、リィシィちゃんからの告白があったからだし。
などと私が言い訳めいた考えに没入していると、リィシィちゃんにむにゅっと抱きしめられた。
リィシィちゃんのおっぱいに顔が埋まる。
「うぐぐ」
「もうっ、ふたりともずるいですわ! そうでしょう!?」
「そうだな」
「そうですね」
そしてまた、クレアちゃんと沙彩ちゃんが賛同する。
気まずさが私の心にふつふつと沸き立ってきた。
私はリィシィちゃんの胸の谷間から顔を出すと、
「でもでもっ! 私も告白されて、好きだって言ってくれて、嬉しかったからっ!」
と、半ば夢中で叫んだ。
リィシィちゃんは、一瞬きょとんとした表情を見せて、それからぱぁっと頰を染めて微笑んだ。
とても綺麗な笑顔だった。
「もうっ、そんなこと言われてしまったら、これ以上なにも言えなくなってしまうではありませんのっ!」
再びぎゅーっとされる私。
「祝ちゃんったら、もうっ!」
「ううっ」
「なんて愛しいことを言ってくださいますの!? 天使ですの!? 天使ですわね!?」
そう叫びながら、リィシィちゃんは私の頭を撫でてくる。
優しく、ゆっくりと。
リィシィちゃんの想いが伝わってくるようで、私はとても心地よく感じた。
「天使かどうかはわからないけど、私はみんなのことが大好きだよ」
「わたくしたちもですわ!」
そんな言葉もいちいち嬉しくて、私は幸せな気分になっていた。
しかし、今言っておかなければ機会を逸してしまうと感じて、私は言った。
「でも、あんまり激しいのは、やめてね」
みんなは一瞬きょとんとして、一斉に笑った。
「わ、笑わなくてもいいでしょう!?」
私は必死に抗議したが、みんなの笑いは収まらなかった。
その後、私たちはまっすぐ港を目指し、昼前には魔導船に乗り込んでいた。
ケリュップ市までは、全日全速で飛ばして3日である。
軍艦なのでその辺り、遠慮というものがないようだ。
私はその日は寝て過ごし、翌日から再び≪奥義≫開発である。
そうして3日目、私たちはケリュップ市に着いた。
≪奥義≫開発も基本は完成を見た。
あとは実地で試しつつ、微調整ということになる。
ケリュップ市は小さめの港町で、冒険者ギルドなどもない。
宿に一泊するだけで、私たちはすぐに鬼霪砦に向けて出発した。
街道も整備されたものではなく、酷い悪路だった。
そこを魔導車両の馬力で無理矢理進む。
運転は私とクレアちゃんが交代でおこなうことになる。
墳墓までは、馬車だと1週間以上はかかるらしいが、速力が違うし馬を休める必要もないので2、3日は短縮できる見込みだ。
私たち自身も休む必要がないことも、織り込み済みである。
こういうときに周りの目を気にせずに済むのはありがたい。
下位アンデッドとの遭遇を何度かこなし、殲滅して進むこと3日。
目指す墳墓のある丘陵地帯が目に入ってきた。
私たちは、防具を身につけて、より一層、警戒を強めた。





