冒険者 [改稿]
[改稿]しました
魔導共和国、それは 聖大陸西部に広がる、大陸随一の大国だ。
その首都・導都に、今私たちはいる。導都に至っては、正真正銘の大陸最大の都市である。
その中でも貧民街と言うべき区域の路地裏。
そこが私たちが出逢い、戦った場所だ。
街は外壁に守られていて、その内縁に貼り付くように、貧民街が広がっている。
導都は、「海王の庭」と呼ばれる内海に流れ込むシャヌス河の河口部の西側に造られていて、私たちのいる場所のちょうど反対側が河と海に面した港湾地区になる。
内壁を挟んで内側に平民街や各種施設があり、中央部に宮殿が建ち、その周りにひときわ頑丈な城壁が巡らされている。宮殿の周りには貴族街などがある。
シャヌス河を挟んだ反対側は、各種軍事施設などが並ぶ地区になっていて、橋を渡っていかなければならない。
街壁の上は歩哨が常駐して警備している。貴族街や平民街などについては、夜の街灯も魔導で灯され、治安対策はかなりいい方だと思える。
導都は、だいたいそんな感じになっているようだった。
私たちは、貧民街を抜けて東に向かって歩き、大通りに出た。
外縁部にも住宅地や商店などが並ぶ。多くは貧民街のバラックよりはマシという程度だが、家は家だ。そしてあまり身なりのよろしくない人々が忙しなく行き交っていた。その横を、街の外から来たのであろう、馬車などが走り抜けていく。
もう陽も昇り、一日は始まっているのだ。
行き交う人々の視線がちらほらと私たちに向けられていた。
というより、絢佳ちゃんに。
しかし、絢佳ちゃんはまったく気にした風もなく、通りを闊歩している。前向きな性格なのだろう。彼女らしいと思えた。
とはいえ。
とはいえ、見られるのに私は慣れてない。
ぶっちゃけ、恥ずかしい。
感知力を増強させる<感勁>スキルの力のせいでそれがさらに詳細にわかってしまうのももどかしい。
私は思いきって<感勁>のスキルをオフにして、自分たちへの視線などに敢えて鈍感にした。
しかし、<忍術>スキルの能力で若干、精度が落ちるものの察知能力はある程度維持できてしまっている。しかもこちらは常時発動されて、気軽にオフにできるようにはなっていない。
私は、絢佳ちゃんの後ろに隠れるようにして下を向いてとぼとぼと歩くことにした。
「あそこにお店みたいなのがあるです」
そう言って、絢佳ちゃんが指さす方を見る。
どうも酒場とかそういう感じの店構えだ。
「でも……」
「どうしたです?」
「私たち、お金持ってないんだよ?」
絢佳ちゃんは、ぱちくりと瞬かせて、
「そうだったです」
と、何故か満面の笑顔を浮かべた。
お金がない。
それは、かなり苦境なのではないだろうか。
ピンチである。
お金は降って湧いてこない。
ならば、稼がねばならない。
私たちになにができるか?
戦うことができる。
それが、私たちの結論だった。というか絢佳ちゃんのお勧めだった。
私に実戦経験を積ませることができる、という点で。イチオシだった。
私にも、特に対案はなかったので、すぐに決まった。まずはお金を稼いで、話し合いは腰を落ち着けてから、ということになった。
早速、<情報理法>で調べてみる。
すると、傭兵ギルドなるものがあることがわかった。
官営組織で、登録した傭兵に怪魔――いわゆるモンスター――退治をさせたり、有事の際には軍に組み込まれて戦う、即戦力重視の戦士ギルドである。今の目的には、うってつけかもしれない。
傭兵ギルドの施設は、内壁を抜けた中にあるので、大通りを進み、内壁の門扉が見えた十字路で折れる。
門扉には衛兵が立っており、通行人を監視している。しかし、特に通行手形のようなものは見ていないようで、ふつうにしていれば通り抜けられるようだ。
そう、ふつうにしていれば。
私は、前を往く絢佳ちゃんが呼び止められないかと、どきどきしていたが、あからさまに衛兵の関心は買っていたものの、特に声をかけられることもなく、内壁を通り抜けることができた。
まず目に飛び込んできたのは、石造りの立派な外観の家々だった。道路も舗装され、整備されている。警邏の騎士も歩いており、先ほどとは雲泥の差が感じられた。
そして道行く人たちの服装もきちんとしている。なにより、清潔感があった。
違うのは、旅人だろうか。外壁からここまで来たような人たちは、どこかくたびれた雰囲気がある。
ゴトゴトと大通りを連なって行く馬車を避けながら歩くことしばし。
私たちは、剣と盾の意匠の旗の下げられた、大きな石造りの建物に着いた。
傭兵ギルドである。
入り口は広く、入ってすぐのホールには多くの武装した男たちが出入りしている。女も見かけるが、やはり男が多い。
絢佳ちゃんはここでも物怖じせず、堂々と中に入っていく。私は慌ててついて行った。
建物の中も広く、魔法の明かりが灯されていて明るい。
中にいた人たちが、物珍しげに私たちを見るが、声をかけてくる者はいなかった。
私たちはカウンターに行き、そこに立つお姉さんの前に立った。
絢佳ちゃんがさっと私に前をゆずったので、仕方なく私が声をかけた。
「あ、あの、傭兵ギルドに登録したいんですけど、ここでいいんでしょうか?」
お姉さんが驚いた表情を浮かべる。同時に、ここにいた人たちの間にも、一瞬の驚きが走ったのが分かる。背中越しに痛いほど視線が刺さってくる。
帰りたい……。
「お嬢ちゃんたちが、傭兵になりたいのかしら?」
引きつった笑顔で、お姉さんが言う。
「わたくし、こう見えて結構、強いんです。こっちの祝ちゃんもです」
自信満々と、絢佳ちゃんがそれに応えた。一斉に爆笑が起こる。
それはそうだろう。私は顔が熱くなり、膝も震えだしたのがわかった。
「ううーん。そう、それはよかったわね。でもね、ここはあなたたちには、ちょっと早いんじゃないかしら」
苦笑を浮かべて、お姉さんが言った。
「どうしてです? せめて、実力を見てから言って欲しいです」
不満げに絢佳ちゃんが食い下がる。
絢佳ちゃんを引っ張ってでも帰ろうか、と私が思っていたそのとき――
「なんだ、どうした?」
野太い声がかけられた。
思わず振り向くと、日焼けした肌に中装の甲冑を着て、腰から剣を下げた壮年の男の人が立っていた。背も高く、筋肉のついたがっしりとした体型だ。なにより、見るからに威厳がある。
「あ、オスカーさん。ちょうどいいところに。実は、この子たちがギルドに入りたいって言うものですから」
お姉さんがほっとしたように言った。
オスカーさんと呼ばれた男は、怪訝そうに私たちを見たあとで、しゃがんで目線を合わせてくる。
「嬢ちゃんたち、ここはな、命がけの仕事をする覚悟のあるやつだけが入ることのできる場所なんだ。わかるか?」
「わかるです」
「そうかい。だがな、ギルドのメンバーには、互いに命を預け合うだけのものが必要だ。それがなにかわかるか?」
「信頼です」
絢佳ちゃんが即答する。
「そうだ。わかってるじゃないか。だったら、嬢ちゃんたちがここには相応しくないってこともわかるんじゃないか?」
「ですから、実力を見て欲しいと言ってるです」
食い下がる絢佳ちゃんにハラハラしてしまう。
「なるほど、自信はあるってわけだ。だがな、ここにはいろんな、大勢のやつが登録している。今ここで、嬢ちゃんが実力を示せたとしよう。それに納得できたとしよう。
しかしだ、今ここにいないやつは嬢ちゃんを見てどう思う?
そのたびにその実力ってやつをいちいち示さなくちゃならないだろう。そんな手間暇はかけてられないんだ。わかるか?」
懇切丁寧な説明に、絢佳ちゃんも理解はしたのか、押し黙ってしまった。
私は、絢佳ちゃんが下手なことを言い出す前に、口を開いた。
「わ、わかりました。もっと大きくなってから、また来ます!」
「そうかい。だったらそのときにまた、よろしくな。
ああ、俺は、オスカー・デイビスってもんだ。ここのギルド長をやってる。いつまで勤めてられるかはわからないが、今度来たときには、ちゃんと登録を認めようじゃないか」
「約束です?」
絢佳ちゃんが聞く。
「ああ、約束しよう」
破顔してうなずくオスカーさんに、絢佳ちゃんはうなずいた。
「わたくしは、恋ヶ窪絢佳。こちらは、不解塚祝。よろしくです」
「ところで、ひとつ質問だ」
「なんです?」
「どうしてここで登録しようなんて思ったんだ?」
「ああ、お金がないからです」
絢佳ちゃんの率直な答えに、失笑したオスカーさんは、
「おっと、笑って悪かったな。なるほどな。だったら提案だ。冒険者ギルドに行くといい。
嬢ちゃんたちみたいなのでも、なにか仕事が見つかるかもしれない。それに、登録するだけなら問題ないはずだ」
「冒険者ギルド、です?」
絢佳ちゃんが私を見る。私はうなずいた。
「行ってみるです」
オスカーさんは、私たちの頭をワシワシと撫でて見送ってくれた。
見守られるような視線を浴びながら、私たちは傭兵ギルドを後にした。
冷や汗をいっぱいかいてしまった。
「はあ、緊張したー」
「完全に子どもあつかいだったです」
絢佳ちゃんは不満そうだった。
「だって、私たち、見た目はほんとに子どもだもん。仕方ないよ」
「そうかもですけど」
そう言って口をとがらす絢佳ちゃんは、まさに子どものようだった。
「冒険者ギルドは大丈夫なんです?」
「ちょっと調べてみるね」
冒険者ギルド――それは、かつて世界を覇した「魔帝国」に由来する。
魔帝国最期の王朝、花房朝の時代、この組織は作られた。その歴史は1700年近くにもなる。
広く人材を募り、各々のスキルに応じた依頼を託し、軍や官吏には対応しきれない細々とした臣民の要望に応えさせる。さらには、冒険を推奨し、魔禍を鎮め、未発掘の迷宮を踏破し、邪悪な陰謀を打ち砕く。そういった心意気をもった者たちを支援する、それが冒険者ギルドなのである。
当時は官営の組織だったが、魔帝国崩壊後は各地域に根ざした民営組織となり、今に至る。民営とはいえ、そのほとんどはなんらかの形で行政の支援を受けている。しかし、傭兵ギルドと違って国家どうしの戦争に荷担させられることはほとんどない。
なにより、世界中に広がった、横の繋がりのネットワークが冒険者ギルドの強みである。
ギルドでは、冒険者登録を行なう。
そして最初はFランクの冒険者となる。その後、依頼をこなすことなどでランクが上がり、上はSSS+まである。
ランクによって受けられる依頼も異なるが、多少の融通はきくらしい。それがどの程度の範囲なのかは、各冒険者ギルドごとに違っている。
冒険者ギルドの依頼は、魔禍鎮圧などから失せ物探し、日常の手伝いのようなものまで様々で、かつて冒険者が「根無し草」と呼ばれていた頃より続く、万屋としての側面が大きいと言える。
その点では、戦闘に特化した傭兵ギルドとの差違が明確に現れる。こちらを紹介してくれたのも、そういう理由からだろうことは想像に難くない。
私たちは、さほど経たずに冒険者ギルドの建物の前に立っていた。
地図と剣と杖の意匠の旗が下げられている。
心持ち、傭兵ギルドよりも大きな建物に見える。
出入りする人々も、一般市民のような人から、戦士や魔術師風の人、盗賊や野伏風の人など、雑多な印象を受ける。
「入ろうか」
「はいです」
私も、さっきよりは胸を張って、冒険者ギルドに入る。
中の造りは傭兵ギルドと似たような感じである。
しかし、壁の掲示板に貼られた依頼書と思われる紙と、それを検分し、相談する人たちといったところは大きく違う。
私たちはカウンターに向かう。
周囲からの視線も、それほどキツく感じられない。依頼者だと思われているのかもしれない。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど」
私がカウンターのお姉さんに声をかけると、彼女は一瞬、驚いた風だったが、
「はい。ちょっと待ってね」
と言って、書類を取り出した。
「ここに、必要事項を記入してくださいね。名前、年齢、種族、修得している<職業>、あれば爵位や官位なども。あ、文字は書けますか?」
私はうなずくが、絢佳ちゃんは首を振った。
「じゃあ、私が書くよ」
「お願いするです」
「それでは、まず書いてきて下さい」
カウンター横の記入台の前で登録申請書類を見ながら、私はどうしようか、と思った。
年齢と種族だ。
「ねぇ、絢佳ちゃん、私って何才に見える?」
「10才ちょっとくらいです」
「そっか」
私はちょっと背伸びして、12才という設定でいくことにする。
「種族ってどうしたらいいんだろうね? 人間ってことでいいかな?」
「とりあえずそれでいくです」
名前:不解塚祝
年齢:12才
種族:人間
<職業>をどうするか。<姫流剣術>は、魔導共和国の軍人、騎士階級にあることを同時に意味することになる。正式な叙任などを受けていないのに、それを書くのはまずいだろう。
かといって、<忍術>と書くのもどうなんだろう?
忍者になった覚えもないが、<忍術>を堂々と名乗るのもおかしな気がする。
小声で絢佳ちゃんに相談すると、
「問題ありそうなら書かなければいいんじゃないです?」
なるほど。黙っているだけで嘘はついてない理論か。それでいくことにしよう。
職業:<龍姫理法><情報理法>
爵位:なし
官位:なし
私は、こんな感じだろう。
次は、絢佳ちゃんの分だ。
名前:恋ヶ窪絢佳
「絢佳ちゃんは何才?」
「1億とんで9才です」
「……!?」
1億……?
「いや、真面目にお願い」
「まぁ、誤差はあるですけど、だいたい1億年くらい生きてるです」
「……ほんとに?」
「ほんとです」
年齢:9才
種族:人間
私は、無言で年齢欄と種族欄に記入する。聞かなかったことにしよう。そうしよう。
「職業は? <武術>の名前、なんだっけ?」
「<星辰流戦闘術>です」
「あとは<祭祀>だよね?」
「はいです」
職業:<星辰流戦闘術><祭祀:紅蓮の智慧派>
「爵位とかは、この国での話なのかな?」
「交流がある国なら書くべきかもしれないですけど、わたくしはいいです」
爵位:なし
官位:なし
こんなものだろうか。
私はできた書類をお姉さんに渡す。
お姉さんは一通り見た後、
「<龍姫理法>はどこで習ったのかな?」
「……えと、個人的に?」
「わかりました」
在野「魔導師」、と注釈を書き込むのを見る。
なるほど、そこも重要なのか。
個人的にって咄嗟に言っちゃったけど、それが通ってよかった。
「さて、申請書類を受理する前に、規約や注意事項の説明をしますね。
よく聞いて、わからないところがあれば、遠慮なく質問してください。
そして、問題なければ、この書類を受理して、おふたりには冒険者になってもらいます。いいですか?」
私たちは、そろってうなずいた。
説明内容は、さきほど調べてみたこととほとんど同じだった。
新たにわかったのは、依頼を受けられるランクが、ここでは上下2ランクまでであること。
そして、Sランク以上は現在、空位であるということだ。それは、設立時に設定された条件――Sランク以上は<勁力>会得者に限る、というもののせいだ。
そのため今はAランクが上限となっているのである。こんなところにも弊害が出ているとは予想外だった。
それから各種規約や違反したばあいの罰則などについて。
例えば、明確に犯罪とわかる依頼を受けてはならない。発覚次第、ギルドないし当局に通報すること。他の冒険者が受けた依頼を横から奪ってはならない、などなど。
それに加えて、怪魔討伐依頼などで得られた「産物」や迷宮探索の結果得られた「宝物」などは、依頼主からの規定がなければ、ギルドで優先的に、割合よく買い取ってくれること。また、そうした品々をギルドを通して割安に購入できること、などだろうか。
それから、パーティの説明だ。
冒険者はふつう、複数人でパーティを組む。そのパーティ名などを冒険者カードに記入するのだが、パーティとしてのランクや、パーティメンバーについての記入欄はない。パーティメンバーの入れ替わりやパーティの解散・合流などが日常茶飯事のためらしい。
あくまでも、なにかあったときのタグとしてパーティ名を記入しておくという慣習のようなものだ。また、同じパーティメンバーが規約違反や犯罪行為を犯したときなどに事情聴取を受ける旨も釘を刺された。
そして、冒険者カードについての説明だ。
透明な手のひらサイズのカードで、そこに魔力的に必要事項などが記述される。そしてその内容は、各ギルドにある端末を通して共有され、別の冒険者ギルドに行ってもすぐに参照できるようになっている。また、同時に冒険者IDも発行されて、そちらからも登録内容の復元ができるようになっているらしい。
カード自体にも情報は記入されており、それは目で見ることができる。カードの紛失のさいは、再発行もできるが、有料であるとのこと。
このシステムを作ったのも、魔帝国時代だということが、頭の片隅の知識からわかった。
「パーティ名どうしようか?」
「パーティ名です? うーん。わたくしはなんでもいいです」
「思いつかないなぁ。それとも、パーティ組まないでおく?」
「いえ、そこは組んでおいた方がいいと思うです」
「じゃあ、名前なにか考えて」
「わたくしがです? そうですね……「紅蓮の知恵」なんてどうです?」
「うーん。……ま、それでいっか」
私たちはパーティ名を申告し、少し経ってからカードを受け取って、晴れて冒険者となった。