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旅立ち

 翌朝、みんなで朝食を摂った後、私は魔導皇聖下のもとへ行った。

 私たちが帰宅したということで、聖下からお呼びがかかったのだ。

 謁見の間で聖下とラトエンさまに挨拶をした後、聖下が言われた。

「祝、今回は大変でしたね。ご苦労さまでした」

「い、いいえ、そんな。もったいないお言葉です」

「しかし、今回の政変は、わたくしが祝を特別扱いしたことも原因となってしまったと考えています」

 聖下は、真剣な眼差しで私を見た。


「このようなことがないように身を引いたつもりだったのですが、なかなかままならないものですね」

「そんな、聖下……」

 聖下はまぶたを閉じて首を振った。

「わたくしはかつて、魔導皇として魔導帝国を治めていました。

それもリルハに言われてのことでしたが、自らの責務として統治していたつもりです。

しかし、国内には叛乱勢力が残り、ついに国家として破綻してしまいました」


 聖下は悲痛な表情とともに、言葉を継いでいった。

「しかし魔帝国の傘下に入った期間の魔龍姫国としての治世は、思っていた以上に安定していました。

魔帝国という絶対の権力のお陰だと思っています。

「魔帝」花房陛下は破天荒なお方でしたが、暗君ではありませんでしたから。

しかし、花房陛下がこの世界を去った後、世界は動乱の渦に陥りました。


動乱が収まりを見せ始めた頃、わたくしは魔導共和国を立ち上げて身を引きました。

それが最善であろうと判断したのです。

ですが、またこうして擾乱を呼び起こしてしまうなど、失態以外のなにものでもありません。

わたくしは、「変世の大禍」のときに、神境へと去るべきだったのかもしれません」

 私は、聖下にかける言葉が見つからなかった。

 すると、ラトエンさまが聖下の横から正面に動き、跪いた。


「聖下、私ども「魔王」は常に御身の側にあって、聖下の働きと尊いご意志とを見て参りました。

私どもは、決して聖下が間違っていたとも、力不足であったとも考えておりません。

どうか、聖下のなされてきたことに対し、もっと自信をもっていただきたく思っております」

「ラトエン……」

「今回の件につきましても、匪賊の企みがたまたまこのタイミングで露見したということに過ぎません。

聖下にも、もちろん、不解塚卿にも非はありません」

 ラトエンさまの言葉に、私も胸が熱くなった。


「ラトエンさま、ありがとうございます」

 ラトエンさまは、黙ってうなずいた。

「今回、不解塚卿を呼んだのは、前にも話した旅に出てはどうかという提案なんだ」

「旅に、ですか?」

「導都はまだ政変でごたついている。御苑もまたそれはおなじだ。

それが落ち着くまでの間、これを機会に中央を離れてみてはどうだろうか?」


「……そうですね、わかりました」

 私はそれから、雫ちゃんの話をした。

「そうですか。ダラフォさまが直接、祝を守るように行動されたのですね」

「はい。そうみたいです」

「それは僥倖ですね。世界の守り神たるダラフォさまが祝に味方しているのです。

これからは、もっと堂々と胸を張って探索を続けてください」

「はい、聖下」

 私は聖下に笑顔で見送られて、謁見の間を辞した。


 私はその後、ラーディックさまの下を訪れた。

「今回は大変だったわね」

「いえ、大丈夫です」

「これから旅に出るのでしょう?」

「はい。ですので、ご挨拶にと思いまして」

「そう。調査の方はこちらでも進めておくわ。なにか分かったら≪通信≫で送るわね」

「はい。ありがとうございます」


「それから、「道士」の伝手の件だけれど、まだ返信が来ていないの。

こちらも連絡が取れ次第、≪通信≫で送るわね」

「よろしくお願いします」

 私は頭を下げて、家に帰った。



 ホールにテレポートすると、食堂の前でオルガちゃんが紅茶を載せたトレイを持って、おろおろしていた。

 中からは、なにやら言い合っているような声が聞こえてくる。

「オルガちゃん、どうしたの?」

「あ、祝さま! あの、中で皆さまが言い合いをされているらしくて……」


 私はうなずくと、食堂のドアを開けた。

「どうしたの?」

 私が声を掛けると、みんなが言葉を切って、こちらを向いた。

 どうやら言い合いの中心は、絢佳ちゃんとセラちゃんだったらしい。

 私の先導でオルガちゃんも中に入り、テーブルの上に紅茶を並べていく。

 緊迫した空気が重苦しい。

 オルガちゃんが出て行ったところで、私は再び口を開いた。


「なにを言い合っていたの?」

 クレアちゃんが、頭をかきながら、困ったように答えてくれた。

「セラが、絢佳がこの前の砦のときに、手を抜いていただろうって言ってさ」

「そのことで、言い合いになってしまったのですわ」

 クレアちゃんの言葉を、リィシィちゃんが継いだ。

「なるほど」

 だいたいのところは想像がついた。


「祝は、分かっていたのか?」

 セラちゃんが鋭く私を見つめながら言った。

「そうだね。絢佳ちゃんの実力なら、ひとりでもっと多くの戦果を挙げられてたと思う」

 そう言うと、セラちゃんは顔を紅潮させて、

「どうしてそれを知って平然としていられるんだ!?

命のやり取りは、遊びじゃないんだぞ!?」

 それは、セラちゃんの心からの叫びだと私には感じられた。

「うん、そうだね。セラちゃんの言うことはわかるよ」


「だったらどうして!?」

「もし、あの場にいたのが私たちだけだったら、それでもよかったかもしれない。

でも、あのときは軍事行動のさなかだった。

それに、命の危険が及ぶほどのことはなかったしね」

 しかし、セラちゃんは首を振った。

「祝の言ってる意味が、あたしにはわからない。

それが、手抜きをしていいという理由にはならないはずだ」


「遊びでも、手抜きでもないんだよ。

あの場でね、もし絢佳ちゃんがひとりで敵を殲滅していたとしたら、それはそれで問題になっちゃう」

「問題ってなに!?」

 セラちゃんが大きな声を出して、私が一瞬、たじろいたとき、

「まぁまぁ、セラちゃん、そんなに興奮しないでさー。

祝ちゃんの話をもっとちゃんと聞いてあげなよー」

 雫ちゃんの緩い声が、しかし、鋭く挟まってきた。


「セラちゃんにはセラちゃんの譲れないもの、事情ってものがあるんだろうけどさー。

それは祝ちゃんや絢佳ちゃんにだってあるんだよー。

それをくみ取って、理解して、認めてあげるっていうことが、大事なんじゃないかなー?」

 毒気を抜かれたような表情で、言葉を失ったセラちゃんは雫ちゃんを見つめていた。

「おなじパーティメンバーとしてさー、理解し合えるように話し合おうよー?

それはそんなに難しいことじゃないって、ボクは思うんだけどなー。

どうかなー、セラちゃん?」


 何度かまばたきをしたあと、セラちゃんは椅子に座りこみ、紅茶を飲み干した。

「ん、わかった。興奮しちゃった。ごめん」

 セラちゃんが、気まずそうにつぶやく。

「おっけーだよー。だよね、祝ちゃん?」

 雫ちゃんが、笑顔で私を見る。

 私はうなずいて、

「もちろんだよ。セラちゃん、お互い落ち着いて、ちゃんと話し合おう?」

「うん」

 セラちゃんもうなずいてくれた。



 オルガちゃんにコーヒーや紅茶などを淹れ直してもらい、各自テーブルについてから、話し合いが再開された。

「まず、セラちゃんの言い分としては、命のやり取りをするときに全力を尽くさないのがあり得ない、ということでいいかな?」

 セラちゃんがうなずく。

「絢佳ちゃんとしては、命の危険を感じられないときに、また他に配慮すべき事情があるときに適度な力で戦ってもいい、ということでいいかな?」


 絢佳ちゃんもうなずく。

「あと補足すると、わたくしは全体を見てサポートを心がけていたです」

「突発的な事態に備えていたってことだよね?」

「はいです」

 私はみんなを見回して、聞いてみた。

「他にこのことで言いたいことあるひといるかな?」


 私の問いかけに、クレアちゃんが立ち上がる。

「じゃあ、軍事的・政治的な面での補足を私がしよう。

あのとき、かすみが隊長となって部隊で行動していたわけだが、それを絢佳ひとりで倒して回ったとなると、これは問題だ。

かすみにも、総長閣下にも、迷惑というか、沽券に関わる問題に発展していただろう。

もちろん、リーダーである祝にもそれは降りかかることになる」


 クレアちゃんは、一度言葉を切って、みんなを見回した。

「軍隊というのは、突出した個の戦力で成り立つものじゃない。

全体で一戦力を成すもの。

それは、突出した個を嫌うということから繋がるものだ。

それはわかるか?」

 クレアちゃんはセラちゃんに問うた。

 セラちゃんはぎこちなくうなずく。


「そもそもが、かすみと私たちの部隊は、その突出した戦力で構成されたものだった。

これは異例なことだ。

しかし、だからといって無秩序に暴れていいというものではない。

最低限、騎士団としての体裁を保つ必要はある。

そういうこと諸々のことを勘案して、絢佳は実力を封じて適度な戦力(・・・・・)で戦っていたんだ」

「わかったよ」

 セラちゃんが言う。

「考えなしに噛みついて悪かった。ごめん」


「ありがとうです。

でも、悪かったとは、思ってないです」

 絢佳ちゃんが笑顔で言った。

「どういうことだ?」

「はい。こうして意見をぶつけ合えるのは、きっといいことだと思うです。

その機会になったのなら、悪いことではなかったです」


「そうだね。私もそう思う」

 私は絢佳ちゃんに感謝した。

「ため込んでしまうより、ずっといいよ」

「そうだな」

 クレアちゃんをはじめ、他のみんなもうなずいていた。

 遅れて、セラちゃんもうなずいた。

「じゃあ、この話はこれでおしまいってことでいいかな?」

 みんなのうなずきを見て、私も深くうなずいて返した。


 実際のところ、今回のことはいい結果になったと思う。

 絢佳ちゃんの言うとおりだ。

 私は心の機微とかには疎いので、こうしてはっきりと言ってくれないとわからない方だ。

 だから、衝突から始まったにしても、心の裡を示し合うことができたのは嬉しいことだった。

 これからも、なんでも言い合える、気の置けない同士でいたい。

 私は心からそう思った。



 それから私は、聖下からのお話をした。

「旅か」

「いいですわね」

「楽しみー」

「うん」

「そうですね」

 みんなにも好評のようだった。

 絢佳ちゃんもにこにこしている。


 数日かけて、私たちは旅支度の準備をした。

 食料やテントなど、諸々だ。

 馬車を買って荷物を積み込む。

 導都から西進して、ケペク大公領に入り、碧河上流の街で船に乗り換える。

 そして、碧河を下ってケペク市に行くことにした。


 とりあえずはそこまで決めて、ケペク市に滞在しながら、次の行程を決めようということになった。

 いずれにせよ、長旅の予定である。

 オルガちゃんたちには週に一回程度の屋敷の管理だけを頼むことにした。

 オルガちゃんは寂しそうだったが、戦闘能力のない彼女を連れ歩くわけにはいかない。

 そうして、オルガちゃんたちに見送られながら、私たちは旅立った。

 初夏の青い空が、私たちの旅路を祝福してくれているようだった。

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