冒険の始まり [改稿] [再改稿]
[再改稿]しました。
「まず、なにから始めたらいいのかな?」
「わたくしはこの<世界>のことをなにも知らないです。そこから始めたいです」
「そうだね。私も知識は与えられているみたいなんだけど、実際にはなにもわからないから」
「その知識を引き出すにはどうするんです?」
「えっと、頭の中を検索するような感じかな?」
そう言いながら頭の中を調べていて、私は<龍姫理法>で≪検索≫という魔法を使えることに気づいた。
それによって、データベースに保存されている情報を知ることができるのだ。
「待って。今わかったことがあるんだけど」
私がそのことを言うと、
「じゃあそれでこの場所と今現在の情報を調べてみるです」
「うん。わかった」
早速、≪検索≫を実行すると、
――ポン、とその情報が浮かんできた。
そして、それが<情報理法>によるデータベースからの情報だということがわかる。
「できたみたい。今日は共和暦479年3月22日で、場所は魔導共和国の首都、導都。だって」
「ふむふむです。これは推測ですが、きっとこの場所に送られてきたということにも意味があると思うです」
「無作為に送られてきたわけではないってことだよね?」
「そうです」
「とりあえずこの国の首都にいるみたいだから、魔導共和国っていうところでなにかわかるってことかな?」
「だと思うです」
「んんー、でもこれだけじゃ、なにから始めたらいいのかっていうことはわからないままだよね?」
すべては五里霧中、そんな心境だった。
「とりあえず街中を歩いて見て回ってみてはどうです?」
情けないことではあるが、私には妙案は浮かばなかったので、絢佳ちゃんの提案に乗ることにした。
「わかった。じゃあ行こうか」
「その前に、です」
「その前に?」
「祝ちゃんは武装は調えなくていいんです?」
「武装……」
確かに私は武器も防具も持っていない。
無手無装でも戦えないことはないが、<姫流剣術>の力を使うには武装が必要だ。しかも、<龍姫理法>による魔力を帯びている必要があるのだ。
しかし、である。
「でも、私お金持ってないよ?」
「わたくしもないです」
「だよねぇ」
私はどうにかできないかと、≪検索≫してみた。
すると、<龍姫理法>で武具を作ることができるのがわかった。
「魔法でなんとかなるみたい」
私は絢佳ちゃんにそう告げてから、魔法を発動させる。
まず、<情報理法>で魔力を「魔法効果」として≪情報化≫させる。
次いで<龍姫理法>でその効果を現実のものとして発顕させるのだ。
この二段階の手順を踏むシステムにより、<龍姫理法>は自由な効果を広く使えるようになっているのである。
ただしそれぞれの手順には、本来ならば1時間ずつの発動時間が必要となる。
そうして作った効果を自身の魔力や何らかのアイテムに留めて置くことを止蔵といい、そうやって準備しておいた魔法を発顕させるのが<龍姫理法>の使い方である。
それを私は「妖書」と<光魔勁>スキルによって短縮させることができるのだ。それも一瞬のうちに、両方の手順を終わらせられる。
それどころか、両方の手順を同時発動することもできるのだ。
先ほどの戦いでも、私はそうやって準備なく魔法を使えたのである。
ともかくそうして私は、ショートソードと鞘、鎖帷子とバックラーシールドを一瞬で作り出した。
打撃力や防御力を増強させることもできるようになっているので、それなりに強化もしておいた。
それから私は鎖帷子を着込み、武器を腰に吊した。
「これでいいかな?」
「いいと思うです」
絢佳ちゃんは満足げにうなずいた。
「ときに祝ちゃん」
「なあに?」
「実戦経験はないんです?」
「うん。ないね」
うむうむというようにうなずくと、絢佳ちゃんは言った。
「ではこれから、わたくしと模擬戦をするです」
「模擬戦? これから? っていうか、ここで?」
「はいです。模擬でも経験しておくのとまったくの未経験とでは大違いです。ここなら邪魔も入らないですし、人目もないです」
「それはまあ、そうかもしれないけど」
「さっきみたいに、いざ、というときがいつ来るかはわからないです」
「うん。確かに」
「ではいくです」
「えっ、ちょっと待って」
私は急いで盾を左腕に括りつけると、剣を抜き腰を落とした。
「うん、いいよ」
――と、私が言い終わるや否や絢佳ちゃんが私に向かって突撃してきていた。
私は反射的に半身をずらして絢佳ちゃんの右の拳を躱す。
――速い!
私の<武勁>が警鐘を鳴らす。
この攻撃を食らってはただでは済まない、と。
絢佳ちゃんは流れるような動きで拳を引くと同時に左フックを放ってくる。
私はかがんでそれをやりすごすが、絢佳ちゃんはそのまま回転して右の後ろ回し蹴りを放った。
盾でなんとか受けるが威力を殺しきることができず、私は後ろに転がった。
そして次の瞬間には絢佳ちゃんの拳が眼前で寸止めされていた。
完敗だった。
あっけないほどに。
「反応は悪くないですけど、対処がだめです。祝ちゃんが本来の力を十全に発揮できるようになるには、ずいぶんと時間がかかりそうです」
絢佳ちゃんは拳を開いて私の手を取ると、私を助け起こしながらそう言った。
たったこれだけの攻防で、そこまで読み取れるものなのだろうか?
いや、きっとできるのだろう。
私は曖昧にうなずくと、へこんだ盾を見下ろした。
まだ左腕がじんじんと痺れるように痛い。
とりあえず≪治癒≫をかけて痛みを取った。
すると、
「では、今度は祝ちゃんから攻めてくるです」
絢佳ちゃんがそう言って、手をくいくいっとしていた。
私はうなずいて、剣を構えた。
しかし――
私の<武勁>が再び教えてくれる。
隙がない。
どう思い描いても、自分が勝てる未来が予想できなかった。
絢佳ちゃんって強い、ほんとに強い。
高鳴る動悸を抑えられない。
「どうしたです?」
「う、うん。絢佳ちゃん強くて、どう攻めたらいいのかわかんなくって……」
絢佳ちゃんは満足げにうなずいた。
「それがわかるのはいいことです。強さの証です。でも、女にはやらねばならないときがあるです。さあ、来るです」
絢佳ちゃんにそう言われて、私は覚悟を決めた。
どのみち勝てないならば、胸を借りるつもりでいこうと。
私は剣を振りかぶると絢佳ちゃんに向けて突進していった。
間合いが詰まったところで袈裟懸けに剣を振り下ろす。
しかし、絢佳ちゃんは左の手刀で剣を受け止めた。
刃が絢佳ちゃんの手を傷つけることはなく、それ以上剣を振り下ろすこともできなかった。
私が目を瞠っていると、絢佳ちゃんは手刀で剣を押しやって拳を突き出してきた。
私は慌てて盾で受け流す。
それでも拳は重く、衝撃が伝わってくる。
私は一歩下がって、剣を構え直した。
そして、今度は絢佳ちゃんの心臓の辺りを狙って剣を突き出す。
絢佳ちゃんは難なく躱し、私の足を払った。
そして、私が体勢を立て直す暇を与えずに、私の腰を軽く蹴って転ばされる。
それで終わりだった。
「ふむふむです。祝ちゃんの実力はだいたいわかったです」
絢佳ちゃんがそう言いながら、私に手をさしのべてくれる。
私は小っちゃな絢佳ちゃんの手をつかんで立ち上がった。
「どう感じたです?」
「うん、絢佳ちゃんは強いね。それに、こうしなきゃって思ったときにはもう遅かったり、判断から間違ってたのかなって思ったり」
「考える前に身体が自然に動くようにならないといけないです。そうすれば、祝ちゃんの本来のキャパシティからしてかなり強くなれると思うです」
「そうなんだ。でもどうしたらいいんだろう?」
「練習あるのみです。基本の反復練習と試合形式の練習を繰り返して、それに実戦も交えていくです。祝ちゃんは本来相当強いですから、すくすくと成長できると思うです」
「すくすく、かぁ」
それはなんだか用法が間違っている気がして、私は笑った。
絢佳ちゃんも笑顔を見せてくれる。
それがなんだか、私にはとても嬉しかった。
私たちはひとまず満足して、外に出ることにした。
そして裏路地をゆっくり歩きながら、都市の中心部とこの辺りとを遮る内壁を目指した。
すると、しばらく進んだところでなにやら喧噪が耳に届いてきた。
「なんだろう?」
絢佳ちゃんに問いかけると、
「あれは、さっきの男たちの声です」
と、思いもしなかったことを聞かされた。
「えっ? ほんとに?」
思わず聞き返すも、絢佳ちゃんはうなずく。
「それに、女の人の声も聞こえるです」
厭な予感がした。
私たちはうなずき合うと、声のする方へ駆けだした。
ほどなく、先ほどの男たちがひとりの女の人を取り囲んでいるのが見えてきた。
彼女の服装などからして、この辺りに住む貧民だと思われた。
「とりま、こいつが怪しい奴だったってことにしてとっとと帰ろうぜ」
「そうだな。さっきの奴らはなんかヤバい」
男たちの身勝手な物言いに、頭が熱くなった。
「なにする、つもりなの……」
私が思わず声に漏らすと、
「きっとわたくしの身代わりに殺すつもりです」
絢佳ちゃんの冷静な声が返ってきた。
私は走りながら絢佳ちゃんを見た。
「ああいう下衆な奴らはどこにでもいるです」
私は彼らに視線を戻した。
「赦せない」
「ですね」
すると、彼らの内のひとりが私たちに気づいた。
「くそっ、さっきの奴らだ!」
その声に、男たちは一斉にこちらを振り向いた。
そして女の人を放り出すと、各々に武器を構える。
しかし、今の私にはわかる。
彼らは隙だらけで、簡単に倒せるということが。
駆ける速度を上げると、すぐに私たちは彼らを間合いに捉えた。
私が剣を抜くと、絢佳ちゃんがふたりの頭を拳で打ち抜いた。
そして、私が手を下す間もなく、絢佳ちゃんの蹴りが残りふたりを吹き飛ばしていた。
「死んだの?」
私は男たちを見やりながら、思わず聞いていた。
「はいです」
絢佳ちゃんは簡潔にそう答えてきた。
「これでもう、後腐れはないです」
「――でもっ!」
私の声に、絢佳ちゃんが振り向いて不思議そうに首を傾げた。
「でも、なんです? ここで殺さなかったら、遺恨をずっと引きずることになるです。
それが今回の原因です」
それには、答えられなかった。
確かに正論だ。
しかし――
「……あ、あの、」
私の逡巡を遮って、か細い声がした。
襲われていた女の人だ。
痩せ細って汚れも目立ち、衣服もぼろぼろだった。
「もう大丈夫です」
絢佳ちゃんが笑顔で彼女にそう告げていた。
「ただ、今回のことは忘れて欲しいです。できるです?」
彼女は震えながら何度もうなずいた。
「絢佳ちゃん、それは、」
「なんです?」
絢佳ちゃんの視線が鋭く私を貫いた。
二の句を継ぐことは、私にはできなかった。
「この人の命を救うことができた、そう前向きに考えてはどうです?」
絢佳ちゃんが言う。
尤もらしい言葉だ。でも、それは詭弁だ。
でも、でも、だ。
都合よく男たちの記憶を消すことはできない。
魔法でやれば、その痕跡は残る。
「妖書」の力でも、そういうことはできない。
ならば、詭弁でもそれに乗るしかないのだろう。
少なくとも、世間知らずで物事をよくわかっていない、今の私には。
「うん、わかった」
「じゃあ、死体を埋めて欲しいです」
私はうなずいて、<龍姫理法>で路面に穴を開けた。
絢佳ちゃんが手早くそこに男たちの死体を放り込む。
あとは、埋めるだけだった。
女の人は、いつの間にかいなくなっていた。
彼女から足が付く可能性もないではないが、恐らく心配はないだろうとは絢佳ちゃんの弁だ。
今はそれを信じるしかない。
私は己の無力さを痛感しつつ、その場を去った。