砦攻略戦――雫
その日の夕方、作戦司令部のテントに集まり、会議をおこなった。
作戦はおおむね成功で、「妖術師」を捕縛できなかったものの、撃破できたことは評価された。
そしてそれ以上に、泰元老院を捕縛できたことが評価された。
私以上に、かすみさまが喜んでいるようだった。
論功行賞などは後日、通達があるとのことであったが、私は正直、あまり興味はなかった。
重要人物の捕虜は導都まで連れ帰ってから、改めて尋問をおこなうという。
こちらも、私にとってはそれほど関心のあることではない。
問題なのは、私やみんながこれ以上襲撃を受けたりしないかどうかだけなのだ。
一連の政変に片がつけばそれも落ち着くだろうことは想像に難くないので、私はこれで一安心だと思った。
会議が終わり、私たちに割り当てられたテントに戻ると、みんなはテントの外で夕食の準備をしていた。
「ただいま」
「あ、おかえりです」
絢佳ちゃんが抱きついてくる。
次いでリィシィちゃんも私たちふたりごと抱きしめ、頰をすり寄せてきた。
他のみんなからも、挨拶が飛んでくる。
と、そこに見慣れない顔があることに気がついた。
龍孫人系の顔つきをした、絶世の美少女だった。
それはもう、びっくりするほどのかわいらしさだ。
プラチナブロンドの髪の毛をボブカットにして、めがねをかけた瞳は黒く艶めいている。
小柄で華奢な体躯もまた、彼女の愛らしさに拍車をかけるものだった。
純白のシャツとスカートに白銀に輝く鎧を身につけたさまは、天使のようですらある。
背中に弓、腰には剣を下げており、冒険者のようだった。
黒い瞳をくりくりさせて、小動物のように彼女は私を見つめていた。
「えと、あの……?」
「ボクは、雫だよー。あなたが祝ちゃんだよね?」
「う、うん」
私は絢佳ちゃんとリィシィちゃんに抱きつかれながら、うなずいた。
「この子は、この作戦に冒険者として参加していたんだ」
クレアちゃんが補足してくれる。
「そうなんだよー。祝ちゃんもいると知らなかったからびっくりだよー」
「私のこと、知ってるの?」
雫ちゃんは、ひまわりのような笑顔でうなずく。
「もちろんだよー。祝ちゃんは有名人だもん」
「ゆ、有名人?」
「そうだよー。特に冒険者ギルドでは有名だねー。大白王国の冒険者ギルドまで名前が届いていたからねー」
「!?」
それは、私にとって、あまりにも予想外の言葉だった。
隣国の冒険者ギルドにまで自分の名前が伝わっているという。
「まあでも、ボクが祝ちゃんのことを知ったのはもっと前、冒険者ギルドとか関係ないんだけどねー」
「それは、どういう……?」
雫ちゃんは小首をかしげて、にっこりと笑った。
なんというか、小悪魔っぽい。
「それはねー、ボクがダラフォさまからの神託を受けたからだよー。ボクは「聖処女」だからねー」
「――!!!」
それって、つまり――
私は瞠目した。
しかし、雫ちゃんはあくまでマイペースに話を続ける。
「ダラフォさまはね、祝ちゃんを保護しなさいって仰ったんだよー。
だからボクは「緑の地」からはるばるここまで来たんだー」
「それは、本当に、ダラフォさまの?」
「うん。間違いないねー」
「どうして、そう言い切れるの?」
「んーとねー。じゃあ、そもそもの話からするねー。
ボクの同僚の子がね、夢でお告げを見たの。
「聖処女」が出てきて、祝ちゃんを殺せって。
でね、あまりに物騒な夢だったから、祭主さまに相談したんだよー。
それでね、ボクが次の日にダラフォさまの夢を見たんだ。
で、祭主さまに相談したらね、祝ちゃんを守りなさいって言われたんだー」
あまりに直截的なお告げとやらに、私は慄然として、言葉を失った。
「お、おい、だいじょうぶか、祝?」
「わたくしたちが守ってさしあげますわ」
「そうです」
「う、うん」
「あー、それはもうだいじょうぶだよー。誰も祭主さまの決定には逆らわないし。
お告げを受けた子もなにもしないで今でも「緑の地」にいるから」
私は黙って首肯した。
「雫、さっき話してくれたことを、もう一度、祝に話してくれないか?」
「うん、いいよー。もちろんだよー」
雫ちゃんは、笑顔でうなずく。
「ダラフォさまはねー、祝ちゃんのことを案じてらっしゃるんだー。
そして、祝ちゃんのお手伝いをしなさいとも仰ってらしたよー。
だからボクは、ここのみんなみたいに、祝ちゃんのパーティに入れて欲しいんだよー」
「私の、手伝い?」
「そうだよー。祝ちゃんが世界のためにがんばってるから、是が非でもお手伝いしなさいって」
「ダラフォさまが?」
「うん。ダラフォさまは仙境の守り神だからねー。そういうことがわかるんだよ」
雫ちゃんはにっこりと微笑むと、私の手を包み込むようにして握った。
「だからよろしくね、祝ちゃん」
「うん――」
雫ちゃんの笑顔があまりにもまぶしくて、私はぼーっと見つめてしまった。
「ボクの顔になにかついてる?」
「う、ううん」
私はぶんぶんと首を振った。
「うふふ。変な祝ちゃん」
雫ちゃんは朗らかに笑う。
こんなにも笑顔の似合う女の子がいるものなのか、と私は場違いなことを思った。
「うん、ごめんなさい」
「えー、なんで謝るのー? 変なのー、おっかしーんだー」
雫ちゃんの笑い声がくすくすと響き渡る。
それは、心を軽くしてくれる声色だった。
「それで、どうする祝?」
クレアちゃんが、にやにやしながら聞いてきた。
「う、うん。パーティのことなら、いいと思う」
「やったー!」
雫ちゃんはばんざいをして、私に正面から抱きついてきた。
とても甘い、いい香りがした。
私は顔が赤くなるのを感じて、恥ずかしくなる。
私の左右には、まだ絢佳ちゃんとリィシィちゃんが抱きついたままなので、3人に抱きつかれた形になる。
「よろしくねー、祝ちゃん」
そう言って雫ちゃんは、私の頰にキスをした。
「――!!!」
私は、びくっと背筋を伸ばした。
雫ちゃんの唇の柔らかさに、私は心奪われてしまう。
「あれー? なに赤くなってるの? 祝ちゃんかわいいんだー」
雫ちゃんはさらに笑顔を満面にして、私に頬ずりしてきた。
私は、ますます身体を固くした。
「むう」
リィシィちゃんが、不意に私の身体を引っ張った。
「祝ちゃんは、わたくしのものですわ! ねぇ、祝ちゃん?」
そう言うや、リィシィちゃんは私の顔を両手で挟んで横を向かせると、その唇で唇をふさいだ。
「!?」
「あらあらー、お熱いのね!」
雫ちゃんが、キャッキャと黄色い声をあげる。
さらには、皆のブーイングまで聞こえてきた。
どうしろっていうのか。
私はリィシィちゃんを引き剥がすと、
「こ、こんなところで駄目!」
と叫んだ。
「それって、そういう意味だよねー?」
雫ちゃんが、めがねの奥の瞳を輝かせながら聞いてくる。
「えっと」
私が口ごもると、
「隠さなくてもいいよー、祝ちゃん。
ボクもそういうのわかるし」
「わかるって、えっ、そういうこと?」
私は思わず聞き返していた。
雫ちゃんはにんまりと笑うと、
「そういうこと、そういうこと!」
と元気いっぱいに言った。
「ダラフォさまのところは男子禁制だからねー、自然、女の子同士になっちゃうんだよー」
「な、なるほど」
私は、若干気圧されながら言った。
「ということはー、ここにいるみんなとそういう関係なのかなー?」
雫ちゃんは、そう言いながら、皆を見回す。
「そうですわ!」
即座にリィシィちゃんが答えた。
「わたくしは違うです。祝ちゃんとは親友です」
が、絢佳ちゃんは、冷静に否定した。
「あ、そうなんだ」
「はいです」
「ふたりはお似合いだと思うけどなー」
「ありがとうです。でもわたくしには、愛を捧げた旦那さまがいるです」
「ほほー、言うねー」
雫ちゃんは、絢佳ちゃんに微笑んだ。
「でもそんな風に言える相手に出会えたなんて、うらやましいなー」
「雫ちゃんもすぐに出会えるです」
「そう? だといいなー」
絢佳ちゃんは、またにやにやと笑っている。
このパターンは、そういうことなのか?
私は深く考えないことにした。
私たちは、さらに一日キャンプを張って待機した。
捕らえた残兵の処刑がおこなわれていたからだ。
そこまでしなくてもいいんじゃないかとも思ったが、今回は事が事だ。
徹底的にやって、見せしめとするのだろう。
同情はしないが、不幸なことだとは思った。
しかし、政権の安定した共和国でクーデターを起こしてしまったのだ。
そしてそれに失敗して籠城にまで付き合った時点で結果は見えていたとも思う。
判断ミス、しがらみ、その他にも色々あったかもしれないが、要はそういうことだ。
世の中そんなに甘くはないということだろう。
そして私たちはゆっくりと帰還した。
凱旋という訳にもいかなかったが、すでに戒厳令は解除されていることもあり、街中は平穏に見えた。
久しぶりの我が家に、私は心底ほっとした。
みんなでお風呂に入り、私はそのままベッドへ連行された。
結果としてさらに疲れたものの、幸せなひとときだったとだけ言っておこう。
夕食を食べた後、のんびりとお茶をしながら、私たちは今回のことについて話をしていた。
「雫の件について、祝はどう感じた?」
「うーん。嘘は言ってなかったと思う。
ただ気になったのは、やっぱりダラフォさまのことかな。
他のみんなのときとは、明らかに違ってたよね?」
「そうですね。聖杜神さまも神託を送ることはなされませんでしたし」
「わたくしたちの先達もそうですわね」
「どんな違いがあったんだろう?」
私の疑問に、
「そもそもダラフォ神とはどういう神様なんです?」
絢佳ちゃんが尋ねた。
「伝承によれば、ダラフォは神代から世界の守りを担ってきたという女神だ。
その象徴が、信徒たる「聖処女」たち――雫たちのことだな。
他の神統には属さず、独立した信仰を集めている。
そして大地と緑に属する女神でもある。
これは、聖杜神との関係も囁かれる話ではあるが、一応、別の神だ」
クレアちゃんの言葉に、沙彩ちゃんがうなずく。
「以前、祝が調べてきた「約束の地」の話は覚えているな?」
「はいです」
「問題なのは、やっぱりそこだろうと思う」
「あたしもそう思います」
「約束の地」――世界の中心たる場所。
そこにおり、世界を守る女神。
今回の話の中枢に位置するとも思える話だ。
雫ちゃんには、是非ともさらに詳しく話を聞かなくてはならないだろう。
しかしその前に、雫ちゃんに正式にパーティに入ってもらい、信を得る必要がある。
ある程度こちらの事情も把握しているとはいえ、<妖詩勁>や「黒書」に「監視者」といった本質部分についてはおそらく知らされていないだろうからだ。
そして、できればそれ以上の関係にもなっておきたい。
そう思ってしまうのは、これまでの流れ以上に、私が雫ちゃんに惚れてしまっているからだろう。
それは認めよう。
でも、また拒否されたら?
セラちゃんのときは受け入れてもらえたけれど、美少女慣れしていそうな雫ちゃんにとっては、私は魅力的とは言えないかもしれない。
あるいは、思い人がいる可能性も高い。
あれほどの美少女なのだから。
とはいえ、それを今、うじうじと悩んでいても仕方がない。
雫ちゃんとは、明日、冒険者ギルドで待ち合わせしている。
その後、家に招いて、詳しい話をして、そのさらに後のことになる。
そのときに、勇気が出せるといいのだが。
まあ、がんばろうと思う。
翌朝、私たちは揃って冒険者ギルドに顔を出した。
中に入ると、雫ちゃんがいて、その周りに大勢のギャラリーができていた。
「あ、やっほー!」
雫ちゃんはめざとく私たちを見つけると、ギャラリーを割って出てきた。
ギャラリーを構成していた男たちは、私たちを見ると、がっかりしたようにため息をついて解散していった。
その意味は深く考えまい。
「じゃあ、パーティ登録するねー」
見せてもらった冒険者カードは、Cランクだった。
「この前の戦いの功績で、今日Cランクに上がったんだよ」
とは、雫ちゃんの弁だ。
ちなみに私たちは特にランクの変化はない。
そして、すぐに家に雫ちゃんを招いた。
わざわざみんなで行動していたのは、念のためだ。
まだ襲撃の記憶は私たちの脳裏にこびりついたままなのだ。
家に着くなり、雫ちゃんがはしゃいだ声を上げた。
「わー、すごい立派なお家だねー!」
「う、うん。ありがとう」
私は照れながら、食堂に案内する。
そして、オルガちゃんがお茶を配り終えるのを待って、話し合いをはじめた。





