砦攻略戦――突入
私は絢佳ちゃんのところへと駆けつけた。
階下への入り口で、群がってくる魔猿を相手に、絢佳ちゃんは全身を武器に戦っていた。
拳や足は言うに及ばず、頭突きや体当たりも交えつつ、魔猿たちを翻弄し、撃ち返している。
私が入ると邪魔になると感じ、私は魔法での援護に入ることにした。
<感気>で魔猿の存在を捉え、31発の≪調伏≫を放つ。
止蔵していた分が消えてなくなってしまったので同時発動数が少し減ってしまったのは仕方がない。
それでも、右へ丸く曲がっていく階段の見える範囲にいた魔猿が消滅した。
絢佳ちゃんが振り返り、
「ありがとうです、祝ちゃん!」
と微笑んだ。
絢佳ちゃんの顔に疲労はなく、元気いっぱいだ。
私はうなずくと、背後を振り返った。
セラちゃんが参戦したことで拮抗が崩れ、一気に戦闘が終わろうとしていた。
そのときだった――
「うわぁ-! よ、「妖術師」がっ!」
≪通信≫に悲鳴が入る。
「どうした、なにがあった!?」
イスマイルさまが問いかけるが、その言葉を最期にその≪通信≫が途絶してしまった。
私は再度振り返る。
戦闘が片付いたかすみさまも、私を見ていた。
私はこの場を絢佳ちゃんに任せ、かすみさまのところへと駆け寄った。
「かすみさま! 今の……」
「本隊のどこかの部隊が「妖術師」と遭遇してしまったみたいね。どうしようかしら?」
「転法輪卿、そちらの現状は?」
そのとき、イスマイルさまからかすみさまに≪通信≫が入った。
「はい。城楼屋上を確保しました。いかがなさいますか?」
「よし。そのまま突入せよ」
「はっ」
かすみさまと私はうなずき合う。
私たちは絢佳ちゃんを先頭に置いた隊列を組み直す。
魔猿の反応は消えており、<感気>に引っかかる存在もかなり遠くにしかない。
急ぎ、螺旋階段を下りていく。
石造りの塔の中はひんやりとして薄暗い。
ガチャガチャとした鎧の音が響き渡る中、急ぎすぎず遅すぎない速さで下っていく。
その間に、私はみんなに先ほどの≪通信≫のことを伝えた。
「じゃあ「妖術師」はどこにいるんだ?」
「わかりませんわね。この砦、それほど大きいわけではありませんけれど、急がなければ直に外に逃げられてしまいかねませんわ」
「そうですね。急がないと」
「みんな落ち着いて」
私たちの会話を遮って、かすみさまが言った。
「わたしたちは、わたしたちの仕事を果たしましょう。
いくら「妖術師」とはいえ、地上部隊の戦力からそうそう逃げられるとは思えないわ」
「わかりました」
一回り半して、横に建屋への入り口があった。
かすみさまは中へ踏み出す。
<感気>に反応はなく、近くには誰もいないと思われた。
床には埃が溜まり、その上に雑多に足跡が無数についている。
部屋の正面には扉があり、そこは閉まっていた。
かすみさまは振り返るとひとつうなずいて、扉に向かった。
扉に鍵は掛かっておらず、簡単に、しかし錆びついた音を響かせて開いた。
扉の先は通路になっており、左右に長く伸びていた。
「どうしますか?」
私が問うと、
「そうね。虱潰しにする時間もないし、先に一階まで下りてしまおうかしら」
かすみさまは左右を見回しつつ言った。
「しかしかすみ、一階は突入部隊が制圧しつつ上を目指しているんだろう?
私たちは上から探っていくべきじゃないのか?」
「それもそうなんだけど」
クレアちゃんの言葉に、かすみさまも首をひねる。
「≪索敵≫」
私は<光真術>で怪魔の反応を探ってみた。
魔猿はもちろん、「妖術師」もこれで存在を確認できる。
「えっと、2階下くらいに5つの反応があります」
≪索敵≫で捉えた対象は≪魔識≫により、種別を確認できる。
「「妖術師」と「渾沌の場」です!」
みんなの間に緊張が走る。
「急ぎましょう」
かすみさまの言葉に、私たちは城楼に戻る。
「反応は全部、「妖術師」なの?」
「ひとつが「渾沌の場」で、残りは「妖術師」です」
「ずいぶんと多いな。魔猿はもういないのか?」
「この辺りにはもういないみたい。
さっきは少し反応があったんだけど、移動したんだと思う」
私たちは螺旋階段を駆け下りながら話す。
「おそらくボスの「妖術師」はひとりで、あとは護衛の戦士でしょうね」
「そうであって欲しいところだな」
「どちらにせよ、粉砕するのみですわ!」
リィシィちゃんが勇ましく言い、
「そうだな」
クレアちゃんもうなずいた。
その間に螺旋階段を二回りして、私たちは部屋の中に飛び込んだ。
≪索敵≫で捉えた対象は、自動的に≪追尾≫できるので、私は≪索敵≫を維持し続けていた。
「この階にいます。右です」
かすみさまは扉を開くと、一度左右を確認して、通路を右に走り出した。
すぐのところにある左手の扉の向こうに反応がある。
「かすみさま、そこの扉の先にいます!」
私たちは扉の左右に展開して待機し、かすみさまを先頭に突入した。
すぐ目の前には戦士がひとりおり、かすみさまに向けて両手剣を振り下ろしてきた。
かすみさまは盾でガードしつつ、そのまま前方に押し込んだ。
すかさずクレアちゃんと沙彩ちゃんが左右に走り出て、かすみさまの後ろにリィシィちゃんが続く。
室内には戦士が3人、魔術師風の男がひとり、そしてその側に「渾沌の場」があった。
戦士ふたりはクレアちゃんと沙彩ちゃんに接敵して剣戟を交わしはじめる。
私はまず、「渾沌の場」を消すために≪調伏≫を撃った。
魔力による対抗に打ち勝ち、「渾沌の場」が消える。
これで「妖術師」は強力な術行使ができなくなったはずだ。
事実、魔術師風の男は苦い顔をした。
かすみさまは鋭い剣撃で両手剣を振り回す男に冷静に対処し、盾で受け流し、時に押し返しながら隙を見て剣を揮っていた。
男は徐々に押し返される。
クレアちゃんは槍を突き出す女と戦っていた。
槍の長い間合いに攻め手を欠くものの、落ち着いた所作で槍を捌き、食い止めている。
沙彩ちゃんはフレイルに盾を持った重装備の男の攻撃を難なく防ぎながら前進していた。
リィシィちゃんはその隙間を抜け、前に出る。
もうひとりの男が両手に構えた曲刀を手に、迎え撃つ。
「あたしはどうしたらいい?」
セラちゃんの声に、私は答える。
「じゃあ、私と一緒に「妖術師」をお願い」
「わかった」
私はセラちゃんと奥にいる「妖術師」目がけて走り出した。
絢佳ちゃんも私の横に並び、走り出す。
すると、突如として足下に違和感を覚えた。
見れば、床から複数の触手が生えて、足に絡みついてきていた。
私は即座に剣を一閃させて触手を切り裂き、消滅させる。
見れば、セラちゃんと絢佳ちゃんは力業で触手を引きちぎって逃れていた。
その辺りはさすがである。
途上、ちらっと見れば、みんなは奮戦していた。
かすみさまは両手剣の攻撃をいなしながら、確実に男に斬撃を与えていた。
しかし、大きく戦局を傾けるには至っていない。
クレアちゃんは槍との間合い差に苦心しつつも、傷ひとつ負わず戦っている。
沙彩ちゃんは、フレイルの強力な打撃を盾で防ぐも、相手の重装備になかなか有効打を与え切れていなかった。
リィシィちゃんは曲刀の二刀流の激しい斬撃を時に躱し、時に盾や剣で受け流しつつ、確実にダメージを与えている。
このぶんだと、なんとかなりそうだと私は判断した。
そして、目の前の「妖術師」に集中する。
いつの間にか彼の足下には「渾沌の場」が再び形成されており、彼は私を見てにやりと嗤った。
「≪衝撃呪≫」
詠唱とともに、突然、全身に衝撃が走り、身体の動きを鈍らされた感覚を受けた。
セラちゃんと絢佳ちゃんも同様の衝撃を受けたみたいだが、絢佳ちゃんはほとんど影響を感じさせずに「妖術師」に迫った。
その瞬間、
「≪縮円破≫」
新たな妖術が発動し、禍々しい色合いの輪が生じ、それが一気に縮小して絢佳ちゃんを背後から襲った。
しかし、絢佳ちゃんは軽い腕の払いでそれをいなすと、「妖術師」に拳を叩き込んだ。
「妖術師」は一撃で吹き飛び、壁に背中をぶつけて、そのまま膝をつく。
私は足を止め、
「≪光弾≫」
31発の≪光弾≫を撃ち込む。
「妖術師」はわずかに抵抗をみせて防御するも、身体中に突き立った≪光弾≫の前に斃れた。
それと同時に「渾沌の場」が乱れ出す。
私は≪調伏≫で「渾沌の場」を消すと、背後を振り返った。
すでにセラちゃんがかすみさまの相手の戦士に背後から襲いかかり、あっという間に投げて締め上げていた。
そこへ、かすみさまが留めの剣を突き立てた。
リィシィちゃんは満身創痍となった敵を、今まさに斬り伏せたところだった。
沙彩ちゃんは相変わらず、拮抗した戦いを繰り広げており、それはクレアちゃんも同様だった。
そう思ったときには、セラちゃんと絢佳ちゃんが一息に間合いを詰めて背後から殴りかかり、勝負は一気についた。
すぐにもかすみさまはイスマイルさまに連絡し、「妖術師」一派の撃破を伝える。
「了解した。ご苦労。地上部隊の方も順調だが、そちらに合流してくれ」
「わかりました」
イスマイルさまからの返答は簡潔なものだったが、かすみさまはほっとした表情をしていた。
「みんなも、ご苦労さま」
「はい。お疲れさまでした」
私は頭を下げた。
かすみさまは私の頭をくしゃっと撫でながら、続けた。
「叛逆者と焔蛇の制圧に、わたしたちも参加するわ」
みんなはうなずく。
「怪我はない? 準備はいい?」
「大丈夫だ」
「問題ありませんわ」
「はい」
私たちは、螺旋階段まで戻り、一階へと下りた。
途中から激しい剣戟の音が聞こえてくる。
扉を開け放つと、部屋中で戦闘が繰り広げられていた。
見た感じ、戦っているのは傭兵と貴族の私兵のようだった。
すると、壁際にいい身なりの男が立ち、震えているのが目に入った。
「かすみさま、あれ!」
「よし。捕縛して!」
「わかりました」
私は貴族らしき男に向かって、≪精神操作:眠り≫をかけた。
魔力抵抗に打ち勝ち、男はぐったりと横になった。
貴族の直近の護衛らしき男がふたり、ぎょっとしたように私たちの方を見る。
しかし、<妖詩勁>によって飛翔して戦場を飛び越えたクレアちゃんが降下しながらひとりを斬り伏せ、もうひとりはテレポートした絢佳ちゃんの手によって関節を極められていた。
かすみさまは身軽に戦うものたちの間を縫って行くと、ロープを取り出して縛り上げた。
私たちはゆっくりと迂回しながら行った。
「貴族一名と護衛二名捕縛しました」
かすみさまがイスマイルさまに連絡をする。
「よくやった」
イスマイルさまからの返答も心なしか弾んでいる気がする。
その後、私たちは戦闘に参加し、私兵を駆逐した。
焔蛇も掃討され、焔蛇のボス、ラルフ・ラッセルなる男も捕縛された。
貴族は、元老院の秦啓一侯爵だった。
これで大物ふたりを捕らえ、「妖術師」を斃すことができた。
その日の夕方には残党も捕縛し終え、作戦は無事、成功のうちに終えることとなった。





