政争
それからの日々は、慌ただしくも緩慢に過ぎていった。
慌ただしかったのは国の方で、それはもちろん、国のトップ逮捕からの混乱が原因だ。
そして私たちは、警邏隊の魔導騎士に守られて身動きもできず、屋敷で緩慢な時間を過ごしていた。
漏れ聞こえてくるのは物騒な噂ばかり。
元老院から貴族、騎士、商人まで芋づる式に摘発されていっているという。
自殺や逃走、籠城に走るものもいるというが、それはごく少数のことらしい。
ほとんどのものたちは、騎士団に従って連行されて行ったのだった。
もちろん、私たちも、何度も事情聴取を受けた。
そればかりではなく、捜査の進展などを教えてもらえることもあった。
それはとりもなおさず、私が当事者だからだ。
他にも、「魔王」さま方から御苑の様子などを教えてもらったりもした。
そうした日々を2週間ばかり過ごした頃、もうひとりの執政官趙圓儀さまと「姫流総長」イスマイルさまが来た。
「まずはこの事態に巻き込んでしまったことを謝らせていただきたい」
趙さまは、開口一番、頭を下げてそう言った。
「い、いえ、どうか頭を上げてください」
私は恐縮して言った。
「私からも謝らせてもらおう。
私の監督不行き届きだ」
「そんなこと」
「そういう訳にはいかん。けじめはつけんとな」
険しい表情で、イスマイルさまが言う。
「そうとも。それにまだ収集はついていないのだからな」
「閣下、私どもにできることはなにかありませんでしょうか?」
クレアちゃんが問いかける。
「ふむ。退屈かね?」
イスマイルさまが、片眉を上げながら答えた。
「退屈というより、この国に仕える騎士のひとりとして、この有事になにもできないのが心苦しく」
「そうか。そうだな。
しかし、卿らはあまりに核心に過ぎるのだ。
それがどういう意味かわかるだろう?」
それは、私にはわからなかったが、クレアちゃんは理解しているのか、黙り込んでしまった。
「あの、どういう意味なんでしょうか?
私には、ちょっとわからなくて」
「つまりだ」
趙さまが言葉を継いだ。
「今、君たちが動くということは、政争のただ中に飛び込んでいくということなのだよ。
君はそれを望んでいるかね?」
私は、無言で首を振った。
「この件が片づくまで、君たちは動かない方がいい。
そうすれば、君たちは巻き込まれた被害者という立場でいられる」
「そう、うまくいくのでしょうか?」
「名目というものは、時にいい働きをする。
それを活用できる力と場所がある場合は、特にな」
「なるほど」
なんとなくだが、趙さまの言うことはわかった気がした。
名目上、私たちの立場を囲うことで、私たちを政争から遠ざけることができるということなのだろう。
政治などという世界には、正直言って関わりたくない。
ここは、素直に言うとおりにしておくべきだと思った。
「わかりました」
私の言葉に、おふたりはうなずいた。
それからさらに日が経ったある日のこと。
冒険者ギルド長のノーマンさんが来た。
「みんな、元気……って感じではないな」
「軟禁生活に飽き飽きしてるんだ」
クレアちゃんが苦笑しながら言った。
「ああ、なるほどなぁ。
そこでものは相談だ。
君たちに仕事の依頼をしたい」
「仕事、ですか? でも、私たち、勝手に外に出られないんですけど」
「その問題の手筈はついてる。
もし引き受けてくれるなら、外に出してやれる」
「ほう。手回しのいいことで」
クレアちゃんが茶化すと、
「まあな。それくらいの大仕事ってことでもあるんだが」
「ということは、「妖術師」絡みですの?」
「そのとおりだ」
リィシィちゃんの質問にノーマンさんはうなずく。
「詳しく話してくださいますか?」
「もちろん。と言っても概要はシンプルだ。
件の「妖術師」の隠れ家を突き止めた」
「「「「!!!」」」」
全員の間に緊張が走る。
「そしてここからがこの話の肝になるんだが、お国の騒動で逃走したやつも結構いたわけだ。
そいつらを追っていたところ、その逃げ場に怪しげな反応があった。
調べてみれば、渾沌の場ができていた。
つまり、今回の騒動には「妖術師」の影もあった、というわけだ」
「なんですって!?」
沙彩ちゃんが立ち上がっていた。
「しかし、それではわたくしたちが表舞台に出てしまうことになってしまいませんの?」
リィシィちゃんが言う。
「そうだ。だから、相談なんだが。
だが、それも考えようっていう話だ」
「どういうことだ?」
「つまりだな、今のまま、騒動の外でじっとしててもいいが、打って出ることもできるようになったって話よ。
相手は「妖術師」と手を組んでたんだ、これはもう、言い訳できねぇ。
それを君たちがガツンとやっちまえば、もう誰も文句のつけようがなくなるってことよ」
「なるほどなぁ」
クレアちゃんは納得したようにうなずいていたが、私にはいまいち実感がなかった。
「どういうことなんでしょうか?」
「つまりよ、名実ともに、叛逆勢力を打ち倒した誉れを手に入れられるってことよ」
ノーマンさんは、にやりと笑うと、
「まぁ、それをうまくいかせるのは、執行官やらの政治的手腕の出番だがな」
「名目、をうまく使うっていうことですか?」
「そうだ。それがまぁ、政治力ってやつだな。
俺みたいなのにはできない芸当だ」
私は、みんなを見回してみた。
「引き受ける、でいい?」
みんなは一様にうなずいた。
「じゃあ、引き受けます」
ノーマンさんは、破顔して、
「そう来なくちゃな!
出撃の手配とタイミングはこちらから報せる。
もう少し待っててくれ」
「わかりました」
それからの数日、私たちは再び訓練をして過ごした。
私も含めて、みんな立体機動に慣れ、かなり自在に動けるようになった。
そして、リィシィちゃんとセラちゃんも<武勁>に開眼した。
驚いたのは、セラちゃんの強さだった。
さすがに絢佳ちゃんには敵わないものの善戦し、他のみんなは誰もセラちゃんには敵わなかった。
もちろん、私と沙彩ちゃん含めての話だ。
「セラさんはすごいです」
とは、絢佳ちゃんの弁。
そして4日後――
私たちは、イスマイルさまに率いられた特務隊と共に行軍していた。
目標は導都より北々西に2日ほど進んだところにある、うち捨てられた砦跡だ。
「妖術師」と逃走した貴族や商人、そして焔蛇のものたちの根城である。
先んじて冒険者と傭兵が退路を塞ぐように布陣して監視にあたっている。
クレアちゃんでさえ、これほどの規模の軍事行動に参加するのははじめてだという。
私は若干、緊張しながらも、用意された魔導車両に乗って砦へと向かった。





