御苑書庫
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「魔導皇聖下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
私は、謁見の間にて魔導皇聖下に拝謁していた。
「はい、祝も。お顔を上げてください」
私は顔を上げて聖下を見上げる。
「襲撃があったと聞きました。大丈夫でしたか?」
「はい。撃退しました」
「そうですか。他になにか問題はありますか?」
聖下のお言葉に、私はちょっと考えてから、近況を報告した。
<妖詩勁>の力を用いた指輪のことも含めて全部だ。
ただし、恋人ができたことについては黙っておく。
これには、まず、脇に控えているラトエンさまが反応した。
「<武勁>を会得できる指輪だと?」
「はい。絢佳ちゃんが、武闘派の「黒書の欠片」が急に現れたときに、<武勁>なしで対処は難しいと言っていたので」
「ふむ。それはそうかもしれないな」
「今のところ、クレアと沙彩さんだけなのですね?」
「指輪は渡しましたが、まだ昨日の今日なので、あとのふたりは会得できていません。
問題あったでしょうか?」
「いいえ。「監視者」が手を出してこないのでしたら、問題はないでしょう」
「わかりました。それで、今日はお話があると伺ったのですが?」
私の言葉に聖下はうなずかれた。
「あなたたちも、いずれ神境へ行くことになると思って、予め話しておくことにしたのです。ラトエン」
「はっ」
聖下の言葉をラトエンさまが引き継ぐ。
「この玉座から、神境へと至る力がこの場にはある」
私は、一瞬、ラトエンさまの言葉が理解できなかった。
「ここから神境へと行くことができるということだ。
一方通行だがな。
神境には聖下と私の本体がいる」
「本体、ですか?」
「そうだ。ここにいるのが、アバターだという話は、以前、聖下がされていたが、私たち本体のいる場に転送できる力がここにはあるのだ」
「そうだったんですか」
アバターのことは聞いていたが、本体のことまでは考えが及んでいなかった。
「その力を必要と判断することがあったら、遠慮なく申し出て欲しい」
「わかりました」
「これまでも、選ばれた「姫騎士」が神境に来て、聖下の守りとなっている。
無論、これは機密事項だが」
ラトエンさまの言葉に私はうなずいた。
「それから御苑書庫については今日からでも利用してもらって構わない」
「ありがとうございます」
「それと、これは、わたくしの考えなのですが」
そう前置きして、聖下がおっしゃられた。
「リルハがあなたを導都に転送したのには、きっと理由があると思うのです」
「理由、ですか?」
「ええ。例えばこうしてわたくしと祝が話していること、そういうことも織り込み済みだったのだろうと」
なるほど。ありそうな話だ。
「それで、書庫での調べ物に行き詰まったら、この国を回ってみたらいいかもしれないと思ったのです」
「共和国を回る?」
聖下はうなずかれる。
「諸国周遊、というわけではありませんが、なにかきっかけになるようなものが見つかるか、出逢いがあるのではと思います」
「そうですか、そうかもしれませんね。わかりました」
私はうなずいた。
「ではラトエン、祝を御苑書庫に案内してあげなさい」
「はっ」
頭を下げたラトエンさまが、私を伴って拝謁の間を辞する。
外には瑠璃子さまとエレインさまがおり、私に目礼をくれた。
そして、宮殿を出て少し歩き、御苑書庫に着いた。
ここは、旧魔龍姫大学図書館。この国で一番の伝統ある図書館だ。
ここには聖下および姫騎士団預かりとなっている書物やデータが収められている。
司書室に案内され、そこで御苑書庫司書長のラーディックさまを紹介された。
ラーディックさまとは、以前、≪通信≫で話したことがあるが、直接会うのははじめてだ。
「ラーディックさま、よろしくお願いします」
「ええ。お話は聖下から伺っています。気軽になんでも尋ねてくださいね」
魅力的な笑顔でそう言ってもらえて、私は嬉しかった。
私は魔導書庫での成果を≪通信≫で目録とデータで渡し、類似のものがないかどうか聞いた。
「なるほど。ちょっと待っててね」
そう言って、ラーディックさま自ら≪検索≫をかける。
しばらくして、ラーディックさまがその結果を≪通信≫で送ってきた。
「まず、私の方で調べておいたものについてお話しするわね。
「変世の大禍」については、いろいろな魔禍が同時期に起こり、それぞれが世界の破滅に通じるものだった、と魔帝国の記録にあるわ」
「世界の破滅ですか」
「ええ。ひとつひとつはそれほどの力はなくても、重なることでより大きな禍いとなる、そういうものだったらしいの。
それを、魔帝陛下をはじめとした一行が解決し、見事に世界を救った、と」
「そうなんですか」
「ただ、個々の魔禍の詳細については、当時の魔龍姫国の記録にも残っていないわ。
これは、「運命の強制力」による情報の抹消だと、特務では判断したようね」
「そんな強制力なんてものがあるんですか?」
「あるわ。運命はとても大きな力よ。それだけに、とてつもない影響力を併せ持っている。
あなたたちの予想した「運命の返し」もそのひとつね」
「なるほど」
「それと、これは個人的な見解だけど、あなたがこの世界に降り立ち、あなたたちが集まって行動しているというのもまた、運命の力だと思うのよ」
運命の力、か。
「そういうものなんでしょうか」
「祝さんは運命を感じたことってないかしら?」
「運命を感じたこと、ですか?」
あると言えば、確かにある。
出逢いとか、愛とか。
「そうですね。あります」
ラーディックさまがうなずく。
「まぁ、それは本題ではないから、私がそう思うってだけね」
いたずらっぽくラーディックさまが笑った。
「あとは、そうね、「監視者」についても定かなことはやっぱりわからない。
これも、一種の運命の力とも言えるかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「影響力をなくす方向で力が働いていて、情報が遮断されている。
だから外部からはわからない。そんなところかしら」
「なるほど。そういうことですか」
それは、十二分にあり得るだろう。
「だから、あなたは今、苦労させられている。
それは、まだ今のあなたたちがその運命の外側にいるから、そう考えることもできると思うの。
祝さんが正しい道を行けば、自ずと謎も解け、宿願を果たすことができるんじゃないかしら」
「今はまだ、外側にいる……」
「尤も、そういうのは運命論すぎるかもしれないわね」
ラーディックさまはそう言うと、肩を竦めた。
「考え方次第ってことでしょうか?」
「そうね。そうとも言えるわね」
「でも、あり得るかもしれないとは思いました。
実際、「変世の大禍」でも、運命神の力は取り除くことができなかったんですよね?」
「その通りだわ。それくらい運命の力は強いとも言えるし、その運命の力を用いて変世を成したとも言えるかもしれないわね」
「「運命の返し」のことですか?」
「ええ。「運命の担い手」藤原景の言葉は、額面通りに受け取っていいと思うの。なにより真実味があるもの」
「どうしてですか?」
「「運命の担い手」は、こと運命に関するかぎり、嘘はつけないのよ」
「そういう制約があるっていうことですか?」
「制約というか、運命神の呪いみたいなものね」
「呪い?」
「「運命の担い手」の多くは、運命を呪い、恨んで死んでいくと言うわ。
忌み子として周りから疎まれる以上に、誰よりも自分自身が自らの運命を呪うのね」
「神の申し子が必ずしも幸せなわけではないということですか?」
「とりわけ、運命神に関してはそういうことね」
「彼女が自分の不徳の至りみたいなことを言っていたのは何故なんでしょう?」
「これも私見だけど、「運命の担い手」は、英雄を導くとも言われているわ。
だから、英雄行を導いて世界を救ったけれども、その返しとして変世が起きることになってしまった。
それを詫びて、そしてなによりも後悔しているんじゃないのかしら?」
「後悔……」
私は藤原景というひとのことをなにも知らない。
しかし、想像してみることはできるだろう。
共感することも。
もし私が、致命的な結末を迎えさせてしまったとしたら?
まず、みんなに申し訳が立たない。
そして、世界中の人々にも頭が上がらないだろう。
まして忌み子として疎まれて育った末だとしたらどうだろうか?
私には、耐えられないかもしれない。
少なくとも、私には詫び文を出す勇気など出ないと思う。
このひとは、きっと強いひとなんだろう。
「祝さん、どうしました?」
ラーディックさまの声に、私は我に返った。
「ああ、いえ。すみません。ちょっと考え込んでしまって……」
「なにか気になることでもありましたか?」
「えっと、このひとも、辛かったろうに、きっと強いひとだったんだろうなって思ってて」
「そう、そうかもしれませんね」
「?」
私が首を傾げると、
「いえ。祝さんは、素直な子なんだなって思ったのよ」
「私が、ですか?」
「ええ、そうよ。そういう心遣いができるのって、大事だと私は思うわ」
「うーん。自分ではよくわからないんですが」
「ふふっ。そういうところも含めて、そこはあなたのいいところだから、誇っていいと思うわよ」
「そうですか?」
ほんとに自分では、自分のことはわからない。
とりあえずその問題は置いておくことにして、私は話題を変えた。
「他になにかありますか?」
「そうね。「世界法則」そのものについても、今あるものがこうなっている、ということしか知りようがないというのが本音かしら」
「そもそも「世界法則」を書き換える、新しく創り出すっていうことは、簡単なことじゃないと思うんですが、リルハはそれをしていますよね、それについてはどうでしょうか?」
「彼女は、<龍姫理法>を完成させたあとで、それがこの世界で広く使いやすくなるように、「世界法則」を創ったの。
<情報理法>と「情報社会」の安定化ね。
それとは別に、ふたつの「世界法則」も創ったわ。
≪召還魔術≫を困難にする「召喚障壁」と、非魔術師のための魔力潜伏を可能とした「世界障壁」のふたつよ」
「どうしてそんなことを?
彼女は秀でた魔術師で、まるでそれとは真逆の方向性じゃないですか」
「それが、開祖の不可思議なところでね。
彼女なりに世界のためを思っての行動だと解釈されているわ」
「世界のため、ですか?」
むしろ、自分のために世界を利用するようなひとだとばかり思っていた。
そうでもないということ?
「あの方は、そうね、こう言ってはなんだけど、露悪的なところがあって、誰かのためになることでも、決してそうは言わないのよ」
「あの、ラーディックさまは、リルハと会ったことがあるんでしょうか?」
「ええ、あるわよ」
「そう、ですか」
「私たち「魔王」は彼女によって生み出された。それは知ってるわね?
その後で、魔導皇聖下――当時は陛下だったけれど――に従い、魔導帝国を導くように言って、去って行ったわ。
私たち、ひとりひとりに名前をつけてくれたのもあのひとよ」
「意外と、ちゃんとしてるところもあるんですね?」
「ふふ。そうね。
でも、その後のことは丸投げで、もう興味はない、とばかりにあなたが来るまでまったく音沙汰もなかったから、実際のところがどうなのかは、私にはわからないわね」
「ラーディックさまは、あのひとのことが、お好きですか?」
私の質問に、ラーディックさまは、一瞬、言葉を詰まらせた。
「……そうね、好きか嫌いかで言ったら、嫌い、かしら?」
「それは、どうしてですか?」
「聖下を、ほったらかしにしたからよ。それに、私たちのこともね」
私が黙ってうなずくと、
「それより、「世界法則」の話だったわね。
彼女がどうやって「世界法則」を創り出したりできたのか、それは私たちにもわからないの。
それについては、なにも語らなかったし、答えなかった」
ラーディックさまの目は、当時のリルハのことを思い出しているように見えた。
なにかを懐かしんでいるような、そんな目だ。
「じゃあ結局、私がどうやって「世界法則」を書き換えたらいいのかも、わからないんですね……」
「そうね、でも」
ラーディックさまはそう言って、言葉を切った。
「でも?」
「ひとつだけ、手がかりがあるわ。それは、場所よ」
「場所、ですか?」
思わぬ答えに、鸚鵡返しに聞いてしまう。
「ええ、そう。「世界法則」を成すには、然るべき場所がある、そういう話よ」
「それは、どこなんですか?」
「残念ながらそれはわからないの。
でもね、この世界のどこかにそれはある。
そして、世界そのものにとっても大事な場所である、ということは確かよ」
「大事な場所ですか?」
「例えばだけど、世界の中心とか、そんな感じのところらしいわ。
曰く、「約束の地」」
「約束の地」――
「それは、どこの情報なのでしょう?」
私は食いつくように聞いていた。
「ダラフォという女神のことを知っているかしら?」
私は首を振る。
「ダラフォは、仙境の守護者。「緑の地」と呼ばれる場所にいて、世界の守りを司っているの。
その直接の信徒が、誉れ高き「聖処女」――ユニコーンライダーたち。
彼女たちの住処が、現在、翠峯市国と呼ばれるところよ。
市とは言うけれど、実際は村程度の大きさだけれど。
峰々の西北部、大白王国と死狂皇国の間に今でもあるわ」
「そこが、「約束の地」と関係が?」
「ええ。かつて「ダラフォの怪」と呼ばれる魔禍が起きたの。
それまで自ら姿を現したことのなかった巨人族が、世界各地でいっせいにその姿を見せた。
そして、「約束の地」は神聖にして絶対不可侵の場所、そこを穢すことは罷り成らん、と告げたの」
「それは、いつのことですか?」
「魔導帝国暦115年のことよ。
その告知の後、巨人たちはダラフォの名の下に自分たちの領土権を主張して、人間たち――魔導帝国と争いになったの。
結果は私たちの惨敗。土地は彼らのものになった。
ああ、厳密に言えば、その前年に、「龍の郷」をとある巨人が襲撃して崩壊させた、というのが発端かしらね」
「……」
私は、考え込んでしまう。
いっぺんに多くの情報が手に入りすぎた。
ちょっと頭が混乱している。
「ちなみにダラフォと巨人たちの関係は不明。でも、今でも領土を獲得した巨人たちの末裔はそこに住み続けているわ」
「その巨人たちと交渉することは可能でしょうか?」
「難しいでしょうね。
彼らは他の種族との関わりを持ちたがらないし、近づくことさえ許さない風潮があるの」
「その、「緑の地」へ行けばなにかがわかるかもしれませんか?」
「或いは、「聖処女」から話を聞ければ、ね」
「わかりました。いずれ、機会があれば行ってみます」
ラーディックさまはうなずいた。
「あとは、あなたが気にしていた「玄術師」とかのことかしら。
私は、彼らのことは気にしなくていいと思うわ。
あれ以降、まったく歴史の表舞台から消えてしまった存在だし」
「そうですか」
「あと他には、卜部とかの人物についてもわからないわね」
しかし、それは予想通りだ。
「「道士」などとの伝手はありますか?」
「直接の伝手はないけれど、心当たりがあるから、声を掛けてみるわ。
少し時間がかかると思うけれど」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「とりあえずはこんなところかしらね。
あとは、先ほど渡した目録にある書物を当たってみるのがいいと思うわ」
「わかりました。あとは、書庫を探してみます」
「がんばってね」
私は笑顔で手を振るラーディックさまに頭を下げて司書室を出て、書架に向かった。
目録のタイトルから手当たり次第に書物や巻物をあたり、目を通しては次へと手を伸ばす。
気がつけば、すっかり陽も暮れていた。
書架での収穫は特になし。
私は今日のところはこれくらいにしようと、司書室に顔を出した。
ラーディックさまに挨拶して、騎士団の自室へと帰る。
思えば、この部屋に帰るのも久しぶりだ。
私はひと休みしてから、食堂へ足を運んだ。
食べなくていいとはいえ、人間らしい生活を重んじたい私としては、食事は外せない。
食堂に顔を出すと、「姫騎士」の面々が思い思いの場所で食事を摂っていた。
私は適当な空いている席につくと、給仕に食事をお願いした。
待っていると、ふと見れば、こちらに向かってくる「姫騎士」がいた。
エレインさまだ。
私は席から立って、頭を下げる。
「ごきげんよう、祝さん」
「ごきげんよう、エレインさま」
「今からお食事? ここ、よろしいかしら?」
「ええ、もちろんです」
私たちは、笑顔で座る。
「ご無沙汰しているわね。お元気だったかしら」
「はい。おかげさまで」
「そう。それはよかったわ」
「ありがとうございます」
「今日は、聖下がなにか?」
エレインさまが唐突にそう尋ねてきた。
「ええっと。そうです、ね。詳しくはお話しできないのですが」
「あら、悪かったわね。気になさらないで」
「はい」
「久しぶりにあなたを見かけたものですから、どうしたのかなと」
「そうですね」
私は勅命を受けたとはいえ、近衛隊としての仕事をしていないのだ。
しかも、入団早々に、である。
エレインさまでなくても、疑問には思うだろう。
「でも、しばらくはこちらにいます」
「あら、そうなのね」
そこまで話したところで、給仕が食事を運んできた。
「じゃあ、お食事のお邪魔になっても悪いから、これで失礼するわね」
「はい。お声をおかけいただいて、ありがとうございました」
「いいえ。では、また、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
私は、少しうきうきした気分で、食事を摂った。
そして、自室に帰ると汗を拭いて、ベッドに潜り込んだ。
この部屋で寝るのも久しぶりだが、近くに絢佳ちゃんも、みんなもいないのは、はじめてのことだと気づく。
「なんか、寂しいな」
だが、ここが踏ん張りどころだ。
私は≪通信≫でみんなにおやすみを告げて、眠りについた。





