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襲撃

 窓を割って突入してきたのはふたり。


 ひとりはラメラーアーマーを雑に纏い、シミターを持った男。

 もうひとりはクイルブイリアーマーに、ショートソードの男。


 下卑た笑いを顔に貼り付かせて、緊張の色もない。

 一方、玄関の方からも、おそらく扉を叩き割ったのだろう音に続いて、複数人の足音がしている。


 私は、急いでオルガちゃんをテーブルの下に押し込んだ。


「オルガちゃんはここに隠れてじっとしていて」


「は、はい、わ、わかりました、わ」


 すっかり怯えて青ざめたオルガちゃんには申し訳なく思う。

 しかし、今は彼女を慰めるときではなく、戦うべきときだ。


 見れば、クレアちゃんと沙彩ちゃんがそれぞれ男たちの前に立ちはだかっている。

 絢佳ちゃんはドアの方に行き、そちらからの襲撃に備えているようだ。

 リィシィさんは私の隣で、全体を見渡している。


 私は剣撃がはじまったふたりの援護に、≪光弾≫を30発ずつ剣と左手から発動した。

 カーブを描いて側面から着弾する≪光弾≫は、≪追尾≫と≪操作(そうさ)≫を付加したアレンジを加えたもの。


 命中するまで精神集中が必要なものの、その威力は抜群だった。

 男たちは、一瞬で絶命し、その場に倒れ込んだ。


 同時に、部屋のドアが破られる。


 巨大な剣の一振りで、ドアが木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 しかもそこには、「渾沌」の気配が混じっている。


「「魔妖剣(まようけん)!」


 リィシィさんが、入ってきた大男を見るなり叫んだ。

 重装鎧に身を包み、剣と盾で完全武装した男からは、邪悪なオーラが漂っている。


 「魔妖剣」とは、武闘派の「妖術師」のこと。

 それはすなわち、リィシィさんの宿敵であることを意味していた。


 リィシィさんは、即座に魔法を発顕させる。

 剣に、そして全身に魔法がかかったのがわかる。


「「魔勁剣」とは、いい獲物がいたもんだ」


 野太い声で、リィシィさんを見ながら、「魔妖剣」が言った。

 リィシィさんは、美しい顔を歪めて、


「貴方は、わたくしが斃しますわ」


 声を震わせながら言う。

 それは、怯えてのものではない。

 宿敵を前にしての、武者震いのようなものだ。


 直後、窓からさらに男たちが突入してきた。


 チェインシャツにショートソードを持った男。

 ブレストプレートにバトルアクスを持った男。

 そして、窓の向こうに、弓をつがえた男の姿も見えた。


 いったい、何人で襲撃してきたのか。

 相当規模のものだとはわかる。


 そして、彼らが一般市民や騎士階級などにいない存在だということも。

 「妖術師」がいる時点でふつうではないが、彼らは明らかにアンダーグラウンドのものたち。


「目的はなに!?」


 私は大声で叫んだ。


「そこの闘奴を殺しに来たまでよ」


 「魔妖剣」の男が余裕ぶって答える。


「そいつとお前らは、俺たちの顔に泥を塗った。生かしちゃおけねぇってわけよ」


「「妖術師」の手下ってこと?」


 念のためというつもりだったのだが、


「違う。そうじゃねぇ。お頭(・・)がおかんむりでね。俺は協力しているにすぎん」


 「妖術師」の手の者じゃない?

 闘奴、と彼は言った。

 では、セラさんに絡んだ暗黒街の手の者ということ?


「どういうこと?」


 私の疑問に、


「こいつらは、「焔蛇(えんじゃ)」の手の者だ」


 クレアちゃんが言った。


「「焔蛇」?」


「導都を中心に巣くうマフィアだ」


 そういうことか。

 私の理解はどうやら遅れていたようだ。

 相変わらず、私はものを知らない。


「ま、そういうこった。お前ら全員、死んでもらう」


「わたくしが、そうはさせませんわ!」


 リィシィさんが前に出る。

 それに合わせて、「魔妖剣」もまた、前に出た。


 すると、空いた入り口から、さらにふたりの男が滑り込んできた。

 龍孫系の着流しに刀を腰に下げた壮年の男。

 そして、覆面にダガーを2本持った男だ。


「俺の名は、ヘイズ=レイ・ヴィディナ。お前を殺した男の名前を覚えて死ね」


「わたくしは、ケディ=ソーピロスポッド=リィシィ」


 リィシィさんも短く答えて、踏み込んだ。

 ヘイズがリィシィさんの剣を受ける。

 火花が散り、同時に渾沌が溢れ出す。


 瘴気のようなそれは、空気中に拡散していった。

 あまり長引かせるのはまずいと感じた。


 直後、背後からも剣戟の音が聞こえてきた。

 クレアちゃんたちが負けるとも思えないが、のんびりとはしていられない。


 私は、新手の剣客に剣を向けた。

 彼は、にやりと嗤うと、


「俺は「焔蛇」の用心棒、埜上(のがみ)蓬隼(ほうじゅん)と言う。恨みはないが、あんたたちにはここで死んでもらう」


 私は答えずに、剣から≪光弾≫を射出した。

 30発の≪光弾≫が、至近距離から埜上に迫る。


 彼は、剣を一閃、≪光弾≫を受けきった。


「――!?」


 私は驚きに目を瞠る。

 埜上はすかさず、剣を揮った。

 見えない剣撃が私に迫る。


 剣でそれを受け止めるが、受けきれなかった衝撃が私を襲った。


 その瞬間、今まで感じたことのない激痛が身体に走る。


「うぅっ!」


 思わず呻き声が漏れる。

 これは、なに!?


 斬られた服の隙間から、血が滲んでいた。

 私は急いで、<妖詩勁>で治す。


「ほう。あんたはなにか邪悪な力を修めているようだな」


 埜上が言う。


 「黒書」――


 私は瞬時に把握し、歯がみした。

 「魔」と判定する力を持つ相手に強力な効果をもたらす<武術>や<魔術>は多い。

 その類だということだろう。


「ならば、遠慮せずいかせてもらう」


 埜上はさらに剣を揮う。

 せめて、盾があれば。


 私はもう一度、剣で受けて、<龍姫理法>で盾を創り出した。

 これで、防御力は格段に上がる。


 そこへ、絢佳ちゃんが横合いから埜上に殴りかかった。

 埜上は素早い剣捌きで絢佳ちゃんの拳を受ける。

 すると、絢佳ちゃんの拳からも血が噴き出した。


「絢佳ちゃん!」


 私が叫ぶが、


「これくらい大丈夫です」


 絢佳ちゃんは間合いを離しながら、落ち着いた声で言った。


 ガンッと大きい音がして、見ると、リィシィさんが弾き飛ばされていた。


「てめえの魔法は今、全部消した。さて、どうするね?」


 ヘイズが下卑た笑いをあげる。

 魔法を全部、消した?


 私はリィシィさんを見つめた。

 彼女の顔には、焦りが見えていた。

 「魔勁剣」は<魔刻道(まこくどう)>の魔法戦士。魔法が削がれては、戦力は半分になったとも言える。


「祝ちゃん!」


 絢佳ちゃんの声に、私は我に返った。

 よそ見をしている余裕などなかったのだ。


 振り返るのと、埜上が上段から斬りかかるのとが同時だった。

 もう、受けをする時間はない。


 私は回避しようと身構えた。

 しかし、それは悪手だった。

 埜上の攻撃は、躱すには鋭すぎた。


「――!!!」


 激痛が右肩に走る。

 私は右肩から袈裟懸けに斬られていた。

 力なく剣が手から離れ、血が噴き出すのが見えた。


 足を踏ん張ろうとしたがそれもできず、私は尻餅をついた。

 霞んだ視界の中で、絢佳ちゃんが横合いから埜上に鋭い蹴りを放つのが見えた。

 埜上は剣で蹴りを捌くと、絢佳ちゃんの足からも血が滲む。


 この男、先日の不知火さんよりも強い。

 私は埜上と、その後ろに立つヘイズとに勝てる姿が想像できなかった。


 負ける――?


 それは即ち、死を意味する。

 ぞわっと総毛立ち、私は死の影に怯えた。

 しかし、それを打ち破る姿が目に入った。


 絢佳ちゃんだ。


 絢佳ちゃんは、まったく諦めてなどいなかった。

 テレポートで埜上の背後に回ると、貼り付くような近間で彼に素早い拳撃を放つ。


 埜上は落ち着いて、しかし絢佳ちゃんに負けない素早さで背後を向くと、剣やときには拳を交えて絢佳ちゃんの攻撃を捌く。

 しかし、絢佳ちゃんは埜上の手を掴むと、関節を極めて投げた。


 空中で回転して、埜上は床に這いつくばる。

 そして腕を極めて動きを封じたまま、埜上の頭を蹴り飛ばした。

 埜上は力なくくずおれ、絢佳ちゃんは追撃の蹴りを腹に2発蹴り込んで、手を離した。


 すごい――


 これが、絢佳ちゃんの実力。そして、気力だ。


 私は<妖詩勁>の自動回復の効果で血も止まり、意識がはっきりしてきたところで、ようやく立ち上がった。

 よろよろと、まだふらつく身体に活を入れて、<妖詩勁>による治癒をさらに加速させる。


「絢佳ちゃん……」


 私の声に、絢佳ちゃんは振り返らず、彼女はそのままヘイズの方に向かった。

 見れば、リィシィさんは剣も折られ、ヘイズによって全身を切り刻まれているところだった。


 まだ息はあるようだが、時間の問題だろう。

 助けなければ。

 私も駆け出すと、ヘイズのところへ向かった。


 そのとき――


 背中に熱い刺激が襲い、私は膝を屈した。

 振り返ると、覆面の男が立っていた。


 そうだ。もうひとりいたのだ。

 彼はダガーをさらに突き出してくる。

 私は手でそれを遮ろうとするが、ダガーの刀身が容赦なく私に突き刺さった。


 しかし、ここで負けるわけにはいかない。

 私は意識を手放すまいと奥歯を噛みしめる。


 そして、照準の必要な≪光弾≫ではなく、直接敵にダメージを与える、≪打撃(だげき)≫を発動した。

 抵抗に打ち勝った瞬間、覆面の男は血を吐きながら、崩れ落ちた。


 効果数30の≪打撃≫は、彼を絶命させるに十分なダメージを与えられたようだった。

 私は治癒を再発動して、自分のダメージを消す。


 絢佳ちゃんはヘイズの剣撃を捌き、対峙している。

 彼女は大丈夫だろう。

 私はそう判断して、肩で息をしているリィシィさんに治癒を放った。


 止血され、ダメージによる痛みを消された彼女は、私を見て、うなずいた。

 リィシィさんもこれで大丈夫。


 私は背後を振り返った。

 クレアちゃんと沙彩ちゃんは、ひとりを斃したものの、もうひとりがまだ戦っている。

 ふたりは、窓の向こうから正確な射撃をしてくる射手に苦労しているようだった。


 私は即座に射手に向かって、≪打撃≫を放つ。

 射手は覆面の男と同様、血を吐いて倒れた。


 さらに、ふたりと戦っている男に30発の≪光弾≫を射出した。

 彼は防御しきれずに、全身に≪光弾≫を浴び、倒れる。


 これで残るは、ヘイズひとり――


 絢佳ちゃんの接近戦に、ヘイズは苦労している様が見えた。

 防御は問題ないようだが、絢佳ちゃんの足捌きに、重装のヘイズは対応しきれず、間合いを離すことができないのだ。

 近すぎる間合いでは、ヘイズとて有効打を撃てず、絢佳ちゃんの方は突きに蹴りに体当たりと無双しているように見える。


 しかし、有効打たりえていないのは、絢佳ちゃんもおなじようだった。

 ヘイズの鎧は邪悪なオーラを纏って黒光りしており、特別なものだとわかる。

 私は、精神を集中して、ヘイズを睨みつけた。


 そして、≪打撃≫と≪光弾≫を同時に発顕する。

 ≪光弾≫は背後からヘイズに襲いかかり、≪打撃≫の抵抗にも打ち勝った。


 ヘイズは全身を貫かれ、さらに内部からも破壊されて、その場に倒れ込んだ。

 私は素早く室内を見回す。


 敵の姿はなく、リィシィさんも今や立ち上がっていた。

 クレアちゃんと沙彩ちゃんもほぼ無傷。

 絢佳ちゃんも、もう傷は塞がっているようだった。


 そして、セラさんも部屋の隅で不動のまま立っていた。

 慌ててテーブルの下を覗く。

 頭を抱えたオルガちゃんが震えているが、無事のようだ。


 私はようやく、息を吐いて、緊張を解いた。


「みんな、無事?」


 私の声に、みんなが各々返答してくる。

 よかった。

 守り切れた。


 否、それは傲慢というものだろうか。

 私が一番、危うかったのだ。


 生き残れた。

 そう、言うべきか。


 絢佳ちゃんが私の下へ駆けてきた。

 そして、抱きついてくる。


「祝ちゃん、無事です?」


「うん。大丈夫」


「よかったです」


 そう言いながら、絢佳ちゃんは私の身体を検分する。


「心配、かけちゃったね」


「心配したです」


「うん。ごめんね」


 絢佳ちゃんは首を振って笑った。


「とにかく、襲撃者は撃退できたのか?」


 クレアちゃんは窓の外を伺いながら言った。


「もう、反応はないです」


 絢佳ちゃんの言葉に、クレアちゃんも、安心したようだった。


「よかった」


 そう言ったクレアちゃんは、しかし、私を見るや、


「祝! その傷は!?」


 びっくりしたように、クレアちゃんが駆けてくる。


「もう、大丈夫。全部、塞がってる」


 しかし、私の言葉が信じられないとばかりに、クレアちゃんは私のシャツをめくった。

 私の言葉どおり、私の身体には、傷一つ残ってはいない。


 それを見て、ようやくクレアちゃんも安心できたのだろう。

 クレアちゃんはその場に座り込んだ。


「祝、心臓に悪い」


「ごめんなさい」


「無事でよかったです」


 ゆっくりと近づいてきていた沙彩ちゃんが言った。


「うん。みんなも」


「そうですね」


「そうだ!」


 私はテーブルの下に潜り込むと、オルガちゃんを抱きしめた。


「オルガちゃん、もう終わったよ」


 がくがくと震えながら、オルガちゃんが私を見た。


「終わった、んですの?」


「うん。もう安全だよ」


 そして、オルガちゃんをテーブルの下から導き出す。

 しかし、部屋の惨状を見て、オルガちゃんは悲鳴を上げた。


「ひぃっ!」


 無理もない。

 暴力とは無縁の世界で生きてきたのだ。


 彼女はそのまま卒倒してしまったので、ひとまずテーブルの上に寝かせた。

 死体の処理や、警邏隊への連絡などもしなくてはならないのだ。




 クレアちゃんが、「魔導騎士」チャンネルで連絡して、部屋に死体を並べた。

 オルガちゃんは、沙彩ちゃんが彼女の部屋に運んでいき、側についていてもらっている。


 その頃になって、私は膝が震えているのに気づいた。

 見れば、手も小刻みに震えている。

 命の危険を感じた恐怖が、今頃になって現れてきたのだろうか。


 私は最初、そう思った。

 しかし、並べられた死体を見たとき、その勘違いに私は気づいた。

 気づいてしまった。


 そう、私は人を殺したのだ(・・・・・・・・・)


 初めて、私は人の命を奪った。

 そうしなければ私自身が死んでいた。


 そう言い訳するのは容易いが、それが私の心を納得させてくれはしなかった。

 私は、殺人の禁忌を犯したことに、怯えていたのだ。


 気づいてしまえば、私はもう、立ってなどいられなかった。

 その場に座り込み、私はただ、震えた。


 それに気づいた絢佳ちゃんは、なにも言わずに抱きしめてくれた。

 連絡を終えたクレアちゃんも、私のことに気づき、


「祝、どうしたんだ?」


 と、声をかけてくれる。

 しかし、私はそれに答えることができなかった。

 私が命を奪った死体から、目を離すことができない。


 ここまでする必要はあったのか?

 仮負傷などで対処することも可能だったのではないのか?


 もう終わったことを悔いても仕方がない。

 私は、罪を犯したのだ。

 私は、血に塗れてしまったのだ。


 そのことが恐ろしく、頭の中を占拠して、なにも考えられなくなっていた。

 かけられる声も遠く、私はただ、震えることしかできなくなった。


 私は――

 私はもう――

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