私の使命 [改稿] [再改稿]
[再改稿]しました。
私たちが路地裏に飛び出していくと、すぐ目の前に男たちがいた。
絢佳ちゃんはすかさずそのうちのひとりに間合いを詰めていく。
私は魔法を使おうと考えた。
すると、私に植え込まれている<龍姫理法>という<魔術>スキルの情報が頭の中を駆け巡った。
理論から使い方まで雑多な情報で溢れかえり、思わずそれに囚われそうになるが、いらない情報を排除して魔法の使い方に集中する。
そして、絢佳ちゃんが一人目を倒したところで使い方を理解し、即座に発動させた。
「≪麻痺≫」
男のうちのひとりに狙いを定めて≪麻痺≫を発顕させる。
直接相手に効果を及ぼす魔法は、相手の魔力抵抗力や魔法防御を打ち破る必要がある。
男は呆気なく抵抗に破れ、その場に固まった。
絢佳ちゃんはすかさず残りのふたりに蹴りを突き込み、気絶させた。
――勝った?
私が気を抜いた瞬間に、絢佳ちゃんはふたりの男を担ぎ上げた。
「早くそこに運んで隠すです」
私は我に返りながらうなずき、麻痺している男に近づいた。
そして怖々と引っ張ってみると、予想以上に力強く男を引きずってしまった。
私は見かけによらず力持ちにできているらしい。
急いで廃屋の中に戻ると、絢佳ちゃんは目ざとく男のひとりが持っていたロープを手にしていた。
私が最後のひとりを運び入れると、絢佳ちゃんは手刀で気絶させる。
そして、四人をまとめてぐるぐる巻きに縛り上げた。
鮮やかな手並みだった。
絢佳ちゃんはこういう荒事に慣れているんだろうか?
私がそんなことを考えている間にも、絢佳ちゃんは男たちの武器を取り上げて一纏めにしている。
「こいつらを眠らせておくことはできるです?」
絢佳ちゃんに聞かれて、私はうなずいた。
「自然な眠りでもいい?」
「いいです」
私は四人に≪眠り≫の魔法をかけた。
「これでひとまず目的達成です」
絢佳ちゃんが満足げにうなずいた。
「でも、私がいなくても平気だった気がする」
「まあ、それはそうですけど、こういうのは一緒にやることに意義があるです」
そういうものかもしれない。
絢佳ちゃんが言うのだから、きっとそうなのだろう。
私は曖昧にうなずいておいた。
しかし、確かめておきたいこともあった。
「ひとつ聞いていいかな?」
「なんです?」
「どうして私にここまで協力してくれるの?」
「それは、祝ちゃんが悪いひとではないからです。それにわたくしは祝ちゃんに協力することが、わたくしにとってもいいことだと思うです」
「どうして?」
「女の勘です」
そう言って絢佳ちゃんは不敵に笑う。
「わたくしはわたくしがお仕えする神さまの命でここに来たです。でもそれは、きっと祝ちゃんと戦うというような単純なものではない気がするです」
「どういうこと?」
「わたくしの宗教は、「黒書」と敵対しているです。そして「第五写本」はわたくし個人にとっても縁の深い宿敵です。
それを祝ちゃんが持っているというのは、ただ祝ちゃんを倒すということではなく、どうにかするっていうことだと思うからです」
「どうにかって、どうにかできるの?」
「それは、これからふたりで考え、行動してなんとかするんです。
それとも祝ちゃんは、「第五写本」をずっと持っていたいです?」
私は全力で首を振った。
邪悪を崇める「魔導書」など、どうして持っていたいわけがあろうか。
絢佳ちゃんはにっこりと笑うと、
「でしたら、」
私の手を取った。
「ふたりでがんばるです」
「うん。わかった。ありがとう。よろしくね、絢佳ちゃん」
私も力強くうなずいて、手を握り返した。
「はいです」
満面の笑みを浮かべた絢佳ちゃんは、天使のようだった。
作戦会議第二弾をおこなうために、私たちが今いる男たちの眠る廃屋から離れた、別の廃屋に移動することになった。
移動には私の<忍法>を使い、誰にも見られないようにした。≪影潜り≫と≪影渡り≫を使ったのだ。
そしていい具合の廃屋を見つけたところで、そこに≪結界≫を張り、姿と音が周囲に漏れ出ないようにした。
「祝ちゃんの魔法は随分と便利です」
「そうなのかな? 私のは<龍姫理法>っていうものだよ」
「聞いたことないです。この<世界>独自のものだと思うです」
「あともうひとつ、怪魔を倒すための<降伏法>っていうのもあるよ」
「怪魔退治ができるですね」
「そうだね」
「<武術>スキルはないです?」
「あるよ。<姫流剣術>と<忍術>っていうのを持ってる」
「祝ちゃんはニンジャさんなんです?」
「うーん。私みたいに造られて、そのときに与えられたスキルを持っているようなのをニンジャって言っていいのかどうか」
「なるほど。それはそうですね。<勁力>スキルはどうです?」
「いっぱいあるよ」
「ふーむ、です。やはりリルハというのはほんとに凄い魔術師みたいです」
「そうなの?」
「<勁力>スキルを持たせるだけでも滅多にないほどの実力がないとできないのに、それを多数できるというのは、人造魔力生命体製造について極めて高い技術を持っている証拠です。魔術師というより錬金術師かもしれないです」
「その辺は、私にはよくわからないな」
「恐るべし、です。敵としてその力、侮りがたし。でも、同時に戦うに不足なしです」
「戦うの?」
「戦わずして、呪いを解けるです?」
「うーん。任務を果たしたら解けるんじゃないのかな? 解けない?」
「それはわからないです」
「それに、裏切っても≪呪詛≫は発動するんだよ?」
「そうでしたです。でしたら、わたくしの方が主体的に動くことにするです。
祝ちゃんは直接関与しなければいいと思うです」
「大丈夫かなぁ?」
自分の魂――存在の消滅の危機なのだ。
あまり危ない橋は渡りたくない。
「とりあえず、まずは言われたとおりにこの<世界>を歪めた「世界法則」の問題を解決するです。その間に、≪呪詛≫をどうにかできないか調べていくというのでどうです?」
「うん、そうだね。それがいい気がする」
とはいえ、なにか具体的な案があるということでもない。
「それじゃ、どうしよっか?」
私が尋ねると、
「その前に、です」
「その前に?」
「わたくしの自己紹介を聞いて欲しいです」
「あ、うん」
「わたくしは、「女帝」にして、ニャルラトテップさまの「執行人」恋ヶ窪絢佳です。よろしくお願いするです」
「こ、こちらこそお願いします」
私たちは頭を下げ合った。
「ところで、「女帝」と「執行人」を――と言いますか、ニャルラトテップさまをご存じです?」
「ううん。わかんない」
「そうじゃないかとは思っていたです。では聞いて欲しいです。
この世には、「タロット」というこの世で最も強力な力があるです。「女帝」という称号は、そのうちのひとつ、「女帝」というカードをわたくしが会得しているということです。
ニャルラトテップさまは、「星辰神統」の神々の一柱で、千の相を持つ偉大なるお方です。
わたくしはそのうちのひとつ、「狂気の愛」の相を崇める「紅蓮の智慧派」というセクトにいるです。そして「紅蓮の智慧派」でのニャルラトテップさまの代理人である「執行人」に選ばれたのです。
その「執行人」の任務として勅命をいただいて、わたくしはここに祝ちゃんに会いに来たです」
「うーん。いきなり色々言われてもよくわかんないよ」
「とりあえず、わたくしが強いということをわかってくれればいいです」
「あ、そこなんだ」
「あとは追々、知っていってくれればいいです」
「そうだね。わかった」
私はうなずいた。
「それから、わたくしのスキルも話しておくです。
「タロット:女帝」の力<真秘札勁:女帝>、「執行人」の力<紅蓮勁>、それに<星辰流戦闘術>と<武勁>に、<祭祀:紅蓮の智慧派>と<祭祀勁>です」
「絢佳ちゃんも<勁力>スキルを持っていんだね」
「当然です」
「当然なんだ」
「<勁力>を得てはじめて一人前と言えるです」
「なるほど。そうだったんだ」
だからあんなに自信満々だったのだ。
「えっと、私のスキル構成も話しておいた方がいいよね?」
「お願いするです」
「まず、「黒書」の<黒勁>と、「妖書」の<妖詩勁>。
<武術>スキルとして<姫流剣術/忍術>と<武勁>。
<魔術>スキルとして<龍姫理法/情報理法/降伏法>と<光魔勁>。
それから、<忍法>と<隠勁>と<感勁>に、<学士>と<智勁>。
これで全部かな?」
「いっぱい持ってるですね」
「そうだね。これでもかっていうくらい詰め込まれている感じ」
でも、あれ?
「というか、今気づいたんだけど、」
「なんです?」
「私たちはどうして<勁力>スキルを持っていられるんだろう? それを抑圧する「世界法則」のある<世界>なんだよね、ここ?」
「それは恐らくですけど、その「世界法則」を歪めた力よりも、わたくしたちの持つ力の方が上だからだと思うです」
「「黒書」とか「タロット」がってこと?」
「そうだと思うです」
「それって、意味ないよね?」
「意味がないどころか、明らかに害になってるです」
「どういうこと?」
「もしもですよ、わたくしがこの<勁力>なき<世界>で暴れたらどうなるです? <勁力>のないこの<世界>の人間には太刀打ちできないですよ」
「そうなの?」
「そうです。そもそも戦士として一流、一人前になるということは<武勁>スキルを会得しているということでもあるです。だからこの<世界>の戦士たちはみんな、まだ半人前なのです」
そうだったのか。
それはいよいよもって一大事な気がする。
「それからです。もっと恐ろしいのは、もし仮に「黒書」を崇めるものたち――「黒書教団」がこの<世界>にやってきたら? たちまちここは「黒書教団」に制圧されてしまうです」
「そんな――っ!」
「ここはかなり辺境の<世界>で他の<世界>との交流もないみたいですから、この内部だけで完結していれば、まぁ、それでよかったのかもしれないです。
でも、現にわたくしたちが<勁力>を持って入ってきてしまっているです。これは由々しき事態です。遠い未来の滅亡を待たずに滅ぼされることだって十分にあり得るです」
「そう、だね。リルハのことを抜きにしても、なんとかしないといけないね」
「はいです。とりわけ、祝ちゃんが「第五写本」を所有し、それを指示したのが「第十二写本」リルハであるということに、わたくしはとても厭な予感を覚えるです」
「確かに、そうだね。「黒書教団」っていうのが背後で動いている、そう考えるのが自然だよね?」
「少なくとも、考えすぎとは言えないと思うです」
「うん」
私に課せられた任務は、知れば知るほどとてつもないものに思えてくる。
私にそれが果たせるのだろうか?
この、造り出されたばかりでなにも知らない私に?
「祝ちゃん」
「ん?」
「そんなに暗い顔をしなくてもいいです。わたくしがついているです」
「絢佳ちゃん」
その言葉は、とても嬉しくて、心に沁み入った。
「うん。がんばる」
「その意気です」
絢佳ちゃんが笑う。
私もつられて笑った。