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交渉

 私たちは、応接室で向かい合って座った。

 もちろん、セラさんには、上の部屋で待機してもらっている。


「まずは、当の抜け闘奴を確認させていただきたい」


「それには及ばない」


 クレアちゃんが、さらっと言った。


「どういう意味ですかな?」


 当然、納得がいかないという顔で即座に言い返してきた。


「私たちは、当の闘奴を保護する立場にあり、また、正当な取引の準備をしているということだ」


「それについては、あたしからお話しします」


 紗彩ちゃんが引き継いだ。


「あたしは「祐杜衆」「杜番」不破紗彩です。当人より、身柄の保護の要請があり、これに応じました。

従って、当の抜け闘奴は、今現在、あたしの庇護下にあります。よって、あなた方の申し出には、応じられません」


「そんな話は聞いていない!」


 「魔導騎士」のひとりが激昂して立ち上がった。


「ですから、今こうして、お話しいたしました」


「ふざけるな!」


 もうひとりも立ち上がり、怒鳴る。

 しかし、クレアちゃんは落ち着いていた。


「ふざけてなどいない。これから先のことについても、あなたたちの手を煩わせる必要がないんだ。

私たちは、これから直接、佐々原氏と交渉をおこなう。従って、あなたたちの出番はないんだ」


「とりあえず、落ち着いてください」


 私も口を開く。


「なんでしたら、みなさんもご一緒してくださって構いません」


 憮然とした表情ながらも、「魔導騎士」のひとりがうなずいた。


「では、そうさせてもらおう」


「いいのか?」


 クレアちゃんが聞いてきたが、私はうなずいて言った。


「その方が、むしろいいと思う」


「あたしも賛成です」


 紗彩ちゃんもそう言ってうなずく。


「わかった」


 クレアちゃんが言った。

 と同時に、クレアちゃんがパーティ用≪通信≫回線でみんなに言った。


{私は、役所で公証人を連れてくる。みんなは佐々原のところに向かってくれ}


{わかった}


{了解です}


{わたくしもわかったです}


{わかりましたわ}


 素知らぬ顔で、私たちは情報を交換する。

 思わぬ形で、この≪通信≫回線が役に立った。

 転ばぬ先の杖とは、こういうことを言うのかもしれない。


 ともあれ、私たちは2階からセラさんを連れてくると、家を出てゆっくりと佐々原の邸宅に向かった。

 もちろん、クレアちゃんだけはひとり、役所の方に行ったが、「魔導騎士」たちは特に気にとめなかったようだ。




 佐々原邸は、思っていたよりも豪奢な造りだった。

 私たちは、ごねる「魔導騎士」たちを無視してその門扉の前でクレアちゃんを待った。

 門衛も不審そうにこちらを見るものの、「魔導騎士」と「姫騎士」相手になにか言うほど愚かではないようだった。


 ほどなく、クレアちゃんが公証人を連れてやってきた。

 そのときになって、私たちの意図を悟ったのか、「魔導騎士」たちは苦々しげに私を睨みつけてきたが、これも無視してかわした。


「待たせた」


 クレアちゃんにうなずいて、私たちは門衛に来訪を告げた。


 すぐに、慌てた様子でひとりの男が駆けつけてきた。

 意外にがっしりとした身体つきで、若干、頭の禿げあがった男だった。


 高価そうなローブを纏い、首や手には装飾品がギラギラと光っている。

 男は、セラさんに目をやると、クレアちゃんに言った。


「あなたが、不解塚卿か?」


「違う。私は、「究竟」「姫騎士」クレア・キング子爵だ。不解塚祝は、こちらだ」


 そう言って私を指し示す。


「ふざけたことをやっているばあいではない!」


 彼はそう怒鳴るが、私は言った。


「正真正銘、私が「姫騎士」不解塚祝です」


 そこへ、


「あたしは「祐杜衆」「杜番」不破沙彩です。彼女が不解塚卿だということを保証します」


 沙彩ちゃんが言う。

 彼は、目を白黒させて、みんなを見回す。


「それは、間違いありません」


 「魔導騎士」のひとりもそう言った。

 口をぱくぱくさせたあとで、


「お、俺が、闘技場管理人の佐々原丙だ。こちらへ」


 佐々原は、憮然とそう名乗ると、中へと私たちを招き入れた。




 私の家とは比べものにならない豪華な装飾品に飾られた室内を通り、これまた大きな応接室に案内された。

 すぐにもメイドたちがワインを運んでくる。


 上座のひときわ大きな椅子に佐々原が座り、向かって右側に「魔導騎士」が、左側に私たちが座った。

 セラさんは、私たちの側の端に立っている。

 公証人は、その隣に立ち、既に魔導記録を取っているようだ。


「それで、セラは返していただけるんでしょうな」


 佐々原は横柄にそう言う。


「一時的に匿っていたこと、その罪までは問いますまい。しかし、賠償金は支払ってもらいますぞ」


 このことは、彼の中では決定事項だったのだろう。


 だが、話はそうはならないのだ。

 クレアちゃんが代表して口を開く。


「いいや、それはできない」


「できないとは? 金の工面ができないということですかな?」


「違う。この子は――セラは返せないと言っているんだ」


「なにをばかな!」


 佐々原は腰を浮かせて怒鳴った。


「そいつは、この俺の財産ですぞ! いったい、なんの権利があってそんなことを言う!?」


「それは、あたしから説明させてもらいます」


 落ち着いた声で、沙彩ちゃんが言う。


「彼女は、「杜番」たるあたしに身柄の保護を申し入れ、あたしは「杜番」としての責務から、これに応じました。

よって、彼女は現在、「杜番」の庇護下にあります。ですので、セラさんをあなたにお返しするわけにはいきません。

以上です」


 佐々原は顔を赤くすると、


「も、「杜番」だからと言って、なんでもできると思うなよ!」


 さらに大きな声で怒鳴る。


「もちろんです。しかし、正義は我が方にあります。セラさん、あたしに身柄の保護を申し入れた理由を、改めてここでお話してくれますか?」


 セラさんはうなずくと、


「この男は、闘奴たるあたしに、性的関係を強要しようとしてきた。お前は俺のものなんだから、大人しく抱かれろ、と。

あたしは闘奴であって、戦うことは職務だが、性奴ではない。そういうことはあたしの職務に当たらない。

だからあたしは、「杜番」の保護を求めた」


 セラさんの言葉に、佐々原はさらに顔を赤くしていった。


「ちなみにだが、」


 クレアちゃんが意地悪そうな笑顔とともに、言った。


「ご覧のとおり、ここには公証人を連れてきている。発言はすべて公的に記録される。気をつけることだ」


 言われてはじめて、佐々原は彼のことを認識したのだろう。

 公証人を見て――彼の「魔導師」と公証人と資格を示す服装に、目を見開いた。


「セラさん、「杜番」として、その名誉に懸けて問います。あなたのお話は真実ですか?」


「ほんとうだ。嘘だったら、死んでもいい」


 沙彩ちゃんはうなずいた。


「彼女は、自らの命を懸けて真実であるということを明かしました。あたしはこれを、真実と証明します。

「杜番」には、いかなるまやかしも通用しません」


 「聖騎士」には、≪心眼(しんがん)≫という≪奥義≫がある。

 それは、嘘やごまかし、幻惑などを看破する能力のことだ。

 これは広く知られた事実であり、裁判での証言でも最も信頼の置かれるものとして長く伝わっている。


「さて、佐々原さんは、これを真実と認めますか?」


 沙彩ちゃんの視線が、鋭く佐々原を射貫く。


 彼は汗を噴き出させて、視線を逸らした。

 だが、彼もそこで折れるほど、柔な男ではなかった。


「そうだ。その小娘の言うとおりだ。だが、それがどうしたというのだ。

あいつは俺の持ち物、俺が主人だ。奴隷を俺が抱こうがどうしようが、俺の勝手だろう!」


 とはいえ、それはただ、開きなおっただけでしかない。


 沙彩ちゃんの追求は続く。


「確かにセラさんはあなたの奴隷です。しかし、奴隷とはいえ人間、なにをしてもいいという法はありません。

少なくとも、「杜番」のあたしはそれを認めません」


「な、な……」


 絶句する佐々原を無視して、沙彩ちゃんは続けた。


「セラさんは人間として、自らの尊厳の危機に対して「杜番」たるあたしに保護を求めました。

そしてあたしはそれに応じました。ですから、セラさんの尊厳の危機をあたしは全力を以て守ります。

佐々原さん、あなたはこのあたしと戦う覚悟をお持ちですか?」


「ま、待て。そんなつもりはない」


 今度は顔色を青くした佐々原が叫んだ。

 まかり間違えば、ここで沙彩ちゃんと一対一の真剣勝負を挑まれてしまう。

 多少、武術の心得はあるようだが、彼女に勝てるとは思えない。


 まして、嘘をつくこともできない状況だ。

 彼は、視線を彷徨わせて、色々と考えを巡らせているように見えた。


「では、セラさんを引き渡してくださいますね?」


 考える時間を与えまい、と沙彩ちゃんが言った。


「う、それは……」


 必死に額の汗を拭いて、彼がうろたえて口ごもる。


「なにか問題でも?」


「も、問題……。そ、そうだ! 問題ならある!」


 なにかをつかんだ彼が叫ぶ。


「賠償金を要求する!」


「支払おう」


 クレアちゃんが即答する。


 だが、佐々原はにやりと笑った。


「10万金貨」


 佐々原の一言に、場が凍り付く。

 私も、一瞬、呆けてしまった。


 人ひとりに対して、それはあまりにも法外な金額だった。

 いや、そもそも10万なんて桁は想像だにしなかった。


「ふざけるな!」


 今度はクレアちゃんが怒鳴った。

 しかし、


「ふざけてなどいないとも。俺がこれまで、そいつの購入、育成、維持費、治療費にいくらかけてきたと思う?

それにこいつは、これから先、あと10年は稼げる。それで発生しえた利益は?


そして、引退後の種付け費用は? こいつなら、一度に1000金貨は取れる。最低でも10回は産ませられるだろう。

その利益はどうなる? 10万など、最低限度に見積もった金額でしかないぞ」


 言い終えて満足したのか、彼は肩で息をしながら、嗤った。

 クレアちゃんも押し黙る。

 私は、ここで口を開いた。


「支払います。支払いますが、さすがに10万など即金というわけにはいきません。どうしたらいいですか?」


 私の言葉に、今度は佐々原が呆ける番だった。

 まさか受け入れられるとは思ってもいなかったのだろう。


「分割でも大丈夫ですか?」


 それを無視して私が言う。


「セラさんの身柄を、無事、引き受けるためには、どうやってお支払いしたらいいのか教えてください。私は、魔導皇聖下にお仕えする「姫騎士」。逃げも隠れもしません」


 やっと我に返った佐々原が、わなわなと口を開いた。


「どうしてそこまで……? たかが、たかが闘奴ひとりではないか!

確かに今は女闘奴ナンバーワンだし、稼ぎはできる。しかし、「姫騎士」たろうものが、その名誉を懸けてまで手に入れるものでもあるまい!?」


「いいえ。これは、「杜番」である沙彩ちゃ、――不破卿への支援だと考えてください。そして、私もまた、セラさんの尊厳を守りたいと考えていると。

臣民を守ることもまた、「姫騎士」としての務め。なにもおかしなことなどありません」


「そうだ。私も支払いには応じよう」


 立ち直ったクレアちゃんが言う。


「私は子爵だ。その信用も担保すれば、問題はないだろう?」


「本気なのか?」


 そう言った佐々原の言葉は、おそらく本音だったのだろう。


「本気です」


 私の言葉に、佐々原は椅子に深く背中を預けた。

 そして、忌々しげに私たちを睨む。


「そうだな。「姫騎士」ふたりと言うなら、5年で返してもらおうか」


 ひとり一年に一万。

 返せるだろうか?


 私が頭の片隅で考えた隙に、クレアちゃんが言った。


「商談成立だ。公証人、証書の作成を頼む」


 私の視線に、クレアちゃんが、


{大丈夫だ。私の資産もあるし、心配はいらない}


 と≪通信≫回線で答えてくれた。

 私はうなずいて、みんなを見た。

 みんなも一様に、大丈夫だと視線で返してくれた。


 「魔導騎士」たちを見やると、彼らも信じられないものを見た、と言わんばかりの表情をしていた。

 そして、話がこうなってしまえば、もう彼らの仕事はないのだとも。


 当のセラさんは、無表情で立っているだけで、なにを考えているのかはわからなかった。

 喜んですらいないことに、やや疑念を抱いたが、


「祝、ここにサインを」


 クレアちゃんの言葉に現実に引き戻されて、私はすぐに忘れてしまった。


 魔導証書にサインすると、公証人が佐々原のところに持っていった。

 佐々原も大人しくサインする。


「これで正式に、闘奴セラの身柄は「姫騎士」キング卿および不解塚卿のものとなりました」


 私たちは、追い出されるようにして、佐々原邸を出た。


「では、私どもはこれで」


 「魔導騎士」たちも、事の成り行きに首をひねる感じで去って行った。

 公証人も、一礼して歩いて行った。


「さて、帰ろうか」


 クレアちゃんの言葉に、みんなはうなずいた。


「あの、先ほどの件ですけれども、」


 リィシィさんが言った。


「公的に支援することはできませんけれども、私的に援助はできますわ。是非とも、わたくしにも、力にならせてくださいませ」


 ありがたい申し出だった。

 私は、クレアちゃんとともにうなずいた。


 ケディ公家は、大白王国王家の血族だ。

 個人的資産など、いったいどれほどあるだろうか。心強かった。


 私たちは、なにかをやり遂げた達成感で浮かれながら帰った。


 そう、私たちはあまりにも浮かれすぎていた。

 そのことを、後に思い知らされることになるのだが、このときの私たちには、それに気づくことはできなかった。

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