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抜け闘奴

 みんなで歩いていると、先日の屋台が目に入ってきた。

 あの老剣士のことが思い起こされる。


 でも、感傷に浸っているばかりの私ではない。

 あれから自分の全力を尽くそうと思い、訓練もしてきたのだ。


 大丈夫。

 私は足に力を込めて歩き続ける。


 クレアちゃんを振り返ると、彼女は笑顔でうなずいた。


「クレアちゃんの呑兵衛~」


「おっ、言ったな!」


 クレアちゃんが私の頭をぐしゃぐしゃとする。

 私はそれがくすぐったくて笑った。

 つられてみんなも笑う。


 笑いながら、暖簾をくぐった。

 しかし、主人の董さんの顔はこわばっていた。


「あ、ああ。あんたたちか」


 あからさまにほっとした様子で言う。


「どうしたんだ?」


 クレアちゃんが尋ねる。

 しかし、


「いや、なんでもねぇよ」


 董さんはつれない反応だ。


「なんでもないって風じゃないな。なにがあった?」


 とはいえ、それで引き下がるクレアちゃんでもなかった。

 董さんは腕を組んで私たちの顔を見回した。


「ふむ。あんたら、なにも知らねぇって顔だな」


「なにも知らないが?」


「なにか、あったんですか?」


 私が尋ねると、


「ちょっとな」


 そう言って董さんは自分の足下をちらっと見た。

 なにかある?

 それとも、誰かかくまってる?


「「姫騎士」のところにはまだ話が通ってないってところか」


 董さんが独り語ちる。


「困り事なら相談に乗るぞ」


 クレアちゃんが言った。


「あんたたちの迷惑になってもか?」


 董さんがそう言った。


「迷惑になるかどうかは、」


 と、クレアちゃんが言いかけたところで言葉を遮って、董さんが言う。


「いや、それは確実だ。それでも人助けってやつをする覚悟はあるかい?」


 董さんはみんなの顔を見回す。


「ないんだったら、悪いが今の話は聞かなかったことにして、帰ってくんな」


 私たちは顔を見合わせて、うなずいた。

 満場一致だ。


「覚悟した」


 クレアちゃんが短く言った。

 董さんはコップにお酒を注ぐと、一口で煽って、


「よし。任せた」


 董さんが、にかっと笑った。


「おい、セラ、出てきな」


 屋台の下に声をかけて、やがてひとりの美少女が立ち上がった。

 褐色の肌に黒髪をポニーテールに絞っている。


 すらりと伸びた肢体に、贅肉のない引き締まった身体。

 細くともしっかりとついた筋肉が、並みの鍛え方ではないことを物語っている。

 茶色の双眸もまた研ぎ澄まされ、私たちを平然と睥睨(へいげい)していた。


 その雰囲気に呑まれた、そんな感じで私たちは無言で見つめ合っていた。


「こいつはセラ。ちょいと昔に手ほどきしてやった仲だ。少々がさつだが、性根は真っ直ぐなやつで、信頼していい。

ただ、訳ありなんだ。あんたたち、わかるか?」


 私は首を振った。

 みんなも同様だった。


 その中でひとり、紗彩ちゃんが口を開いた。


「もしかしてですが、闘奴(とうど)ではありませんか?」


 闘奴?

 みんなの間の空気が変わった。


「当たりだ」


 董さんが言う。


「悪いが時間がない。すぐにでも匿ってくれないか」


「なるほどね。抜け闘奴(・・・・)ってわけか」


 そう言って、クレアちゃんが私の方を見た。


「わかりました」


 私は即答した。


「急ごう!」


 私はみんなに言った。

 そして、セラさんに手を伸ばした。

 セラさんは、一度、董さんを見て、すぐに屋台の裏手から出てきた。


 私は、セラさんの手を取ると、≪隠匿(いんとく)≫を発動してセラさんを認識されないようにした。

 これで家まで彼女を発見することは非常に困難になったはずだ。


 セラさんに≪追尾≫などの魔法をかけていたとしても、この時点で見失っただろう。

 魔法効果の対抗は、一般に発動魔力で決まる。

 私の魔法は生半可な発動魔力では対抗できない。


 しかし、だからと言ってのんびりしていいというものでは、無論ない。

 私たちは董さんに一礼すると、足早に屋台の前から立ち去った。

 董さんは、しばらくの間、私たちに深く礼をしていた。



 検問所も問題なく通り抜け、私たちは無事家に帰りついた。

 オルガちゃんに今夜は誰も上に上がってこないように言い含めて、2階の空き部屋に入る。


 部屋に≪結界(けっかい)≫を張り、セラさんにかけた術を解く。

 明るいところで見たセラさんは、より一層、野性味溢れる美しさだった。

 簡易なシャツにハーフパンツとサンダルのみの彼女からは、あらゆる意味で身を飾るという観念が欠落していた。


 褐色の肌に黒髪のポニーテール、そして茶色の瞳は力があり、それこそ野性的な美しさがあった。

 そして、肌に刻まれた無数の傷痕が、彼女の境遇をなによりも物語っていた。


「えと、私は、不解塚祝です。パーティ「黒百合」のリーダーで、「姫騎士」でもあります。それで、この家の主です。安心して、ゆっくりして欲しいです」


 私の自己紹介をセラさんは黙って聞いていた。


「私はクレア。同じく「姫騎士」だ」


「あたしは紗彩。「杜番」です」


「わたくしは「魔勁剣」のケディ=ソーピロスポッド=リィシィですわ」


「わたくしは絢佳です」


 みんなが次々と簡単に自己紹介をする。

 全員が終わったところで、


「あたしはセラ。さっき言ってたとおり、抜け闘奴」


 と言った。

 思ってたより若い声だった。


「あたしを匿ったりして、ほんとにいいの?」


 猜疑心などではなく、単純に不思議に思っている風にセラさんが言う。


「大丈夫だ」


 クレアちゃんが短く答える。


「「姫騎士」なのに、と思うかもしれないが、むしろ「姫騎士」だからこそ、守ってやれる」


「どういうこと?」


「私たちは、一般の「魔導騎士」とは違う命令系統にいるからな。特権を持っているんだ。だから、簡単にいうことを聞く必要はない」


「それに、ここがばれるまでには時間がかかると思う」


 クレアちゃんの言葉を私が次いだ。


「でも、セラさんをこれからどうするのかは、決めないといけませんわね」


 リィシィさんが言う。


「抜け闘奴ということは、本来の所有主がいますから、最低でも共和国から脱出させてあげないとならないと思いますわ」


「確かにずっとこの家の中に閉じ込めておくわけにはいかないもんな」


「えっ、放りだしちゃうの?」


 私が言うと、


「いや、言い方はあれだが、それしかないだろう」


 クレアちゃんが答えた。


「現時点で、あたしたちは共和国の法を犯していますしね」


 沙彩ちゃんも残念そうにそう言った。

 私は、闘奴について≪検索≫してみた。




 闘奴――

 闘奴を戦わせる闘奴賭博は古来より人気の娯楽であり、第一紀には既に存在していた。

 闘奴は<闘技(とうぎ)>という<武術>を習得させられ、闘奴同士や猛獣・怪魔相手に戦い、その勝敗を賭ける。


 闘奴は奴隷であり、自由身分を勝ち得たものは稀である。

 闘奴同士の交配も一般的で、才能と美醜とが受け継がれてきた。

 また、抜け闘奴は昔から多く出てきたが、大陸全土で闘奴に対する偏見は根深く、うまく逃げ延びたとしても、無事に一生を送れたものはほとんどいない。


 共和国では導都にのみ闘技場があり、観光資源として人気がある。

 死狂皇国(しきょうこうこく)の闘技場は世界一有名である。




 私は、闘奴というものの根の深さを知り、慄然とした。

 間違いなく、私は安請け合いをしてしまった。


 リィシィさんの言うように国外に逃がしたにしても、その先の担保はしきれないだろう。

 それをするなら、私も一生を捧げる必要があるに違いない。

 そこまでできるとは、とても思えなかった。


 では、どうしたらいいのか?

 なにひとつ、浮かんでくる名案などなかった。


「祝ちゃん、どうするです?」


 絢佳ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。


「どう、したら、いいのかな」


 絢佳ちゃんの表情は厳しい。

 心臓がバクバクと音を立てる。


 私は、他のみんなの顔を見た。

 みんなの顔にも、どうしようもないと書かれている気がした。

 少なくとも、セラさんの面倒を見るという選択肢はないようだった。


 ほんとにそれでいいのだろうか?

 もやもやしたものが、私の胸の中に渦を巻く。


「あたしのことなら、気に病む必要はない」


 セラさんが言う。


「そんなっ」


「では、どうするです?」


 絢佳ちゃんの言葉が冷淡に感じられ、頭に血が上る。


「そんな言い方!」


 でも、すぐに我に返る。


「そんな言い方、しなくても、いいじゃない」


 私は、力なく同じ言葉を繰り返した。


「そうですね、ごめんなさいです」


 絢佳ちゃんの謝罪の言葉も、胸に突き刺さった。


「ううん。私の方こそ、ごめんなさい。私、なにも考えてなかった」


 私はセラさんを見た。


「セラさんは、どうしたいですか?」


「あたしは、自分で言うのもなんだけど、強い。あとは自力で国境線を越える。だから、ここまでしてくれただけで感謝している」


「自力で? できるの?」


「できる」


 セラさんは断言した。


「あたしは女闘奴ナンバーワンだから」


「ナンバーワンだって?」


 クレアちゃんが聞き返した。


「そりゃ、大物じゃないか」


 クレアちゃんの言葉にセラさんがうなずいて返す。


「待って、それじゃ、あなたの主人は誰なんですか?」


 紗彩ちゃんが言う。


「あたしの持ち主は、闘技場管理人の佐々原(ささはら)(へい)だ」


 セラさんの言葉に、場が凍りつく。


「追っ手は、そう簡単に諦めてくれないな」


 クレアちゃんが確かめるように言った。


「面目丸つぶれだからな」


「聖杜教会に保護を求めてはどうですか?」


 紗彩ちゃんが聞いた。

 しかし、セラさんは黙って首を振る。


「そういうところは、あたしには無理だ」


「ひとつ、いいです?」


 絢佳ちゃんが聞く。


「そもそもセラさんは、どうして抜けようと思ったです?」


 セラさんが一度、視線を外して、


「あいつが、あたしを性奴として扱おうとしたから」


「性奴は厭です?」


 セラさんはうなずいた。


「あたしは生まれたときから闘奴だった。だから、殺し合うことは構わない。それはあたしの生まれついての(ごう)だから。

でも、性奴は違う。あたしは、そんなことをするくらいなら、死んだ方がましだ。だから、抜けた」


「わかったです」


 絢佳ちゃんは強くうなずいた。


「祝ちゃん、セラさんを助けるです」


「きゅ、急にどうしたの?」


「わたくしは、愛の使徒です。ですから、間違った愛は(ただ)さなくてはなりません」


「間違った、愛?」


「そうです。性欲そのものはいいです。人間の自然な情動です。でも、奴隷として性欲を満たすために強制するのは、それはもはや愛ではありません」


 絢佳ちゃんの言葉には、強い信念が感じられた。

 それが正しいかどうかではない。


 絢佳ちゃんが心底、そう思っていて、それを遂行しようという強い意志が感じられるのだ。

 そして、私もそれに賛成だった。


「うん、わかった。私もセラさんを、ちゃんと助けたい」


「私も賛成だ」


「当然、あたしもです」


「わたくしもですわ」


 みんなが、賛成してくれた。


「問題点を洗い出そう」


 クレアちゃんが言う。


「まずは、セラさんの主人が社会的に強い立場にあること」


「だから、国内は論外」


「国外に出ても、追っ手はかかるでしょうね」


「聖杜教会以外に、保護してくれそうな、有効なものはないです?」


「難しいだろうな」


「いっそのこと、別の主人が見つかれば、それでいいんじゃないか?」


 クレアちゃんが言う。


「あたしの値段は、法外に高い。それに闘技場管理人を敵に回して闘奴を続けることは、難しいと思う」


 次いで、紗彩ちゃんが提案した。


「こういうのはどうでしょう? セラさんが「杜番」であるあたしに保護を求めた。それでパーティで相談した。そして、祝さんが代表して、身柄を引き受けることにした」


「なるほどな。「杜番」と「姫騎士」が表立って宣言すれば、文句も言えなくなるってことか」


「そうです。さらに身柄の引き受けに、「姫騎士」としての信用を盾に分割で支払うとでも言えば、引き下がる他なくなるでしょうね」


「誓約書には、私も連名で名前を書こう」


 クレアちゃんがそう言ってくれる。


「セラさん、どうですか?」


 紗彩ちゃんとクレアちゃんの提案に、セラさんはうなずいた。


「それじゃあ、明日、さっそく行動に移りましょう」


 紗彩ちゃんにみんながうなずく。


「セラさん、今晩はこの部屋でゆっくり休んでください」


 私の言葉に、


「ありがとう」


 セラさんが短く答えた。




 翌朝ーー

 私は、オルガちゃんに起こされた。


「あの、「魔導騎士」の方々がいらしてます」


 私はうなずいた。

 急いで身仕度をすると、階下に下りる。

 みんなも順次揃った。

 私は家の扉を開ける。


 そこには、警邏隊の「魔導騎士」が4名、難しい顔をして待っていた。


「不解塚卿ですな?」


「はい、そうです」


 私が応えると、彼は少し驚いたようだった。


「失礼だが、こちらに抜け闘奴が匿われているとの通報があり、駆けつけた次第。即刻、抜け闘奴を引き渡していただきたい」


 どうやら、なにか確信があるようだ。

 しかし、私はもう覚悟を決めたのだ。


「そのお話については、こちらにも相応の言い分がありますので、引き渡しは拒否させていただきます」


 私の言葉に、「魔導騎士」の表情が歪む。


「まずはお入りください。詳しいお話をいたします」


 私たちの、新たな戦いが始まった。

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