調査、続報
私とクレアちゃんは、久しぶりに魔導学院の魔導書庫に来ていた。
いつもの部屋で、司書長の浅野さんと挨拶もそこそこに本題に入った。
「卜部某のことですが、いくつかわかったことがあります」
浅野さんが言う。
「これは機密文書なんですが、魔帝国時代に当局がマークしていた痕跡があるんです」
「ほう」
「我が国――当時の魔龍姫国ですね――に、重要人物として照会があったと記録されています」
「魔帝国が、彼を追っていた?」
「可能性は高いですね」
「理由は?」
「重要な、危険人物という感じでしょうか」
そう言って、浅野さんは手紙を一通手渡してくれた。
手紙を見るが、確かに明言はされておらず、なぜこの人物の情報を渡さなければならないのかについてはなにも書かれてはいない。
送り手は、情報を流す気がなかった、そう読み取れる。
差出人は、魔帝国情報局。宛先は、魔龍姫国特務。
言外に通じ合っていてもおかしくはない。
「この手紙の時期は?」
「はっきりとはわかりませんね。消印のようなものがないもので。この卜部某が仙境に出てきた時期だろうということしかわかりません」
「うーん」
クレアちゃんが腕を組む。
「謎は深まるばかりといった感じだな」
「他におなじような文面の手紙はありませんでしたか?」
「それはさすがに難しいですな」
「ああ、そうですよね」
「でも、他にもなにかあったんだろう?」
「はい。おそらくこれと関係あると思われるもの、なんですが」
浅野さんはそう言って、一枚の紙を手渡してくれた。
魔帝国暦610年8月17日
「運命の担い手」藤原景
このたびの騒乱は、ひとえに運命の定めるものであり、これを覆すことのできるものではありません。
ゆえに、臣民は、本阿弥仗堂および卜部宗吽の連名による詔を冷静に受け止め、そして、受け入れてください。
私の不徳の至りゆえに招いたこと、お詫びのしようもございません。
藤原景?
いや、それよりも、「運命の担い手」とは?
それに、本阿弥仗堂?
「あの、これは?」
「詳しいことはわかりかねるのですが、卜部某の名前のある文書ということでお見せしました」
私はうなずいて、≪検索≫をかける。
本阿弥仗堂――
情報なし。
藤原景――
魔帝国航宙軍所属。
龍孫人女性。出生地・生年ともに不明。外見は少女だが、少なくとも魔帝国花房朝建国前より生存。
「運命の担い手」として世界最高の力を有すると目される。
「玄勁衆」に一時期所属しており、その縁は最後まであった模様。
「魔帝」の出立に伴ってこの世界より出奔、以後、不明。
なんだ、この、粘り着くような厭な感じ。
背中に冷や汗が流れる。
私は、いったいなにと対立しようとしているのだろうか。
その判断は、そもそも間違いじゃなかったのか。
本能が、そう叫んでいた。
ともかく、情報が不足している。
私は、次々と≪検索≫をかけていった。
「運命の担い手」――
それは、運命神に魅入られた、或いは派遣された「神の子」とも呼ばれる存在。
運命を認識する能力を持つ者の総称。
<観気法>の使い手であり、予知・予言・預言・占卜能力を持つ。
ときに運命を支え、英雄を送り出すとも言われる。
近年で最も著名な担い手は、藤原景である。
「玄勁衆」――
神代の時代より、冥境を支配していた最凶最悪の邪神「執着」および、その配下「呪詛」を退け、御霊として祀りあげて封じ、冥境に平和を取り戻した集団。
首脳陣は、いずれも神仙、龍、天神などの強力な存在である。
<玄術>という<仙道術>、<言霊法>、<刀剣術>を統括する新技術を開発し、今に伝える。そのいずれもが強力な技術である。皆伝称号は「玄術師」。
仙境に於いても活動の痕跡が認められる。その最有力は、不知火兼則である。
首魁は、藤原允影と呼ばれる男で、龍孫人と目される。鬼族ではない。
「魔霊神王」、「三聖女」らと共に第三紀から活動をはじめ、「運命の戦い」の年に悲願を達成せしめる。
直後に首魁ら首脳陣は神境へと去り、現世との関わりを断つ。
以後、鬼族はその本性を取り戻し、今に至る。
「この詔っていうのは、「変世の詔」のことだよな?」
クレアちゃんの言葉が、私を現実に引き戻した。
「それは間違いないと思います」
浅野さんがうなずく。
「しかし、これだけ? これはいったい誰に宛てた文書なんだ? 臣民っていうのは、魔帝国の臣民のことか?」
「そうだと思う」
私の言葉に、クレアちゃんが私の方を向いた。
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「え、そう?」
私は頰に手を当てた。
「そう、かもしれないね」
「なにがあった?」
「≪検索≫、してみたの」
私は≪検索≫結果をふたりに送る。
「なんだいったい?」
クレアちゃんも当惑していた。
「わからない。わからないけど、私たちが今まで思っていたのとは全然、違うところに話がいってしまった感じ」
「そう、だな」
「ふむ」
浅野さんが考え込む。
「なにか、ご存じですか?」
「いえ、概略については存じておりましたが、これは我が国ではなく、魔帝国の関与した事案だと考えるべきでしょうな」
「ああ、はい。私もそう思います」
「それでしたら、魔導書庫よりも、聖下の御苑書庫の方が関連文書はあるかもしれません」
「御苑書庫、ですか?」
「はい。ラーディックさまという「魔王」さまが司書長を務めておいでで、ここより機密性の高い文書が保管されております」
私は、クレアちゃんと顔を見合わせた。
私は、さっそく≪通信≫で「魔王」チャンネルに接続する。
{ラーディックさまはおいででしょうか?}
{はい。おります。あなたは、ああ、祝さんですね。はじめまして。ラーディックです}
{はじめまして。不解塚祝です}
私は、御苑書庫のことについて話を聞いた。
御苑書庫については、聖下の許可が必要とのことで、しかも今、聖下は聖務により連絡できないという。
私はラーディックさまに言伝を頼んで、≪通信≫を切った。
「だったら、この先は聖下のお返事待ち、か」
クレアちゃんが言う。
「そうだね」
「ほかになにかわかったことは?」
「いいえ。この、本阿弥某についても調べてはみたのですが、なにひとつ情報が出てまいりませんでして」
「名前しかわからないってことか」
「でもね、この記述からして、このひとがトップに立っている可能性は高いと思う」
「なるほど。そうだな」
「それで、卜部という人がナンバー2?」
「おそらくな」
「あるいは、詔に関する責任者、とか?」
「そういう考え方もあるか」
「これ以上の話は、一度持ち帰ってみんなで話す?」
「それがいいな」
ふたりでうなずき合う。
「では、浅野さん、念のため引き続きよろしくお願いします」
「心得ております」
浅野さんが頭を下げた。
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
私たちは、魔導書庫を後にして、冒険者ギルドへと急いだ。
まるで、なにかから逃げ出すかのように――
冒険者ギルドに着いてみると、話はもう終わっていた。
導都および周辺地域の冒険者に広く依頼を出して、「妖術師」狩りをするのだ。
一番の課題は、一般市民に被害を出さないこと。これは、冒険者の命よりも優先される。
ゆえに、志願制なのだ。
また、特に秘密裏に動くということもしない。むしろ、大々的にやる。
それで「妖術師」に逃げられたなら、それはそれでいいというのが冒険者ギルドの判断である。
一時的にせよ、(おそらくは)強力な「妖術師」が近隣より離れてくれれば、それはそれでよしなのだ。
これは、共和国の「魔導騎士」特務隊および傭兵ギルドの判断でもある。
国家が動いて捜索をおこなう上に、冒険者にも、動いてもらう。
そうすることで、「妖術師」とその勢力を萎縮させる狙いもあるのだ。
もちろん、斃すに越したことはない。
そのためには、参加者は命を懸けてもらうことになる。
そして、この作戦は、すでに発動されているのだ。
各自、己のできうる限りの力をもちいて、「妖術師」とその痕跡を探り、斃すか追い払うかをする。
報酬は痕跡の情報などで適宜、支払われるが、活動費などは自己負担となる。
また、「妖術師」を見事討ち取った暁には、国から報償が出ると決まっているらしい。
一番の報酬が名誉となるような、そんな依頼というわけだ。
もちろん、その間、一般の依頼を引き受けることも大切だから、この作戦に参加しないからと言って不名誉とはならない。
傭兵ギルドなどは、ローテーションを組んで怪魔討伐などの日常任務と並行しておこなわれることになっているらしい。
私は、パーティ「黒百合」の代表として参加志望者名簿に記入して、ギルドをあとにした。
そして、帰り途、私たちの得た情報とこの作戦についていろいろと話しながら、私たちは歩いていた。
「それで私は、なにか禁忌に触れたような気がしたの」
「それで青い顔してたのか」
「うん」
「禁忌、です?」
絢佳ちゃんがなにか考え込むような仕草をした。
「それはやっぱり、「運命の担い手」のことです?」
「それも、あるかな。あとは、「執着」と「呪詛」。この神々には、関わってはいけないって本能が叫んでる感じ」
「なるほどです」
「絢佳ちゃんは、なにか感じるところとかある?」
「そうですね。「運命の担い手」は、<大千世界>でも知られた存在です。「英雄」を導くとか、「災厄」を伝えるとか言われているです」
「そうなんだ」
「これも、あまり関わりにならない方がいい存在です」
「どうして?」
「「運命の担い手」は、「運命」の送受信をする電波塔のようなものです。ですので、思わぬ「運命」に巻き込まれる恐れがあるです」
「そう、なんだ」
なにか暗雲に包まれたような気がした。
「でも、本人と会わなければ大丈夫です」
「なら、「執着」の方か? 確かに、邪神と言ったら、「執着」か「魔玄神」かって感じだもんな」
クレアちゃんが気楽な風に言う。
「そうですね」
「あとは、「黄金神」と「黒書」を加えれば完璧ですわね」
沙彩ちゃんとリィシィさんも言葉を重ねる。
「絢佳さんは、外の世界からいらしたのでしたわよね?」
リィシィさんが絢佳ちゃんに聞く。
「はいです」
「「黄金神」と「魔玄神」について、なにかご存じではありませんか?」
「聞いたことないです」
「あら。そうなんですの? この両神統は外来の神々なのですけれども」
「外来です? ううーん。でも、知らないです。マイナーな神なんじゃないです?」
「<大千世界>ではマイナーな神でも、あれだけの猛威を揮うということですのね」
絢佳ちゃんは、腕を組んで難しい顔をした。
「前にも言った気がするですけど、この<世界>は、ちょっと変わってるです」
「どう変わってるの?」
「一般に知られていない世界にも関わらず、未知の外来の神々に脅かされていたり、とかです。それと、リィシィさん、「魔勁剣」と言ってたですけど、レイバック卿は開祖かなにかです?」
「ええ。我らが開祖こそが、「魔勁皇」ケディ=セミネス=レイバック卿ですわ」
今さらなにを、といった感じにリィシィさんが答える。
「やっぱりですか」
「え、絢佳ちゃん知ってるの?」
「知ってるもなにも、です。世界で初めて「黒書の写本」を――「第七写本」を斃したのが、レイバック卿なのです」
「世界で、初めて?」
「そうです。それまで、「黒書の欠片」には対処できても、「黒書の写本」に対抗する術はなかったです。それをレイバック卿は、「虚無」の力で以て斃すに至ったです」
「へえ、そうなんだ」
「<大千世界>でのビッグネームのおひとりです。さらに、彼もまた「アルカナ」のひとり。「隠者」のタロットを持つ人です」
「それって、絢佳ちゃんとおなじく、世界最高の力を持つってことだよね?」
「そうです。十本指には間違いなく入るです。なのにです、彼の出自というのは、今の今まで知られていなかったです!」
絢佳ちゃんが、憤慨したように言った。
「<ミラムホーム>とは、いったい、なんなんです!?」
そして、みんなの顔を見回す。
しかし、それに応えられる者は、ここにはいなかった。
「ここには、なにか大きな秘密か、特別な力があると思うです」
「この<ホーム>に?」
「はいです」
「なんだか、どんどん謎が増えて、しかも話までどんどん大きくなっていくな。これは、収拾つくのか?」
苦笑しながら、クレアちゃんが言った。
「それでも、収拾させるのがあたしたちの役目ですよ」
「そうは言うけどなぁ」
「だって、」
沙彩ちゃんが、一度言葉を切って、私の方を見た。
「それが祝さんの役目でもあるんですから」
「そうか、そうだな。私たちもがんばらないといけないな」
クレアちゃんもうなずいた。
「わたくしも、微力ながら協力させていただきますわ」
リィシィさんもそう言ってくれた。
「リィシィさん、ありがとう」
「いいえ。それこそ、わたくしの役目、そう思っておりますもの」
リィシィさんの笑顔は眩しいほど綺麗だった。
私は、レイバック卿について≪検索≫をかけてみた。
「魔勁皇」ケディ=セミネス=レイバック
イェルス人。長身痩躯の無口な男と伝えられる。
第二紀末に「黄金」「魔玄」両神統に仕える異端派に生まれる。
そして両神統と自らに刻まれたその力を放逐するために、≪破壊の指輪>より「虚無」の力を会得し、それを武器とし、また身に纏って戦う術を開発した。
<魔勁術>、<虚神剣>の開祖である。
「武匠」不知火神如と共に「邪玄士」の陰謀を打ち砕き、「十人会」を一時的にせよ、この世界から放逐せしめた英雄。
その後、ケディ公家に「魔勁皇流」を伝え、「虚無の塔」に隠棲。「奈辺の眷属」を従えている。
後に、「黒書教団」を新たな敵として戦いはじめる。
また、「鉤爪」と呼ばれる強力なアーティファクトの魔剣を所持しているが、出自については不明。
この世界の情報としては、「アルカナ」であることや「黒書」との因縁についてはわからないようだった。
しかし、この世界に於いても重要な人物であることは間違いない。
もし、そのレイバック卿が敵に回ったとしたら?
その仮定、あるいは予断は、私を大いに怯えさせた。
立ちこめた暗雲がさらに濃く、大きくなったような気がする。
私は、いったいなにと対決させられようとしているのだろう――
不安が胸をかきむしり、自然と顔がこわばっていく。
リルハの真意、それがいったいどこにあるのか、ますますわからなくなってくる。
私は、ほんとうにこのままの途を進んでいって大丈夫なのだろうか。
どこかで途を選び間違っていないか、気づかずに落とし穴に落ちてはいないか。
不安が不安を呼び、私は身震いした。
「祝ちゃん、大丈夫です?」
絢佳ちゃんの声に見やれば、心配そうに私を見つめている顔があった。
「ありがとう、絢佳ちゃん。なんか、不安になっちゃって」
「わたくしたちがいるです」
そう言って、絢佳ちゃんが満面の笑顔で手を差し出してきた。
私は彼女の小さな手を握る。
暖かさが伝わってくる。
そうだ。
私はひとりじゃない。
みんながいる。いてくれる。
みんなを信じて、一歩一歩、歩いて行こう。
私はみんなを見回して、うなずいた。
もう、大丈夫だと――





