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我が家

 私たちは翌朝、村の代理人ひとりを連れてツベク村を出立した。

 もちろん、件の怪魔の死体も持って。


 半日かけて強行軍で主街道まで出ると、そこで馬車を借りて導都を目指す。

 騎士団特務隊には、「魔導騎士」チャンネルを通じて簡潔に報告済みだ。

 馬車を走らせること1日で、導都からの魔導車両と合流できた。


 特務隊の「魔導騎士」たちと挨拶を交わす。

 特務隊長がわざわざ出向いてくれていたのには、驚かされた。


 隊長は、転法輪(てぶり)かすみ侯爵。<光剣道(こうけんどう)>開祖の直系の子孫にあたるひとだ。

 龍孫人の若い美人で、凜とした印象を受けた。


「これはキング卿。お久しぶりね」


「転法輪卿もな」


 かすみさまは、クレアちゃんと握手を交わした。


「私たちは同期でね」


 クレアちゃんが言う。


「あなたが噂の不解塚卿ね。よろしく」


「あっ、はい。よろしくお願いします」


 私も差し出された手を握り返す。


「そんな固くなることはない。かすみはいいやつだからな」


「そういうことにしておこうかしら」


 クレアちゃんが笑うと、かすみさまも笑った。爽やかな笑顔だ。


「さて。さっそくだけど、事務的な話をしましょう」


「そうだな。沙彩、あれを出してくれ」


「わかりました」


 沙彩ちゃんが防水布に包まれた怪魔の死体をひとつ、荷台から下ろした。

 そして、布の包みをはがす。


「これは……確かに見たことがないタイプね」


 かすみさまは死体を丁寧に検分した。


「なるほど。わかったわ。これはこちらで預からせてもらっていいのよね」


「<降伏法(ごうぶくほう)>の各道場と冒険者ギルドにも持っていこうと思っている」


「ああ。それがいいわね。そちらは頼めるかしら」


「もちろんだ」


「「聖杜教会(せいときょうかい)」にもひとついただきたい」


 沙彩ちゃんの言葉に、


「「杜番」様ね。もちろん、構いませんよ」


「沙彩です」


「かすみよ。よろしく」


 ふたりも握手を交わした。


「部下をツベク村に派遣するわ。周辺を詳細に調べておきたいから」


「ああ。頼む」


「その分、スペースが空くから、あなた方は魔導車両に乗って」


「じゃあ、遠慮なく」


 クレアちゃんがうなずいて、私たちは車両を降りた騎士たちと入れ替わりに乗り込む。




 半日ほどで、私たちは導都に着いた。

 私は死体のひとつを持って冒険者ギルドに行く。


 沙彩ちゃんが「聖杜教会」に、クレアちゃんが<降伏法>各道場に行くことになった。

 絢佳ちゃんと、ウルスラさん、椿姫さんも私と同行。

 そして、かすみさまが特務隊に戻る。


 まず私たちが冒険者ギルドで下ろされた。

 絢佳ちゃんが死体を軽々と担いで、みんなでギルドに入る。


 受付に行って、事情を説明すると、お姉さんが裏に通してくれた。

 そこには、導都冒険者ギルド長の月下部(かすかべ)ノーマンさんがいた。混血で、壮年の偉丈夫だ。絞られた身体に程よく筋肉がついて、今でも十分、現役として強いことがわかる。


「君が噂の不解塚くんだな」


「あ、はい」


 私のことは、どこまで噂になっているのだろう。


「どれ。見せてくれ」


「はいです」


 絢佳ちゃんが死体を下ろすと布をめくってみせた。


「ふむ。こいつは確かに知らねぇな」


「「渾沌の場」に巣があったので、「妖術師」によるものかもしれません」


「そいつはやっかいな話だ。昨今、「妖術禍」の話もちらほらあるし、ここいらに「妖術師」がいると見て間違いないようだな」


「断言していいんです?」


 絢佳ちゃんが聞いた。


「ああ。怪魔の新種ってのは、そうそう生まれるもんじゃねぇからな。それに、ツベク村以外で発見報告がないところを見ると、種として存在しているとも思えん。だったら、<妖術>だろうよ」


 絢佳ちゃんはうなずいた。


「で、こいつは強いのかい?」


「それなりに。ジャンプ力があって、力も強いです。それに、連携して襲ってきました」


 と私が答えた。


「なるほど。それは確かに強いな。数はどれくらいいたんだ?」


「全部で8匹と遭遇しました」


「大きさは?」


「だいたいおなじくらいです」


「じゃあ決まりだな。子どももいないんじゃあ、巣とも呼べん。ただのねぐらだろう」


「そうかもしれませんね」


「そっちの方は大丈夫なのか?」


「特務隊が向かいました」


「なら平気か。ともあれだ。これは正式に妖術禍として通達しておかないとならないな。おい!」


 ノーマンさんは近くにいた職員を呼ぶと、冒険者ギルドに「妖術禍」を知らしめるように手配した。


「ご苦労だった。報酬を受け取ったら、こっちはいい。特務の方は?」


「パーティメンバーに任せています」


「もうひとり「姫騎士」がいるんだったか」


「はい。そうです」


「わかった。報告、感謝する」


「いいえ。仕事をしたまでです」


「いい返事だ」


 ノーマンさんは笑うと、私の頭をくしゃっと撫でて、出て行った。

 私たちは規定の報酬額を受け取り、ウルスラさんたちと半分――2金貨と9銀貨ずつに分けた。


「こんなにもらっちゃっていいの?」


「ええ。2パーティ合同ですから」


「じゃあ、遠慮なく。またなにかあったら、声掛けてよね」


「はい」


「それじゃ、お疲れさま」


「お疲れさまでした」




 私は絢佳ちゃんと冒険者ギルドを出ると、近くのお店に入ってご飯を食べた。

 クレアちゃんに「姫騎士」チャンネルで簡潔に報告すると、向こうは報告に少々時間がかかるとのことだった。


 沙彩ちゃんとは連絡できないので、待機である。

 食後のお茶をしながら、絢佳ちゃんとお喋りをしてふたりを待つ。


「みんなで使える連絡手段が欲しいね」


「そうかもです」


 <妖詩勁>で連絡チャンネルを作るのはどうだろうか。それとも、アイテムを作る方が早いだろうか。

 そんなことを話し合っていると、沙彩ちゃんが戻ってきた。


「沙彩ちゃん、お帰りなさい」


「はい、ただいま」


 沙彩ちゃんは笑顔で答えるが、若干、疲労が見える。


「どうしたの? 疲れちゃった?」


「いえ、なんていうか。教会内でちょっと……」


 沙彩ちゃんが言いにくそうなので、


「言えないことなら、無理には聞かないよ」


 と言った。


「いえ。聞いてください。絢佳さんも」


「はいです」


 沙彩ちゃんは席について、紅茶を頼むと、はあ、とため息を漏らした。

 そして、紅茶が運ばれてきて一口飲んでから、話し始めた。


「あたしは「祐杜衆」なので、一般の教会とは違うセクトに属しています。それはわかりますね?」


「うん」


「それで、「妖術禍」に遭ったなら、それはあたしの仕事だと、教会にそれを持ち込まれても困ると言うんです」


「どういうこと?」


「つまり、端的に言えば、「妖術師」の相手をする余裕はないってことです」


「うーん。世界を守るのが聖杜教会なんじゃなかったっけ?」


「そうなんですが。あたしがいることに加えて、特務隊が既に動いていること、さらには冒険者ギルドも動いているとなれば、わざわざ教会が口を突っ込むことではないって」


「そうなんだ。意外と俗っぽいんだね」


「教会や祭主、「杜番」など個々の判断で違うんですけどね」


 沙彩ちゃんが苦笑する。


「導都の聖杜教会としては、「聖杜(せいと)」が狙われているのではないかぎり、介入するつもりはないってことですね」


「お役所仕事です」


 絢佳ちゃんが言う。


「ほんとうに、その通りです。あたしもここまで硬直化した教会ははじめてだったもので、つい、言い合いになってしまって」


「そっか。お疲れさま」


「ありがとう」


 沙彩ちゃんがにっこりと笑う。


「いずれにしても、あたしは「祐杜衆」として個人で活動はしなくてはなりませんから、これからは教会のことは忘れて、祝さんたちとこの事件を追おうと思います」


「そうだね。それがいいよ」


「そうです。そんな組織は根腐れするに任せるがいいです」


「いや、そこまではちょっと」


 絢佳ちゃんの辛辣な発言に、沙彩ちゃんも困った顔だ。


「絢佳ちゃん、言い過ぎ」


「そうです? ごめんなさいです」


「ううん。いいんですよ。外部から見ればそういうものでしょうし」


「どんな立派な正義を掲げていても、それを運用するのは、結局人間だってことだな」


 クレアちゃんの言葉が、唐突に割り込んできた。

 見れば、テーブルの近くにクレアちゃんが立っていた。


「あ。お帰りなさい」


「ただいま」


 クレアちゃんはテーブルにつくと、沙彩ちゃんを見る。


「話は聞こえてきたよ。大変だったな」


「ええ。まあ、なんとか」


「クレアちゃんの方はどうだったの?」


「いや、こちらもお役所仕事に付き合わされた感じかな。<降伏法>の道場ではありがたがられたけどね」


 導都には、「枢武門(すうぶもん)」と「降魔門(ごうまもん)」、それに「光蓮宗(こうれんしゅう)」の道場がある。


「貴重なサンプルを無駄にはしないだろう」


 クレアちゃんはコーヒーを頼むと、


「冒険者ギルドはどうだった?」


 と聞いてきた。


「協力的だったよ。ギルド長のノーマンさんもいいひとそうだったし」


「それはよかった」


「あと、お金」


 私は、報酬の半額、2金貨と9銀貨をテーブルに置いた。


「半分はウルスラさんと椿姫さんに渡した」


「そうだな。それがいい」


「このお金、どうやって分けようか?」


「ふつう、パーティでは、個々人の分とパーティ全体の資金に分けますね」


 沙彩ちゃんが言う。


「装備の準備費用や修繕費用、なにかあったときのための貯金として一部をプールしておくのがふつうです。だいたい、ひとり分からふたり分くらいでしょうか」


「じゃあ、これを5で割ればいいのかな?」


「この額でしたら、ひとり5銀貨で、プール金に4銀貨ということでいいんじゃないですか?」


「それが早いか」


「私もそれでいい」


「問題ないです」




 お茶代のお釣りとして細かくしてもらって、お金を分けた後で、私たちは宿に戻る。

 プール金はパーティリーダーの私が預かるということになり、さらに絢佳ちゃんの分も私が持っておくということになった。

 私の部屋に集まったところで、私は連絡手段についての話をした。


「なるほどな。確かに常時連絡できれば便利だが」


「そんなに簡単にできるんですか?」


「<妖詩勁>と<龍姫理法>を使えば、割と簡単かな?」


「戦闘中の指示や警告にも使えるです」


 絢佳ちゃんが言う。


「ああ、それはいいな」


「口で言わなくても連携取れるということですね?」


「そう。だから、あった方がいいんじゃないかって」


「なら、お願いしよう」


「はい」


 私は、「パーティ:黒百合」という「社会」を核に、意識のやり取りの「場」を作りだした。


 参加者のみが使える、専用回線ということだ。


{あ、あ、あああ。テステス。聞こえる?}


 私が頭の中で言うと、


{聞こえる}


{聞こえます}


{ばっちりです}


 全員、感度良好のようだった。


 <龍姫理法>を<妖詩勁>で強化した形なので、距離も∞、持続時間も∞である。

 発動魔力もかなり高いので、この魔法を感知したものがいたとしても、そうそう解除されたりはしないはずである。


 魔法効果の支持自体は、発動者たる私が担っておく。

 万が一、通信が途切れたら、かけ直すこともできるので、アイテムとかは触媒にしなかった。

 もっと早くやっておけばよかったかと思いもしたが、タイミング的に難しかっただろう。


「あと、なにかあるかな?」


 私は何げなく聞いてみた。


「ああ、それならひとつ」


 クレアちゃんが手を挙げる。


「こうして宿を取り続けるのも金もかかるし不便だから、いっそのこと家を借りないか?」


「家を?」


 私は、きょとんとしてしまった。


「私でも祝でもいい。「姫騎士」なら、導都に家があるのはふつうのことだ。信用もあるから、どこでも借りられる」


「それは名案なのです」


 絢佳ちゃんが言った。


「やっぱり、拠点をちゃんと持っておくのはいいことです」


「かも、しれないね」


「あたしも賛成です」


「じゃあ、明日にでも探しに行こう。どっちが借りる?」


「それはやっぱり祝ちゃんです」


「そう?」


「リーダーですから!」


 絢佳ちゃんが宣言して、結局、そのように決まった。




 翌朝早く、私はベッドから抜け出して、身体を拭いていた。

 どうしてこうもべとべとになるまであんなことをするのだろう。


 ふたりは舐めすぎだと思う。

 私のいろんなところを。


 身体を拭き終えて普段着に着替えたところで、ふたりを起こす。

 階下に下りるとまたひとり抜け出していた絢佳ちゃんが席を取ってくれていた。

 絢佳ちゃんのにやにや笑いに顔が赤くなる。




 朝食後、私たちはクレアちゃんの案内で不動産屋に向かった。

 「姫騎士」ふたりが住む家ということで、不動産屋からはかなり豪勢で大きな屋敷を紹介されたが、格式を損なわないぎりぎりのラインで収まる家に決めた。


 なんだかあまり大きな豪邸というのは身の丈に合わない気がしたからだ。

 それでも10室以上ある2階建て、庭付きの邸宅だ。もちろん、貴族街にある。


 下見に行くと、近隣に住む大家さんのアーネスト・エリクソン男爵を交えて、中を見せてもらった。

 エリクソン男爵は、貴族でありながら手広く商売を手がける実業家で、なかなかイケメンのおじさまだった。人当たりもよく、私たちにも朗らかに対応してくれた。


 私的には、その家には問題はなにもなかった。

 クレアちゃんと沙彩ちゃんがあれこれ言っていたが、許容範囲だったようで、その場で借りることに決まった。

 エリクソン男爵としては、売却でも構わないということだったが、先のことが不透明でもあり、ひとまず賃貸で入って、気に入ったら購入するということにまとまる。

 これは、先々購入しますという宣言のようなものだったが、契約上は賃貸なので、問題はないだろう。




 数日間、家の掃除をしたり、家具を購入したりと忙しくなった。

 その中で知り合ったのが、大家さんの娘さん、オルガ・エリクソン男爵令嬢だ。


 はじめオルガちゃんは、エリクソン男爵にこっそりついてきた風で私たちを男爵の後ろから覗き込んできた。

 なかなか可愛いお嬢さんで、見目麗しく、品のいい服装に身を包んでいた。


「ほら、オルガ、挨拶しなさい」


「はい、父上。オルガ・エリクソンです。はじめまして」


 そう言ってオルガちゃんは、スカートの端をつまんでちょこんと挨拶をする。


「今日から、皆さまのお手伝いをさせていただきます。なんでもわたくしにお申し付けください」


「おや。かわいらしいお嬢さんだ」


 クレアちゃんが言う。


「さっそく、目をつけましたね」


 沙彩ちゃんが混ぜっ返す。


「お、おい。そんなんじゃ……」


 慌てるクレアちゃんがおかしい。それをスルーして、


「えと、はじめまして。不解塚祝です」


 と、私は軽く頭を下げた。

 彼女は私が家主だとは思ってもみなかったのだろう、目をぱちくりとさせて驚いている。


 そんなオルガちゃんだったが、いろいろと忙しいエリクソン男爵に代わって、家具の搬入手続きや掃除などを手伝ってくれた。

 聞いてみれば、そのままハウスキーパーとして働いてくれるのだという。メイド服姿も様になっていた。

 年齢も15才ということで、ちょうど花嫁修業というやつだろうか。


 女所帯の上に、「姫騎士」ふたりと「杜番」の住む家なのだ。

 安心して任せられるということなのだろうと思う。

 オルガちゃんの下にふたりのメイドもつき、家のことをしてくれることになった。




 考えてみれば、これが私がはじめて手にした「我が家(ホーム)」だった。

 家族はパーティメンバーのみんな。

 絢佳ちゃん。クレアちゃん。沙彩ちゃん。


 みんな暖かく、信頼できる。

 ――ふたりほど、ちょっとえっちなのがあれだけど。


 私はこのことに、とても満足した。

 胸の奥が暖かくなるのを感じていた。

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