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ツベク村の怪魔

 私たちが近づいていくと、門衛をしている村人に若干の緊張の色が見えた。

 革鎧に槍を持っただけの装備だが、気慨は感じられる。

 沙彩ちゃんが代表して前に出ることになった。


「冒険者ギルドの依頼できました。「祐杜衆」「杜番」の不破沙彩といいます」


「「杜番」様!?」


 門衛が目を見開く。

 ふたりは、安堵の表情でうなずき合うと、


「では、こちらへ」


 と、私たちを案内してくれた。




 通されたのは、村の集会場。

 大きな広間で、中央に大きなテーブルがあった。村人がコップに水を用意してくれたので、ありがたくいただく。

 そこに間もなく、村長がやってきた。


「これは、「杜番」様と、おお、それに「姫騎士」様まで。よくぞお越しくださいました。

私がツベク村の村長をやっておる、壮司(そうじ)と言います」


「はじめまして」


 みんなで自己紹介をして、挨拶を交わす。


「皆さまは、ここを拠点としてお使いください。お食事など、必要なものがあれば、村の方で用意いたします。

今日はもう日が暮れますので、仕事の方は明日からで結構でございます」


「わかりました。ですが、今夜から夜警もさせてもらいます。ですので、まず、詳しいお話だけでも」


「はい。ありがとうございます。ささやかながら宴の用意をいたしますので、その時にでも」


 沙彩ちゃんが鷹揚にうなずく。




 みんなは荷物を解いて、広間の端の方に置いておく。

 念のため武装はそのままに椅子に座った。

 テーブルの上に郷土料理が並べられ、村長をはじめとした村人が数人、席に着いた。


「最初に被害に遭ったのは、12日前になります。

牛が騒がしいので見に行ってみますと、1頭が腹を食い破られて死んでおり、他の牛たちが逃げ惑っておりました。

そのとき、四つ足の獣らしき影が、森に逃げ込んでいくのを数人が目撃しております。


その後、2、3日に一回の割合で獣が現れ、牛がやられていきました。

3回目の被害が出たところで導都に依頼を出しました。

2回目のときは、獣らしき影が複数、3匹くらいでしょうか、見られました」


「足跡などは?」


 とは沙彩ちゃん。


「はい、それがどうにも不可思議でして、これはただの獣じゃなく、怪魔だろうと言うことになった次第です。なにか、手足の跡に見えるのです」


「手足、と言うと、猿みたいな?」


「ああ、そうでございますね。そのようにも見えました。ですが、これが大きい」


 村長は身振りで大きさを見せてくれる。

 それは、人間の倍くらいはありそうな大きさだ。


「沙彩、なにか心当たりは?」


 クレアちゃんが言う。


「そうですね。あまり聞いたことがないです。新種か、あるいは……」


 沙彩ちゃんがそこで言葉を濁す。

 あるいは、なんだろうか?


「あるいは、なんです?」


 私の疑問を、絢佳ちゃんが聞いた。


「「妖術師(ようじゅつし)」の可能性もあるかと」


 部屋にいた村人たちに動揺が走る。


「「妖術師」? それは、いったいどういうことだ?」


「<妖術(ようじゅつ)>には、怪魔を造り出す術があると聞きます。ちょうど今、導都周辺や鬼霪(きいん)での「妖術師」の噂があるんです」


「「妖術師」が近くにいると?」


 クレアちゃんの言葉に、沙彩ちゃんがうなずく。


「これは、大変そうな仕事になりそうね」


 椿姫さんがため息とともに言った。


「しかし、その可能性があらばこそ、あたしたちがやり遂げなくてはなりません」


 沙彩ちゃんはあくまでも毅然とした態度だ。


「「妖術禍(ようじゅつか)」ならば、なおのこと、食い止めなくては」


「そうだな。もしそんな怪魔が街にでも現れたら大変なことになる」


 クレアちゃんも同意し、決意を固めているようだった。


「壮司どの、これは一刻を争うかもしれない。悪いが宴は中止だ。今から防衛戦を張る。

祝、それでいいな?」


 クレアちゃんが真剣な表情で私と、みんなを見回す。


 私はうなずいた。


「うん。今すぐ行動しよう」


「では、残された痕跡があるなら、まずそれを確認させてもらいたい」


「わかりました。よろしくお願いいたします」


 村長が深く頭を下げた。




 <龍姫理法(りゅうきりほう)>で明かりを灯し、牛の殺害現場へと急ぐ。

 牛はもう残っていないが、一面の血の海と、村長の言ったとおりの大きな手と足の跡が残されていた。


 <光真術(こうしんじゅつ)>の<怪魔学(かいまがく)>で調べてみるも、正体はわからない。

 やっぱり<妖術>によるものなのかもしれない。


 続いて、襲われた牛の死体を確認する。

 腹が無残に食い破られており、その歯形から推察するに、かなり大型だということがわかる。

 少なくとも、牛とおなじくらいの大きさはありそうだった。


 そして、肉食獣のような歯や牙の跡が残されていた。

 かなり危険な怪魔だと思われる。




 次いで、村人と共同で、見張りを立てることにした。

 <龍姫理法>による明かりを一定区間ごとに灯し、村のまわりを明るくする。


 そして、乳牛などの家畜を集めている区画をロープで囲い、<龍姫理法>と<光真術>で≪結界(けっかい)≫を張った。

 村の裏手に広がる森の方には、別途、ロープを張って鳴子を仕掛けた罠を設置して、接近を気づきやすくする。




 最後に襲撃があってから2日。

 今晩辺り、襲ってくる可能性が高い。

 3人ずつに別れて、交代で見張りをすることにした。


 人員割りは昨日の宿の割り振りとおなじにする。

 村人たちには、危険なので塀の中で待機していてもらうことになった。

 彼らには簡易な装備しかないので、前線で戦ってもらうわけにはいかない。


 まずは私たちのグループから見張りに立った。

 3人で周囲を警戒しながら村の北側から西側の家畜の囲いまでを往復する。




 春の夜風が寒さを帯びてきた頃のこと。

 鳴子が音を鳴らした。


 私たちは急いで駆ける。

 すると、前方に四つん這いになった人型の影が3つ、蠢いていた。


「いたぞ!」


 クレアちゃんの声に私たちは散開する。

 それぞれ一匹を相手にするのだ。


 既に村の警鐘が鳴り、待機組もほどなく来るだろう。

 私は気を引き締めて、剣を抜いた。

 影は明かりの範囲にためらうことなく入ってきて、その姿を露わにした。


 浅黒い肌で、まさに四つん這いになった人間のようだ。

 身体は痩せた筋肉質で、身体の大きさの割りに手足が大きい。


 そして、顔は口の部分がやや前に伸びて、びっしりと歯が生えている。その中に、牙も見えた。

 <光真術>も、そいつが怪魔であることを知らせてくれる。


 そいつは私の手前、2メートルくらいの距離からジャンプした。

 そして手足を広げて私に跳びかかってくる。

 盾を構えて腰を落とし、私は衝撃に備えた。


 ガツン、と大きな音とともに盾に両手両足がしがみつく。

 私はその衝撃には耐えられたが、そいつの体重には抗えなかった。

 盾ごと引き倒されるように、前のめりにされてしまう。


 私はその勢いを利用して、即座にこちらからも体重をかけた。

 そして盾でそいつを押し倒す。


 背中から地面に叩きつけられた怪魔が不快な叫び声を上げる。

 私は構わずに、そいつの左腕に斬りつけた。


 どす黒い血をまき散らしながら腕が飛ぶ。

 そいつは盾から手足を離し、私に噛みつこうと顔を前に突き出してきた。


 噛みつきを剣の刃で受け止める。

 鋭い歯が剣を噛みしめ、火花が散る。

 私は左手を前に突き出して、


「≪光弾(こうだん)≫!」


 <光真術>の呪文を発顕させる。


 私の左手から15発の光弾が飛び、避ける間もなくそいつの身体に突き刺さった。

 怪魔は再び叫び声を上げ、剣が自由になる。


 私は即座に剣を腹に突き立てた。

 ずぶっという手応えと共に目の前の怪魔が痙攣し、動かなくなった。


 ――斃した。


 そう実感する。

 そして、すぐにふたりの方を見た。

 ふたりとも、既に怪魔を始末していた。


「祝、大丈夫か?」


「うん。斃した」


 クレアちゃんに答えながら、ふたりの方へと行く。


「最後だけちらっと見たが、なんだあの≪光弾≫?」


 クレアちゃんが首をかしげていた。


「なんだって、なに?」


「やたらと弾数が多くなかったか? ふつうあんなには――」


 そこまで言いかけて、クレアちゃんは悟ったようだった。


「例のチートか」


「ああ。うん。15発」


「なるほどな。確かに魔法の方がすごいな」


 以前、そういう話をしたのを思い出したのだろう。クレアちゃんは苦笑していた。


「そんなことよりも、こっちに」


 沙彩ちゃんが呼ぶ。

 そちらに行くと、沙彩ちゃんが怪魔の死体を検分していた。


「なにかわかった?」


「見たことも聞いたこともない怪魔ですね」


「じゃあ、やっぱり<妖術>か?」


「確たることは言えませんけど、おそらくは」


 3人とも、押し黙ってしまう。

 「妖術師」がいるとなれば、大事だ。

 <妖術>は恐ろしく、また強い。


 そこに、このような強い怪魔が配下としているならば、なおのこと。

 あまり時間は残されていないかもしれない。


 そこへ、待機組の3人がやってきた。

 怪魔の死体を見て、ウルスラさんと椿姫さんも難しい顔をした。


「手強そうね」


「強さだけなら、まあまあってところだが。素早いから、もし数が一気に来たら、やっかいだな」


 とはクレアちゃん。

 その通りだと私も思った。


「うん。そうだね。一匹だけなら対処できるけど、複数が来たら、突破されるかもしれない」


「今、来たのは3匹だけ?」


 椿姫さんが確認する。


「そうだな」


 <光真術>の≪索敵(さくてき)≫に、引っかかる反応はない。


「もう近くにはいないみたい」


「こいつが件の怪魔なんです?」


 絢佳ちゃんがしゃがみこんでなにかを確認しながら言う。


「おそらくな。特徴は一致している」


「絢佳ちゃん、なにかわかるの?」


 絢佳ちゃんは顔を上げて、


「いえ。詳しいことはなにも」


 絢佳ちゃんは立ち上がると、


「ただ、わたくしの知るものではないです。星辰神統(せいしんしんとう)怪物(クリーチャー)ではないです」


「そうなんだ」


「万が一ということもあるです。だから一応、確かめておいたです」


 絢佳ちゃん自身がここにいるのだから、確かにあり得ないとは言いきれないのだろう。


「じゃあ、少し早いけど、見張り番交代にしましょうか」


 と、椿姫さんが言った。


「そうか?」


 クレアちゃんの言葉に、


「戦闘になったんだから、休んでいて」


 と、返した。


「そうさせてもらうか」


 クレアちゃんが私を見ながら言った。


「うん」


「じゃあ、気をつけてください」


 沙彩ちゃんが交代する3人に言う。

 私は絢佳ちゃんに手を振って歩き出した。


「祝さん、お怪我はありませんか?」


「うん。大丈夫」


「それはよかった」


「祝さんの柔肌に傷なんてついたら大変ですものね」


「ううっ。心配って、そこなの……?」


 心配してくれているのはわかるが、脱力してしまう。


 私たちは家畜のいる囲いの側にシートを敷いて腰を下ろした。

 ぽつぽつと益体のないお喋りをしていると、気がつけば暗かった空が蒼みがかっていた。


「そろそろ夜が明けるね」


「そうだな」


「見張りの3人、呼んできますね」


 沙彩ちゃんがそう言って立ち上がる。




 全員が揃ったところで、村の中に入った。

 集会場で、村長さんたちと話をする。


「ひと休みしてから、森を調べに行ってくる。今まで昼間に襲撃されたことはないみたいだが、私たちが入っていくことで出てくることがあるかもしれない。

念のため、注意していてくれ。ただし、あいつらは結構強い。間違っても戦おうとは思わないように」


 クレアちゃんの言葉に、皆は神妙な顔つきでうなずいた。


「それと、死体もそのままにしておいてくれ。新種だとしたら、ギルドや特務に報せる必要があるからな」


「わかりました」


 村長の言葉に、クレアちゃんもうなずいて返した。




 早めの朝食を摂って軽く寝て、まだ陽の高いうちに私たちは森に入っていった。

 森と言っても、小さなもので、それほど深い森ではない。


 この辺りは基本的に平野が続いている土地なのだ。

 そのため、足場もさほど悪くはないし、暗い森でもなかった。

 とはいえ注意は怠れない。


 探査能力のある私が先頭になり、その後ろにウルスラさん、椿姫さんと続く。

 右側にクレアちゃん、左側に沙彩ちゃんがふたりの守りとしてつき、殿に絢佳ちゃんという隊列で進む。


 下生えを踏み、木々をよけながら進むことしばし。

 風が異臭を運んできた。


「なんか匂う」


 私が言うと、


「そうね。なにか腐敗臭かしら?」


 私に次いで探査能力を持つウルスラさんも同意した。


「濃い獣臭もするわね」


「そうですね」


 <光真術>の≪索敵≫を前方に向かって発動する。

 すると、30メートルほど先に、怪魔の反応があった。5体だ。

 発見した個体をそのまま≪追尾(ついび)≫状態に置く。


「いた! 5匹!」


 急いでみんなに知らせる。


「多いな」


「どうします?」


 小声で相談していると、動きがあった。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「待って。近づいて来てる」


「仕方ない。ここで迎え撃とう」


「うん」


 私とクレアちゃん、沙彩ちゃんで壁を作って、後ろに3人を置く。

 といっても、絢佳ちゃんは遊撃要員だ。


「来るよ!」


 私が叫ぶと同時に、3匹が木陰から飛び出してきた。

 そして、器用に木を足がかりにして跳び上がる。


「――!」


 この動きにくい場所で上を取られるのはまずい。


 そう考えた瞬間――


 残りの2匹が前から突進してきた。

 同時に上の3匹も飛び降りてくる。


 まずい――


 私は、上と前どちらをどうするか、一瞬だが迷ってしまった。

 それが命取りだった。


 上からのやつにのしかかられ、、前からのやつに押し倒されてしまう。

 仰向けにされた私は、腕と足に噛みつかれた。

 離そうともがくが、牙が食い込むばかりでうまくいかない。


 そこへ、絢佳ちゃんとウルスラさんが飛びかかった。

 ウルスラさんの剣が上からのやつに突き刺さり、回り込んだ絢佳ちゃんの蹴りが前からのやつの首を吹き飛ばす。


 同時に椿姫さんの唱えた≪打撃(だげき)≫が上からのやつの身体を撃った。

 私は剣を突き立てて上からのやつを引きはがし、足を蹴って前からのやつの死体を蹴り飛ばした。

 そして、素早く立ち上がる。


「祝ちゃん、大丈夫です?」


 絢佳ちゃんが心配そうに声をかけてくれる。

 私はうなずくと、<光真術>の≪治癒(ちゆ)≫をかけた。幸い、傷は浅く、これだけで塞がってくれる。


「大丈夫。助かった。ありがとう」


「よかったです」


「ほんとうに」


 ウルスラさんも、2本の剣が突き刺さって息絶えたやつから自分の剣を抜きながらうなずく。


 見れば、沙彩ちゃんとクレアちゃんは、うまく立ち回ったのだろう、すでに残りを仕留めていた。


「油断しちゃった、かな」


 私は腕と足の鎧に残る傷跡を見ながら言った。


「油断というより、実戦経験不足だと思うです」


「経験不足、かぁ」


「上からの攻撃、連携された相手からの同時攻撃、どちらも初めてだったんじゃないです?」


「そうだね。うん。はじめてだった」


「まずは経験して慣れることです。油断というのは、その後に生じるものです」


「そっか。私はまだその域にも達してないってことか」


「そうじゃないですけど、そう思えているなら、その方がいいです」


「わかった」


 絢佳ちゃんの助言をありがたく肝に銘じておく。


「祝、大丈夫か?」


「うん。平気」


「こいつ、知能もそれなりにあるみたいね。一番小さい祝ちゃんに2匹で飛びかかっていったし、連携も取れてた」


 ウルスラさんの意見に、みなもうなずく。


「巣があるかもしれない。行ってみよう」


 クレアちゃんが言う。


「その前に。祝さんは、一度下がってください」


 沙彩ちゃんが言った。


「私とクレアさんなら、2匹に来られても対処できます」


 悔しいが、ここは引き下がるしかないだろう。


「うん。わかった」


 私はうなずいて、後ろに下がった。

 クレアちゃんと沙彩ちゃんふたりが先頭に立つ。




 しばらく進んだところで、巣、のようなものを見つけた。

 と言っても、濃い獣臭がある空間、というだけであるが。

 しかし、ひとつだけ巣と言えるものがそこにはあった。


 「渾沌(こんとん)の場」である。

 これは、「妖術師」が得意とする魔霊(まりょう)や≪術≫の媒体となるものだ。


 他に、例の怪魔の姿はない。

 <光真術>の≪調伏(ちょうぶく)≫で「渾沌の場」を元の自然に帰す。


「これで、「妖術師」が裏にいることが確定しましたね」


 ため息交じりに沙彩さんが言う。


「そうだな。いきなり大物を引き当てちゃったかな」


 クレアちゃんが、ちらっと私を見る。


 私のせい?

 私が首を傾げていると、


「運命です」


 と、絢佳ちゃんが私の肩を叩いた。


「なに、どういうこと?」


「祝ちゃんには、大きな運命を引き寄せるパワーがあるということです」


「そうなの?」


「おそらくは、です」


「では、村まで引き上げましょう」


 沙彩ちゃんの言葉に、みなはうなずいて、怪魔の死体のところまで引き返した。

 そして死体を防水布で包むと、<龍姫理法>で浮かせて村まで運んだ。

 私の、冒険者としての初めてのお仕事がこうして終わった。

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