はじめての冒険
朝食後、さっそく私たちは冒険者ギルドに向かった。
受付に行って、パーティ情報の変更をする。受付のお姉さんが、ささっと処理してくれた。
パーティ「黒百合」の正式な発足である。
そのとき判明したのだが、沙彩さんは、冒険者ランクがAだった。
確かに「杜番」ともなれば、Aランクなのも納得である。
しかし、それでは一緒に依頼をこなすことはできない。
他3人は、全員Fランクだからだ。
だが、問題ないと沙彩さんが言う。
「ランクというのは、結局のところ目安でしかありません。上のランクの依頼をこなすことには信用と実績が必要ですが、下については大目に見てもらえる場合が多いですよ。
依頼自体にも、相応のランクがありますから、自分のしたい仕事に合わせてランクを敢えて上げない人もいます。
ですから、なんだったら、あたしがランクをひとつ下げても構いませんし。それに、皆さんの実力なら、すぐにランクなんて上がりますよ」
冒険者歴の長い沙彩さんが言うのだから、そうなのだろう。
私たちは、依頼書の貼ってある掲示板に行って、なにか仕事を探してみることにした。
パーティ結成記念の初仕事だ。
調査活動も手詰まりだし、私に実戦経験が不足しているので、それを積むのもいいのではないか、と昨日話し合って決めたのだ。
「私たちだと、討伐とかが向いてるのかな?」
「戦闘力は高いですしね」
「腕が鳴るな!」
「クレアさんが満足できるような相手の仕事はまだ難しいと思いますよ」
「なんだ。そうなのか」
「でも、ケペク平原は古来より怪魔の多い土地柄ですし、怪魔討伐をしていけば、すぐにランクも上がります」
「なら、その方針でいこう」
「うん」
私たちがそんな話をしていると、
「あら、祝ちゃんに絢佳ちゃんじゃない!」
後ろから声をかけられた。
ウルスラさんと椿姫さんだった。
「あ。お久しぶりです」
「久しぶりです」
「ああ、ほんとに「姫騎士」になったのね!」
「え、あ、はい?」
「噂になってるわよ、祝ちゃんのこと」
「えっ。そうなんですか?」
「ええ。可愛い女の子が「姫騎士」になったって。それも元老院で華々しくデビューしたって言うじゃない」
どこか、話が捻れているようだ。
「いや、それは違います!」
「違うな」
クレアさんも言う。
「ええと、あなた方は?」
椿姫さんが問う。
「私は、「究竟」「姫騎士」のクレアだ。祝とパーティを組んだ」
「あたしは、「祐杜衆」「杜番」不破沙彩です。おなじく祝ちゃんとパーティを組みました」
「ひえー。「杜番」様!」
「ひえー、は失礼でしょ」
「あ、そうね。ごめんなさい」
「構いませんよ」
苦笑しながら沙彩さんが言う。
「あたしは、ウルスラ。吟遊詩人ね」
「わたしは椿姫。在野の「魔導師」よ」
「前に、宿屋で声をかけてもらったことがあるの」
私が言うと、クレアさんと沙彩さんは、なるほど、とうなずいた。
「パーティ増えたのね」
「はい。いろいろあって」
そのいろいろについては、説明しにくい。
「いろいろねぇ」
ウルスラさんがにやにやしている。
わかるのだろうか?
いや、まさか。絢佳ちゃんじゃあるまいし。
私がどぎまぎしていると、
「おふたりとも、祝ちゃんの毒牙にかかっちゃった感じかなぁ?」
「ぶっ!」
ウルスラさんの一言に、クレアさんがむせかえった。
「ええっ? でも、どうして? っていうか、毒牙にかけられたのは私! 私の方だから!」
思わず言い訳してしまった。
「ああ、やっぱり」
「やっぱりね」
ふたりは、うんうんとうなずいている。
「なんで?」
顔が赤くなるのを無視して、私は聞いた。
「ああ。それは、ね」
「うん」
ウルスラさんと椿姫さんが見つめ合う。
あれ? それって、もしかして、そういうことなの?
「わかった?」
「えと、あの、もしかして、おふたりも……?」
「そういうこと」
にんまりとウルスラさんが笑う。
「ああ、それで」
「祝ちゃんってば、めっちゃフェロモン出てるしねぇ」
「フェロモン!? わ、私がですか?」
「うんうん。出てるよー。女の子が放っておけないフェロモン」
「女の子、が?」
「そうそう」
「うん。そういうオーラ出てる」
私は絢佳ちゃんの方を見た。
うむ、とばかりにうなずかれた。
「ああ。わかるな、それ」
「わかりますね」
クレアさんと沙彩さんまで同意していた。
そうだったのか……。
「それと、昨日のことも噂になってるよ」
「昨日の、あれですか? もう?」
「冒険者の噂は早いからね」
「それに、あいつら鼻つまみものだったもの」
「そうね」
「ああ。嫌われ者だったのか、あいつら」
「金に汚い。仕事に汚い。女にだらしない。偉ぶる。うるさい。いろいろとあるわ」
「そりゃあ、嫌われもするな」
「うん。そうだね」
かなり残念なひとたちだったようだ。
「これでもう、あいつらと関わらなくて済むってもちきりよ」
「そこまで言われちゃうのかぁ」
「ま、あいつらのことはもういいだろう」
「そうだね」
「今日はなにしにきたの?」
「えと、パーティ登録と、ついでになにか軽いお仕事ないかなって」
「それならさ、あたしたちと合同でやらない?」
「怪魔退治なの」
「ほう。それはどんな?」
クレアさんの言葉に、ウルスラさんが依頼書を出す。
そこには、導都近郊での怪魔討伐依頼とあった。
放牧地に隣接した森に怪魔が出没、乳牛多数が犠牲になっているらしい。
四つ足の獣型の群れ、という以外詳細不明。
成功報酬5金貨。加えて、怪魔1体につき1銀貨の歩合制で、殲滅が条件となっている。
依頼ランクは、D+となっていた。
「なるほど。いいかもしれないな。祝はどうだ?」
「私はいいと思うけど、沙彩さんはどう?」
「うん。いいんじゃないですか。既に犠牲が出ているようですし、人に被害が及ぶ前になんとかしてあげたいですね」
「わたくしはなんでもいいです」
「あ、そうだ。おふたりの冒険者ランクってどれくらいですか?」
「あたしたちはCだよ」
「ならいけるのかな?」
「祝ちゃんたちは?」
「沙彩さんだけAで、他はFです」
「なるほど。ランクの問題か」
「受付に聞いてみよう」
受付のお姉さんは、大丈夫と答えてくれた。
私たちは、この依頼を受けることにした。
書類にサインをして、合同パーティで契約。
さっそく準備に取りかかることになった。
問題となっている場所は、導都の南西、約3日の距離にあるツベク村。
往復に1週間、仕事に1週間を見ることにした。
仕事期間を多めに見たのは、森に大きな群れがあるばあいと、怪魔が森から出てきた原因が森の方にある可能性を考慮してのことだ。
その要因が、別の強い怪魔、ないし怪魔の群れやなんらかの魔禍であるばあい、その討伐・解決もすることになるからだ。少なくとも、その調査はしなくてはならない。
まず必要なのは、野外活動のための基本装備だ。
Fランク組の3人は、その手の用意がなにもない。
その間に、数日分の保存食を買う。道中は首都に近いこともあって宿場町を通っていけるが、森で必要になる可能性が高いからだ。加えて、万が一のばあいを考えて手配しておく。
なにごとも、備えあれば憂いなしである。
基本装備については、この冒険者ギルドで手に入る。
背負い袋にロープ、寝袋、毛布、火口セット、松明、水筒、雨具、作業用ナイフ、耐水袋だ。
今後のことも考えて、これにテント用具一式に、鍋や食器、手斧、縄ばしごなども買っておく。
ツベク村までの移動に馬車を用意するかどうかを考えたが、今回は近場だということもあって、やめておいた。
午前中を準備で終えて、みんなでランチタイムをとる。
女6人で姦しく食事を終えると、荷物を背負って西門に向かった。
本来なら、街から出るときと街道の関所では、通行税を支払わなくてはならない。しかし、「姫騎士」とその一行ということでそれは免除された。
衛兵に挨拶をして、私たちは導都の西側に広がる田園風景の中に身を投じた。
田園風景と言っても、導都から出てすぐは、まだまだ建物も多く、人の往来も多い。
閉門に間に合わなかった人に向けた宿や商隊向けの馬車預かりの店、そして近隣住民の家などが建っている。
この辺りだと、敢えて街道沿いに家を建てた方が安全なのだ。
ケペク平原は肥沃な土地で、農業が盛んだ。
それゆえ、昔から多くの住民が暮らして、国も栄えてきた。
街道も、魔帝国時代に広く整備されたものが今に残り、この辺りでは幅10メートルはある。排水を考えた傾斜がついて、脇には歩道まで完備されている。
ここまで整備されているのは、主街道と呼ばれる街道のみで、しかも設備の状態が保持されているのは、都市周辺部にかぎられる。
今回の旅程では、2日目までは主街道を南西に向けて行き、そこから北に折れることになる。
ほぼ、道中の安全は保障されたようなものだという。
沙彩さんやウルスラさんたちにとっては、歩き慣れた道らしいが、私と絢佳ちゃんにとっては、初めての道だ。
あまりに私がきょろきょろと見回しながら歩いているので、笑われてしまった。
絢佳ちゃんはそんなに落ち着きないことはせず、淡々と歩いていた。
午後の日差しの中を、お喋りしながらのんびりと歩く。
土や草の匂いを嗅ぎながら、一歩一歩進んでいくことが、なぜか楽しい。
あまりピクニック気分ではいけないとも思うのだが、自然と心が躍ってくるのは仕方がない。
夕方になって、早めに宿を取ることにした。
もっと先にも宿屋はあるが、導都の目の前という立地上、早めに部屋を確保しておいた方がいいというのだ。
ここは旅慣れた人の意見に素直に従う。
6人という大所帯なので、大部屋をひとつ借り切ることにした。早めに取ったのでこういうこともできたのだ。
荷物を置いてから、一階の酒場で食事となる。
この辺りだと、導都の宿とさして変わらない料理が出てきた。
牛肉のソテーに、野菜とソーセージのスープ、ライ麦パンにドリンクだ。私は牛乳を頼んだ。
夕食後は早めに就寝し、翌日からに備えた。
朝早く起きて、朝食を摂る。
ミルク粥にベーコンとスクランブルエッグ、取れたての野菜とポテトサラダに牛乳だ。
支度を終えると、さっそく出発する。
景色もだんだんとのどかな田園地帯になっていく。
放牧されている牛や羊が見える他は、遠くに森や山がある程度。
シャヌス河の河口部から南下して沿岸の街道を歩けば、左手に海が広がっているはずだが、この辺りからはもう見えなくなっている。
「いつか、海にも行ってみたいな」
私がそう呟くと、
「そうだな。祝の水着姿を拝みたい」
「そうですね」
「ふぇっ!?」
どうしてすぐ、そういう方向になるのか。
絢佳ちゃんも、ウルスラさんや椿姫さんも笑っていた。
私は顔を赤くしながら先頭を歩いた。
街道を往く馬車や魔導車両はほとんど途切れることがない。
導都は聖大陸最大の大都市なので、流通も大規模なのだ。
私たちみたいに徒歩で行き来する者たちも多い。
時折、騎乗した騎士が行くのは、警邏隊だ。
その日の夕方に、私たちは最初の関所に着いた。
関所でも「姫騎士」ということでノーチェックで通してもらえる。
そこで、2日目の宿を取った。
あいにく大部屋は確保できなかったので、3人ずつに別れることになった。
私とクレアさんと沙彩さん、絢佳ちゃんとウルスラさんと椿姫さんの組み合わせだ。
なんとなくいやな予感をしつつも、考えないようにする。
夕食を摂ってから、酒場でお酒を飲むことになった。
私はワインをちょっとずつ飲むくらいで、みんなとお喋りに花を咲かせた。
その夜のこと――
「さあ、祝! お楽しみの時間だ!」
とクレアさんがおもむろに宣言した。
「お楽しみってなに!?」
私が聞くと、クレアさんがおもむろに押し倒してくる。
「だって、しばらく機会がないだろ?」
「だろ、じゃなくて!」
押し返そうとするも、沙彩さんも参戦してきて徒労に終わる。
「でも、そのとおりですね」
「沙彩さんまで!」
ねっとりとしたキスをされて力が抜ける。
「うう。なんでふたりともそんなにえっちなの……」
「祝が可愛すぎるのがいけないんだ」
「そうです」
「もう!」
私は服を脱がされながら、無駄と知りつつ抵抗を続ける。
「やだ、だめ!」
しかし、私はあえなく全裸にされてしまった。
そして、いつの間にかおなじく全裸になっていたふたりにのしかかられたのだった。
事後、満足げなふたりに、私は力を振り絞って言った。
「ふたりとも、そこに正座!」
きょとんとしたふたりだが、私の目を見て、床に正座した。
「もう、襲いかかるの禁止!」
「えー」
「えーじゃないの、私が駄目って言ったら駄目なの!」
「まぁ、無理矢理っていうのはよくないですね」
「だったらはじめからやらないで。やだって言ったのに」
「わかりました。反省します」
大人しく、沙彩さんがうなずく。
クレアさんの方を見ると、視線を逸らされた。
「クレアさん!」
「うう。わかったよ。無理矢理はもうしない」
「うん。それでいいの」
「でも、ひとついいか? なんでそんなにいやなんだ? 痛かった?」
私は顔を赤くして、
「痛いとかそういうのじゃなくて!」
「あんまり気持ちよくなかった?」
「そ、それも違くて、き、気持ちの問題なの!」
「私はいつでもしてたい」
「あ、あたしもです」
「もう、ふたりとも! 色情狂なんだから!」
「うっ。そう言われるとツラいな」
クレアさんがいやそうな顔をした。
「でも、実際そうじゃない。すぐ発情するんだから」
私は腕を組んで考えた。
「これからは、ふたりのことを「さん」付けで呼ぶのをやめにします」
「「えっ?」」
ふたりの声がハモる。
「クレアちゃんに沙彩ちゃん。いいですね?」
私の言葉に、ふたりは顔を見合わせてから、うなずいた。
「こ、恋人同士だし? 対等な関係にします」
言いながら照れてしまったのがよくなかったのか。
ふたりは笑顔でうなずいていた。
明けて次の日、いよいよ主街道を逸れて、ツベク村に向かうことになった。
このパーティなら問題はないと思われたが、主街道を外れると、とたんに治安は悪化する。
特に私は注意するように言われた。
曰く、私はかわいいから狙われる、とかなんとか。
すぐそういうことを言うんだから。
主街道から支線を歩き始める。
とはいえ、まだまだ導都近郊。街道も細くなり歩道もなくなったとはいえ、整備されている。
<感勁>と<忍術>での警戒はしておくが、本気で警戒する気にはなれないほど、辺りはのどかで平穏だ。
心配にはならなかった。
それに、私ひとりじゃない。
みんなもちらちらと辺りを見ながら歩いている。
周囲を警戒しながらの移動なので、途中で何度か休憩をはさんだ。
そして陽が傾いてきた頃。
街道の先に、板塀で囲まれた小さな集落が見えてきた。
ツベク村だ。
よく見れば、門扉の前には槍を持った村人が警戒に当たっている。
周囲の田畑に目立った傷痕はないが、放牧中の家畜が塀の側にいるのが不自然な光景と言えるだろうか。
こうして私たちは、ツベク村に着いた。





